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帝国の燃素使い〜輸送部隊から始まる英雄譚〜  作者: 工程能力1.33


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第19話 帰還と命令

 ヴェルタの宿営地に戻ったのは、夕刻のことだった。

 ジョセフが荷台を止めて部隊に解散を告げると、マルチが小声で言った。


「隊長、すぐ殿下に報告に行った方がいいですよね」

「そうだね」


 ジョセフは煤だらけの軍服を見下ろした。着替える暇はなさそうだった。


「マルチも来るか」

「行きます」


 二人で談話室へ向かうと、セシリアはすでに待っていた。

 地図と書類が広げられた卓の前に座り、ジョセフが入ってくると静かに顔を上げた。


「戻ったか」

「ただいま戻りました」

「道中、問題はなかったか」


 ジョセフは少し間を置いた。


「いくつかありました」


 セシリアの目が細くなった。


「話せ」


 ジョセフは道中の出来事を順を追って報告した。山間部での特務小隊の襲撃と川への逃走。集積所での象人兵の引き取り。そして、村での遭遇戦。

 セシリアは黙って聞いていた。


「村の件で、ギフトを使ったのか」

「はい」

「村人がいたはずだ」

「村人が全員逃げたのを確認してから使いました」


 セシリアはしばらくジョセフを見た。


「秘密が漏れた可能性は」

「ないと思います」


 ジョセフは答えた。


「村人は全員南の街道に逃げていました。ギフトを使ったのを見たのは、部隊の者だけです。彼らには偶然の爆発だと伝えてあります。それ以上は詮索しないでしょう」


 ジョセフの言葉にマルチの耳がピクリと動いた。

 ビンたちは爆発が偶然じゃないのではないかと思っている。しかし、それはジョセフは知らない。

 言うべきか迷っていたが、結局話せないままここまで来てしまった。

 セシリアはそんなマルチの表情を読むが、深くは詮索しなかった。


「部隊の者は信用できるか」

「はい」


 マルチが小さく頷いた。

 セシリアはしばらく黙っていた。


「それにしても、なぜその件が報告されていない。ハイドロジェン王国の兵士が村を襲って、爆発で死んだなどという情報であれば、私のところにも知らせがあってもよいはずだ」


 ジョセフは少し首を傾けた。


「報告されていないのですか」

「王国軍の帝国領内侵入、村との交戦、撃退。これだけのことがあれば、軍への報告があるはずだ。だが、私のところには何も来ていない」


 ジョセフはしばらく考えた。


「……あの領主が報告しなかったのかもしれません」

「なぜ」

「村を管理している領主の息子が村を捨てて逃げました。それが報告されれば、息子の立場が悪くなる。親としては隠したいでしょう」


 セシリアの目が、わずかに細くなった。


「そういうことか」

「自分たちも、報告する手段がなく、殿下のところまで直接来てしまいました。申し訳ありません」

「いや」


 セシリアは短く答えた。


「直接来たのは正解だ。報告が握りつぶされた以上、お前たちに責任はない。輸送任務の途中であるしな。それで、こうして報告が出来たのだ。問題はない」


 セシリアは書類を一枚手に取った。


「ところで、もう一つ話がある」

「はい」

「ルーカス・グレイ大佐が動員される」


 ジョセフは少し表情を変えた。


「いつですか」

「すでに命令が下りている。アイギス要塞が孤立しかけており、ハートフィールド侯爵からの要請を受けてシュトルム総司令が決断した」

「ルーカス大佐は後方から攻め込む、ということですか」

「そうだ」


 セシリアは地図を指でなぞった。


「エリオット将軍への牽制になる。ギフト持ちが後方に現れれば、対応せざるを得ない」

「ルーカス大佐が動けば、輸送の需要も変わります」

「そうだ」


 セシリアはジョセフを見た。


「お前の部隊にも、新たな輸送任務が発生する可能性がある。準備しておけ」

「承知しました」


 ジョセフが立ち上がろうとしたとき、セシリアが言った。


「ラザフォード」

「はい」

「村の件、よくやった」


 短い言葉だった。


 ジョセフは少し驚いた顔をして、それからいつもの飄々とした表情に戻った。


「ありがとうございます。部隊の皆が頑張りました」


 セシリアは答えなかった。ただ、視線を地図に戻した。

 談話室を出ると、マルチが小声で言った。


「隊長、褒められましたね」

「そうだね」

「嬉しくないんですか」

「嬉しいよ」


 ジョセフは前を向いたまま答えた。


「ただ、ルーカス大佐が動くとなると、何か変わりそうだな、とも思っている」

「何がですか」

「さあ」


 ジョセフは歩きながら空を見た。


「なんとなく、そんな気がするだけだよ」


 マルチはその横顔を見た。いつもの、飄々とした顔だった。だが、その目が少しだけ遠くを見ていた。



―――



 同じころ、帝都ザウアーシュトフの外れにある宿の一室で、ルーカス・グレイは命令書を卓に置いた。

 エリック・レインが向かいに座っていた。


「ようやく動けますね」

「ああ」


 ルーカスは静かに言った。


「ハートフィールド侯爵がシュトルム将軍に頼み込んだらしい。あの侯爵が僕を必要とするとは、よほど追い詰められたということだ」

「被害を見れば当然ですね。アイギス要塞まで陥落させたとあっては、もう軍にいられないという焦りからでしょう」


 ルーカスの口の端が、わずかに上がった。

 エリックが眉をひそめた。


「ルーカス」

「わかっている」


 ルーカスはすぐに表情を戻した。


「この顔はここだけにするよ」

「そうしてください」


 エリックは小さく息をついた。


「多くの犠牲が出ていることを喜んでいると知られてしまったら、折角の人気が下がります」

「そうだな」


 ルーカスは地図に目を落とした。


「以後気を付ける」

「ええ。いつもの顔をしていてください」


 ルーカスは地図を広げた。エリオット将軍の軍の展開図。アイギス要塞の位置。後方から攻め込む自分たちのルート。


「エリオット将軍は強い」


 ルーカスは静かに言った。


「ギフト持ち同士の戦いになるだろうな」

「大丈夫ですか」

「さあ」


 ルーカスは地図を見つめた。


「やってみなければわからない。だが、これだけの機会はなかなかない。ここで結果を出せば、帝国での評価が変わる」

「評価が変われば」

「次への足がかりになる」


 エリックは頷いた。この先に何があるかは、二人の間では言葉にしなくてもわかっていた。


「さあ」


 ルーカスは地図から顔を上げた。その表情は、いつもの爽やかな顔に戻っていた。


「腐りかけた巨木の帝国を救う姿を見せようじゃないか」

「はい」


 エリックは頷いた。


 ルーカスは窓の外を見た。帝都の夜が広がっている。


 ハートフィールド侯爵が何を考えているかなど、今は関係ない。あの侯爵が自分を必要としている。それだけで十分だった。


 動く理由は、それだけあればいい。


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