第18話 疑惑と策略
アルゴン連邦への道は長かった。
ジョセフが用を足したいというので、現在部隊は小休憩中である。
荷台の上でタンが大きな体を揺らしながら、ぽつりと言った。
「それにしても、あの爆発はなんだったんだろうな」
ノイが耳を傾けた。
「どっちの?」
「どっちもだよ。砦の時と、昨日の村と」
ビンが首を傾けた。
「砦の時って、俺たち隊長の指示で逃げていて、現場にはいなかったけど、隊長から聞いた話だと、篝火が何かに引火したんだろ?」
「それが変なんだよ」
タンは腕を組んだ。
「篝火からの引火で、あんな大爆発が起きるか? 五千人が全滅するような?」
沈黙が落ちた。
荷台の御者台に座っていたナムが、手綱を握りながら口を開いた。
「生まれてからどころか、爺さんもそんなことは言ってなかった。たぶん、見たことがある奴がいないんだ」
「村の井戸もな。井戸が爆発するか、普通」
「だよな。井戸が爆発するんだったら、危なくて水くみなんて出来ないよ」
ノイが頷いた。
「しかも、ちょうど敵兵が通ったタイミングで」
「隊長は運がいいって言ってたけど、運がいいっていうより……」
ビンが耳を倒した。
「なんか、出来すぎてないか」
また沈黙が落ちた。
タンがゆっくりと口を開いた。
「隊長って、ギフトとか……持ってたりしないよな」
全員が黙った。
マルチは手綱を握り直した。顔には出さないようにした。
「亜人の輸送部隊を率ててる少尉が、ギフト持ちなわけないだろ」
ビンが言った。
「ギフト持ちなら、もっといい部隊に配属されてるって」
「そうだよな」
ノイが頷いた。
「でも……なんか、隊長って変だよな」
「変って?」
「普通の人間とは違うっていうか。俺たちを差別しないし、無理難題を断らない」
「それは優秀なだけじゃないか」
「でもさ」
ノイは耳を傾けた。
「爆発、二回あったじゃないか。どっちも隊長がいる時に。あれが優秀だからって理由にはならないと思うよ」
また沈黙。
今度は少し長かった。
「……偶然だろ」
タンが言った。しかし、その声には少し確信が欠けていた。
「偶然、だよな」
ビンも繰り返した。
「二回も続けて偶然が起きるって、どんな確率だ」
「運がいい人間っているじゃないか。俺には難しいことなんてわからねえよ」
「そうだけど……」
ノイがマルチを見た。
「マルチ副官はどう思います?」
マルチは少し間を置いた。
「さあ。私にはわかりません」
嘘ではない、とマルチは思った。爆発の仕組みは聞いていない。ギフトだとは知っている。でも詳しいことはわからない。
「副官、なんか知ってます?」
「知りません」
「でも、なんか言いにくそうな顔してますよ」
「していません」
マルチは前を向いた。
後ろでビンとノイがこそこそ話す声がした。
「やっぱり何か知ってると思う」
「だよな」
「でも聞いても教えてくれないよな、たぶん」
「たぶんな」
そこへ、道の脇の茂みから足音がした。
ジョセフが戻ってきた。用を足してきたらしく、何事もなかった顔で荷台の横に並んだ。
「何の話をしていた?」
「何でもないですよ」
ノイが素早く答えた。
「旅の暇つぶしです」
「そうか」
ジョセフは荷台の横を歩きながら、空を見上げた。
「いい天気だな」
「そうですね」
全員が、少し間を置いてから答えた。
ジョセフは特に気にした様子もなく、前を向いた。
マルチだけが、こっそりと息をついた。
タンがビンに小声で言った。
「……やっぱり、なんかあると思う」
「俺も」
ノイが耳をぴんと立てた。
「でも、隊長と副官が言わないならそれでいいか」
「なんで」
「隊長が言わない理由があるんだろ。それだけだ」
タンとビンが顔を見合わせた。
「……お前、意外と大人だな」
「兎人をなめるな」
荷台が揺れた。道は続いている。
―――
アイギス要塞の執務室は、石造りの冷たい部屋だった。
オーウェン・ハートフィールド侯爵は、分厚い椅子に深く腰を下ろしていた。要塞に籠ってから数日が経つ。外ではハイドロジェン王国軍がじわじわと包囲を狭めている。食料と水には余裕がある。だが、このままでは埒が明かない。
「グレアム」
侯爵は傍らに立つ参謀を見た。
「このまま籠り続けるのか」
「そうも言っていられなくなってきました」
グレアムは地図を広げた。神経質そうな指が、アイギス要塞の位置を指した。
「エリオット将軍の軍が、徐々にこちらへ圧力をかけています。援軍が来なければ、いずれ補給線が断たれる」
エリオット将軍は要塞へ通じる道を封鎖し、補給物資の搬入を邪魔していた。アイギス要塞はすぐに落ちるような要塞ではないが、日々減っていく物資に、兵士たちの士気も下がっていた。
「だから援軍を要請しているのだ。なぜ来ない」
「帝都の判断が遅いのです」
実際には帝都の判断が遅いわけではなく、損害が大きすぎて、兵士の育成が間に合わないのである。徴兵した兵士がすぐに戦場に投入出来るわけではない。
軍隊として規律ある行動が出来るように、最低限の訓練を実施してから、戦場に投入されるのである。
また、事務方はハートフィールド侯爵がルーカスを嫌っているのを知っており、ルーカスに関係する部隊を送るのを止めていた。
グレアムは眼鏡を押し上げた。
「ただ、閣下、一つ提案があります」
「言え」
「ルーカス・グレイ大佐を動かすよう、シュトルム総司令に要請してはいかがでしょう」
侯爵の顔が歪んだ。
「あの男を使えというのか」
「使うのです、閣下」
グレアムは静かに続けた。
「ルーカスが敵の後方から攻め込む。エリオット将軍はそちらへ対応するために兵力を割かざるを得ない。その隙に、我々が要塞から打って出る。挟撃です」
「……それで、手柄はどちらに」
グレアムは口の端を僅かに動かした。
「ルーカスが後方を攻めたことは事実です。しかし、最終的に敵を引き付け、挟撃の機を作ったのは、このアイギス要塞で耐え続けた閣下です。ルーカスを救援として呼ぶのではなく、勝利を掴むための駒として、戦場に呼びつける。これは閣下の手柄」
グレアムは地図から目を上げた。
「後の歴史書には、そう記されることになるでしょう」
侯爵はしばらく黙っていた。
「……ルーカスは」
「手柄の分け前を求めるでしょう。しかし運では、閣下の方が階級が上。閣下がアイギス要塞から打って出て敵を退けた事実は、誰も覆せない。あの若造が何を言おうが、手柄の横取りと一蹴しましょう」
侯爵の目に、じわりと光が宿った。
「なるほど」
「それに」
グレアムは付け加えた。
「ルーカスが動けば、帝国軍全体の士気も上がります。閣下がその判断をされたとなれば、総司令への印象も変わる」
侯爵は腕を組んだ。しばらく考えてから、頷いた。
「シュトルム総司令に連絡を取れ。ルーカスを動かすよう要請する。ただし、指揮系統はこちらが握る。それが条件だ」
「承知しました」
グレアムは一礼した。
侯爵が退室してから、グレアムは一人地図を見つめた。
指揮系統を握る。侯爵はそう言った。だが、実際の戦場でルーカス・グレイが動けば、指揮など関係ない。あのギフト持ちが動けば、戦況は一変する。
(うまく使えれば、それでいい)
グレアムは眼鏡を押し上げた。
ただ、ルーカス・グレイという男が、果たして「使われる」かどうか。
それだけが、計算に合わない変数だった。




