第17話 村の防衛戦
村に差し掛かったのは、夕刻のことだった。
アルゴン連邦へ戻る途中、街道が使えないため山間の迂回路を選んだ。その先に小さな村があった。
村に入ると、異様な空気があった。
住人たちが慌ただしく動いている。女が子供を抱えて走り、老人が荷物をまとめている。
「何かあったか」
ジョセフが近くにいた村人に声をかけた。
「王国軍が来るんです!きこりが見たと。もうすぐここに――」
逼迫した状況だと伝わってくる。
ジョセフは隊員に訊ねる。
「マルチ、ノイ、タン。何か感じ取れるか?」
「いいえ。まだ」
亜人達は動物まではいかないが、人間のそれよりも感覚が鋭い。
その彼らがまだ何も感じないというのであれば、近くには来ていないということであろう。
航空地図など無い世界である。きこりは村の位置がわかっているので真っすぐに帰ってきたが、敵兵はそうはいかない。
その差が時間になってあらわれていた。
そこへ、馬に乗った若い男が慌てた様子で近づいてきた。二十代前半。身なりは良い。
「輸送部隊か。ちょうどいい。この村の防衛を頼む」
「あなたは」
「この村を管理する地方領主の息子だ。村長代理といったところだ」
男は馬上から見下ろした。
「亜人の部隊か。まあいい。やれるだけやってくれ。私は父のところへ援軍を要請しに行く」
「援軍が来るまで、どのくらいかかりますか」
「さあ。とにかく頼んだぞ」
それだけ言って、男は馬を走らせた。
マルチが唇を噛んだ。
「……逃げましたね」
「そうだね。どこかで見た光景だ」
ジョセフはあっさりと言った。
「でも、仕方ない。援軍が来ないよりましだ」
「本当に来ますかね」
「さあ」
「まったく、いい加減なんだから」
マルチはジョセフのあっけらかんとした態度に呆れた。
ただ、ここでジョセフも慌てて住民を見捨てて逃げるようなことをしないことには好感が持てた。
ジョセフは村の構造を素早く見渡した。石造りの家が並ぶ、小さな村だ。村の中心に井戸。東に林、西に緩やかな丘。南に細い街道が伸びている。
ジョセフは振り返った。村人たちがこちらを見ている。老人、子供、女たち。逃げるにも足が遅い者ばかりだ。
「逃げるのに、どのくらいかかりますか」
ジョセフは村の長老らしき老人に聞いた。
「子供とわしら年寄りを連れては……一刻はかかるかと」
「一刻か」
時間的な余裕が無いのはわかった。
そして、彼らとともに戦おうとしても、武器も満足にはない。
「きこりが敵兵を見たという場所は?」
「北の方にある山です」
少し遠くに山が見える。
ジョセフは少し考えた。
「全員、南の街道へ向かってください。できるだけ急いで」
ジョセフは部隊に向いた。
「マルチ、村人の誘導を頼む。ダオ、タン、ノイ、ビン、ナムは残って戦う。いいか」
五人が頷いた。しかし、戸惑った表情。
「それじゃあ私らは――」
村人が言い終わる前に、村の外れで怒鳴り声が上がった。
マルチの耳がぴんと立った。
「来ましす。二十人前後、東の林から」
「隊長は?」
マルチが言った。
「ここにいる。行け」
「でも――」
「マルチ」
ジョセフは静かに言った。
「村人を頼む。それが一番大事な仕事だ」
マルチはしばらくジョセフを見た。それから、頷いた。
「……わかりました。絶対に死なないでください」
「努力する」
マルチが村人を連れて南へ走り始めた。
―――
ハイドロジェン王国の小隊が村に入ってきた。
十五人ほど。略奪目的らしく、隊列は乱れている。指揮官らしき男が前に出た。
「帝国軍か。こんなところに亜人の部隊がいるとは」
男は嘲るように笑った。
「亜人が何匹いる。六匹か。下がれば命は取らんぞ」
ダオが低く唸った。タンが肩を回した。
「隊長」
ノイが耳をぴんと立てた。
「やりますか」
「やろう」
ジョセフは村の構造を頭の中で展開した。石壁、路地、井戸、家屋の配置。これを使う。
「ダオとタン、正面。路地の角で待て。ノイ、屋根の上を使え。ビン、左の路地。ナム、右だ」
五人が素早く動いた。
王国軍の指揮官が眉をひそめた。
「なんだ――」
次の瞬間、ダオが飛び出した。
象人の巨腕が先頭の三人を薙ぎ払った。石壁に叩きつけられた兵士たちが崩れ落ちる。
「化け物か!」
混乱した王国軍に、屋根の上からノイが跳んだ。兎人の跳躍力で二人の背後に着地し、組み伏せる。
左の路地からビンが飛び出し、騎馬の馬首を掴んで引き落とした。
右からナムの怪力が壁を突き破るように男を吹き飛ばした。怪我をしているはずの右腕だが、戦いの中では関係なかった。
タンは正面で三人を相手に格闘していた。剣が何度も皮膚を掠めたが、熊人の厚い体毛が刃を弾いた。
王国軍が浮き足立った。
「亜人ごときが――なぜこんなに」
指揮官が後退しながら叫んだ。
「弓を使え! 弓だ!」
「させないよ!」
ナムが石を拾って投げる。それが弓兵の頭に命中すると、その場に倒れこんだ。
象人が本気で投げた石が、頭に命中して生きていられる者はいない。
だが、数が多かった。じわじわと押されていく。
ジョセフは村の外れまで目を向けた。
南の街道に、村人たちの姿が見えた。もう十分遠い。
(よし)
ジョセフは息を整えた。
「全員、下がれ!」
五人が素早く後退した。
王国軍が前進してくる。
ジョセフは村の中心、井戸の傍に立っていた。周囲に村人はいない。
胸の奥で、あの感覚が疼く。熱。焦げた匂い。嫌悪感が込み上げる。
だが今は使う。
ジョセフを見つけた敵兵が、井戸に向かって走ってくる。
ジョセフは背を見せて逃げた。しかし、その最中でもフロギストンを作って、井戸の中にためていた。
そして、井戸の淵には小さな、本当に小さな火のついた葉っぱがあった。
敵兵が井戸の脇を通過しようとしたその時――
轟音。
井戸から火柱が上がった。
悲鳴。怒号。王国軍が散り始めた。
体に炎の衣をまとい、必死に地面を転がるが、次々と供給されるフロギストンは、炎の命を燃やし続ける。
ジョセフは壁に手をついた。頭が痛い。吐き気がする。
「隊長!」
ビンが駆け寄った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫」
ジョセフは顔を上げた。
「敵は」
「逃げました。生きている奴は、ですが」
「そうか」
ジョセフは空を見た。夕暮れが、村を赤く染めていた。
「運良く爆発が起こって助かったな」
「運……ですかねえ」
ビンは怪訝な顔をしている。
が、それ以上は何も言わなかった。
―――
夜になって、村長代理の男が戻ってきた。
村人が領主のところに、敵兵を撃退した知らせを持ち込んだため、安全だとわかったからである。
父親らしい初老の男と、従者を数人連れていた。
村の状態を見回してから、男は口を開いた。
「まあ、なんとかなったようだな。ただ、いくつか家屋が損傷しているが、これはどういうことだ。軍が村を荒らしたとなれば、賠償を請求しなければ――」
「申し訳ありません」
ジョセフが答えた。
部下たちは不満の表情を浮かべるが、村長代理は一瞥しただけだった。
「戦闘の際に一部の建物が損傷しました。村人は全員無事です」
「村人は無事でも、家屋が損傷すれば損害だ。帝国軍に報告して、きちんと補償させる。お前たちの部隊名と隊長の名を教えろ」
ジョセフは少し間を置いた。
「第77輸送部隊、隊長ジョセフ・ラザフォードです」
父親の顔色が変わった。
ラザフォード。
「……ラザフォード公爵家の」
「庶子ですがね」
ジョセフは白い歯を見せた。
父親はしばらく黙った。それから、隣の息子を見た。
息子はまだ状況を理解していなかった。
「何だ、父上。この亜人の部隊がやったことは事実で――」
父親の手が飛んだ。
乾いた音が響いた。
息子が頬を押さえて固まった。
「黙れ」
父親は低く言った。
「ラザフォード様に向かって何という口を利く。それに、貴様は村を捨てて逃げたのではないか」
「そ、それは援軍を――」
「黙れと言った」
父親はジョセフに深々と頭を下げた。
「この度はご迷惑をおかけしました。村人をお守りいただいたこと、心より感謝申し上げます。損害については、こちらで負担いたします」
「いえ」
ジョセフは穏やかに答えた。
「戦闘で損害が生じたのは事実ですので。村民のことを思う気持ちが伝わってきました」
さりげなく嫌味をいれるが、村長代理は下を向いて震えるだけだった。
父親はもう一度頭を下げた。
息子はたっと顔をあげてジョセフを見た。煤で汚れた軍服。少尉の徽章。亜人ばかりの部隊。
その横顔に、初めて何かが揺らいだ。
マルチはその一部始終を少し離れたところから見ていた。
隣にナムが立っていた。
「あの息子、逃げたのに責任を追及しないのか」
「そうよ」
「……隊長は、お人よしが過ぎる」
「当たり前じゃない」
マルチはジョセフを見た。村人に何か声をかけている。村の子供が笑っていた。
「当たり前、か」
ナムは短く言った。
「まあ、頑張りな」




