第16話 集積所の再会
集積所は大きかった。
国境方面への補給物資が集まるここは、常に荷の出入りが激しい。荷台が並び、兵士たちが行き交い、怒声と指示が飛び交っている。
ブラックな宅配業者の集積所という表現がピタリと当てはまるような場所であった。
ジョセフの部隊が到着して、ジョセフが積荷の書類を申請をしている間、マルチはふと鼻に懐かしいにおいを感じた。
耳がぴくりと動く。
知っているにおい。
「……ナム?」
振り返ると、大きな荷を運ぶ象人の女性兵士がいた。灰色の厚い皮膚、がっしりとした体格。しかし右腕に巻かれた布が目に入った。
女性兵士の方も気づいて、その大きな顔で振り向いた。
「マルチか。久しぶりだな」
ナムだった。軍学校の同期だ。あの頃と変わらない、さっぱりとした口調だった。
軍学校といっても、ジョセフのような幹部候補養成の為の学校ではなく、基本的なルールを叩きこみ、体を作るための訓練校である。
そのため、在籍期間も非常に短い。
「久しぶり! ここにいたの?」
「集積所管理の部隊に配属されてな。もう二年になる」
「そうだったんだ」
マルチはナムの右腕を見た。
汚れた包帯は嫌でも目に入る。
「それ、怪我してるじゃない」
「大したことない」
「大したことないって……包帯巻いてるじゃない。荷運びなんてしてていいの?」
「動ける。問題ない」
ナムはあっさりと答えた。だが、荷を持つ右腕がわずかに震えているのを、マルチは見逃さなかった。
「無理しないほうが――」
「おい、そこ」
鋭い声が飛んだ。
人間の中年将校だった。胸に大尉の徽章をつけている。
「勤務中に私語をするな。さっさと動け」
ナムはすぐに頭を下げた。
「申し訳ありません」
そのまま荷を抱えて歩き出す。右腕が痛むのか、一瞬だけ顔が歪んだ。
マルチは大尉を見た。
「あの、少しよろしいでしょうか。彼女は腕を怪我していて――」
「亜人は丈夫だ。だから心配をする必要はない。お前も余計なことを言わずに持ち場に戻れ」
マルチの拳が、わずかに握られた。
「しかし――」
「聞こえなかったか。貴様、どこの隊だ!亜人の癖に俺にくちごたえをするのか?」
大尉の目が冷たくなった。
「亜人は黙って働けばいい。それだけだ」
マルチは口を開きかけた。言葉が喉まで出かかった。
「マルチ」
後ろから声がした。
ジョセフだった。書類の確認を終えて歩いてきたところらしい。
大尉がジョセフを一瞥した。少尉の徽章を確認して、わずかに顎を上げた。
「なんだ、貴様がこれの管理者か。それも、少尉か。部下の管理もできんのか」
「失礼します」
ジョセフは大尉に一礼してから、マルチに視線を向けた。
「何かあったか」
「あの象人が怪我をしているのに働かされていて――」
「亜人の話はいい」
大尉が遮った。
「少尉、お前の部下を連れて持ち場に戻れ。ここの管理は私がやっている。ハートフィールド閣下の戦場で物資が足りんのだ。この忙しいさなか、邪魔をするな!!」
大尉の言葉が荒々しくなる。
ジョセフはしばらく大尉を見ていた。
「そうですね」
あっさりと答えた。
「ただ、確認させてください。あの象人は集積所管理の部隊ですか」
「そうだが」
「怪我の状態はどの程度です」
「関係ない」
「輸送任務において、負傷した兵が荷を落とせば物資が損傷します」
ジョセフは穏やかな口調で続けた。
「帝国軍の物資を守るための確認です。運搬中に落下させてしまえば、ハートフィールド閣下に物資を届けられないことでしょう」
大尉が眉をひそめた。言い返せない。理屈としては正しかった。
そして、先に自らがハートフィールド侯爵の名前を出したのは、彼に取り入ろうとしているのが透けて見えたから。それをジョセフは逆手にとって、侯爵の名前で反論したというわけである。
「……軽傷だ。問題ない」
「なるほど」
そのとき、集積所の入口から一人の男が入ってきた。
整った顔立ち。物腰の柔らかい、三十手前の貴族然とした男。
エドワード・ラザフォードだった。後方視察のためにここを訪れていたらしく、数人の随員を連れていた。
大尉がすぐに気づいて姿勢を正した。
「ラザフォード様、ご視察ご苦労さまでございます」
「ああ」
エドワードは集積所を見回してから、ふとジョセフに目を止めた。
「ジョセフ、お前もここにいたのか」
大尉の顔色が変わった。
「……ラザフォード様のご存知の方で」
「弟だよ」
エドワードは薄く笑った。
「まあ、いろいろあるけどね」
大尉はジョセフを見た。少尉の徽章。煤で汚れた軍服。だがラザフォード公爵家の――。
大尉の顔がサッと青くなる。そして、血の気を失って、徐々に白くなっていった。権力にすり寄ろうとする者は、権力に弱いのである。
「し、失礼しました。ご無礼を――」
「いえ」
ジョセフはあっさりと遮った。
「階級は大尉殿の方が上ですから、無礼などということはありません。ただ――」
ジョセフはナムの方を見た。ジョセフがラザフォード家の者であるとしって、恐縮したナムが、少し離れたところに小さくなって立っていた。
「あの象人兵を、しばらく僕の部隊に貸してもらえますか。怪我が治るまでの間、輸送部隊で軽い仕事をさせます。集積所の管理より体への負担は少ない。亜人とはいえ、帝国軍の貴重なリソースですからね」
大尉はしばらく黙っていた。
「……わかりました」
エドワードはその一部始終を見ていた。それからジョセフに近づき、小声で言った。
「お前、うまいな」
「そうですか」
「公爵家の名前を使うのは嫌いなんじゃなかったか」
「状況次第ですよ」
ジョセフはそれだけ言った。エドワードの表情が、一瞬だけ読めない顔になった。
マルチはナムのところに歩いていった。
「ナム、うちの部隊に来なよ。怪我が治るまでだけど」
ナムはしばらくマルチを見ていた。
「……お前の隊長か」
「そう」
「変わった人間だな。人間は、特に貴族は私たちを見下していると思ったが……」
「そうでもないよ」
マルチは少し笑った。
「ただ、隊長が普通じゃないだけ」
「マルチ、お前まさか――」
そこまで言って、ナムはその先を呑み込んだ。
そして、ナムはジョセフを見た。荷の確認に戻っている。煤だらけの軍服で、部下に何か指示を出していた。
「いばらの道だな」
ナムは短く呟いた。




