第三章 盗賊領主はハンコウする編 「夜明けからの使者……」 中編 Aパート
「閉じ込めらる形になったか……。」
夜明けまで一刻程と迫った現状……松明が揺らす峡谷のシルエットを睨みつけながら、ダナンは恨めしそうにそう呟いた。
キャサリンに愛馬を引いてもらい、ダナン達は道すがらに刻まれた秘密の目印を頼りにアジトへ急ぐ。
……あれから、彼らは再度峡谷を越え、平原地帯へ戻ろうと試みた。
だが平原側からグールの大群が大挙して押し寄せたが為に、峡谷に引き籠もらねばならなくなった。
救助対象であるコルカドの難民が居ないにも関わらずである、皮肉にも程があろう。
最悪の想定はしていた、いたがあくまで『していたつもり』でしかなかったのだ……。
ダナンの胸中には依然、整理に困る感情が渦巻いている。
(きっとジョーやミシェルなら、もっとすんなり割り切れるんだろうな。)
この数日間、異様な迄に濃密な修羅場や死線を潜ってきたという経験から、自分は一端以上ではあると思い上がっていた。
あと三年は『飯炊き』やらせるから。
……ミシェルの言葉が鮮明に脳裏へ浮かぶ。
(いいさ、何年でもやってやる、絶対に生き残ってな。)
静かに秘めてダナンは自身の精神を立て直す、今は迷っている場合でも、逃げ道を探す時でもないのだと。
……彼の思考、思い込みは概ね正しい、正しいが後ろを付いて歩くキャサリンにとってみれば、些か『聴く耳を持ってほしい』所であっただろう。
「…………。」
「………の!?」
「………っえ?」
「ちょっと聞いてないの!!どんどん先行かないでよ。」
戸惑いながら振り返ると、10m程空けた距離でキャサリンが立ち止まっていた。
いや、正確には彼女の都合で足を止めている訳ではないようだ……直ぐに状況を察し、走り寄るダナン。
「ビッケ!」
(馬の名前?……初めて呼んでるの聞いたわね。)
栗毛色に映える鼻梁白を掻く様に撫で下ろしてから、ゆっくりと脚部へ手を這わせるダナン。
じっとりと濡れた感覚と強張った筋肉……鼻息荒く、ビッケはただ眼差しをダナンへ向けている。
「ごめん、気づいてやれなくて、大分無理をさせたな。」
……ビッケの首周りを撫でると、ダナンは革製の腰巻きに備え付けられたポケットから小さな容器を取り出す。
「それは?」
「筋肉の炎症を鎮める軟膏だよ、人間にはちょっと強いけどね。アジトまではまだ少し歩くから、頑張れ、あと少しだ。」
そう励まし、もう一度鼻筋を掻き撫でるとビッケの側でしゃがみ込んで軟膏を塗り始める。
ほんの数分後、独特な軟膏の臭いを漂わせつつ、今度はダナンが手綱を引き、一行は横並びで再び歩きだした。
……揺らめく陰影の最中、暫し二人とも押し黙っていたが、唐突にキャサリンが口を開く。
「前から思っていたのだけど、ダナンって妙に馬の扱いに慣れてない?」
軽石の様な口調に対して一瞬、ダナンは質問の意図が判らず微妙な表情を浮かべる。
「いや、これぐらい……普通じゃないかな?寧ろ内輪の中じゃ乗れてない方でしょ。」
「……んー、いや、乗馬技術とかじゃなくて……生態?性格とか個々の癖を熟知してるなって。ちょっと珍しいじゃない、どうしてかなって思って。」
「ーーん、別に黙ってるハナシでもないんだけど。」
歯切れの悪い、ぶつ切りの沈黙の中に蹄の音が溶けてゆく……やがて松明の『ぱちッ』という急かし声に押される様に、ダナンはぼそぼそと話しだした。
「……まぁ、うちの実家って、地元じゃ結構規模の大きい牧場だったんだよ。アームベルンの皇室に典礼用の白馬を献上したりしてさ。」
「………。」
「……でも僕が生まれる十年位前かな、知っていると思うけどアレ(陸竜)が大陸に持ち込まれて……恥ずかしい話、徐々に厩舎経営が厳しくなって一族の古株共も石頭だったもんだから、お決まりの末路を辿っていった訳。」
「じゃあビッケちゃんやフェデルにいる子たちは……。」
「その種の人間に言わせれば食用に処分しても二束三文、借金のカタにも出来ないガラクタ……物なんだそうだ。んで最期まで時代に逆らってた親父がおっ死んで、途方に暮れてたら団長に声を掛けられたんだよ。陸竜飼う金無いから(馬を)引き取るってさ。」
「もしかして、ダナンが傭兵団に入ったのって……。」
「何を言いたいのか分からないけど……多分違うよ。まぁ下らない理由だから、それ以上は勘弁して。」
そう言葉を遮り、一瞬だけビッケへと視線を彷徨わせるダナン……。
「こいつに鞍を預けてからまだ日が浅いけど、良く走ってくれてるよホント。」
日が浅い……そんな何気無い呟きに引っ掛かりを感じ『前の馬は?』と戸惑うキャサリンであったが、直ぐにその理由を察した。
思い出したのだ、あの時、迷宮結界へ閉じ込められた際にはぐれた二頭……明確ではないが状況的に見て間違いなく死んでいるだろう。
「ごめん、今更だけど……辛かったわよね。」
そう声を詰まらせるキャサリンに対し、ダナンは僅かに首を横に振る。
「君が謝る事じゃないよ。それに仕方ない、戦馬なんだから。」
『戦馬』……戦争の主流からも外された消耗品、だから仕方が無い、ダナンの言葉はそういった意味合いなのだろう。
残酷だが事実である、人類対魔王軍、国家間の戦争が膠着して見えるのは表面上であり、紛争の火種は路傍の石と同じく転がっている。
様々な兵装、技術大系が研がれ、また廃れていく時代なのだ、立場は違えど二人ともそれを体感してきた。
だがそう理解しつつ、キャサリンの耳には同時に彼の葛藤も滲んでいる様に思えた。
……そもそもが消耗品に名等付けないであろう。
(ダナンは優しいのね……でもきっと優し過ぎる。)
少し前の自分らとビッケたちの立場は差して変わらない、泥水を啜りながら強者に都合よく使い捨てられそれでも尚、生き残ってきた。
知っている……ダナンが抱えているものは、やがて彼自身を殺す緩みになるだろうと。
そしてキャサリンは自覚していた……それを今、声に出して指摘出来ないのは自身にもまだ弱さという隙が在るのだと。
漆黒の渓谷へ差し色が如く灯る松明が揺れる、今にも闇に呑まれそうなか細さで……。
……察するに余りある重い空気の中、二人と一頭の砂利を踏みしめる音が断続的に流れて消えゆく。
どれほど歩いていただろうか?しかし不意にその沈黙は終わりを告げる。
「………!?」
前方を睨みつけたまま、ダナンの足が止まったのだ……。
キャサリンもダナンの反応を受けて松明が照らす先を凝視するが……彼女の目からは何ら変わりが無い、砂と赤茶けた岩肌が左右で聳え立っているだけである。
「罠が解除されている……。」
「罠?頭上から岩石でも落ちてくるのかしら?」
「……それに近いかな、って言っても原理は判らないらしい。元々ここにあった遺跡の中にアジトを造ったから、罠もそのまま使用してるんだって。」
「ふーん、で……結論は『敵』に待ち伏せされてる?」
「………。」
キャサリンの問いを片手で制し、ダナンは無言のまま10m程先行すると右岩壁の側でしゃがみ込む……と、ほんの数秒後、『やっぱり』と呟き彼女を手招きで呼んだ。
そうしてダナンがキャサリンへ見せたのは何の変哲もない岩肌の凹凸、それが仕掛けだと教えられて尚、理解に苦しむ位に見事な自然物であったという。
「ーーつまり、最初からコイツが仕掛けだって確信してないと罠の『一括』解除が出来ないし、ここまで28ヶ所の岐路を経て辿り着いてる。そこまで思考する敵なら待ち伏せする以前にこの罠を利用するだろ。再稼働の仕掛けを知らないとも思えないし……あとアジト側から歩いても罠発動しないんだよコレ。」
「アジト側からは発動しないってどんな原理よ?」
「だから判んないって!」
「判らないけど……リスク無しで、罠を使わない手はないって話ね。相手が敵である前提なら……。」
そう、前提であるなら……少なくとも理屈が合わない。
その答えを探る為にダナン達はお互いの顔を見合わせた後、変わらぬ峡谷の景色へ振り返り、意を決して急く様に進む。
……やはり、いや当然何も起こる気配は無く、100mにも満たない距離を進むとやがて松明の明かりがぽっかりと大口を開けている洞穴を照らし出した。
「………。」
開いてはいたが洞穴へ少し入った所で、天井にまで枠組を嵌め込んだ様な木製の大扉が見えた。
(施錠は……外しっぱか。)
内側の閂が外れていれば、押しただけで両開きの扉は開くだろう。
「………。」
「………。」
ビッケの豪快な鼻息を背中で感じつつ、微かに視線を動かしキャサリンを一瞥すると彼女と目が合う……おそらく気づいている。
何食わぬ顔でダナンが扉へ手を添えて、押し出そうとしたその瞬間。
「ーーーーッ!!」
明かりの中へ背中側から別の影が乱入し、小気味いい破裂音が鳴り響いた。
一瞬で揺らめき交錯する影……然しその揺れ返しが収まった後、ダナンが振り返るとその襲撃者であろう男はキャサリンによって取り押さえられていた。
「………あんたは。」
呻く男は着込んだ革製のフルプレートの隙間から出血を滲ませ、一目で右足の膝から下を欠損していると分かる……重傷だ、布地で抑えるだけの応急処置しかしていない。
何より血の気の引いた青白いその顔に、ダナンは見覚えがあった。
「マドロックさん!!マドロック・レントか!?」
「お前……『飯炊きダナン』なのか……?」
つづく
陸竜の大陸入植とその史実①
元々陸竜は外海の大陸、その灼熱の砂漠地帯で棲息しており、過酷な自然環境も苦としない強靭な種である。
また性格は極めて温厚で、オアシスを求め群れで砂漠を移動し雑食であるが繁殖期以外で危険性は低いとされてきた。
太古より現地の民が砂漠の移動手段として利用し、近年では品種改良されより草食向きとなっている。
その為、馬よりも安価な飼料コストで賄え且つ耐久や速度の面においても優秀である。
体高平均3m弱、鼻先から尻尾まで全長は4〜5m程であり三千年前の壁画にもその姿が描かれている。




