第三章 盗賊領主はハンコウする編 「夜明けよりの……」前編
夜風が肌を撫で、高揚の熱を鎮めてゆく……。
(………。) (………。)
丘の斜面へ姿を隠し、息を整えようと試みるナーサとマイケル。
自身の出血か、返り血とも判断つかぬままに染まった互いの身体から漂う鉄の臭いが……次第に思考と感情を取り戻させていく。
どれ程の時間、自分達はグールと交戦していたのだろうか?
我に返り、そんな疑念に駆られ、ナーサは小柄な上半身を起こして振り向くと斜面から景色を覗き込んだ。
……遠く、夜闇の中へ月明かりによって僅かに形を成す景色と死者達の対比が蠢く。
その瞬間にフラッシュバックする断片的な記憶……繋がる意識、あの女を引き裂いた後も自分達は一心不乱にグールどもを屠り、気付けばマイケルに首根っこを掴まれて共にこの斜面へ飛び込んだのだった。
僅かに視線を戻すと、マイケルはまだ肩で息を吐きながら眼を伏せている……。
……どうやら一旦は生き残ったらしい。
が、しかし互いに軽傷とは言えぬダメージを負っている、特にマイケルは下顎の骨が折れてまともに会話すら出来ない。
更に鼻骨は折れていないが鼻腔内でまだ出血が止まってないのだろう、未だに息を整えられていないのはコレが原因だと思われる。
他にも重傷箇所がありそうだ……自分も傷を受けたが問題無く四肢は動く、動きの質も落ちていない。
ならば単身でキャス達を追うべきだろうか?
亜人種のゴブリンにはそれなりにではあるが、人類とは比較にならない自然治癒力が備わっている。
拠点に戻る位はそう難しくないだろう……マイケル自身に一抹の不安が無いと言えば嘘になってしまうが、事態が事態だけに信じる他ないとナーサは自分に言い聞かせ、口を……口火を切ろうとした。
だがその刹那、普段からは想像出来ぬ余りに怜悧なマイケルの眼差しがナーサを射抜く。
「………。」
「……小僧、よもや儂を見透かし、我を通そうとは考えておらんよな?」
明確な威圧を込めた言霊……普段のマイケルで在るならば、抵抗の素振りも見せられず要求を呑まされるであろう。
だが、死線の只中を踏み締める現況において、マイケルの判断は違う、真逆であった。
「進……む……か退く……にせよ……『ふたり』でだっ……!!あん……たの……方……が重……傷だ……ろ。」
辿々しい言葉に似つかわしくない、迷いの無い凛々しさまで感じる声にナーサの方が戸惑ってしまう。
ーー戸惑うが、改めて彼の眼差しを見たその一瞬でナーサはマイケルの真意を悟る……。
実際、ナーサの身体は数十ヶ所にも及ぶ筋断裂、骨折や内臓にも損傷があり、痛みを無視する事に長けた彼女を以てしても、意識を保っていられるかは不明瞭であっただろう。
詰まる所、マイケルは冷静な状況判断でナーサの主張まで読み切り、その上で救援と撤退の選択を単独行動で分ける行為はどちらも選ばぬ愚行であると諭したのだ。
……何より無自覚にマイケルを侮っていた事に気付き、ナーサは己を恥じた。
先のソニアとの戦いにおいて、少なからず抱いていた『強者』であると云う驕りから足を掬われかけたのが良い例だろう。
もしあの時、マイケルが加勢に来なかったなら、結果は逆になっていた。
「ヌシの判断が正しい……もう『独りで』とは言わん。……で、あとは進退の選択だけだが、どうするね?」
「………。」
余りにあっさりとしたナーサの物言いに、説得に骨を折るだろうと覚悟していたマイケルは思わず固まってしまった、しまったが無言で継ぎの言葉を待つナーサのまた違った圧に我に返る。
「助……けに……行く。」
「……惚れた弱みかね。」
……一呼吸置いた形でそうナーサに心理を突かれ、一瞬顔を顰めるマイケルであったがそれがナーサなりの気遣いであると察して息を吐く。
(何としてもキャスを助ける……あいつの代わりにはなれねぇけど、せめて連れて帰るからな。)
『連れて帰る』……誰のもとへ?複雑な感情に苦笑しながらもマイケルの思考にブレは生じない、それが彼なりの答えだったのだろう。
……やがて息遣いも整い、肚を据えて身体を翻し、斜面から夜闇を覗った瞬間……その異変は既に起きていた。
「………!?」
「儂らを捜すのを止めた?……違う、奴らめ、峡谷へ一斉に向かい始めよったぞ!!」
一瞬、事態の悪化が脳裏に過り、無意識に傾斜の土を掻きむしる様に掴んでしまう。
この時、月の傾きは深夜へと達しようとしていた。
……一方、フェデルの町、サルマン邸。
「………。」
邸内の玄関ホールに戻って来たジョーは一部の小隊長を呼び、状況報告を聞いていた。
負傷者及び、グール侵入の有無、小さな異変迄見逃さない様に徹底的な聴き取りが行われたが懸念される事案は上がっていなかった。
被害が無く、またマッコイがフェデルを出た事実が濃厚となった上に石橋が落とされた事で町から身動きが取れなくなり、捜索隊も送れない状態である。
状況を鑑みるなら、警戒態勢を段階的にでも下げていくべきだろうか?
だがそんな言葉は誰一人として口にしない……。
皆、一様に『身動き』が取れなくなった事に引っ掛かりを覚えたのだろう。
ジョーが螺旋階段の下に腰掛け、三人の小隊長達で囲む様に立っているが、誰も兜を脱がない、利き腕を常に得物へ添えている。
否、一人だけ、鉈を腰から下げた男が自身の顎髭を毟る所作をとっており……ジョーは溜め息混じりで視線を向けた。
「アブさん……何を気にしている?」
『アブさん』そう呼ばれた男はジョーの問いに数拍遅れる形で反応を見せる……おそらくは思考の海にでも溺れていたのだろう。
「ン?……すまん、何だって?」
「いや、だから何考えて(呆けて?)いたんだ。」
「団長は相変わらず手厳しい……いや、なに……静か過ぎると思ってな。」
「それは敵襲が無い事って意味か?」
その言葉にモヤを掛けられた様に思考を濁され、渋い顔を晒すアブさん。
が、直ぐに気を取り直しまた顎髭を毟り始めた。
「……石橋を落としたのは本当にマッコイさんなのか?そもそもマッコイさんの逃亡が仮定の敵と連動しているのか?寧ろ戦略的にみれば石橋が無くなった事で俺達は籠城する形になったとも取れる。」
「確かにそうなんだが……。」
そう一同がアブ同様に渋い表情を見せていると、暫くして上階より足音が聴こえて来る……ジョーが見上げるとそこには寝巻きの上からガウンを重ね着たサルマンの姿があった。
「起こしちまったか?就寝中に騒がせてすまんな。」
「気にもしとらんだろ……私が不眠症だと知ってるクセに、聞かせろ、何が起きてる?」
……その後、サルマンを交え事の経緯を一から振り返りつつ、警戒体制の維持とローテーションについて会議は三十分程続いたという。
結局は不明瞭な敵襲に対して過敏に反応しては自軍が疲弊するだけだと纏まり、ギャンビット号が戻る迄の警戒で話の着地点を見出したのだった。
ーーが、淡々と皆の話に耳を傾けながら頷いていたようで、アブはまだ何処か得心し切れてはいないようだ。
そんな様子にジョーもまた一抹の不安を拭えずにいた……。
一応の結論に達し、解散を以てサルマンが書斎へ戻り、他の小隊長たちも各々の持ち場に戻ろうとした時……アブがジョーに声を掛ける。
「マッコイさんが居た部屋をもう一度見てみないか?」
つづく




