第三章 盗賊領主はハンコウする編 「霧に包まれて……の敗走。」後編
(尽きたか……!?)
目もくれずホルダーへ差し向けた手が空振る……ダナンの体感では既に五分等とうに過ぎたかの様に思われたが、現実は過酷であるのだろう。
苦笑を噛み潰しつつダナンは岩場から飛び降り、踏み込んで横薙ぎに弓を振り抜いてグールの頭部へ叩き着けた。
刹那、鈍い音色と共に鉄製の弓がひしゃげ、弦が切れてしまう。
(マッコイみたいにはいかないか。)
よろけたグールを前蹴りで後ろの数体へと飛ばし、全方位を一瞥するダナン。
周囲では倒れてのたくるモノに躓き、崩れた人垣を越えた死者たちがキャサリンや怯えて固まっている愛馬へ向けて迫ろうと呻きを洩らしていたが、まだ泥濘みに足を取られままならない様子であった。
お互いに機動力が半減している上で尚、数という不条理が裏目、空回りを起こしている。
かすり傷すら負えない圧倒的不利な状況には変わりがないが、現状渡り合えている……微かに光明も射し始めているかもしれない。
が、しかし、常に生死が容易く入れ代わる場において『希望的観測』は足を掬う。
「ーーッ!?」
ほんの一瞬であった……態勢を変えようと踏ん張るその足首を掴まれ、ダナンは尻もちをつく形で倒れてしまった。
ありえない、自身と敵の立ち位置、死角への警戒、傭兵として信じ難い初歩の初歩、凡庸でも許されない愚行……如何なる重圧下、精神状態も言い訳に出来ない死の宣告。
足首を掴んだグールはダナンに縋り付こうと壊れた表情で口を開け、底なしの闇を覗かせる。
そして深く、吸い込まれるかの様に噛み付く……その手甲に。
押さえ込まれ、ダナンが情けなく声を上げ振り解こうと身体をバタつかせても、敵わない。
痴態に等しいその姿に誘われ、更に三体のグールが腐臭を撒き散らして殺到する。
「ーーーあぁあぁっ!!?」
死に怯えたその瞬間、ダナンの後ろから突風が吹き、遅れて鋭い裂音が抜けると襲い掛かってきたグールどもの腰から上部分が無くなっており、縋りついていた個体も頬から上を一文字に切断されて『カチカチ……』と手甲を虚しく噛んでいた。
何が起きたのか?理解出来ずに数秒間、身を強張らせて呆けてしまうダナンであったが、不意に肩を掴まれビクつきながらも顔を向ける。
「……大丈夫?」
そこに立っていたのは電磁鞭を携えたキャサリンであった……何故?まだ捜索限界の五分は過ぎていない筈である。
いや、自分の不甲斐なさを見かねて探索を打ち切って助けたのだろうか?一瞬そんな考えが過ぎったが、ダナンは即座にそれを否定した。
そもそも周囲の状況に合わせてトランス状態から脱する事が出来るなら無防備とは言えない、護衛もいらないだろう。
何らかの理由で捜索を中止し意識を戻したら、偶然に自分が危機に陥っていたタイミングだった……そう考えた方が自然かもしれない。
しかしそこまで考えを巡らせキャサリンの表情を見上げた途端、不明瞭なその『理由』というワードに一抹どころでない不気味な感覚をダナンは抱いてしまう。
縋りついたまま脱力しているグールを蹴り剥がし、そのまま手を貸す形でダナンを立たせると、キャサリンは一言だけ『退くわよ!』と通告し、退路を確保する為に群れの一角へ切り込んで行こうとする……が、彼にはこの時、キャサリンが怯えを隠す為に自身を鼓舞している様に見えた。
ーーそこからどう切り抜けたのか、曖昧、否、暫しの空白に近い忘却の後……気づけばダナンはキャサリンを後ろに乗せ、手綱を握りしめ必死に愛馬を疾走させていた。
正直、今何処を走っているのかも検討がつかない。
情けない……意気揚々とひとりでも多くの命を救う意義を説いて飛び出してきたのに、結果はこのザマなのか?
本質、命の危機に瀕してこそ露呈する脆さ……やはり自分は誰かの影に隠れてやり過ごすのが似合い、分相応なのだ。
奥歯を噛み締め、この作戦に付き合わせてしまったゴブリン組の姿を思い浮かべるダナン。
「ごめん……取り乱して道が判らない。」
「ンああ、ちぐはぐに走らせてたものね気にしないで……でも『それ』以外の謝罪は言わないでよね。」
「………。」
居た堪れない……暫しの沈黙が流れた後、僅かな吐息を洩らしキャサリンが言葉を紡ぐ。
「慰めにならないだろうけど、私もね、恐怖に呑まれてスキルを途中で打ち切ったのよ。」
「……何を言ってるんだ?」
「コルカドにあんな化け物が陣取ってるなんてね……しかもアイツ、ワタシが『視てる』事に気付いて追手まで差し向けてきたのよ。」
「待ってくれ!益々判らない!?」
飄々とした口調に反し、重い単語で彩られたキャサリンの言葉に理解が追いつかないといった様子のダナン。
だがそんなダナンに構わず、キャサリンは畳み掛ける様に話しを継ぐ。
「いい?ワタシは見知らぬ誰かより自分の命を取った。それが現実よ、相手が悪過ぎた。」
「………。」
噛み砕いた、しかし余りに冷徹な、だが……だがそれは負の感情に押し潰されそうな今の自分にとって、何より優しい言葉ではなかろうか?
キャサリンは暗に自分も同罪であると示しているのだ、その上で求めている、頼っていると。
頭を冷やせ……少なくともそうダナンに自制を促すには充分に足る物言いであったのだろう。
と同時に冷静を取り戻した思考には決して見過ごせない単語に気づいてしまう。
「……追手だって!?」
「ええ、だからあなたが取り乱してくれて(予測不能な動き)助かったわ♪このまま奴らを撹乱してから峡谷まで戻りましょう。」
『嘘だろ』……かなりの実力者であるキャサリンが逃げの一手を選ぶ化け物の存在、内心でそう呟きながら、ダナンは後方へと流れてゆく夜闇の風景を一瞥する。
不穏ではあるが何者かが迫る気配は現状で感じられない、が、彼女の探知能力と同様の能力を持つとするなら油断大敵だろう。
一層の警戒を以てダナンは手綱をしならせる。
「………。」
そんなダナンを見つつ、この時、キャサリンは微かに震える自身の腕を気づかれぬ様に振る。
トランス状態で視た悍ましい光景が思い出され……掌に汗が滲み出す。
ーーそれは腐臭を撒き散らし巨大にして蠢き、夥しく『孕む』化け物の陰影。
(あの時、ワタシに気付きながらもアイツ自身はその場から動こうとしなかった……でも、あの追手の姿を見る限り、コルカドの住民はもう……。)
唇を強く結び、キャサリンは押し寄せる後悔を噛み殺して……ただ只管に耐えていた。
つづく




