第三章 盗賊領主はハンコウする編 「夜明けからの使者は……」 中編 Bパート
「……あんた、ゴブリンなのか。」
アジト内中央に置かれた木製テーブルの上に寝かされ、僅かに首を動かすマドロック……焦げ茶色の癖っ毛が特徴的で年齢は四十代半ば程であろうか、その表情は何処か引き攣って見えてしまう。
そんな様子に苦笑しながら、キャサリンは汚れた革鎧をマドロックから外して包帯をハサミで切り離す。
この時、キャサリンの表情が戸惑いで一瞬曇るが、何事もなく言葉を紡ぐ。
「こんな状態でよく襲い掛かってきたわね、全身傷だらけでどれも化膿しちゃってるじゃない。……それとこの右足は?」
「グールに噛……まれてな、戦友が咄嗟……に切り落としたんだよ。一応、傷口は焼いたがね。」
「……。」
息も絶え絶えの状態で尚、余裕を保とうとしているマドロックの口調に対し、思わず小さく息を吐き、キャサリンは顔を上げて改めて周囲を見回す。
……アジトの内装は洞窟の岩肌と木材建築が混合したかの装いで、如何にも『秘密基地』といった所だろうか。
四十畳程の空間は薄暗いが石積みの煙突を延ばした暖炉の薪火が煌々と燃えている。
……だがそんな灯し火よりも、暖炉の傍らで一塊となって踞っている『者達』の方へキャサリンは視線を合わせていた。
毛布を分け合い身を寄せている三人の子供と若い女性、おそらくはコルカドから逃げ延びて来たのだろう、皆一様に憔悴仕切った表情で座り込んでいる。
それも仕方がないだろう……千人近く居た人間の中で生き残ったのは五人だけだったのだから、どれ程の阿鼻叫喚地獄であったか察するに余りある。
だがそれでも尚、彼女たちが生きているという事実が自分達の選択を肯定してくれている様で、キャサリンは救われた気がしたのだ。
そしてその感情はきっと、ダナンの方が一層強かったのだろう。
「結構使える薬品があったよ。」
隣室の倉庫の扉を背中で開けて、両手一杯に薬瓶を抱えたダナンが姿を現す。
「うん、あとは手持ちのサバイバルキットで何とかなるわ、それじゃあ始めるけど、麻酔無しの縫合で耐えれる?」
「………。」
こくり……と無言で小さく頷くマドロック、その仕草にニヤリと笑いかけて、キャサリンは厚手の布を彼に噛ませる。
その数拍の沈黙の後、突如として鈍く響くマドロックの呻き、絶唱。
それは縫合による痛み……ではなく、全身へぶち撒けられた消毒液によるものであった。
尋常でないマドロックの声に子供たちは微睡んでいるのか無反応だったが、女性の方は必死に耳を両手で抑えて顔を伏せている。
結局、一分と保たずにマドロックは気絶してしまったようだ、それ以降は静寂の中でスムーズに縫合までやり通せた。
「……夜明けまで後どれくらいだろうな。」
ーーどれ位の時が過ぎたのか?脱力したマドロックの身体へ新しい包帯が巻かれているのを尻目に、体感でしか計れぬもどかしさをダナンがぽつりと呟いた。
(流石にここ迄は来ないわよね……。)
多分、おそらく、十中八九心配ない……そう思いつつも心の片隅で燻ぶり続けるわだかまりに、キャサリンは楽観の声を出せない。
ただ黙々と包帯を巻き変えている、その真意を理解してか場の雰囲気を変えようとダナンが暖炉前の四人に目を向ける。
「何かバタバタして自己紹介がまだでしたね、僕はダナンと言います今マドロックさんの手当てをしているのがキャサリン……それで、えぇっと出来れば貴女のお名前も聞いてもよろしいですか?」
ゆっくりと穏やかな口調に務め、あまつさえ白い歯を見せて笑い掛けるダナン。
しかし……そんな彼に対し、返ってきた女性の反応は不審感からくる冷たい眼差しと一拍の沈黙であった。
「あ、あなた達……『フェデル』から来たんでしょ?何で今更……白々しい。」
重く、地を這う緊迫感が瞬時に広がる……広がるがダナンは戸惑う、言葉の意味を解せずに居る。
眼差しをダナンから外さず、微睡む子供たちを強く抱き直す仕草を見てただ嫌悪感だけは直感的に理解出来た……。
「………。」
ダナンは何かを声にしようとしたが、眼前の女性から想像だにしなかった拒絶の色に口籠ってしまう。
ーーそんなダナンの肩を後ろからキャサリンが叩く。
「今は何を言っても駄目よ……でもお陰で何となく状況が掴めたわ。」
「………?」
尚も現状が判らず、口をぽかんと開けてキャサリンを見返すダナン……だがその悲壮な面持ちに判らずとも状況の悪さを察したのだろう、彼女の継ぎの句を待つ態勢を取る。
「彼……マドロックさんの傷口の状態が明らかに悪いわ、焼いたもの以外の傷が化膿を起こしてる位ね。」
『化膿』……その言葉に僅かに反応を示すダナン、彼もある種の引っ掛かりを覚えたのだろう。
「私たちはコルカドの放棄が今日だと聞いてる、でもそこで負った傷が十時間足らずでここ迄悪化しないわ。しかもグールから受けた傷はひとつしかない……ねぇ貴女たちは『何から』逃げ、『何時』このアジトに辿り着いたの?」
……やや尋問に近い、真剣な面持ちでそう女性に詰め寄るキャサリン。
今度は女性の方が予想だにしていなかった質問の内容だったのか、気圧される様に戸惑いを見せている。
直後、そんな彼女の様子を一変させる言葉をキャサリンが放つ。
「肚に無数の人の顔を抱えた巨大な蟲……あいつと何か関係ある?」
「……ッ!!?」
次の瞬間、引き攣った表情で頭を抱え、声に成らない呻きを洩らし大粒の涙を溢す女性……その拍子に抱えていた子供たちが床へずり落ちた。
が……三人共眼を覚まさない、何かしらの反応さえみせない。
血色は有る死んでいる訳ではない、だがその異様な違和感にキャサリンは思わずひとりの子供を抱き上げ、衣服を捲る。
「………これは。」
穏やかな表情で眠る幼子の肩口……その皮膚の一部を青紫に変色させている噛み傷、それは獣の牙より細く斑点が連なっている様にも見えた。
「……まえ。」
「………?」
「三日前……私たちはコルカドを出た……フェデルから増援が来るって聞いてたのに……何で来てくれなかったの!?」
辿々しく吐露された悲痛な声……行き場の無い感情と共に女性は床に手を着けて蹲る様に嗚咽を洩らし始める。
ーー声が出ない掛けるべき言葉も見つからない、ちぐはぐな事実を知り、真相の追求もままならないのだ。
ならばせめて、自分達の焦燥感も彼女の慟哭も夜明け迄はやり過ごそう……そうキャサリンもダナンも考えていた。
が、事態はそれを一時すらも許さないようで不意に、唐突に尋常為らざる獣の咆哮が遠くで彼らに窮地を告げるのだった。
ーー同時刻、フェデル サルマン邸
「……団長、こいつを見てくれ。」
破壊痕の夥しい一室、ベットの残骸の側でしゃがみ込んでいたアブが一点を指指す。
「鉄枷の残骸だな、何か気になるのか?」
「こいつは四肢連動型のヤツだったよな。」
「ああ、壁の破損を懸念して夜間はベットから一m以上は動けない様に調節したばかりだ。」
「ならマッコイさんの血が付いた……多分手首の手枷がひとつだけ破損せずに残っているのは何故だと思う。」
「………。」
つづく




