第三章 盗賊領主はハンコウする編 「反故にしちまえよ。」
「…………。」
吸殻を踏み消し、二本目を咥えてから華火を見下ろすと、俺はジッポを何度も弾く……。
まるで急かす様に、煽る様に小気味好い金属音が鳴り響いてゆく。
「……立てよ、まだ試合は終わってねぇだろ?」
膝を着く華火を他所に、転がっている太刀の所まで歩み寄り、それをわざわざ拾い上げて投げてやった。
ーーかっしゃん!と小さな音が華火の『左側』で鳴る。
ほんの僅かな沈黙の後……焦れた俺は不快感を隠そうともせずに呟く。
「もういいや……お前には無理だ。」
俺の呟きを受け、太刀へ差し伸ばした右手がピクリと止まった。
「………無理じゃない!!私は……必ずアンタを殺す!!」
何かを振り切るかの様に、華火は決死の形相で太刀を掴み取って起ち上がるが、そんなものはポーズ、ブラフなのは一目瞭然だ。
「何故だ?何で太刀を左手で掴まなかった……。」
「五月蝿い!!黙れッ!!」
怒りに任せ、絶叫しながら踏み込んで来る華火。
身体能力に物を言わせた力任せの突撃は確かに速い。
だがそんなものが通用する程、俺も素人ではないつもりだ。
……武道について俺は門外漢だが、有名な格闘技は勿論、近代総合格闘にもセオリーという名の『戦型』が存在し、スポーツの世界ではフォームとして捉える事が出来るかもしれない。
速度、持続力、防御、攻勢、或いはカウンター、個人や目的に適した身体の運用方法……喪った視界を補う為に己の戦型を組み上げ、磨き続ける女を俺は知っている。
アイツなら、どんなに不様でも、形振り構わず信じた戦い方に殉じるだろう。
最早コイツにスキルは必要ない、片手の、しかも手振りの太刀なんざ脅威ですらないからだ。
終わらせるとそう決めて、俺は刀身を潜る様に低く一足で飛び込み、右脇腹から腕を差し込んで華火の喉輪を掴み、腰を入れつつ両足をーーー刈るッッ!!!
次の瞬間、華火の足が宙へ投げ出され、その身体は石畳へと叩きつけられた。
臓腑から無理矢理押し出したかの様に、短い呻きが絞めた首を通って洩れる。
何の感慨も無く、ただダガーを顎先へと静かに宛てがうと華火の表情が強張り、固まった……。
「…………。」
「………くっ……殺せ……。」
「やだね……お前に殺す価値なんざねぇよ。」
そう吐き捨てて起ち上がり、俺は人形の様に横たわる華火へ背中を向けた……直後だった。
BooBooBooBooーー♪
鳴り響く好感度BGMに混ざり、背後から人目も憚らない嗚咽が聴こえてくる。
場の雰囲気にそぐわない間抜けな音に俺は思わず笑ってしまう……。
何度目だろうか、気付けば予想外の結末に会場は沈黙で満たされているようだ。
鼻で笑いつつ、俺は壇上で偉そうに座るおっさんを見据える……試合の決着宣言を促す為だ。
心の折れた者ではこれ以上戦えないのは明白だ、それにコイツらが曲りなりにも誇りを掲げるなら尚更に敗北宣言をするしかない。
おっさんもそれを理解していたんだろう……視線が交差した途端、石材製であろう玉座の肘掛けが砕け散った。
「………。」
やがて無言で立ち上がったおっさんの左拳から数滴の鮮血が滴り落ちてゆく。
数瞬の後、渋面を隠そうともせず試合終了を告げたが、勝者の名を呼ばなかったのは意地なのか?往生際の悪いおっさんである。
「この愚か者どもがっ!!一族に泥を塗りおってッッ!!」
またエラくオコでやんの……今度は試合終了と同時に華火へ駆け寄って来た赤詠とその後ろから、泰然と歩いてくる水蓮に対して激昂し始めやがった。
華火を抱き起こし、着物を羽織らせると赤詠は一瞬、恨めしそうに俺を見た……ってか首領の話はガン無視ですか?
「……判っておろうな?三人とも潔く腹を切れ。」
何が『潔く』だ……テメェが言うんじゃねーよ、ったく。
まぁ何となく察していたが案の定な展開過ぎて笑えない。
……赤詠のじーさんが華火へ向ける眼差し、おそらくは本気で彼女を案じているのだろう。
『姫』と呼んでいた事も併せて考えると、三人の中では華火がリーダー、主君だと考えるのが妥当かもしれない。
赤詠も水蓮も、首領であるおっさんに逆らう事なんざ屁とも思っていない節がみられたが、肝心要の華火が上司にへつらう事しか考えない指示待ち人間であったなら、二人とも案外あっさり腹を切ってしまうか……。
「…………。」
んな推測を考えていると、挙動不審な華火が赤詠の腰に佩いていた脇差へ震える手を伸ばす。
くだらねー、身の丈に合わない誇りに殉じようってか?
「申し訳……ありません……斯くなる上は、死を以て誇りを示す……所存です。」
「御託はいい!!早く果てろッ!!」
短く脇差の刀身を握る華火の傍らで微動だにしない赤詠と水蓮……俺はこの瞬間、肩越しに壇上のおっさんを一瞥すると、その口角は確かに吊り上がり楽しんでいる様にも見えた。
……イラつく事この上ねぇわ。
「あーあー、勝った俺たちを無視して身内で善がるんじゃねーよ!!」
「…………!?」
おもっくそ叫んでやった、その瞬間、会場は静まり返っていたが、凄まじい迄の敵意が俺へと集中するのが分かった……そしてそれに呼応するかの様に、ロジャーとミシェルが武舞台へ駆け上がって俺の背後に立つ。
(オイ、あんま挑発すんなよ、殺気がヤベぇよバカ。)
(さて……どう切り抜けますかな。)
ミシェルたん、割とマジでビビってない?ロジャーは平常運転だな……じゃあ安心して背中を預けるとして、始めるとしますか。
「忘れてない?負けたコイツらには俺のお願いをひとつ、叶えなきゃならねぇんだよ。」
俺の主張を受け、訝しげに眼を細めるおっさんの顔から先程の笑みが失せると、暫しの沈黙の後、漸く口を開いた。
「まぁ……良いだろう……ではこやつらの助命以外なら、何でもやらせるがいい。」
「えー、じゃあその助命ってヤツで良いや♪」
刹那、俺たちへ降り注ぐ殺気と敵意が激増した……気がした。
「小僧、状況を判っておるのか?これ以上は死ぬるぞ……。」
もう不快感すら隠さねぇらしい、それ程におっさんにとっては忍耐の限界が来てるんだろう。
「判ってねぇのはそっちだろ。」
俺は咥えタバコを上下に揺らしつつ、鼻から煙を吹き出させて華火へ視線を向ける……と、眼を背けて怯える様に項垂れた。
「あんたらは、幾つか勘違いをしている。」
「…………。」
「まずひとつ……なぁ、お前言ったよなぁ、『死を以て誇りを示す』ってよ。残念だけど俺の目的はその誇りってヤツをお前から取り上げて、踏み躙る事なんだよ。」
一瞬、その言葉に華火は顔を上げるが、俺の顔を一目見るなり青ざめた表情で引きつってしまう。
「自害も介錯も許さん、生き恥を晒せ、お前が後生大事に守ってきた『誇り』とやらはもう二度と取り戻せねぇと知るんだな。ああ、因みにこの約束を反故にしても俺は一向に構わないよ、それはそれで偽り、見掛け倒しだって証明になるからな。」
吐き出す煙に混ざって笑い声が洩れてしまう……好い表情するじゃねぇか、赤詠と水蓮にはまたまた睨まれたが上等だ。
一頻り余韻を愉しんだ後、改めて壇上を見上げ、おっさんを見据える。
「待たせて悪い……何だったかな?ああっ、そうだ、アンタも俺との約束を反故にしても構わないぜ。」
「……お前は一体何が言いたいんだ?」
「ふたつめ……あの時、『鬼人族の誇りに賭けて順守させよう』アンタそう言ったな。」
その瞬間、俺の言葉の意図に気付いたんだろう、おっさんは今日イチの渋いツラを晒した♪
注目すべきは『遵守させよう』というワードの解釈にある。
おっさんの立場なら、約束を三人に遵守させるという意味合いだ、だが。
「何だっけ?ああっ……鬼人族の誇りに賭けて遵守させよう、つまりは『一族郎党全員』に約束を守るように首領がわざわざ厳命したワケだ。この場合、誰もこの三人を殺せねぇ上に切腹の沙汰より効力と優先度は高いよなぁ。」
「拡大解釈が過ぎるぞ小僧……。」
「だ~か~ら~、言ってんじゃん、約束なんざ反故にしちまえって♪組織のトップ張ってる者に『二言』が有ろうが無かろうが俺達にとってはどうでもいいんだよ、お前らの問題だ。俺達が帰った後で勝手に殺し合え。」
拡大会釈+こじつけのトッピングを盛大にふりかけて、オマケに二言が有るかの是非まで問うた上で、奴らの誇りという自尊心を暗に刺激してやった……さてさてどう動く?
「帰った後で?……この場から生還出来るとでも思っておるのか。」
おっさんの含みを持たせた言葉に他の鬼たちが一斉に武舞台を取り囲む、おそらく合図と共に俺たち諸共、華火たちも殺すつもりだろう。
即座に赤詠と水蓮がまだ呆けている華火をカバーする様に、位置取りを変えて構える。
「なるほどなるほど……死人に口なしか、確かに武力行使の方が手っ取り早いよな。」
「無礼極まりないその不遜な物言い、流石のワシも忍耐の限界を超えたぞ小僧。」
ぎしりと牙を軋ませ、俺を射殺さんと鋭い視線で見下ろし続けるおっさんと周囲の鬼ども。
総勢数十名にも及ぶ規格外の化け物に一斉で襲われたらあっという間にお陀仏だわ……まぁ襲われたらの話だが。
「早まった事はしない方がいいぜ。」
「………?」
俺は右手を掲げ、親指と人差し指を合わせる。
「これから面白い手品を披露してやんよ。」
『手品』……その言葉にぴくりとミシェルが反応した直後、俺は指を弾き鳴らすのだった。
つづく




