第三章 盗賊領主はハンコウする編 「踏み躙るって決めたんだよ。」
『………攻撃、来ます。』
ティンの宣告とほぼ同時に俺は後方へ蹴りを放っていた。
「………ッグ!?」
横薙ぎの太刀筋が放たれる寸前で、その下方の軌道から蹴り足が脇腹へ刺さり華火は数m程後退る。
……にしても久し振りの言葉が警告って、余りに味気無くない?
『…………。』
ん?……何その沈黙、まだ不調なのかティンさんや?
『……問題ありません。』
いや、あるわ、しかも何か怒ってない?
『問題ありません!!』
えぇっ!?……お、おう……判ったよ、この場を切り抜けたらちょっと話し聞くから。
『絶対ですよ……。』
やっぱオコじゃん……とか思ってたら華火が凄まじい形相で距離を詰めてきやがった。
咄嗟に俺もバックステップで逃げようとするが振り切れない。
なので新たに異次元BOXから取り出したダガーを何本か投げて牽制を試みるが止まりゃしねぇ!!
復活した時間操作でギリギリ太刀をダガーで受けたが、捌き切れずに派手に吹き飛ばされてしまった。
みっともなく地面を転がりつつ距離を稼ぐと、華火の顔に余裕が戻ったようでニヤついていた。
やっぱりか……今の攻防で確信を得た。
俺が先程まで感じていた不調とは裏腹に、華火が『手こずった』と呟いた印象のズレ……その違和感の正体。
おそらく高額課金クラスのバフが俺に掛かっていたんだろう。
ジィさんが施した技によって精神的な部分はマイナスに働いたが、肉体は技に抗う事で一時的にその能力を遥かに向上させていた。
今にして思えば、華火の攻撃を曲りなりにも捌けていたのが良い証拠だ。
だがその効果も全ての不調と共に解消されてしまったと考えるべきか……何気に不味い事態である。
『同意します……ステータスを比較した場合、マスターが現状で勝てる確率は一割も在りません。』
相変わらずハッキリと言ってくれんね。
俺はゆらりと立ち上がり、突撃態勢に入ろうとしている華火へ意識を収束させる……が、刹那、俺の目から彼女が消え失せた!?
「…………!!」
次の瞬間、俺の懐深くで切先が鈍く閃くーー!!
一秒にも満たぬ間に放たれた計九回の刺突……数瞬の後、正眼の位置へ戻された切先に流れる紅い雫へ僅かに視線を落とし、華火は口惜しそうに舌打ちを洩らす。
「致命傷だけを避けたか……。」
武舞台端まで追いやられ、後が無い現実を踵で実感しつつ、俺はヨレる身体を何とか踏み留まらせる。
危なかった……瞬発的にティンさんへスキルの発動トリガーを預けなければ滅多刺しにされていただろう。
けどやはり無傷ではやり過ごせなかったか。
両足腿と左肩を刺された、まぁ胴体を守れただけマシだ……。
「アンタも災難だったな、正直、同情するよ。」
一歩前へにじり寄りながら、唐突にその言葉は紡がれた。
「……あん?」
「二勝出来ていれば戦わずに済んだろうに……それが狙いだったんだろ?判るよ、アンタが一番弱いからな。」
「ああ、そんな事か、んなのは今更なんだよ。」
「強がるなよ、本当はあの無能で弱いゴブリンを恨んでいるクセに………。」
………おいおい。
「今のが……それが本音だとしたら……お前はあの二人の戦いの意味を何ひとつ理解しなかったんだな。」
「意味?理解?弱者の戯言だ。」
……それは明らかな嘲笑の声音だった……確かに強者からすれば全て戯言だろう、概ね正しいさ。
そう理解した瞬間、俺は久しく忘れていたドス黒い感情を思い出し在る考えに至る。
またその思考をティンが読み取るだろう事も判っていたので一言、可能かだけ聞くと彼女も端的にこれを肯定してくれた。
『ーー可能ですが、その行動に意味が在るのか理解出来ません。』
良いんだよ、俺は今からコイツを踏み躙ると決めたんだから。
『…………。』
さて、ぶっつけ本番だが任せたぞティン。
『イエス マイ マスター。』
◆
不敵に笑いつつ、華火が上段で太刀を構えてゆるりと間合いを詰めてくる。
確実に仕留める気なのだろう、武舞台の周囲に陣取る鬼たちも勝敗を見切り、野次を飛ばす始末だ。
つまり……つまりはコイツら鬼どもは水蓮と赤詠を除き『似非』、紛い者、誇りなんざ持ち合わせていない。
何故なら、トドメを刺してもいない敵を前にして舌舐めずりをする愚か者、勝ちを確信した瞬間、その心に魔が棲む事を知らない、知る由もない、だって強者なのだから……それこそ俺のカモ、独壇場なんだよ。
「………。」
ワザとらしくフラつきながら、俺も一歩分距離を詰めると、お誂え向きに膝頭がぷるぷると震え鮮血を石畳へ振り撒く。
どうだ?強者の愉悦を助長させるに充分なイベントを演出してやった。
『………。』
やがて太刀の有効範囲より二歩分外まで詰め寄った瞬間、華火は『エサ』に喰い付いた。
今迄見せなかった加速域での踏み込み、そして俺を両断しようとする意思を込めた兜割り。
俺も遅れる形で飛び出す、絶好、ドンピシャのタイミングで俺の頭蓋骨は真っ二つに裂ける……筈だった。
両者が激突する刹那、会場に居た全員が目を疑っただろう。
何故なら、俺が避けたと表現するより、華火の太刀筋が素人然と目測を誤って空振りしたかの様に映ったからだ。
しかしそれは俺の側から言うなら、ロジャーと赤詠の最後の激突を俺のやり方でなぞっただけである。
確定ではないが、あの時ロジャーはおそらく誘導された……それが心理的か肉体的か、或いは気の概念的な要因であったかは定かではない。
だがタイミング、挙動がひとつ狂ったカウンターのなり損ねでなく、確かに完成されたゴブリン・パンチャーそのものが綻び、瓦解させられたのだ。
そう仮定し、俺は同じ状況を作り出す方法を考えた。
まず華火が踏み込み、時間操作の範囲内に入った瞬間、ティンさんが最大五十倍でスキルを発動させる。
……ただし、俺ではなく華火を僅か0.1秒間加速し、続けて俺を加速させた。
鬼の凄まじい身体能力と感覚外の加速……結果、それだけで彼女の太刀筋はその目測を誤ったのだ。
無論そこで終わりではない、加速を最大限活かしたダガーを叩き込んでやった。
甲冑を派手に四散させながら、後方へ吹き飛んでゆく華火……。
本音を言えば真っ直ぐ喉笛をカッ切ってやりたかったが、敢えてやらなかった。
「………。」
はてさて……石畳に叩き着けられ、途切れがちに呻き声を上げる華火へ無造作に歩み寄り、あざとく見下ろしてから俺は厭らしく囁く。
「……隠さなくて良いのか?」
侵蝕する様な声音に彼女は視線を落とし、初めて現状を認識したのか、即座に飛び退き態勢を立て直すが、太刀を置き忘れたようだ。
ゆるりと状況を眺める俺に対し、怒りと恥辱に塗れた表情を向け、牙を軋ませる華火の左腕は自身の胸を覆い隠していた……。
まぁ甲冑の胴部分はおろかインナーさえ弾け飛び、上半身がほぼ露出してしまったから仕方無い……ってか狙ってやったし。
「どうした?片腕が塞がっているようだが戦えるのか?なんならその粗末なエモノを拾うまで待とうか?」
ワザと両手を広げ、挑発アピールを展開してみる……いやぁ非道ぃねぇ俺。
そんな言動に更に怒気を強めた刹那、華火の態勢が僅かに棒立ちとなったのを見逃さない!!
一気に距離を詰め、ワザと左腕を掴み、気を引いてからリバーブローを脇腹へ叩き込んでやった。
確かな手応えと共に、華火は盛大に嘔吐をブチ撒けながら膝から崩れてゆく。
「ま、……待づ……っで……言っだどに……。」
「おいおい、敵の言葉を真に受けるのかぁ!?」
BOOBOO!!BOOBOO!!BOOBOOBOOBOOBOOBOOBOOBOO!!!!!!!!
あっ、久し振りに聴いたわ、会場を埋め尽くし怒号に混ざる好感度BGMの嵐、坩堝?……まぁ俺しか聴こえないんだけどね。
とか思ってちょっとミシェルたんの方をチラ見したら、見事にドン引きしてた。
いやいや、えっ、既視感でも感じてんの?その後ろではロジャーが満面の笑みを浮かべてるし、かなり草だぉ。
◇
◆
その時、武舞台下で戦いを見守っていた赤詠がにわかに前のめりとなったのを水蓮が視線で制す。
「坊や!?あの暴挙を放っておくつもりか!!」
シビレを切らし今にも武舞台へ駆け上がりそうな赤詠に対し、水蓮は憮然とした態度で右耳を小指でほじりつつ、溜め息を洩らした。
「モンテだったか……アイツの言葉は間違っちゃいないさ、それにーー」
「…………?」
「妹には良い薬だろうよ。」
そう淡冷に呟き小指へ息を吹き掛ける水蓮を横目に、赤詠は更に深い皺を眉間ヘ刻む。
「………劇薬の間違いではないのか?水蓮よ。」
ぎりぎりと軋む牙が赤詠の忍耐を物語っている様であった。
つづく




