第三章 盗賊領主はハンコウする編 「しばきに行こうぜティータイム。」
意気揚々、ドヤ顔で指を弾いてから数秒の沈黙が流れるーー。
「………。」
アレ?何も起きない……鬼共の怪訝な表情に晒され、俺の中で膨らんだ羞恥心がヤバい感じで身悶えしてやがる。
やがて場の空気を少しでも誤魔化そうと、何気なく振り返った瞬間ーー
遠くで凄まじい爆発音と共に火の手が上がった!!
「どうだい、この手品は気に入ってくれたかな?」
何とか取繕い、両手を広げて余裕に見せたが内心では余りの爆発力に焦った……ってか何度使っても慣れねぇわ、火力高過ぎだろ地面揺れたぞ!?
そう……もうお気づきだろうが、あの爆発の正体はギャンビット号御用達である手榴弾だ。
別行動の前にイチへ幾つか渡しておいた、それを思念伝達で投げさせたのだよ。
自分たちの居住区に襲撃を受けたとイキり立ち、何組かの鬼が武舞台から離脱しようと踵を返すが、そんな事は絶対に許さない。
「動くンじゃねぇぇーー!!!」
俺が怒号を上げた途端、鬼共の動きが凍りついたかの様に停まる………良いねぇ、流石に傭兵だけの事はある、状況判断が上手い。
「……落ち着けよ、誰も死んじゃいない、今のは空家を爆破しただけだ。」
「…………。」
「でも、俺の言う事を利いてくれないと……この場に居る者の家族が、誰か死ぬなぁ……それは嫌だよなぁ♪」
俺は舐める様に周囲を固める鬼どものツラを見回し、鼻から煙を出しつつ盛大に笑って見せた。
正味の話、奴らは戦力を一ヶ所に集め過ぎた……俺たちを包囲し、余裕ヅラをブチかましていたがその実、縛られたのは自分たちだったと今更気づく愚か者、道化でしかない。
(おい……完全に悪党の言い草だぞ。)
(いえいえ、流石はマスター、愚者共には勿体ない御言葉でした。)
『……これがキュン♪という感情なのですね。』
みんな好き勝手言いやがって、オマケにティンさんったら復活早々にコメディリリーフまでこなすなんて、恐ろしい子!?
「さて、少し会話を楽しもうかおっさん。」
俺は改めて壇上で怒りに震えているおっさんを見据えた。
「……良いだろう、だが十名程消火に向かわせろ、居住区画に残っている者達だけでは延焼が拡がってしまう。」
「向かわせろ?まだ状況が判ってねぇらしいな。」
あざとく、これ見よがしに右手を上げて指を動かすと、おっさんは慌ただしく懇願してきた。
「お頼み申す……どうか……。」
言葉は丁寧だが、俺たちへの不快感が丸出しだ、それに俺の返答は最初から決めてある。
「駄目だな、この場から早く動きてぇなら、俺の質問に素直に答えろ。それが手っ取り早い方法なんだよ。」
「だがーー」
「良いのか!?時間が過ぎていくぞ!!」
「……了承した。」
やれやれ、やっとか、手間取らせやがって……ティンさんや、おっさんの心拍数、呼吸、体温、全てを観察し、嘘を吐いてるか判断してくれ。
………と指示を出した瞬間だった、余りに沈黙を貫いていた為に、俺は完全にその存在を失認していた。
「………!!?」
突如として一帯に響き渡る悍ましい笑い声、嫌な寒気が足元から這い上がるのを感じ、俺は思わずタバコを噛み折ってしまう。
繕玄のおっさんが戸惑いの表情を向けた先……悍ましさの主たるソイツはパキパキと音を鳴らし、全身を覆い隠す外套の『内側』で確かに蠢いていた。
「だ、ダロス殿?」
「面白い!!稚拙な策謀とはいえ、鬼が人間に屈するかよ……ククク、これが愉快と言わずにおれようか。だがーー」
次の瞬間、外套の隙間から重厚な手甲を着けた腕が伸びるのと同時に武舞台上空に眩い光が迸る……と、何かが俺の前に落ちてきやがった。
「「「……イチタロウ!?」」」
状況が掴めていないのか、空から急に降ってきたイチは武舞台で尻もちを着いたまま、辺りをキョロキョロと見回している。
『やられましたね、短距離転移魔法の一種だと思われます。』
「爆破の犯人、密偵は此奴であろう?フム……ついでだ。」
そう言葉を紡いでから、今度は掌から紫色に輝く真円の魔法陣を浮かび上がらせると、遠くで凄まじい光が瞬く。
……何が起きたのか?……いや、今迄景色を侵食する様に立ち昇っていた火の手が消え、煙すら見えない、おそらくはこちらのアドバンテージを消したんだろう。
歯噛みする俺の思考を見透かしたかの様に、ダロスと呼ばれていた化物は言葉を続ける。
「延焼していた家屋ごと異空間へ送った……これで脅しのネタが無くなったな。」
クソッタレな展開だ……ほんの僅かな時間も置かずに鬼どもの貌が殺意一色へと変貌を遂げた。
「……どうやら形勢が逆転したようだ。」
繕玄のおっさんも鬼喜として笑みを浮かべ、俺たちを見下ろす……しかし。
「繕玄殿、何を言っている?お前たちは負けたであろう。」
えっ?である……一瞬、この化物が何を言っているのか俺を含め、その場に居た全員が理解出来ず、唖然としてしまった、もう現状が把握しきれない。
「わ、我々に助力したのではないのか?」
「勘違いしないで貰おう、その人間は勝者として望むものを得る権利がある。我は面白い見世物の礼代わりに遺恨が残らぬよう配慮したまでの事よ。」
「………バカな!?」
「バカな……とは我に言っているのか?」
「……い、いや、それは……。」
「鬼人風情がよもや魔王軍第七軍団長である我に意見を具申するのかと聞いている?」
ま、魔王軍!?いつかは遭遇するだろうと思っていたが、今かよ!!おっさんは完全に萎縮して言葉を失っている。
しかし軍団長?第七?こんなバケモンが最低でもあと六人いやがるとは……どうする!?ここは死にものぐるいで撤退するべきか!?
「さて……まぁそう構えずともよい、時間も出来たのだから先程の質問とやらを我にも聞かせろ。それが望みなのだろう?」
「………。」
「……ん、どうしたね?」
ちょっと何言ってんのか分かんない……俺は何時の間にか深く、長い溜め息を吐いていた。
「いや、まぁ……確かに望みではあるよ、けど肝心要の『逃げる算段』をアンタに潰されちまって途方に暮れてるんだよ、こっちは。」
「童よ先刻も言ったがその様な稚拙なものを算段とは呼べん、逃げ切る確率は限りなく低いぞ。」
「……簡単じゃないのは判っていたさ。」
「否、判っておらぬよ……お前さんの組立てではそこに居る密偵に火付けをさせつつ、陽動を仕掛けている間に脱出するつもりだったのだろう?」
「………ああ。」
「つまりは脱出の時間を稼ぐ為に、最後まで残って殿を務めなければならん。陽動ともなれば敵と肉薄するが常だ、よいか?如何なる強者であれ、この務めを全うするという事は捨て駒に為らねばならぬ。お前とそこのゴブリン双方にその覚悟があったのかね……。」
正直、頭が真っ白になった……捨て駒にする、なる覚悟なんざ考えてもいなかった。
イチも適当な所で逃げるだろう程度の思考だったのだが、指摘されるまでその甘えに気付きもしなかったのだ。
浅はかとしか言えない、仮にも鬼どもは想像も出来ない死線を一族ぐるみで潜ってきた筈だ。
混乱に乗じて逃げたとして、それはおそらく失敗する、そうなれば事態の悪化を契機にイチは決断するだろう、が、最初から覚悟を決めている者と成り行きでは雲泥の差である。
いや……違うだろ、問題はそんなクソッタレな役割を何も知らずにイチにさせていた事だろが。
何の為の知性化だ、もうゴブリンたちを捨て駒にさせねぇ為だった筈だ、それなのに俺は……。
「…………。」
「気にずんな。」
「イチ……タロウ?」
「ハナっから覚悟しでだよ……オラだちはモンテ様の甘ぇトコも込みで好ぎだべ、だがら付いで行ぎてぇんだ。」
こそばゆくて、ありがたい言葉だ……少なくとも顔向け出来ずに唇を噛むだけの俺には勿体無い、コイツらの信頼に応えたい、応えなければならん。
そう決意を新たにした直後、またしてもダロスの不気味な、何処か機械的な笑い声が響く……。
success♪success♪success♪
えっ?まさかこのBGMは……。
「……今日は実に愉快な日だ、フフッ……ゴブリンに好かれる人間か、増々気に入ったぞ!!」
そう言い、もう一度笑った後、ダロスは事態を苦々しく静観していた繕玄ヘフードの暗闇から覗く赤黒い光りを向けた。
「…………。」
無言の圧力である……厭な沈黙の最中、やがて繕玄が冷や汗を流し、眼を逸らしたのを見届けると、ダロスは……壇上から消えた!?
いや、一瞬にも満たない時間差で武舞台上に姿を現し俺たちへ腕を差し向ける、そして。
【汝らの疵を否定する】
聴き取り辛い、くぐもった声で謎の言語が囁かれると、俺たちの身体を黒い靄の様なものが数秒間包み込み、やがて霧散していった。
「これは……怪我が治っている!?だが全然痛くなかったぞ?」
「当然だ、自然治癒力を高める魔術ではないからな、それよりこれから我とお茶しないか?」
「はいぃぃっ!?えっ?お茶って、飲む方の茶だよね!?魔王軍幹部とか!?」
「飲む以外の茶など無いだろう……断言しよう、きっとお互いに有意義な時間となるぞ、少なくとも繕玄に問い質すよりもな。」
何ともうっちゃった物言いだ……それはつまり、鬼なんかを放って置けって事なんだろう。
冷徹極まりない眼差しで俺たちを見下ろす繕玄のおっさん、平静を保っているようだが内心では腸煮えくり返ってんだろうな。
それは周りの鬼どもも同じだ……。
ダロスの真意は判らないが、あれだけの力を見せつけられたら誘いを断りたい所だ……けど断われば現状の窮地を脱するのは不可能だというのも揺るがない事実。
結局はダロスの懐へ飛び込む以外の選択肢は無い、ならば前向きに考えよう。
「……じゃあ、お茶をしばきに行こうぜ。」
砂漠は暑い、暑すぎた……俺は何気なく冷たい飲み物に思いを馳せ、ホコリ臭い空気を前髪へ吹きかけていた。
つづく




