第三章 盗賊領主はハンコウする編 「嵐の前のドタバタ」
「ひとつ問う、我らが武に挑む意気はあるか?」
段上で座る鬼のジィさんが見下した態度でそう宣ってきた……ってか隣りの黒ずくめのヤツの方が俺的には気になるんですけど。
「ついさっき答えたろ?鬼ってのは随分悠長なのか、それともモウロクして忘れたの?」
俺の答えが分水嶺となったのか、一転して沈黙が流れる。
怖い……純粋にそう思った。
どうやら本当に本職の殺しのプロらしい、居並ぶ者達から怒りや憎悪といった感情は読み取れなかった。
無表情の上に目が黒い(当然だが)ブラックホールかと思う位に光り、ツヤが無いのだ……にも関わらず、全身に纏わりつく嫌な圧力みたいなものは何だ?思わず額から一筋の汗が滴り落ちてゆく。
ミシェル達と初めて出会った時以上の不穏さ、死への恐怖と本能からの忌避感が際限なく涌いてきやがるから始末に負えない。
とんでもない薮を突いた……んだろう、今更だが。
俺は意識して更に更に口角を上げて嗤う、メンタルから負けた時点で勝率は零 -ZERO-から動かなくなるのは嫌と云う程に知っている。
なのに身体は正直なもので、刹那、両足が前へ行かなくなっちまった。
このまま竦み上がったなら絶対に動けなくなる、一秒にも満たない時の中で苦虫を噛む俺の背中を意図せず押したのは……ミシェルたんだった。
「……っテェな!?早く行けよ。」
……正確には急に止まりかけた俺の背中に、ミシェルの顔を埋める形でだが、それでも勢い良く右足が出てくれた。
って言うかコイツ、俺を盾に進んでないか?……まぁ、今は黙って感謝しよう。
おかげで期せずして鬼共を威嚇している様にも見えたんだろう、武舞台上の鬼が左右に割れて道が空いた。
「…………。」
「始める前にひとつ言っとくぜ。」
段上のジィさん、おそらくコイツが首領の繕玄なんだろうが、俺の言葉に瞼を薄く閉じて鼻で笑いやがった。
「町の連中は関係ねぇ、俺は俺の都合でここに赴いて、そんで喧嘩を売った。」
「ほう……『喧嘩』か、悠長だが何故かね?」
今はナボルの住民の事を聞く必要は無いだろう。
「世話になったんだよ……銀髪のイケメン鬼と、あとデカい戦斧をブン回す黒鬼にさ。」
「…………。」
またも武舞台上が静まり返る……何だ、この感覚は……何かが変わったとは思えねぇのに息苦しい?
次の瞬間、後ろに居たミシェルが俺のケツへ膝を地味に叩き込んできた。
(やってくれたな……テメェ。)
「……あん?」
(鬼共から完全に感情が消えた……奴らガチで殺しに来るぞ。)
そうドスの利いた囁きで話すミシェルの眼が抜き身の刃を思わせる光りを称えている。
どうやらさっきまでは俺達を足らぬ存在だと嘗めていてくれたらしい、怒りや憎悪は感じられなくとも嘲りはあったのね、俺はサッパリ分かんなかったけど……一体何が奴らを変えた?
……不意に周囲ヘ僅かに視線を回すと、居並ぶ者達の中に緑色の髪をツインテールで結んだ女の鬼と眼が合った。
何故かそいつの視線が妙に引っ掛かる……とか思ってたら、またミシェルに『気を引き締めろ。』と言われてケツを蹴られちまった。
「良かろう、ではお前達の挑戦を受ける……だが二人しか居ないようだが?どうするね。」
「……察するにアンタらの試合形式は三人一組なんだろ、勝ち抜きか、それとも星取りか?」
「基本的には後者だ、だが二人しか居ないのであれば二対二の勝ち抜きでも良い。」
「構わない、後からもう一人来る……それに、先に二勝しちまうかもよ。」
ニタリと笑う俺に対し、ジィさんはまるで、出来ない戯言だと言わんばかりに溜息をつく。
「では決まりだ、相手はーー」
「待て……。」
ジィさんを遮り、聴いた事の無い厭な声が響いた……あの黒づくめのヤツか。
「対戦相手は私が指名しよう。」
「……どうぞ御随意に。」
ジィさんは一拍の間を置き、掠れた声を紡ぐと左手を前へ差し出して見せる。
……と、黒づくめは一歩進み出てフードを壊れた絡繰みたいに動かしてから、一点を指差す。
「……お前達だ。」
そこに並んでいたのは先程眼が合った緑髪の女の居る組のようだった。
三人は列から外れ、繕玄の前へ進み出ると一礼し、俺達へと向き直った。
「赤詠、水蓮、華火、分かっておるな。」
「はっ!我らの手で必ず勝利を繕玄様に御覧に入れます。」
大太刀を背負った緑髪の女、華火が高らかにそう宣言した……まさに忠義ってやつだな。
「…………。」
だがしかし、冷めた沈黙が流れた後、発せられた繕玄の言葉はちょっと俺には理解し難いものであった。
「何を当たり前の事を言っている?この愚図めらが……苦戦も許さん、万が一負けた場合は『自身』でケジメを着けよ。」
「……心得ております。」
華火と呼ばれた女は能面の様に表情を変えずに応えていたが、繕玄からは確かに嫌悪が感じられた。
周囲の鬼からは感じられなかった感情が何故?いや、元々隠す気すらないからか……なら、この三人に疎まれる理由があると云う事になるが。
「オイあんた、ケジメってどういうーー」
「お前には関係無い、まず自分の命運を祈るがいい。」
取り付く島もないのね、オケ、ホントに了解したわ、もうどうでもいいよね〜〜。
「あっそ、いいよ……じゃあこっちはミシェルたんからね♪」
「ッテメ!?やっぱ盾じゃねーか。」
ヤダな〜〜防波堤だよ♪と言いつつ、俺はとっとと武舞台を降りた。
すると他の鬼達も無言で降りてゆき、残されたのはミシェルと藍色の髪を背中まで伸ばした長身で痩せぎすの男、水蓮であった。
「………。」
「………。」
両者は僅かに視線を合わせると誰も居なくなった武舞台の中央へと歩みを進め、再び向き合う。
ミシェルは外套を脱ぎ捨て、腰に佩いたロングソードの柄頭の上3cmに右手を添える。
相変わらず左側の視界をカバーする為の軽装甲のハーフプロテクターだな、おそらくその面を前に出した戦法がデフォルトなんだろう。
対して水蓮も軽装甲……というより、灰色の半纏の様な衣服を素肌の上から着ているだけだった。
裾を絞ったズボンと下駄?だったから何となくマンガで昔見た特攻服を思い出してしまう。
しかし持っている得物は如何にも凶悪そうな大太刀、いや、大剣と表現した方がしっくりくる、刀身が分厚く柄が極端に長い。
あれは腰にも背中にも帯刀出来ないのだろう、二人が向かい合って直ぐに武舞台下から投げられたソレを水蓮はいとも簡単に片手で受け取っていた。
いやはや、受け取る方もヤバいが投げた奴も大概だろう、ちょっと考えたくない重量感だったわ。
さて、辟易する俺を余所に二人の試合が今、始まろうとしていた……。
つづく




