第三章 盗賊領主はハンコウする編 「鬼の巣窟」
「………。」
砂塵舞い、灼熱の太陽に照らされつつも、その武舞台は並び立つ戦士達が放つ底冷えするかの様な緊迫感で張り詰めていた……。
それを数段高い所から見下ろす玉座ヘ座り、隣りに起つ全身黒尽くめのローブを纏った人物に視線を向ける老齢の鬼人。
いや、それを人物……と呼称しても良いのだろうか?老齢の鬼、否、首領である繕玄はフードから覗く深淵にも似た闇から時折瞬く紅き光に、背筋ヘ冷たいものが流れるのを感じざるを得なかった。
「我が精鋭たちは如何がかな?ダロス殿。」
ダロス、そう呼ばれたモノはローブを内側から波立たせ蠢かすと僅かに『パキパキ』と不気味に響く音を鳴らして無機質にフードを傾ける。
「……優勝組は貴殿の御子息か?」
丁寧なる物言いとは異なる、怖気に満ちた声が洩れた。
「えぇ左様ですが、何かお気に障りましたかな?」
「先代の首領である鳳禅殿が急逝されてから一年と経たぬうちに、鬼人族も随分錆びたものよ。」
刹那、繕玄の眉がピクリと吊り上がり、重苦しい沈黙が彼だけでなく眼下の戦士達にも波及してゆく。
だがこのまま沈黙を守り続ける訳にもいかず、繕玄は玉座の肘掛けを撫でる様に掴むと涼しげな笑みを称えてみせた。
そんな繕玄に構わず、『パキパキ』とローブの内側から鳴らしてダロスは言葉を接ぐ。
「敵から勝ちを譲られる戦士等、何の存在意義が在ろうか。」
明らかな侮蔑を含んだ声音に、冷静な仮面を装う繕玄とは裏腹に当事者たる優勝者達の気配がにわかにザワつく。
……だが結果的には彼等が何かしらの行動を起こす事は無かった、何故ならば自分達を見下ろす、余りに冷徹な繕玄の視線に射貫かれたからに他ならない。
(感情を洩らす時点で自身の愚を示している事が判らぬか……未熟者共め。)
萎縮しきっている息子達から、漸く視線を外すと小さな咳払いで間を繋ぐ……。
「ダロス殿、そろそろ本題にーー」
「恐れながら!!」
場を弁えない愚か者に言葉を遮られた……その瞬間、繕玄が最も嫌う不作法にも冷静を装い、足元より尚低く、居並ぶ者達の横で一人の男がかしづいて居るのを見た、彼は見たのだ。
刹那、繕玄は無表情のまま玉座から立ち上がっていた。
今迄に無い緊迫感が武舞台に並ぶ者達ヘ即座に伝播してゆく、この時、皆が理解していたのだろう、現状で繕玄が立ち上がると云う所作こそ彼が心中で激昂している証しであると。
……武を志す者は常在戦場で在らねばならない。
日常の全てで襟を正し、無駄の無い所作を心掛ける事は心身を定め、感情を引いては気配を限りなく希薄にしてゆく。
それこそが鬼人族に古から伝わる教えであり、故に一見無為だと思われる繕玄の所作はその行為自体が彼の間引かれざる感情、怒りの発露に他ならなかった。
理由も明白である、かしづく者が戦士ではなく、無断で武舞台ヘ上がってしまったからだろう。
如何に緊急を要する理由、事案であっても聖域でもある武舞台を汚す事は赦されない……あらゆる介在を断ずるのだ、繕玄の眼下で居並ぶ者達は皆、この後に起きるだろう避けられぬ惨劇に息を呑むばかりである。
重苦しい沈黙が足元迄落ちる、僅か数瞬ーー
繕玄の指先が動く刹那、これよりコンマ数秒の世界で懐から抜き放たれた刃が死を齎す……筈だった。
「……申してみよ。」
予想だにしなかった『言葉』が周囲ヘ驚愕と云う感情を励起し、拡げて征く。
しかし誰よりも驚愕していたのは言葉を紡いだ膳玄自身であろう。
彼は確かに殺すつもりだった……まさに寸前、その刹那に殺気を叩き込まれるまでは。
武舞台で膝をつき、報告に来た青年は今になってようやく自分が殺される寸前であった事を実感する。
知らなかったでは済まされない事態に恐怖が溢れ、声が上手く絞り出せない。
余りに、余りに苦しい沈黙が流れる最中で、それを見下ろしていた繕玄は、ふとダロスヘ意識を向ける。
(誰にも気取られる事なく……か、ワシを一瞬とはいえ怯えさせるとはな。)
眼下の者達の間に流れていた緊迫感は多少薄れ弛もうとしている、が、段上の二人が醸し出すそれはまた様相の異なるものと言えた。
「命を取られる訳でなし、落ち着くがいい……繕玄殿が待っているぞ。」
不意を突く皮肉であった、少なからず煮え湯を手渡された気分に繕玄はなっただろう。
ここでやっと繕玄は自身が立ち上がっていた事に気づき、微かな嘆息と共に玉座ヘ腰を降ろし、青年も安堵したのか声音を吐き出せた。
「申し訳ありません……御前試合ヘの参加希望者が現れまして。」
「余程の事態かと思えば、些末ではないか!そんな事をいちいち報告するな、第一、もう試合は終わったのだ追い返せ!!」
拍子抜けも甚だしい、瞼を閉じてしまった繕玄の代わりに嫡男である鋼鬼が声を荒げて叱責する、その継ぎの報告に今日一番の嵐が吹き荒れる事を知らずに。
「そ、それが……希望者は人間族でして……オアシスに立たせていたオークだけでなく、門番にまで狼藉を……。」
「つまりは殴り込みと云う訳だ。」
誰よりも早く、怖気に満ちた人成らざる声が反応を示した。
何処かドス黒い愉悦さえ感じる声に触発され、繕玄はゆるりと眼を見開く……おそらくはそれを挑発と受け取ったのだろう、曰く、逃げるのか?と。
「是非も無い、通せ。」
◆
◇
………ヤベェな、イカつい面が勢揃いかよ。
俺とミシェルたんは正門から間もなく、周囲を固められつつ、居住区の中心部までやって来た。
何処ぞのバトルマニアが好きそうな闘技場?武舞台?……の上で戦闘力が5桁はイキそうな鬼が三人一組で並んでんのか……三十人は居るな。
まさに格ゲーだわ……俺の専門外だけど。
「…………。」
おまけにラスボスちっくな奴が段上でふんぞり返ってやがる。
隣りを何気なく見たら、ミシェルたんが震えてんじゃん、寒いのかな。
「今度こそ、オレ死んだわ……。」
「大丈夫!心配すんな、お前が死んだら骨は拾ってやんよ(笑)」
「テメッ!?女を盾に逃げるつもりかよ!!」
「逃げる?そのつもりならハナっから来ねぇよ。」
その時、ミシェルが俺の顔を視て何ともやり切れなそうな表情を浮かべる。
「……出たよ、死にたがりの意地っ張りが。」
「好きに言ってくれ。」
居並ぶ鬼共にヘラヘラとにこやかな笑顔をワザとらしく向けて武舞台の側まで歩み寄る。
「心せよ、そこに上がると云う事は死地ヘ赴くと知れ。」
誰が言ったのか……俺が膝を上げた瞬間を狙ってきやがった。
だがそんなものはどうでもいい、返答は決まっているのだから。
何の感慨も抱かず、鬼共の自尊心を踏みにじる勢いで……俺は武舞台ヘ上がる。
「よぉ、負ける覚悟は出来たか?」
純然たる殺気が俺の背後へと吹き抜けた瞬間だった。
つづく




