デストロイ外伝 終 『カーテンコール』
今回で外伝は本当に終わりとなります。
短いエピローグを重ねたものですが、楽しんで頂けたら幸いです。
ー それぞれのエピローグ① 『各国の動向』 ー
其処は、間接照明の淡い光を要所に配しただけで薄暗く、微かに背徳の薫りが漂う……。
中央ステージに置かれたグランドピアノを軽快に弾く老齢の黒人男性と、傍らには若い、こちらも黒人の歌姫が力強く人生(JAZZ)を唄い続けている。
彼らを囲む様に座席が配置されていたが、今は何処も空席である……では誰に向けてのBGMだと云うのか?
いや、ステージから離れた脇に設えられたカウンターにて、白髪のオールバックと顎髭を綺麗に整えた『おじ様』と呼んでも遜色ないバーテンダーがシェイカーを振り、その前の座席にもう一人……四十代程のシンプルだが仕立ての良さが覗えるオーダースーツに身を包んだ黒髪の紳士が座っていた。
……JAZZに耳を傾けつつ、グラスの中で琥珀色の液体に浸かる氷を見詰める紳士だったが、不意に後ろへ視線を向ける。
ステージを挟んだ向こう、螺旋状の大階段を颯爽と降り、ヒールの音を響かせる紺碧のドレスの妖艶な女性……それは紛れもなくサラ・ストームの姿であった。
「………。」
彼女はカウンターに座る紳士へ手を上げ、にこやかな笑顔を差し向けてゆく。
「ドレスは気に入ってくれたかいサラ?」
「ええ、とても……今夜はお招きありがとう、ロック。」
ロック……そう呼ばれた紳士は挨拶代わりにグラスを上げてから、隣りの席を引いてサラをエスコートした。
「それで……今回の一件、僕を巻き込んだ外交問題にまで騒動が大きくなった訳だが、何処までが君の絵図なんだい?」
一段落ついて、サラの隣りでグラスを揺らしながら、ロックの方から淡麗にそう話しを切り出してきた。
「貴方にとってはさぞ寝耳に水でしょうね……でも選んだのは彼女よ。」
「そう仕向けたの間違いだったかな?おかげで僕はアルパストのお偉方に大目玉だよ。」
「ギルド加盟国の技術供与協定における優先順位の無視ですものね♪ウォルターナには最旧式の技術を送り、ドミニオンには第三世代型の現物が存在していた……しかも国境を越えた作戦行動に投入されたのだから、アルパストとドミニオン、二国間に密約が在ると思われても仕方ないわ。」
あくまで穏やかに、笑顔を崩さぬサラの指摘にロックの表情がにわかに固まってしまう。
「……あれは勇者の特権を使って、シオリくん個人が僕から奪っていったものだよ。言ってしまえば僕らも被害者なのさ。」
「まぁ……(その理屈は)通用しないでしょうね、それで?落とし所はどうしたのかしら。」
「指揮権を放棄し、好き勝手暴れた挙げ句に聖地とも云える森林を三百年の禁足地に変えた勇者……ウォルターナとドミニオンの関係を冷え込ませたってのが表向きかな。まさかその裏で列強最有力であるウォルターナとアルパストに緊張が走ってるなんて公言出来ないでしょ。そのために電磁フィールドをオミットした量産型後期第三世代のデータと飛空造船技士十人の派遣、いや、亡命というべきか。」
「フフ、ナーデルはもっと譲歩を引き出せるから交渉を突っぱねろって息巻いてたわよ(電磁フィールドのノウハウを伏せる意味が今更あるのかしらね)。」
ロックの何気ない言葉に疑問を抱き、僅かに思考を巡らせるサラであったが、一瞬で我に返り思わず表情を濁してしまう。
……何時の間にかロックはそんな彼女を不敵な笑みで見据えていた。
「君もまだ青いな、この空間で僕に隠し事は出来んよ。まぁ飛びついてくれそうな言葉を選んでみたんだけどね。」
「喰えないわね相変わらず……大方、私を呼び付けたのも警告する為なんでしょう?」
「違うな、強いて言えばこの世界の真実を知った者同士として、君が何を成そうとしているのかを聞きたいんだよサラ。」
この時、柔和な表情とは裏腹にロックの視線には強靭な精神の持ち主であっても答えに窮してしまうであろう、一切の欺瞞も見逃さない冷たさが宿っている……。
隙など、ましてや逃げ道なんて用意させない、そんな壁際まで寄り切られたかの様な錯覚をサラは覚えてしまう。
「………。」
一息つき、にわかにロックの視線を受け流しつつ彼女はカクテルグラスを暫し見つめた後、無言で口をつける……だがサラをイメージしたであろうその青い液体を呑んだ訳ではない。
その事に気付き、暗に信用ならないという意思表示なのだろうとロックは受け取ったのだが、それだけで事態を動かそうと云う気にはならなかった。
否、事態を動かしたのはサラ・ストームであった。
「蒼空の勇者 ロック・ザ・ナインバッシュ……私は貴方がキライだわ、だって抜け目ないんですもの。でもだからこそ、そんな貴方にしか頼めない事がある。」
「今夜はやけにしおらしいじゃないか?怖いね……まぁ聞くだけ聞こうか、話せる範囲の真意を含めて。」
「そうね貴方にとっては簡単でしょ、『スキルの分割譲渡』なんてね。」
「………!?」
ーー歌姫は尚も人生を語る様に唄い続ける、善き思い出を……諦めに打ちのめされた悪夢の夜を……そして振り返り、捨てていったモノたちへの哀惜の念をビートに刻みつけてゆく。
そんな、まるで何処か静寂を見つめる子供の様に……ロックは一人で笑っていた。
一通りの話しが済んだ後、サラは去り際に蒼空の勇者へ降った運命の予言をもう一度聞かないか問う。
対してロックは「そんなものはしがらみにしかならないよ。」と一蹴し、代わりに「今夜のドレス……気に入ったなら、現物を贈るよ。」と返してみせた。
「今夜はもう仕舞かな……。」
おもむろに立ち上がり、静かに右手を上げてロックが指を弾いた瞬間……時間が止まり、空間が暗転した。
全ては蒼空の勇者ロック・ザ・ナインバッシュのシステムであるシャンパラでの出来事であったのだ。
エピローグ②『ドミニオン共和国 海上自衛隊駐屯地 在ってはならない秘密ドック』
先のギガントプロス戦において大破したアズナブル・レッドが宙空で固定され、けたたましい火花を装甲板に生じさせながら改修作業を受けている。
その様子を下方から見上げ、呆けた表情を浮かべているシオリ。
「まだ燃えカス状態なのか?」
不意にそう声を掛けられ、肩越しに視線を向けるとそこにはバララが立っていた。
「……ここに立ち入れると云う事はギルド移籍と国籍取得が認められたのか。」
「ああ、ハジキにも挨拶を済ませてきたよ……しかし他人事みたいに言うな、お前がクルーとして誘ったんだろうが。」
……そう皮肉を返され、思わず乾いた笑いを洩らすシオリの隣りへ立ち、バララもアズナブル・レッドを見上げる。
「良いフネだが……俺達も含めて、結局コイツの処遇はどうなるんだ?」
「何も変わらないよこれまで通りさ、ただウォルターナにだけは出禁になった……次に領空侵犯したら国際問題にするって脅かされたよ。」
「それじゃあ此処(秘密ドック)の存在も公になるのか?」
「いや、協定に抵触するからね、正式にアルパストから技術供与があるまで数年は秘匿するだろう。」
「色々と杜撰だな……。」
「超法規的措置、いわゆる力業のオンパレードなのさ。」
そうあっけらかんと語るシオリに、今度はバララが乾いた笑いを洩らしてしまう。
だが会話が途切れた事でバツが悪くなったのか……そのまま二人は暫し間沈黙し、再び火花を散らすアズナブル・レッドを見上げ続ける。
「ひとつ気になっているんだがーー」
唐突に話しを切り出したのはバララであった。
「ーーお前さんが話していた、碧渦の勇者からのふたつの占い、あれは結局どういう意味だったんだ。」
「ああ、そう言えば雪山登山の時に話していたか……。」
ーー契りを揺るがす者
ーー黄昏から暁を見出だし足る叡知
「答え合わせをするつもりはないが、私見で言うなら……。」
「……言うなら?」
「まったく判らんな!」
きっぱりと断言した瞬間、聞いたのが間違いだったとバララは肩を落として溜息をついてしまう。
「そんなにガッカリする事は無いだろう……占い好きの女子じゃあるまいし。」
「期待した俺が馬鹿だった。」
(契りを揺るがす者……あの時、その占いを思い出したからこそ、ドラゴンフライヤーから近海待機させていたアズナブル・レッドへ通信を送る踏ん切りがついた。そして、黄昏から暁を見出だし足る叡知……黄昏と暁の対比で一番に思いつくのは死生観だが、死から生を見出し足る叡智か。足ると云うからには換算、基準を満たす数の事だろうな。)
上空へ視線を彷徨わせつつ、シオリの思考は既に辿り着いていた。
黄昏から暁を見出し足る叡智とは自身が連合軍を率い、生贄を捧げる事でギガントプロスを倒した場合の選択肢を指していたのだろう……では叡智とは?
それは知識や技術の結集、或いは築き上げられたる頂点、最新を含みその過程をも意味する。
(つまり過去にも同様の戦いが在ったという事か……ふたつの占いは私が立った岐路だとして、ひとつ目の占いを明らかに単純化し、そちらへリードしながらふたつ目の占いの真意を解かせる狙いだった。ならふたつ目にはまだ解かねばならない真実があるのだなサラ。)
「所で気になるついでに聞くがーー」
「……ん?」
「ーーこのフネ、カラーリングを変えるのか?大幅な改修を行なっているようだが……確かアズナブル・レッドとか言ったか?どういう意味なんだ。」
アズナブル・レッド……その名がバララから出た瞬間、我に返ったシオリの表情が明らかに曇った。
疑問を口にしたバララが若干引く程に……。
「知らんな、このフネは元々ネタ好きのイカレポンチが所有していたものだ。」
(イカレポンチ……意味は分からんが、ヒドい悪口なのは理解出来る、そんなに問題人物なのか?蒼空の勇者。)
「折角だから、この際に機体色を白銀色に変えて名前も改める事にしたよ。」
「名前も、お前が決めたのか?」
「ああ、自由への希望を込めた飛空艇その名もギャンビット号だ。」
それが後に、苦難に喘ぐ民衆の希望を一身に背負う事となる飛空艇の……誕生の瞬間であったという。
エピローグ③ 『哀しき胎動』
うず高く積まれた髑髏の山……その中腹が微かに震えている。
やがて苔むした骨を押し退け、痩せこけた白い腕が一本芽吹いた。
「………。」
息も絶え絶えに這い出して来たのは腰まで黒髪をのばし、振り乱す若い二十代前半程の青年であった。
彼は一糸まとわぬ自身の身体を見下ろし、驚愕の表情を浮かべて改めて周囲を見回す。
何処までも続く髑髏の平野、肺まで凍る冷気に赤い空……凡そ現世と思えぬ光景に青年は眉をひそめていると、不意に声が掛かる。
「……ホランド先生。」
視線を向けた先、そこには五人の幼児、ジョシュア、エミー、ミサミサ、アーリマン……そしてガーラントが何処か儚げに立っていた。
その姿を垣間見た事で、青年の意識へ急激な記憶の奔流が渦巻き全てを理解させる。
「そうか、私達は……殺されたのだな。」
忌まわしき惨劇の光景を子どもたちへ重ね、ホランドは唇を噛み締める。
「だが何故私の身体が若返っているんだ?」
その虚しさに満ちた問いに微笑みで応え、代表してガトが口を開く。
「先生はまだ死んでない……ううん、身体は確かに死んだけど、その魂は現世で新たな力を得たんだ。」
「魂の力?……不死王か、いや、ならば身体が若返る理屈に合わない、不死王なら身体は骸骨化する筈。」
「シカイセン(屍解仙)東方に伝わるもうひとつの不死王へ至る呪法。」
「屍解仙……何故だ!?何故それを君達が知っている!?いや、お前達は何者だ!!」
ホランドの猛りに空気が震える最中、クスリと笑いガトが静かに首を横へ振った。
「僕たちは僕たちのまま、そして先生も……みんな『彼ら』に救われたんだよ。」
そう呟くと五人は無言で振り返り、ホランドへ背を向けてみせた……やがて、ホランドは目撃してしまう。
何も無かった筈の赤い空に、夥しい数の胎児や幼児が無惨な姿で浮かび、やがてガトとガーラントを中心に回り始める。
推定数十万の子どもたち……何時の間にか、ガト以外の子どもたちの姿が消えている、否、四人は宙空の奔流の最中に居た。
余りにも悍ましい光景に息を呑むホランドであったが次の瞬間、彼の頬に滂沱の涙が伝って零れていた。
「なんと哀しい子らよ……誰ひとり救われる事無く世界に拒絶され続け、それでも尚、愛を求むるか……。」
連綿と続く歴史の陰で、180年という周期で行なわれる虐殺……そして死して尚、踏みつけにされた子どもたちの成れの果て、その集積された叫びの数々をホランドはどうしても、どうしても『怨念』と位置づける事が出来なかったのだろう。
次の瞬間、その力の一端を発して創り出した黒衣を纏い、ホランドはガーラントの前で跪く……。
奇しくもそれはマーダフの象徴とも云える黒衣であった。
「ならば俺だけは、共に在ろう……名を捨てて、これより俺は君の……ガーラントと名乗ろう!!」
ーー吹き抜けてゆく風。
穏やかに流れる雲を仰ぎながら……ホランド、否、ガーラントは目覚める。
上半身を起こすと、其処はあの石碑の前であった。
「………。」
マーダフの襲撃で蹂躪された箱庭、その傷跡と自身の若返った肉体が惨劇の全てが事実であった事を示している。
ゆるりと起き上がり、石碑の傍で佇む大樹の幹へ触れると微かな温もりが伝わる。
いや、屍解仙となったガーラントに触覚、ましてや熱等感じる筈がない。
それでもと祈ったのは、おそらく自身に遺された儚い感傷であるのだろうと理解した……。
不意に遠くで小さな影がふたつ動いた。
ガーラントは沈黙を守りつつ、石碑に供えられた花へ視線を落とすと、そこには枯れた花の横に真新しい花が添えられている。
(やはりここに人間が立ち入るべきでは無かった……願わくば、この箱庭が永く誰の目にも触れぬよう。)
一頻り祈りを捧げ終わり、この箱庭で過ごした平穏を懐古すると、ガーラントは石碑に刻まれた転移術を発動させ旅立っていった。
転移術が発動した後、咲き誇る花々が風へ舞い上がった……華やかに、寂しげに、最後に残った人間らしさをこの場所へ置いて行ったガーラントを惜しむ様に……。
エピローグおわり
extra epilogue 『風に揺れるシーツ』
ーーアームベルン サウスバーク地方のとある修道院
「おはよう牧師様。」
木漏れ日の中、牧師と呼ばれた男は遅れて視線を上げる。
「ああ、マーシャですか……おはよう。」
心地の良い風に髪をかき上げ、赤毛の少女が悪戯っぽく笑うのを見つめ、牧師は口端を僅かに上げて応える。
この時、微かに金属が軋む音が流れた……それは牧師が身体を預ける車椅子のものだった。
「しかし朝早くにどうしたんだい?私の授業は午後からだった筈だが。」
「うーん、それがね、牧師さんにお客さんが来てるよ。私が案内する様に言われたの。」
「お客さん?」
訝しげな表情を浮かべる牧師の肩を叩き、遠くを指差してみせるマーシャ。
修道院の中庭から外苑へ続く小道の脇ではためくシーツの隊列……その一角にその女性は佇んでいた。
「マーシャ……どうやら大切な用件のようだから外してくれるかい?」
「うん、じゃあ戻る時に呼んでね。」
互いに微笑み、手を振って小道を駆けてゆくマーシャと入れ替わりでその女性は白金色の髪を揺らしながら、牧師へ歩み寄ってゆく。
「はじめましてかしら?アーミッド牧師。」
「そうですね、少なくとも私は貴女の様な美女は初見ですよ……ああ、座ったままなのは御容赦下さい。見ての通り、生まれつき身体の大半が動かないものですから。」
刹那、女性がクスリと笑うと牧師は眉をひそめて言葉を止める。
「失礼……貴方、本体はとても饒舌なのね、とても虐殺者には見えないわよアイスマン。」
「はて、誰かと勘違いしておられるのでは?」
微かに流れる不穏な空気が肌身へ噛みつく中、沈黙という均衡を破ったのは女性の方だった。
「貴方の宿敵、ホランドだったかしら?彼、生きているわ。」
その瞬間、アーミッドの瞳が鈍い光を放つ。
「何を言っているか分かりかねますが……しつこいと人を呼びますよ。」
「与太話ではないのは私を見れば判るわよねアイスマン……この碧渦の勇者 サラ・ストームをね。」
再び訪れた沈黙が確かな殺気を孕んでゆく渦中で、サラはただ微笑を称えている。
「……貴様の狙いは何だ?」
「あら、地が出てるわよ。」
「答えろ……さもなくば。」
「殺せないわよ?運命が私を生かすもの……でも、良いわ話してあげるーー」
「………。」
「ーー来てほしいのよ私の元へ、貴方の式神の力、いいえスキルをね。」
「!?……それも貴様の予言か、もうひとつ答えろ、お前のその力は何だ?何を望む。」
「望み?生憎と私の望みはとても高望みらしくてね。未来に無茶な道理を通すなら、同様の無茶を課さなきゃならない……これはその為の力よ。」
その瞬間、否、瞬きのひとコマの最中で……アイスマンは確かに視た。
より強く、冷たい決意を秘めた、決して抗えぬ美しくも狂おしい悪鬼羅刹の眼差しを……。
おわり




