デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』 最終回前編
すいませんでした!?また詐欺ってしまいました。
今回、最終回『前編』として更新いたしました。
もう二度と!?もう二度とあと何話で終わるとか申しません。
重ねてすいませんでした!!許してください。
「………。」
電磁フィールドと雷光のせめぎ合いの向こう……シオリは蹲りながらも、激しい閃光の明滅の陰に隠れ、変容してゆく事態を視ていた。
暴威を奮う雷光が四散し、大地で爆発を起こすその奥……膝を着くギガントプロスの周囲へ急速に黒煙が発生し、渦を巻いて巨人の姿を隠してゆく。
やがて期せずして雷光が止み、否、潮目が引くが如く退がるとそれは形を変え、より赤黒く瞬く半円形状の光の檻へと再構成される……その最後の一瞬、巨人が見せた相貌にシオリは今迄になかった感情を抱いてしまう。
肌に纏わりつく暫しの停滞……戦場はさながら沈黙の下僕と化した様に静まり返る。
そんな周囲に反して、より一層感応現象が強まり、シオリとエピオンは身動きひとつとれなくなっていた。
(恐れ……だ、と……いや、あれは幼い……怯えと拒絶なの……か?)
黒煙へ紛れた、否、隠れたあの刹那、最後に視たギガントプロスの表情をシオリは幾度となく反芻し続ける。
……そんな尾を引きつつある停滞の最中、やはり沈黙を破ったのはアズナブル·レッドであった。
低いモーター音を響かせ、船首から競り出た二門の砲身を視た刹那、にわかにシオリの直感が警鐘を鳴らす。
「………!?」
『今は刺激するな!!』そう彼女が叫びを上げるのとほぼ同時に、しかしアズナブル·レッド最大火力であるグラビティカノンが撃ち放たれて、彼女の声を轟音を以て掻き消してしまう。
その瞬間!異世界には場違い過ぎる二筋の超重力余波が光の檻へと延び、全てを、ギガントプロスを蹂躪し、殲滅すると思われた。
だがしかし、超重力圧壊の脅威が訪れたのは、ギガントプロスにではなく……アズナブル·レッドの方であった。
光の檻へ直撃した筈のグラビティカノンは反転し、速度と威力を倍加させてアズナブル·レッドの電磁フィールドをいとも容易く突き破ると、僅かに偏向したのか、右舷装甲を削り取って空の彼方へ抜けていった。
右舷から煙を吹き上げ、不安定に後退する艇体……が手痛いダメージはそれだけに留まらない。
アズナブル·レッドの砲撃が引鉄となったのか、より加速度的に感応が強まり、シオリとエピオンの精神へ想像すら許されない苛烈な激痛が直接響いてゆく。
見えぬ出口を探し求めて、全身を痙攣させながらエピオンは野性の眼をシオリへ向けた。
自身同様に苦しみもがきながらも、彼女は懸命に身体を起こそうとしている……。
この時、シオリの心中は感応現象とは別に混沌としていた。
あの子はまだ苦しんでいるーー
脳裏に浮かぶ箱庭の風景、その中でしか生きられなかった5人の子供の屈託のない笑顔。
もう誰も、あの子供達を救ってやれない。
あの子はまだ苦しんでいるのに……誰もその手を引いてやれないのだ。
だから勇者として、ガトをもう一度殺すのか?
そんな堂々巡りの自問自答が彼女に魂の辛苦に抗わせる。
だが不意に、追い打ちを掛ける様なセバスチャンの声がシオリの琴線を刺激した。
『緊急警告発令 システムへの異常負荷を検知しました。また敵性巨大魔獣周辺にマイナスエネルギーを確認 マスターへ即時撤退を提案します マスターへ即時撤退を提案します……即時撤退即時撤退即時撤退即時撤退ーー』
「黙れッーーー!!!」
眼を見開き、怒りを吐き出して、シオリは絶叫と共に己を奮い起たせる。
彼女が今やるべき事……選べる道は少なく、どれひとつ取っても後悔が残らないもの等無いだろう。
だが逃げるべきではない……そう思いつつ、尚、受動的であるセバスチャン、いや、システムが撤退を進言してきた事実に彼女は悟らざるを得なかった。
(私は心の何処かで逃げ出したかったのか。)
勇者の使命と重責……ギガントプロスの内部で苦しみ続けるガトへの焦燥と無力感。
それだけではない、シオリの胸中に決別を秘めて尚、皮肉屋で斜に構えたあの友の笑顔が浮かんでは沈んでゆく。
その全てを刹那的にでも、自分は投げ出したかったのだ。
シオリは自身への憤怒で猛り狂い……感応現象すら忘れ、気づかぬ内に立ち上がっていた、そして識る、その怒りの核にあったホランドへ手向けた約束を。
……また一時的に手を組んだとはいえ、忌々しい敵が立ち上がるのをエピオンは視ていた。
そしてそんなエピオンも、純粋なる野生の本能を以てひとつの真実を見抜く……感応現象を引き起こす原因、それは自分に在るのだと。
次の瞬間、魔獣エピオン·ジャックは予期出来ぬ行動にでる。
突如として己が拳爪を自身の下腹へ突き入れ、肉を抉り込んだのだ。
「………!?」
筋繊維を裂き、捏ね回した後、抉り出されたのは真紅に輝く玉石……それは永き時を経て肥大化するエピオンの魔力の源泉。
血を吐き出し、震えながらそれをエピオンはシオリの前で握り砕いて見せると、感応現象はピタリと止んでいた。
「お前、何を……!?」
唖然と見詰めるシオリへ嘴を二回打ち合わせて……エピオンはゆっくりと再び崩れる様に倒れていく。
その地響きの余韻が消えても、シオリはエピオンの行為の意味を理解出来ずにいた。
がしかし、その時不意にシオリの視界の端で砕けた玉石が煌めく。
欠片のひとつに赤紫色の光が宿り、ウエストホルダーに収められたふたつの薬莢型ケースと呼応する様に明滅を繰り返している。
……事ここに至り、ようやく彼女は感応現象の要因とエピオンの真意を察し、同時に余りに不出来な運命の皮肉とやらに顔をしかめてしまう。
「お前が持っていたのか!?」
思わず叫んでしまうシオリであったが、明滅が小さくなるのを視て、慌てて空の薬莢型ケースを取り出して近づけると……明滅する赤紫の光は欠片から離れ、ケースへと宿った。
(アストラル界からエピオンの魔力に惹かれて顕現したのか……すまない、少しだけ休んでいろ、お前との決着は後でな。)
やがて光が安定し消えた後、シオリは彼方を見上げ、二丁拳銃を抜いて跳び上がっていた。
ーーアズナブル·レッド ブリッジ
「右舷推進機関中破!?消化班急げ!!」
舵を握る六十代程の恰幅の良い小柄な老婆が忙しなく指示を伝声管へ飛ばす、どうやらかなりパニック状態であるらしく滝の様な汗を流している。
その後ろではバララが血の気の引いた顔色でバタつく現場を見つめ、フィーロに至っては初めて目にする最新技術に色めき立っていた。
「だからオートマに改修しようって言ったのに、あの嬢ちゃんはっ!?」
「オートマ?ちょっと待て、まさかマニュアル操舵出来ないのか!?」
驚愕の表情でそう疑問を口にしたフィーロへ、老婆は管制モニターから眼を放さずに、あざとく舌打ちを送る。
「出来る訳ねーだろ、こいつは最新鋭の制式採用艇のしかも試作カスタムなんだよ!!こっちは巡航モードと自動迎撃システムでやり繰りすんのが精一杯だ、黙っていろ小僧!!」
「……本気か。」
『チヨ婆!!さっきのグラビティカノンで重力低減機関がイカれたよ〜どうしよう!?』
次々と伝声管から聴こえる盛大な悲鳴に、老婆の年輪を重ねた額へ青筋が浮き上がる。
「知らないね、いちいち弱音吐くな!!砲雷長のお前がノリノリで『撃っちまおう。』とかぬかしたんだろ、責任を取りな!!」
苛烈なまでの激を放ち、チヨ婆と呼ばれていた老婆は鼻息を荒らげると全ての回線を切ってしまった。
そのまま、観測モニターへ意識を傾ける……。
(嫌な沈黙さね……奴さん何が狙いなんだい。)
アズナブル·レッドの最高火力さえ弾く、いや、完全反射と形容した方が正しい防衛手段を見せつけておきながら、巨人は未だ動く気配すら無い。
バララたちの情報でギガントプロスが超速再生を行う事は知っている、仮にその為の時間稼ぎが目的であるなら既に事は成されている筈なのだ。
対してアズナブル·レッドも動かない、否、動けない……最高火力兵器を以て手痛いしっぺ返しを受けた以上、光の檻の性質を見極めなければ手の出しようがなかった。
一見して両者共に攻めあぐねる千日手にも思えるが、圧倒的にイニシアチブを握っているのはやはりギガントプロスであろう。
それを理解するが故に、チヨ婆にとって巨人の沈黙は何よりも解せなかった……。
決断を迫られつつあるチヨ婆、しかし不意に伝声管のコールが虚しく鳴る。
またか……そう怒気を強め、応答もせずに回線を切ろうとした刹那に、チヨ婆は手を止めた。
その伝声管は甲板直通の回線であった……何故に?今は戦闘中である、退避区画からコールする馬鹿者はこの艇内に居よう筈がない。
いや、一人だけ居た、規格外の馬鹿が居たのだ。
そう確信し、高笑いを上げたチヨ婆は伝声管を掴んで第一声を響かせる。
「よぉ馬鹿娘、魔獣とのランデブーに飽きたのかい。」
「……ああ、カレには休憩してもらっているさ。」
ブリッジ内にシオリ·デストロイ·トラビスの声が木霊し、周囲から安堵の歓声が上がる。
……がそれも束の間であった、シオリが次に発した言葉で総員に戦慄が走ったからだ。
「本艇はこれより自沈特攻する、自動航行を設定後に速やかに総員退艇……繰り返す、総員退艇だ。」
(……なるほどね、嬢ちゃんはそう判断したかい。)
一部の隙も許さぬ命令に、ブリッジに緊迫感が張り詰めた……いや、チヨ婆によって艇内放送へ切り替えられていた為に、その緊迫感は全体へ波及しているだろう。
受け入れ難い無茶な命令にバララもフィーロも反発は免れないと察する中、意外にもチヨ婆は淡々と返事を紡ぐ。
「了解した、自動航行の座標設定をし次第、退艇命令を出す。」
「馬鹿なっ!?何言ってんだ、最新鋭の艇だぞ!!んな簡単に自沈させて良いわけねーだろ!!」
後進国の技術者として、フィーロはチヨ婆の肩を掴み、通話に割り込んで憤慨を叫んだが老婆の表情は冷めたものであった。
「……キャプテンがやれってんだ、反対はしないさ。」
そう断言され、フィーロは思わず後退りをしてしまう……部外者の言葉等、聞き入れられる筈がない。
だがそれでもフィーロは叫ばずにはいられなかった。
「テメェらは自分達の艇に誇りも愛着も無いのか!?何でこんなに簡単に捨てられる!!」
……チヨ婆はフィーロの激昂を意に介さず、背中を向けたまま操舵の傍らに在る制御盤へ手を延ばそうとする、が僅かな気配の膨らみへ無意識に振り返ってしまう。
それはフィーロに対してではなく、フィーロの肩を掴み、息も絶え絶えに進み出ようとするバララのものであった。
「無い訳ないだろ……俺達、飛空艇乗りは艇に誇りを懸け、自由な……空を愛してるんだ、そして何より、乗員の命を、預かる覚悟がある。」
乱れた呼吸で、だがその声には確かに清廉とも思える揺るがぬ強い意志が伝わってくる。
チヨ婆は即座に理解した、この男は若造を通して、自分へ言葉を問い掛けているのだと。
「お若いの、あんたも飛空艇乗りか、そしてその様子、心的外傷によるストレス障害だね。」
その瞬間、周囲へ沈黙が拡がり、回線を通したシオリにまで波及した。
「そうだ……俺はかつて自分の艇を、大事な乗員を甘過ぎる見通しで喪い、現状の俺になった。」
「………。」
「………。」
「だが、だからこそ言える……共に艇を愛する者達と、艇を最後まで守り自由を駆けて戦う矜持があんたらにも在る筈だ。」
「はっ!そいつはあんたの妄執だろう、死に損なったからもう一度、乗員まで巻き込んで艇と心中したいのかい?」
余りに苦く、苛烈な言葉を突き付けて、チヨ婆はバララの眼を見据え続ける。
実の所この時、バララの言葉のひとつひとつをチヨ婆は痛い程に理解していた……しかしなればこそ、第三世代艇の熟練度が低い自分達にとって総員退艇が最善であると判断し得たのだ。
「………。」
「その言葉を俺は否定しきれない……それでも、目の前でまた同型艇が沈むのを見たくはない。頼む、俺に出来る事ならば何でもする、だからどうか、このドライマルセルを諦めないでくれ。」
掠れる声を紡ぎ終わり膝から崩れる様に、バララは蹲り額を床へ擦り着けて嘆願し、フィーロもまた、それに続く。
「………。」
その姿は本来、不様であり、不快の極みであるとチヨ婆は考える……何もしない愚か者が、リスクを負わず、己が要求だけを通す為のポーズ、ブラフでありそこには一片の価値すらないと。
「時間が無い、チヨ婆……退艇命令を発令しろ。」
伝声管から無情な声が響いた直後、バララ達を見下ろしたままチヨ婆は伝声管を握る手に力を込め、やがて口元まで引き寄せるとーー
「総員に問う、此処から逃げだしたい者は居るか?」
「………!?」
それは退艇命令とは似ても似つかぬ、全く異なる問いであり、チヨ婆だけでなくシオリまでもがこの後の反応を容易に想像出来てしまった。
……暫しの沈黙を経て、唐突に口火は切られる。
「右舷機関室!!消化作業完了、重力低減機関がイカれようが航行に支障無し!!」
「こちら左舷!!こっちは無傷なんだ、多少の無理は通してやれますぜ!!」
「こちら火器管制室、及び白兵部隊長!!ここにはテメェの艇を見捨てるヤツなんて居ねぇぞキャプテン!!」
先程の弱音など何処吹く風と、代わりに吹き荒れたのは自由を征く者達の雄弁なる心意気に他ならなかった。
そして全回線から響いた激……それは紛れもなく、バララの言葉が鼓舞として引き起こした結果なのだろう。
満足気に一笑し、待ってましたと言わんばかりにチヨ婆は再び口を開く。
「上出来だ愚図共!!愛してるぜ……。」
「しかしそれでは!?」
「命令してくれキャプテン、アタシらはそれでも退艇しろとあんたが言うなら、従うさ……勿論、共に戦えって言ってくれた方が気楽だがね。」
「……自動迎撃と自動航行しか出来ない現状で手立てが在るのか?」
その一瞬、チヨ婆はバララを真っ直ぐ見据え、口角を吊り上げて笑う。
「おい若いの、顔を上げな……名前は?」
「……バラライズ·ドーン。」
「聞いての通りだお嬢、ドーンにマニュアルで舵を取らせる。トラウマなんて甘え、アタシが許さないよ。」
何でもするんだろう?……そう無言で詰問する様に厳しく、妥協を許さない眼差しを受けてバララは唇をキツく結び、ゆっくりと立ち上がる。
「……俺の様な人間に機会をくれた事、感謝する。」
今、バララの脳裏に過去の不甲斐ない自身の姿がオーバーラップするかの様に、流れて消えてゆく。
まだ……心的外傷を克服した訳ではない、現状でも動悸と息切れ、手の震えが続いている。
それでも尚、この数年、他者から罰せられる事でしか自分を救えなかった男は自身よりも愛していたものを守るため、殉じる覚悟をした。
「………。」
最終回後編へつづく




