デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』 神焔
……それは予想だにしない変貌だった。
ギガントプロスが轟かせた咆哮の余韻が消えた瞬間、その全てを終えていたからだ。
「………!?」
背骨に沿う形で大小様々に隆起した十二本の鋭い刺、否、背ビレと表した方が正確だろうか。
それらが赤き光を帯びた瞬間、エピオンは本能で動いていた。
低く、何処か電子音にも似た振動音と共に放たれたのは……十二条の閃光、死の鞭。
宙空へ昇り、その軌道を歪曲させた閃光が容赦なくエピオンへと降り注ぐ。
「ホーミングだとっ!?」
何度も軌道を変え、執拗に追ってくる閃光に対してエピオンは最高速度で急旋回、急上昇から急降下とアクロバット飛行を繰り返しつつ、振り切れないと悟るや地表付近まで降下し、シオリの絶叫を置き去りにまだ形を成している森の中を身体を縦にして突っ切ってゆく。
するとエピオンの後方で断続的に炸裂する爆発光が直線で結ばれ、腐りゆく森へ炎を灯した。
◇
◆
「……時が経つ程に手に負えなくなるのか。」
木の葉塗れの不様な姿に成りながら、ギガントプロスからは更に離れた地点で上昇するエピオンとシオリ。
彼女はエピオンのタテガミを必死で掴みつつ、セバスチャンだけでなく独自でも戦況を分析している。
いや、実の所、エピオンとギガントプロスの戦闘開始から約五分間もの間、シオリは戦域圏外からギガントプロスを観察していた。
その結果、ひとつの綻び、矛盾点を見出すに至っている。
更に確証を得る為、セバスチャンに捕捉と検証を行わせて導き出された可能性……万にひとつの勝ちの目と言っていい。
しかしシオリにはそれを断行する手段が欠けていた。
(……せめてあとひとつ、ファクターが揃えば。)
間違いなくギガントプロスはここで倒さねばならない、しかも短期決戦で殲滅し切らねばこの星の命全ての死が確定しかねないのだ。
だが現実問題として超加速銃撃もエピオンの火球ですら、変貌を遂げ続けるギガントプロスに有効打と成り得なくなりつつある。
ならば求められるのは限界以上の火力、更にエピオンとの連携、何よりそれらを以て次の一撃で決め切るという覚悟だろう。
『お嬢様 第二波が来ます。』
「………。」
遠く、100mを越すギガントプロスの背後から赤い光が不出来な後光を象ってゆく。
その圧倒的な景色を見据えたまま、シオリは無言でエピオンの背に触れた……刹那、最強と謳われる火炎魔竜は微かに視線を回す。
勇者はただ、自身の胸を差し示してから、エピオンの眼へ視線を合わせた。
連携?……覚悟?……笑わせるなよ。
……まるでそう言われているかの様に、嘴を二回叩き合わせ、野生の眼差しはシオリを鋭く射貫いていたという。
エピオンに迷いなど無い、常に目的へ向けて翼鱗を広げるだけだと……その為にただ殉じるのみであると。
覚悟すらも、エピオンにとっては不純物でしかないのだろう。
そうシオリが悟った瞬きの終わりに連動するかの様に、エピオンもまた、彼女の意図を汲んで羽ばたいていた!!
時を同じくして放たれた十二条の閃光、否、死の雷光へ、斯くしてエピオンとシオリは逆行し向かってゆく事を選ぶ。
両者の距離は約2km弱……最高速度のエピオンを以てしても、十二条の雷光を掻い潜り続けるのは不可能に限りなく近い。
だがしかし、翼鱗を焦がしながらギリギリの旋回で躱すエピオンの背で……シオリは自身が禁忌としていた手段を実行した。
ギガントプロスまで約1500m……二丁の迅雷をウエストホルダーへ納め、両掌をエピオンに叩き着けた瞬間、炎が迸り『神焔』の無尽蔵な力が魔獣へと流入してゆく!!
そして心臓の鼓動が一際高く打たれた刹那、血流が、筋肉が、細胞レベルで超加速を開始する。
眼を剥き、歓喜とも悲鳴とも取れぬ雄叫びを上げたエピオンは雷光の速度を……超えた。
ただ真っ直ぐ、エピオンが雷光を発生させているのではないかと錯覚する程に、尾を引く様に雷光を引き連れたその姿は幻想的であっただろう。
だがそれは2秒にも満たない光景であった。
何故ならエピオンは辿り着く、雷光を完全に振り切り、急制動で回転しながら上昇したその地点……可視化されたシオリの視界でジャストの腐食ガスとの境界領域。
そして、エピオンの内包していた『神焔』の全てを乗せた火球が放たれる!!
……ギガントプロスにとって、それは些末な火の粉にも見えた。
が、ギガントプロスは迷う事無く、火球を両掌で包み込む様に防御態勢をとる。
(……やはりそうか、そこに居るんだな。)
シオリの確信が過ぎった瞬間、『神焔』を宿した火球が加速度的に膨れ上がり、想像を絶する力場を以て両掌を押し開いてゆく。
彼女がギガントプロスに感じた違和感……それは周囲の生物を吸収し、四肢をもがれようが構わずに超速再生を繰り返すギガントプロスが胴体、特に胸部に対してだけは過剰なまでに防御を見せている事にあった。
思い返せばエピオンが最初に頭上から放った全力火球も右腕で防御しており、それは決して頭部を庇ったものではない。
つまり、そこにギガントプロスが防御しなければならない要因、都合の悪いものが隠されている。
「これで……終わりにしよう。」
ゆるりと二丁の拳銃を再び構え、後押しする様に……シオリは引鉄を引いた。
次の瞬間、更に膨張した大火球がギガントプロスの両腕を消し炭と化しながら吹き飛ばして、その胸部へ着弾する。
刹那、鼓膜をつんざく轟音と共に超絶的な破壊の白光が景色を塗り潰して、弾けた!!
……後方へと吹き抜けてゆく爆風に煽られ、必死にタテガミを掴んで『なびく』シオリを他所に、エピオンは微動だにせず、事の成り行きを見守り続ける。
どれだけの時間、そうしていたのか……やがて風が止み、黒煙が次第に薄れてゆく中、魔獣と勇者は見た。
膝から崩れ、胸部に穿たれた大穴から黒煙を噴き上げるギガントプロスは虚ろなひとつ眼で青空を仰いでいるかの様であったという……。
大気が風鳴りを取り戻し、静寂が訪れても、巨人の失われた両腕は再生の兆しを見せない。
いや、腐ったその身体は確実に崩壊しつつあった……。
「………。」
安堵もなく、油断等微塵もない……ただ収束してゆく緊迫感が虚しさを去来させるのみである。
シオリは冷たい眼差しを彷徨わせ、薄まる黒煙の奥を視た。
穿たれた大穴の中心で……露出した赤黒く穢れた幼子の上半身を。
その一拍の間、彼女がどの様な感情を抱いたのか、それは分からない。
シオリ·デストロイ·トラビスは唇を結び、もう一度迅雷を構えて……引鉄へ指を掛ける。
確かに『引こう』としたのだ……だがそれは叶わなかった。
ーー全ては、まだ終わりを迎えていなかったのだ。
ガトの遺体が僅かに動いた、様にシオリが感じた瞬間、突如ギガントプロスが天へ吼える。
絶え間なく続く怨嗟の声を前に……エピオンは不意に、何故か力無く地上へと墜落してゆく。
地表ギリギリで減速し、何とか事なきを得たエピオンとシオリであったが、その表情は苦悶に歪んでいた。
(……これは直接脳に、いや魂へさ、作用する痛み、か。)
地に伏し、のた打ち回る様に雪を掻くシオリ……。
彼女には、いや、おそらくはエピオンも聴いたのだろう。
ギガントプロスの絶叫に混じる幼子の悲痛な迄の声を……。
それは死して尚、魂を穢され、砕かれる痛みに苛まれるガト自身の絶叫なのか。
断続的に襲う激痛に悶え、虫の息で呻きながら、何とか身体を起こそうとするシオリの眼に、ふたつの淡い光が入ってくる。
……ウエストホルダーに収まる薬莢形の容器が確かに明滅を繰り返していた。
(あの時の感応現象か……。)
余りの不運に、苦虫を噛み潰すシオリの遥か頭上でその時、ギガントプロスの背ビレに僅かな赤光が瞬く。
ーー次の瞬間、四条の雷光が迸り、無差別に地上を蹂躪してゆく。
大地を灼き薙ぎ払いながら、それらは意思を持つかの様に未だ伏しているシオリとエピオンへ収束し迫り来る。
絶対的な死が訪れる……その抗えない事実が、シオリの心臓を鷲掴みにし、彼女の時を凍らせた。
が、然して、収束された雷光が彼女とエピオンを灼く事は無かった。
何故ならば雷光が届くまさに寸前、巨大な船影が遮る様に、突如として現れたからだ。
「……間に合ってくれたか。」
赤き雷光を弾き、四散させてゆく青き光の盾が船首で展開、瞬く。
全長64.57m……重力低減推進魔導機関四基、最高速度875㎞、主砲グラヴィティ カノン 二門、突撃用強化衝角、 回転式多銃身機関砲 八挺、電磁フィールド偏向展開機構。
それは、その船はアルパスト帝国が誇る飛空艇にして、蒼空の勇者が3倍の神話を具現化した元乗機。
真紅にカラーリングされし希望……第三世代型対ドラゴン強襲飛空艇ドライマルセル·カスタム、通称『アズナブル·レッド』であった。
最終回へつづく
えぇ〜如何でしたでしょうか?
また少し構成を予告から変えてしまいました。
いや、今度はウソついてないっす、ちゃんと次回で終わるっすよ。
……本当は今回で本編を終わらせて、次回エピローグでしたが、ズレ込む構成となってしまい申し訳ありません。
どうか見捨てず、読んでやってつかぁさい。




