デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』協定
はぁ……スイカの時期が終わる。
「……お待ち下さい勇者殿。」
謁見の間を出た所で呼び止められ、シオリは苦い表情のまま視線を向ける。
そこには身形の良い、だが痩せ細り眼鏡を掛けた中年の男性が立っていた。
「貴殿は……見覚えがあるな。」
「以前にアルパスト帝国の晩餐会でお目に掛かりました、旧技術開発局長のナーデルです。」
そう言い、大袈裟な所作でお辞儀をして見せるナーデルであったがナーバス気味になっているシオリにとっては冗談として通じない。
……依然として苦い表情の彼女にナーデルは思わず笑顔を強張らせる、が後ろで同様の反応を示しているバララに気付くと、眼鏡の奥で僅かに瞳が歪んだ。
「……それでナーデル殿、何故此所に?出来れば近衛騎士団長にお会いして(魔獣の)現状を聞きたいのだけれど。」
「失礼、近衛騎士団長は陛下の護衛として一部の団員と共に避難されました。」
「避難?……まさか。」
「現在、魔獣はエルロー公国領から真っ直ぐ東へ、この王都ミルディニティに向かってましてね。」
この瞬間、おどけた言葉とは裏腹にナーデルが纏う空気に異質な重圧を感じるシオリとバララ。
「近衛から王国騎士団の指揮権を委譲されて……というか押し付けられまして、矢面ですわ。」
「随分と砕けた物言いだが、技術開発局長が何で騎士団の指揮を委譲される?」
「旧ですよバララ殿、まぁそこら辺の説明をする時間も今は惜しいですから、とりま付いて来て……。」
◇
◆
……王城地下施設
「あっ、滑り易いので気を付けて下さいね。」
湿り気を帯びた冷気が漂う石組みの螺旋階段を地下へと降りてゆく三人。
円筒状の大空間の壁伝いに階段が競りだしているため、足を踏み外せば50m以上はある地下へ容易に落下するだろう。
「何分古い施設でして、その内改修してエレベーターでもと思っている次第です、はい。」
「中世の城にエレベーターか……ナーデル殿が俺に反応した理由が分かったよ。」
「おや、気づかれてましたか、私もまだまだ青臭い。」
「………分からんな、いい加減説明してくれないか?」
前を歩かれながら、にわかに盛り上がる男二人へ苛立ちを越え、殺気を滲ませた眼差しを向けるシオリ……微かに乾いた笑いが地下へ木霊してゆく。
「ギルド加盟の列強七国による軍事協定を知っているか?」
「私をバカにしているのか?勇者だぞ。……軍事関連の新技術を独占させないための協定だろ、全てのデータを開示、供与する真似はしないだろうが、兵器の基礎構造や一世代前の技術は加盟各国で回す手筈になっている筈だ。」
「その政治構造の中心にギルド及びエレメンツ教会が据えられているのは問題でしょうがね……おっと、とりま、アレですわ見えるでしょ。」
地下へ半分程降りた所でナーデルが最下層を指差す……。
「あれは……ドラゴンフライヤーじゃないか!?」
「……アルパスト帝国第一世代型小型飛行艇ドラゴンフライヤー、帝国もケチだよね~とりま地下ドッグの改修が済んでないからデータ取りだけしてたんですわ。」
「これを使っていいのか?」
「勇者の特権ってヤツでね、コイツは返礼だよ……アンタは生け贄なんざフザケた犬死を選らばなかったからな。」
一瞬、その物言いに込められたナーデルの本音を垣間見て、シオリはただ無言で頷く。
(生け贄の話と状況のお膳立て……この男、いや今は考えるまい。)
「アシとして使ってくれや。戦力としちゃあ数に入れられないがな。」
ナーデルが腕を差し出した先……城下の底でドラゴンフライヤーは魔石力供給ホースに繋がれて、アイドリング状態でシオリ達を待っており、側にはパイロットらしき人員が1人立っていた。
その様子を満足気に眺め、浄火の勇者はヒールを響かせ、颯爽とコートを靡かせながら搭乗席へと赴く……。
斯くして、ドラゴンフライヤーは飛び立つ。
数分後、地下水路を滑空し城下町へと抜けた瞬間、銀影は大空へと垂直に飛び上がっていったのだった。
(久々にアツくなっちまった、こいつが戦争なら兵の死なんざ最初から消耗品だろうよ……だがな、騎士の時代はもう終わりなんだよ、これからは俺達、技術屋の時代の始まりだぜ。)
水路の出入口で空を見上げ、ナーデルは見えなくなった銀影へ思いを馳せるのだった。
◆
◇
◇
「目標会敵まであと十分。」
雲の隙間を縫う様に四枚翅を震わせて、独特の低いモーター音を響かせるドラゴンフライヤー。
向かい合わせの座席で腕を組みながら暫し瞳を閉じていたシオリであったが、パイロットのアナウンスを聞き、意を決して口を開く。
「やはりもう一押し必要だな。」
ぽつりと呟き、前方のコックピットブロックへと進むシオリを横目にバララは胸騒ぎを覚えてしまう。
◇
◆
白銀世界へ轟く咆哮、否、それはもう白銀とは呼べぬ景色であった。
通常空間へ突如として現れたジルコニアン・ギガントプロスは破壊の限りを尽くしながら、あらゆる生物の屍肉を取り込み際限なく巨大化していたのだ。
……だがしかし、その連鎖もある種の飽和に近い状態なのだろう。
屍肉を取り込んだ端から巨体は腐り崩れて、露出した内部から特殊な腐食ガスを放出し、近隣に死を撒き散らしてまた取り込む。
その負の連鎖によって、ギガントプロスの進路上に位置する自然環境へ重大な影響が出てしまっていた。
……悠々と死の行進を続ける100mを越えた魔獣は森林地帯に差し掛かった所で、紅い一つ眼を不自然に歪ませて、遥か上空を見上げる。
「気付かれたか。」
高度1200で機体を傾け、旋回するドラゴンフライヤーから眼下の惨状に舌打ちを洩らすバララ。
「どうする?あの怪物にはその二丁拳銃も通じないんじゃないか?」
「とりあえず標準装備の機関砲で様子見……いや、射ちまくるしかあるまい!よしっ!垂直降下しながら発射だ!!」
シオリは威勢良く右手をパイロットへ差し向け、指示を飛ばすが……。
「無茶言わんで下さい!そんなマニューバー習ってませんから!!」
「………。」
閉口するシオリを横目に、眉をひそめるバララであったが数瞬の後、副操縦席へ滑り込む様に座る。
「旋回降下でいい、砲手は俺がやる。」
「……ですが。」
「任せたバララ、私はデッキ(やね)に登るぞ。」
そう言い残し、反論も聞かずにハーネスを着込んでハッチを開放した瞬間、凄まじい気流が流入し、パイロットは若干のパニックへ陥ってしまう。
「落ち着け、あの人は規格外だから放っておけ。」
半ば呆れた声音を洩らすバララであったが、砲撃桿を握るその手は微かに震えていた。
ハッチを閉め、シオリは気流に耐えながらデッキへの梯子に手を掛けて登ってゆく。
やがて踏み上がり、所定の金具とハーネスを三点で繋ぎ終えるとウェストホルダーから二丁拳銃を抜き、踏ん張りを利かせて構える。
「さて、開戦といこうか……!!」
つづく




