デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』勇者
「あら珍しい……貴女が連れ立って行動するなんて。」
◇
◇
大理石を基調とした広間に建ち並ぶ黒曜石の柱、大扉から玉座まで続く赤絨毯の道……そこは荘厳であり、静謐に満たされた神聖ウォルターナ王国城玉座謁見の間である。
だが現国王シャルルド・フェルナンド・ウォルターナ14世は不在であり、空席となっている玉座の傍らに碧渦の勇者こと、サラ・ストームが佇むのみである……筈だった。
定められたかの様に彼女が下座の赤絨毯へ視線を向けた瞬間、突如として空間が裂け、スパークを飛び散らせながら開いた暗闇から二人の男女が姿を現したのだ。
「トラビス……此所は!?」
背後で戸惑うバララとは打って変わり、転移直後とは思えぬ程に静かに、浄火の勇者ことシオリ・デストロイ・トラビスは玉座の傍らで佇むサラ・ストームを正面から見据えていた。
やがてヒールを大理石に叩きつけるかの様に響かせ、サラへ歩み寄ってゆくシオリは平手を振り上げ……そして。
「………。」
謁見の間に、小さく乾いた裂音が響いた。
「………。」
「……何で、殴った方が泣いているのよ。」
僅かに顔を仰け反らせ、片頬を赤くしたサラの視線の先で……シオリは唇を噛み、その藍色がかった瞳から涙が伝っている。
「信じたくなかった……間違いで在ってほしかった。」
(ああっ……シオリ、貴女は。)
刹那、サラはある衝動に駆られるが、自嘲し、自重する事でそれらを即座に振り払う。
全ては積木の積み重ねだと、一時の感情に流される行為はその積木をいとも容易く崩してしまうのだ。
……サラは、彼女の目的のために如何なる蛮行で在ろうとも遂行する覚悟でこの場所に起っている。
故に彼女がこの後に取る行動は一択であった。
「………!?」
謁見の間に再び小さな裂音が響く。
「……私ってやり返さずには済まないタチなのよね。」
この時、叩いた手の平に残った雫をサラは人知れず握りしめていた。
「おい、勝手に二人で盛り上がるのは構わんが、アンタが黒幕なのか?」
直後……一人、下座で空気と化していたバララが焦れた様に低い声音を向けると、サラは思いの他冷たい眼差しを彼に向ける。
「やっぱり引き寄せられたのね『空軍中尉』殿。」
空軍中尉……その言葉に明らかな嫌悪感を滲ませるバララであったが、サラは構う素振りすら見せずに沈黙を続けるシオリへ視線を戻す。
「現実を受け入れなさいな、貴女に目印を付け結界へ、マーダフを引き入れさせたのは私よ。」
「……何故だ、何故そんな回りくどい事を……何故あの子供たちを殺す必要があったんだ!!」
「それは、もう気付いているんでしょ?」
「………!?」
「私達の使命、神に選ばれ遣わされた勇者として狩るべき魔獣とは……あの子供たちの事よ。」
滔々と語られたサラの衝撃的な言葉は、受け入れ難い内容でありながら、その実、シオリの意識の中でちぐはぐで在った事実という歯車を噛み合わせるだけの実感を十二分に含んでいた。
炎の女神ネフェルティの言っていた魔獣に今まで遭遇しなかった理由、それはまだ幼い人間の子供であり覚醒していなかったからであろう。
ならば使命のために、自分もガトの様な子供たちを殺さねばならないのか?
戸惑いは抗い難い停滞をシオリへ課したが……その姿をサラは一笑に付してみせる。
「震えてるの貴女?何を今更、割り切りなさいな……所詮、私達は異邦人なのよ?異世界の人間が、老若男女が何人おっ死のうが関係ないわ。」
異邦人……異世界……それらのワードに引っ掛かりを覚え、否、正直に理解出来ずバララはシオリの華奢な背中を見詰める事しか出来ない。
(違うよ……サラちゃん、私達はそれでも、世界が異なるとしても、現実の中で生きている。)
……友と認めた者の心ない言葉が、今、どうしようもなくシオリを孤独感へと苛み、追い詰めてゆく。
そんな姿を見詰めるサラもまた、独りで決断を下す事を選ぶ。
「はぁ、もういいわ……話が進まないし。」
溜め息混じりの嘲笑を友に向け、サラは純白の法衣から円筒状に丸められた一枚の書簡を取り出し、開いて見せる。
「浄火の勇者シオリ・デストロイ・トラビス……神聖ウォルターナ王国、エルロー公国、北シオンザッハ共和国によるギルド加盟三国の特S級災害魔獣の認定及び討伐要請を以て貴殿の討伐任務を正式かつ公式に承認する。」
「………。」
「だってさ、困るわよね~何せ四時間前にデスサンデーの西側からスッゴい魔獣が現れたんだもの~エルロー公国領の街も幾つか壊滅させちゃったしね。これはもう勇者の出番よシオリん♪」
「四時間前……バカなッ!?俺達の転移と、そこまでの時間の開きがある筈がない!!そもそも、そんな短時間で三国の討伐要請が出せる訳がないだろう!!」
「喚くな……外野風情は黙ってなさいな。」
サラのその言葉を受け、瞬間的に無言で激昂したバララがついにサラへ詰め寄ろうとした……が、それを背中越しに発せられたシオリの声が制止する。
この時、シオリだけが気付いていた。
サラ・ストーム個人は非力である、勇者はギルド最高戦力であるのは疑う余地もないが、彼女には戦闘能力と呼べるもの等備わっていないというのが事実であった。
だが非力である筈の彼女には100%に限りなく近い『予測』という能力が備わっていたのだ。
サラはこの能力をギルドを介して公式に流布し、勇者への討伐強制を免除させるだけでなく、自身の立ち回りにも最大限発揮し、僅か数年で一部の列強国に多大な影響力を及ぼすまでになっていた。
バララの指摘もサラが公式に認められた『予測』を三国にチラつかせ、根回しを済ませていたなら可能であろう。
現に壊滅したというエルロー公国領の街において、家屋倒壊や公道の寸断等といった物損被害に比べ、人的被害は軽微と判断するに足る状況であった。
そして現在、サラは非力の上に丸腰でシオリ達へその姿を晒していたが、決して無防備などではなかったのだ。
謁見の間を満たす荘厳な空気へ微かに混ざる不穏な気配……それ自体はバララも気付いていたのだろう。
しかしそれらの視線が射抜く様にバララへ収束したという動向までは察してはいない。
この事実が何を差し示すのか?現状において決して冷静とは言い難いシオリであっても明確に理解出来た。
おそらくは対人用途に試作改良された狙撃ライフル……凍結された計画をサラが独自に進めていたであろう事は容易に想像がつく。
「……『お前』の狙いは何だ?」
冷笑を称え、さもありなんと玉座へ触れるサラ。
「取り敢えず尻拭い……かしらね。貴女には簡単なお使いに行ってほしいのよ。」
「魔獣討伐が簡単なお使いか?あれはもう人間が手に負える相手ではないのだぞ。」
「ええ、だからこそ規定通りに三国の連合軍約一万二千名を連れて魔獣の所までエスコートしてほしいの……そうね、過半数位を見殺しにしてくれれば良いわよ。」
「………。」
「納得ができないって顔ね、けど本当よ、儀式のおかげで、不完全な復活だったってワケ。まぁ約五~六千人の命を吸わせるだけで、魔獣は自滅する予定よ。」
饒舌に犠牲を語るサラを無言で見詰めて、最早、真偽を問う事は無意味であるとシオリは悟る。
「さて、時間切れよシオリん♪貴女の返答は?」
停滞する荘厳なる空気の最中で、対峙する両者の視線が瞬きの間だけ交差し……逸れてゆく。
彼女達はこの時、お互いの間に決して越えられぬ溝が生じた事を、二度と笑い合った日々には戻れないのだと、認識した。
「……行こうバララ。」
全てを振り切るかの様に、サラへ背中を向けたシオリはヒールを響かせて、ただ大扉を見据え進み始める。
「断る……援軍はな。」
淡々と、だが確かな力強さを以て袂を分かつ文言は紡がれた。
「………。」
サラは大扉を出てゆく背中を、軋みを上げてそれが閉じられるまで、ただ見送っていたという。
つづく




