デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』幕間
はぁ、スイカ食べたい……カブトムシみたいに貪りたい(ハラ壊すか)。
「……もういい、すまなかった。」
伏せがちな視線をさ迷わせ、バララの首筋から腕を外して離れる、と横へ流れかけた身体をヒールで踏み留める。
と、ヒールが何かに当たる感触を認め、シオリはそれを何気なく拾い上げた。
「………。」
それは緑がかった四角柱の水晶、一見するだけで人工的に加工されたものだと分かる……。
「それは?」
「アイスマンの式神が落としていったものだ、エレメンツ教の巡回牧師に支給されている転移結晶だろう。だがそれよりも今は……。」
その結びの一言を受け、二人は一瞬視線を合わせると、どちらからともなく草丘を登り始めた。
未だ煙りを上げ、廃墟とも云えぬ程に吹き飛んだ『跡地』を確かめずには、どうしてもいられなかったのだろう。
だが途中、遠くで一本だけで佇む大木が視界に入った事をキッカケに、シオリは暫し視線を向けたまま足を止める。
「やはり……人が踏み入るべきじゃなかった。」
その呟きに込められた後悔の色をバララは何となしに理解出来る気がした。
真実は伺い知れなくとも石碑での一件以降、彼女の言動からバララはこの結界を創ったという『前任者』の願いを察していた。
おそらく此処はホランド達同様に、いや、元来はジルコニアンイエティにとっての聖域、箱庭だったのだろう。
だからこそバララは誰のためでもなく慮り、シオリの呟きを聞かなかった事にして、彼女に先んじて草丘を登りきった……だが。
「ーートラビス!!」
その叫びで我に返ったシオリが向き直ると、バララの背中が……『跡地』へと駆け出すのが見えた。
「……ホランドさん。」
一瞬の遅れで丘を登りきったシオリが目にしたのは、変わり果てた姿のホランドと、その傍らで膝を着いて声を掛けるバララだった。
四肢をもがれ、爆発で負ったであろう広範囲に渡って焼け爛れた皮膚……ファミリアに確認させるまでもなく、絶命している。
手の施し様のない、仮に在ったとてこれ以上の苦痛を与える必要があるのか……。
数秒の躊躇いを経て、バララが救命措置を取らずにホランドの瞼を静かに閉じさせようと手を差し伸ばした瞬間ーー。
「退いて。」
ーーバララの肩を掴んで押し退け、シオリがホランドの胸へ右手を着ける。
「何をするーー」
言いかけた刹那、添えられた彼女の指の間から光りが洩れ、と同時に衝撃がホランドの亡骸を波立つ様に一度跳ね上げた。
「……ッ!?」
やがて見開かれた眼、鼻、口から血を流しながら、断続的に呻き声を洩らしホランドは僅かに息を吹き返す。
『神焔』による超加速を転用する事で、シオリはほぼ役目を終えた心臓をほんの一時だけ、無理矢理に鼓動させたのだ。
「聴こえるかホランド?」
血を流し、苦痛の呻きを洩らすだけのホランドへ声を掛け続けるシオリ。
彼女が何をしたのか?真の意味で分からなかったが、その姿は、バララには陰惨極まる拷問に見えた、見えてしまったのだろう。
「これ以上はーー」
言い終わるか否か、シオリの襟首を引き掴んでホランドから離そうとしたバララであったが、逆に超加速の衝撃を腹部へ受けて転がり嘔吐してしまう。
「……頼む、今は黙っていてくれ。」
冷徹なシオリの声音に身体を強張らせ、尚、バララは彼女に挑み掛かろうとし……たがしかし、その一瞬だけ見せたシオリの眼差しに、自身が記憶の片隅へ追いやったモノと重なった事で動けなくなってしまった。
(なんて強く、哀しい眼をするんだお前は……。)
「………ト、ラビスさ、ん。」
重苦しい沈黙が停滞する最中で、意味を為さなかったホランドの呻きが呟きへと変わる。
「……此所に居る、残念だが最期だ、だから真実を貴方から聞かせてほしい。」
「あな、たは……。」
「神様に遣わされた……勇者だよ。」
その瞬間、眼を剥き吐血を振り撒くホランド……浅くなった呼吸で必死に唇を噛み締めて、おそらくは暗闇しかもう映さない虚ろな瞳をシオリへとさ迷わせ、やがて。
「教会、は……神の意、思を歪めよう……とし、ている。……私は、あの子……らを……ガトの、こ、救って。」
「………。」
穏やかな風鳴りが鎮まり返る空気を押し流してゆく……紡がれた言葉を最期に事切れて、虚ろな瞳は血に塗れたまま動かなくなった。
シオリはただホランドの瞳をゆっくりと閉ざし、ハンカチで血を拭うと静かに起ち上がる。
「……心得た。」
それはぽつりと呟かれた、彼女なりの手向けであったのだろう。
コートを翻す様に振り返ったシオリへ、バララは正面から相対して問い掛ける。
「……彼の最期の言葉、お前は心当たりがあるのか?」
やや詰問気味に問うたバララの言葉に、シオリは顔色を変えずに淡々と口を開く。
「バララ、これ以上は貴方を巻き込む訳にはいかない。」
「急だな、それで?ここまで来てサヨナラかね。」
「諸々すまない、だがデスサンデーに貴方を戻したら、そこでお別れだ。」
「それで穏便に済むとでも?悪いが知りたくもない裏事情まで聞いたんだ、マーダフが俺を放っておく訳がないだろう。」
「……それは、責任を以てキシリア派が貴方を保護するわ。」
戸惑いつつ言葉を接ぐシオリを真っ直ぐ見据え、口元に残っていた吐瀉物を腕で拭うバララ。
「御免だな、俺は落ちぶれても『船乗り』だ。束縛より自由を選ぶさ。」
船乗り……バララの口から初めて聞くワードに奇妙な違和感を覚えるシオリであったが、次の瞬間、彼が懐から取り出し、装着したゴーグルを見た事でその覚悟を察する。
……それは紫外線から眼を守るためにサングラスが填められたゴーグルであった。
「君は……そうか、ならこれ以上の問答は不要だな。バララ、私と共に真実を確かめにゆこうか。」
「是非もない。」
互いに微かなはにかみを浮かべた後、バララは仕切り直しと言わんばかりに、上空に開いた大孔を見上げる。
「それでは奴を追うかね。」
「いや、まだ確かめなきゃいけない事がある。」
水を差す言葉に眉をひそめるバララを他所に、シオリはコートのポケットから転移結晶を取り出して見せる。
「多分これが真実に繋がる鍵だ。」
「……マーダフを追うのか?」
的外れな言葉に、思わず声に出して笑うシオリであったが首を僅かに横へ振って否定を示す。
「こいつは多分、異空間結界へ侵入するための道具だろう。あのアイスマンが式神であった以上、帰還脱出用途では不要なものの筈だ。」
「……それで?」
「これにはひとつだけ、転移座標が記録されている。」
「話が繋がらんな、それに罠の可能性もあるだろう。」
「予感めいた何かがある……マーダフは実行部隊に過ぎない。これが仕組まれた出来事なら、私の予想通りなら、転移先で待っている者は……。」
苦々しく言葉を紡ぐその様子から、何処かで自身の予感が否定されるのを期待しているようにもバララには見えた。
溜め息をひとつつき、彼はぶっきらぼうに『さっさと行こう』とだけ、彼女に促すのだった。
つづく




