デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』魔獣
「……初めまして勇者殿。」
バララにナイフを突き付けながら、薄く嗤う黒衣の男に対してシオリは眉ひとつ動かさずに意識を収束させる。
……隙あらば即座に動く、と考えたい所であろうが状況の悪化をこれ以上招く事態は避けなければならない。
「私を勇者であると知っているなら、お前がマーダフか?」
「ええアイスマンと申します、本来なら姿を現す予定ではなかったのですがね。」
(予定ではない、奴にとって私が不都合であるのか……おい、奴を鑑定しろ。)
『承りましたお嬢様。』
心中で舌打ちを洩らしながら、厭らしい笑みを浮かべるアイスマンを直視しないように努める。
「賢明ですな、マーダフが幻術を扱うのは御存じのようだ、なら賢明ついでに武装解除していただきましょうかね。」
『鑑定結果が出ました。』
「………。」
「どうした、人質を殺して欲しいとでも?」
「ーーアイスマンと言ったか?、キミは人質を取る行為が大別してふたつの目的に分けられる事を知っているか。」
「おしゃべりは望んでいないな勇者殿。」
「いや、本意じゃない……それはキミの本意じゃないだろう。」
刹那、シオリの高圧的とも汲める物言いに顔を僅かにしかめるアイスマン……突きつけたナイフへにわかに力を込めてみせる、がシオリは構わず更に続ける。
「ひとつは保身だ、だがこれはキミの目的じゃない。わざわざ姿を見せて人質を取る必要などないからな。」
「………。」
「加えて、今私の眼前に居るキミはーー」
その瞬間、紡いだ言葉と共に振り返ったシオリは長閑な風景へ向け、超加速を込めた弾丸を撃ち放った。
「………!?」
マズルフラッシュが瞬き、硝煙を上げる銃口の先……何もない筈の風景の中に、肩を撃ち抜かれたアイスマンの姿が突如として現れる。
と同時にバララにナイフを突きつけていたアイスマンが呻き声を洩らし、その身体を紙吹雪へと変えながら崩壊してゆく。
「偽物だからな。」
「気づかれるか……よ。」
苦虫を噛み潰すアイスマンへ二丁拳銃を差し向け、躊躇なく駄目押しと言わんばかりに引き鉄を引き続けるシオリ。
夥しい銃弾が衝撃と共にアイスマンへ無数の風穴を開けてゆく。
しかし、轟音と硝煙の凶演の最中で違和感に気付いたシオリは舌打ちを洩らして銃撃を止める……。
「………。」
「容赦のない女だ。」
そう呟くアイスマンの身体には見てとれる程の致命傷がいくつも穿たれていた……しかし、その銃創からは出血どころか露出していたのは骨肉ではなく、張り付けられた様な紙片であったのだ。
「やはり式神だけか、初めから本体で来てはいなかったのだな。」
その言葉を受け、溜め息を深くつき肩を竦めて『お手上げ』だと示すアイスマン。
「やはり時間稼ぎもままなりませんか、流石はギルド最高戦力ですな。」
……しかし、誉め称えられたシオリはアイスマンに眼もくれていない。
時間稼ぎ、アイスマンの言葉は嘘ではないだろう、バララを人質に取った時点でその思惑を看破していた。
ならば何のための時間稼ぎなのか?
シオリは中空で蠢く巨大な肉塊、ガトだったものを見据えて次の瞬間、走り出していた。
本体ではなかったが、アイスマンの式神にはもう戦うだけの能力は残されていない。
放っておいてもじきに崩壊するだろう。
それはセバスチャンの鑑定でも告げられていた。
バララも頭を振り、シオリの背中に追従しようとする。
アイスマンに戦う力は無い……事実である、目的を達成する程の時間稼ぎも果たせていない……事実である。
そしてその事実を風呂敷に時間稼ぎの理由足る肉塊へトドメを刺しに行くのは概ね正しい。
油断なく予断も許さず、徹底して懸念と成り得る芽を刈りにゆくのは最善策だろう。
だがそれが敵にとって、想定された行動で在ったならどうか?
アイスマンにとって、今回の襲撃計画は儀式の失敗という一点において崩れたと言っていい。
……ただし計画失敗を含めた次善策まで既に『予測』が為されていたとしたなら。
「………。」
二人がアイスマンから離れた直後、彼は自身の影から配下の傀儡兵を召還する。
今回の襲撃に際して彼は他のマーダフを伴っておらず、子供たちの抹殺はこの傀儡兵にやらせていた。
が現状において戦力としては望めない……何故なら、傀儡を操る為の魔力が式神には残されていないからだ。
ならば何のための召還なのか?
(時間が稼げないのなら、必要な時間を短縮するまでよ。)
アイスマンが狡猾な笑みを更に歪めた次の瞬間、『エサ』に気付いた肉塊から再び常軌を逸した怨霊の叫びが放たれ、物言わぬ傀儡兵が宙へ……と、吸い寄せられていく。
傀儡兵とは、言わば『屍』を寄り合わせ作られたものであり、肉塊が求めるものに相違ないといえた。
「ーーー!?」
一瞬か否か、異変に気付き振り返ったシオリはアイスマンの笑みと宙へと離れる傀儡兵を目撃し、猛るより速くアイスマンへトドメの弾丸を撃ち込む……しかし、全ては遅かったのだ。
懐から結晶に似た物を落とし、紙片を散らして完全に消え去るアイスマン。
そして、まだ後悔の表情に歪む前のシオリの背後で、それは完了する。
凄まじい勢いを以て蠢きながらその形を変貌させた肉塊は不意に止まり……再びシオリが向き直るまで、この間約三秒弱。
ーー直後、シオリの視界を埋める程の土煙が衝撃を伴って彼女とバララを吹き飛ばした!!
「………ッ!?」
「……っぐ。」
草丘を転がり、地面へ叩きつけられて呻き声を小さく洩らすシオリとバララ……。
三半規管が一時的に狂ったのか、仰向けの状態でシオリは身体を起こす事が叶わない、いや、思考すら儘ならないのだろう。
致命的としか形容出来ない隙を晒しながら、その事すら考える意識もなかった、この時、彼女は脳震盪により意識を混濁させていたのだ。
「バカヤロー、起きろ!!」
声を張り上げて呼び掛けるバララ、地面へ叩きつけられながらも、彼は即座に起ち上がっていた。
草丘へ吹き飛ばされた瞬間に咄嗟ではあるが身体を丸める事で頭部を守ったのだろう。
焦点の合っていないシオリの頬を平手で打ち、叱咤しながら抱き起こすと彼女の腕を自身の首へと回す、が。
「くっ、そ……何だありゃあ!?」
土煙が晴れた後、見上げた草丘の頂……無垢な子供たちの家が在った筈のその場所に、バララは確かに目撃したのだ。
全身を覆う白銀色の体毛、天を裂き、大地を割る巨大なる四肢……エピオン・ジャックの倍はあろうか、それは皮肉にもお伽噺で語られる伝説上のジルコニアンイエティそのものに思われた。
唯一違いがあるとするならば、怨念を体現した相貌を集約せし紅きひとつ眼であろうか。
「ジルコニアン・ギガントプロス……とでも言うべきか。」
呆然と立ち尽くすバララたちを他所に、その存在は天を仰ぎ………両腕をさ迷わせるかの様に延ばしてゆく、そして。
原色の空を越え、擬似的に組まれたとはいえ世界たる理を容易く引き裂いてしまったのだ。
……巨大な暗闇が空にぽっかりと口を開けている。
バララの記憶では再びこの結界を訪れた際、シオリは人が通れる程の孔を開けていたが、その孔自体はすぐに塞がれていた。
がしかし、現状で裂かれた大孔は塞がれる気配すらない。
つまりこの結界に、超高々度に組まれた魔術に対して魔獣が干渉し続けている事に他ならないのだ。
あの魔獣は魔法を行使している……信じ難い現実を前にバララが取れる行動はなく、勇者であるシオリの回復を待つしかない。
結局、バララは絶叫と共に大孔へと跳躍するギガントプロスを唇を噛み締めながら見送る事しか出来なかった。
つづく




