デストロイ外伝 『フィッシャーマンズライジング』儀式
今回は過激な表現が含まれております、不得意な方はご遠慮下さい。
優しく降り注ぐ陽光と風鳴りの中……突如として歪む空間。
やがて歪みは不可思議なヒビを入れて、割れる。
ポッカリと口を開けた暗闇から、一瞬の沈黙の後に姿を現したのは……スーツに身を纏い、ショートヒールを響かせる妖艶な女性と緋色のざんばら髪を結った逞しい体格の男、シオリ・デストロイ・トラビスとバラライズ・ドーンであった。
「………。」
シオリが視界を油断なく回すと、変わらぬ平穏……長閑な日常であったその光景は変わり果て……。
再び訪れたその場所は石碑の側であったが、周囲には、そこには不自然に露出し、抉られた土と鮮血に染まる草原……そしてジルコニアンイエティ達の悼ましい亡骸が横たわっていた。
「マーダフってのは伝説の魔獣を全滅させる程の手練れ揃いなのか。」
バララは冷静に状況を分析しようとその亡骸のひとつを見下ろすと、亡骸はまた小さな亡骸を胸に抱きながらの姿で固まっていた。
「違う……。」
そう呟きながら、シオリは遠くに見えるログハウスを見据え、即座に走りだしていた。
『違う』その言葉の意味をバララは理解しないまま、それでも彼はシオリへ追従してゆく。
……あの石碑の真実に触れた者として、そこに刻まれた想いをシオリだけが理解していた。
決して口外する事はない、だが……だがひとつだけ彼女にとって確かなのは、静謐であれと祈りを込めたその全てを、『奴ら』は無惨にも踏みにじったのだ。
必ず落とし前は着けさせる、だが今は何よりも優先しなければならない事があった……シオリは心中で、間に合ってくれと願いながら、両手に握る迅雷のグリップへ更に力を込めていた。
◇
◆
◆
シオリとバララが到着する十分前ーーー。
「ずっとこうしてやりたかった。」
アイスマンは心の底から涌き上がる蠱毒が如き愉悦を口から垂らし、ホランドを見下ろす。
腱を断つだけでは飽き足らずに、ホランドの四肢を最も凄惨なやり方で引きちぎり、欲望をとりあえず満たした事でアイスマンの顔は紅潮しきっていた。
彼にとって唯一の不満はホランドが激痛に耐えかね、哀願しながら命乞いをする様を見せてくれなかった事であったが……まぁいいだろうと、興奮冷めやらぬ感情を、逸る心を落ち着ける。
否、今のアイスマンにとって、それはどれ程難しいか……。
生来の快楽殺人者がその身体を駆け巡り、突き抜ける程の快楽に心を蝕まれているのだ、歯止めなど利く筈もない。
だが形骸化しているとはいえ、それでも偽りの冷静さを求めたのは、知っていたから、悟っていたから……その先には更なる快楽、絶頂が自分を待ちわびていると。
半ばダルマと化し、赤黒く汚れたホランドの白髪を引き掴んで、なだらかな丘を登ってゆくアイスマン……。
鮮血が尾を引いて痕を残してゆく。
「………。」
「もうすぐだ……もうすぐだぞホランド。」
ほぼ意識を失なっているホランドの横顔だけで、脳みそが痺れるかの様な心地よさに囚われてしまうのだ。
……もしや快楽責めという名の拷問を受けているのは自分ではないだろうか?
そんな倒錯した快楽の奔流の最中において、これから起きるであろう絶頂を迎えてしまったなら、きっと失禁では済まないとアイスマンは確信してしまう。
ーー草丘を上がり、石畳の小路を征く……やがてログハウスの玄関口であるウッドデッキに足を掛けた時、アイスマンはついにと三秒前からカウントを開始する。
そして……扉は開かれた。
「………。」
予期しない刺激臭を嗅がされて、無理矢理に意識を叩き起こされるホランド……失血からか、視界にモヤが掛かった様に歪んで暗い。
「起きたか?」
だがそんな声など雑音としてしか認識出来ない、か細く地ベタを舐める様にのたくるホランドの眼前にアイスマンの足が見えた。
「………。」
虫の息で掠れきった呻きだけが僅かに洩れる……。
かつて師と仰いだ男の不様な姿に、アイスマンはあざとく困惑を口にすると、再び白髪を掴んで部屋の中央で冷たくなっていた『それ』へと無造作に放り投げた。
「ーーー!?」
その瞬間、ホランドは消える寸前のロウソクが如く、絶叫を上げてしまう。
覆い被さる様に投げ棄てられ、ボヤけた視界でもはっきりと判る程間近に、見慣れた瞳が虚ろに見開かれて固まっている……。
唾棄すべき自分の人生において、初めて守ろう、守り抜こうと決めた子供たちのひとりが、『ガト』が物言わぬ肉塊へと変わり果てていた。
否、ガトだけではない……そこには、眼を背け様のない凄惨そのものの光景がホランドを取り囲んでいたのだ。
……ジョシュア……エミー……ミサミサ……アーリマン、いずれも恐怖と苦痛と涙で固まったまま、身体を裂かれて部屋の四隅へ磔にされている、まるで意図した配置で……。
「ーーアイスマン!!」
しかしそんな事実に気付く訳もなく……心臓にナイフを突き立てられ、赤黒い血で汚れた幼子を前に、身動きひとつ取れないホランドは最早、背後で嘲笑に咽ぶ(むせ)男の名を 怨嗟を込めて叫び続けるしかなかった。
「やっと……良い声で鳴いてくれたな。」
「何故だっ!?何故に皆殺しにする必要があった!!……何故、放っておいてくれない!!」
ホランドの心からの絶叫であった……世間から隔絶されたこの箱庭で、ただ穏やかに暮らしたかっただけだと。
しかしその叫びの裏に彼が隠していたひとつの事実をかつての弟子は見抜いていた。
「確かにマーダフの任務は同じ刻に産まれた『人間』の子供の抹殺だった……だがお前は我らの眼を掻い潜り、各地で他種族の子供まで拐かした、何故だ?」
「………。」
「気付いているぞ、その子らは同様の条件下で産まれた『人間族』とのミックスだ。」
「………!?」
「そして、だからこそ為せる儀式もある……他の子らを犠牲にしーー」
「黙れっ!?」
「笑い種よな……お前は父としてその子らに囲まれながら、血生臭い決断に常日頃から苛まれていたのだろう?だがお前の意図に気付いた事で、我らもお前とはまた違う仕様の儀式へ思い至ったのだ。」
アイスマンは饒舌に、最高潮へ向けて最後の欠片を組み上げるための呪文を高らかに唱えた……。
刹那ーーガトとホランドを包み込むかの様に、魔方陣の光が展開して、血管が如く周囲で磔にされた子供たちまで延びてゆく。
立体型積層魔方陣……同じ年月と刻に産まれし他種族との混血児四人の魂を苦痛の叫びと共に砕き、中央でガトの胸に刺された呪物のナイフへと集める、かつて自分が理論上で構築した術式構造とほぼ同様の魔方陣が展開された事実に、思わず眼を見張ってしまうホランド。
四人の子供たちは死して尚、魂を砕かれる激痛に苛まれながら身体を痙攣させて絶唱を叫び続ける。
……それは凄まじい共振を発生させ、相乗効果を以て加速度的に特殊な力場を形成していく。
室内に備え置かれていた家具が乱れ飛び、窓硝子を粉微塵に砕く。
やがて……力場が収束し、呪物のナイフへと集まった時、荒れ狂っていた室内に仮初めの平穏が訪れる。
沈黙が広がる最中、魔力を宿したナイフがゆっくりと競り上がってガトの身体から抜けてゆく……と、先端に刺さった、否、まとわりつく翡翠色の光が露となった。
部屋の中心で定まったかの様に宙で留まるナイフと光を眼にし、ホランドはひとつの確信を得て驚愕の表情を浮かべ、対してアイスマンは今まさに羽化登仙の境地にまで達していた。
「……どうだ、儀式を横取りされた気分は?意気地のない自身を呪いたくなったかな……。」
「……お前た、ちは、間違ってい……る。」
間違い……負け惜しみとも取れるその言葉はアイスマンの快楽を更に加速させ、表情を益々トロけさせてゆく……と思われた、が。
「こ、の儀式は……いや、この力は人間ご、ときが手を……出す……べきではーー」
ホランドの辿々しい呟きが紡ぎ終わるか否かの瞬間に、異変は起こった。
翡翠色の光が禍々しい赤へと変化し、先程とは比べようのない暴威荒れ狂う力場を発生させ、一秒にも満たない瞬きで全てを光で塗り潰してしまう。
◇
その瞬間、ログハウスに迫っていたシオリ達は屋根を突き抜け、立ち昇る禍々しい光の柱を目撃していた。
光の柱は膨れ上がって想像を絶する衝撃波を以てログハウスを完全に吹き飛ばし、偽りの空を刹那だけ染めて……消失する。
「………。」
何が起きたのか?……バララは勿論、シオリにも事態が読めない。
ただ、セバスチャンが冷酷に分かりきった事実を淡々と述べる……生命反応が検知されないと。
対する彼女の反応は反感しかなかったのだが、それを思念伝達に乗せる前にシオリは尋常為らざる光景に気付いてしまう。
光の柱が喪失した中空で……その幼児は寄る辺なく、浮いていたのだ。
「ガーラント!!」
叫ぶしかなかった……セバスチャンが周囲に検知した生命反応は0である、それが何を意味するのか?何よりガトの姿がシオリを混乱させ、彼女に行動を取らせたのだろう。
結果、その名前が事態を悪化させる呼び水となってしまう。
「……ッ!?」
魂を封じ込める肉の檻たる身体は死していた……本来であるなら、ガトの魂は還るべき処へ還るのだろう。
しかし肉体は檻の役目を尚果たし、僅かに蘇った意識の断片はひとつの感情を起爆剤として魂魄を檻内で臨界まで膨張、押し上げてその特異な『術式』を発動させてしまった。
……そう、マーダフが為そうとした儀式、それはこの『術式』を取り出そうとし……そして発動させた感情とは『憎しみ』に他ならない。
ーー次の瞬間、運命の悪戯ともいえるソレは爆ぜた。
見開かれたガトの両眼は暗闇を宿した孔と化し、苦痛を体現する様な絶叫を箱庭へ轟かせ続ける。
表情を歪めながら耐えるシオリの背後では、バララが出血する耳を抑えて膝を着いてしまっていた。
だが異変はそれだけに留まらない。
点在するジルコニアンイエティの亡骸がーー引き寄せられるかの様に中空のガトへ殺到し、練り合わさっておぞましく巨大な肉塊へと変貌を遂げようとしていた。
「トラ、ビス……あれは?」
「判らない、だが、決して許してはいけないものだ!!」
善でもなく、邪でもない、だが純粋なまでの異質異形の気配を以て、シオリは即座に戦闘を決断する……が。
突如として背後の気配が変わった事に気付き、振り返るシオリ。
……そこには伏したバララの首筋へと、ナイフを突き付ける黒衣の男が蛇の様な笑みを震わせていた。
つづく




