デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』告解
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斜陽差す室内で身支度を整えるバララを横目にシオリがあざとく急かして笑う……。
周囲には目覚めて間もないバララに興味津々の子供たちが遠巻きに彼を眺めていたのだが……二人が何を言っているのか、その大半は理解出来ていない。
けれどもホランド以外の大人に相対した事のない子供たちにとってはそれも新鮮な驚きとして映っていたのだろう。
そんな空気の最中、ガトは『にひひ……』と無邪気に笑いつつ、ベッドに置かれていたコートにクレヨンを差し入れる。
悪戯とも云えない無為な行いであったが、それでも満足げに眼を輝かせるガトに脇から声が掛かった。
「きょうは、おべんきょうないって……みんなでかくれんぼしようよガト。」
ミサミサの言葉にクレヨンの事など、とうに忘れて……ガトは弾ける様に他の子供たちと共に部屋から飛び出していった。
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のどかな風が草丘をやさしく撫でてゆく……心地よい陽射しの中で、その表情に微かな淀みを秘めて、ホランドは大木の根元で冷たく横たわる石碑を見据えていた。
何処かこののどかな風景に似つかわしくない背中へ近づくふたつの人影……。
「来られましたか。」
気配だけで察し、日常という笑顔を貼り付けて振り返るとそこにはシオリとバララが立っていた。
「……まだ信じられん、本当にここは作り物の世界なのか?」
バララにとって、雪山との余りの差異に驚いた……というより、現実世界としか認識しようのない光景が全て結界内でのニセモノでしかないという事実の方が、その比重は大きかったのだろう。
まだ担がれて(騙されて)いるかもしれないとさえ思考の片隅で思っていた程だ。
「まぁ、それも直ぐに忘れるわよ……。」
「忘却魔法か、それで?俺達は現実世界へ帰れるんだな。」
「………。」
作り物……現実世界……バララの言い様に、刺さった棘が疼く様な感覚を味わうホランドだったが、彼は笑顔を崩さずにバララへ首肯で答えてみせる。
「ですがその前に、約束通りトラビスさんの疑問にお答えしますよ。」
「そうだな、この結界は何なのか?ホランドさんと子供たちの素性と事情……って所かな。」
堂々とした眼差しでシオリにそう問われ、思わずホランドの笑顔に苦いものが混じる……が彼は一拍の間を置いてから、ゆっくりと彼女を石碑に誘う。
「……これは?」
「おそらくはこの結界の要であり、この結界を創造した者の墓標でしょう。」
墓標……その言葉が示す様に、石碑には枯れたものを含めて幾つかの花が手向けられていた。
「……それはジルコニアンイエティが手向けたものですよ。」
シオリは風に靡く髪を手櫛で掻き上げながら周囲を見回すと……確かにジルコニアンイエティが墓標を中心に群れを形成している様にも見える。
片膝をついて、木洩れ日に照らされる石碑に触れてみると。
……上部から中部まで彫られた紋様と文字の組み合わせは、組み上げられた術式なのだろう。
一体幾つの紋様術式を組んだのか、複雑怪奇な幾何学的術式にシオリは頭痛を起こしそうになってしまう。
……しかし、眼を休まそうとシオリが視線を落とした刹那、彼女は息を呑んでいた。
(これは……日本語の文体、なのか?)
縦書きによる左流しの文章……だがひらがなの部分がカタカナに置き換わっている上に、経年劣化なのか所々が磨耗して読めない。
おそらく魔法術式とは違い、日本語の部分は後から手作業で物理的に彫られたのだろう。
(磨耗部分をスキャニング、復元して現代文に訳せ。)
『仰せのままにマイマスター。』
……程なくして、シオリの意識へ現代文の文章が流れ込んできた。
ホランドとバララの視点から見れば、シオリが石碑の前で沈黙していたのはほんの一~二分の出来事であったろう。
(……そうか前任者だったのか、貴方は。)
シオリは眼を伏せ、両の掌を合わせて暫しの黙祷を捧げると、何事も無かったかの様に起ち上がり、振り返る。
……エレメンツ教の作法にはない、その一連の所作をホランドは一見して『祈り』であると見抜いていたが、疑問を挟む気にはならなかった。
「結界については……もういいわ、あとは素性と事情ね。」
急かす事なくホランドの言葉を促すシオリに対し彼は一息ついてから、忘れようと務めて尚、叶わなかった過去をどう切り出したものか……咀嚼しながら、やがてゆっくりとした口調で語り始めた。
「ーー私はかつてエレメンツ教会の一員でした。」
「「………。」」
「トラビスさん、貴女のコート……それはキシリア派のものですよね。」
「ええ……教義はともかく、籍は置いている。」
「私は、私達は……輝きを掲げるエレメンツ教において、どの派閥にも属さない闇中の闇、その存在を秘匿されし人間なのです。」
どの派閥にも属さない……引き摺り出されたかの様なホランドの重い声音に、何事か告げようとシオリの唇が動く。
……が、それを視線を合わせる事で制し、バララはホランドへ改めて頷いてみせた。
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「マーダフ……それが、私達の総称です。構成員の大半は私と同様に孤児から選抜され、僅かな記録さえ抹消して外道の技をその身に叩き込まれる……しかしその修練は、いや、あれは最早、修練と呼べる代物ではなかった。」
それから、ホランドは如何にマーダフが構成員を育成するのか、振るいに掛けられ、落とされた者達の凄惨を窮める末路の一端を嗚咽と共にシオリたちへ語る……。
人の道を外れたる外道の集団……軍事、経済、そして権威を集めるエレメンツ教の原動力とも云える求心力を裏から支える者達。
「マーダフに許されたのは人知れず殺し、人知れず死すのみ……私もそうなる筈でした。」
……曰く、事の発端は四年前、それまで要人の暗殺が主な任務であった彼らに新たな汚れ仕事が舞い込む。
当時ホランドは組織内で指折りの強者として、任務の詳細を知る立場にあった。
任務の内容はその年の八月四日、深夜から夜明け前に掛けて産まれる筈である、人間の赤子を一人残さず抹殺する事……。
子供を殺す事に躊躇いも感傷も抱かぬ、ただ正式に教会へ出生届けが出されている赤子だけならいざ知らず、非公開を含め全世界規模となれば話は別である。
教会が有する闇の情報網を以てしても容易ではなく、また抹殺理由についても不明……ただひとつ、マーダフ設立にも関わる最優先の任務としか聞かされていなかった。
それから半年後のある深夜、ホランドはアルパスト領にある貴族の邸宅へ、自身の後継として育てた部下と二人で赴いた。
赤子を暗殺対象とした事はそれまで無かったが、同じ人間である、些末な感情も抱かず殺せるだろう。
ホランドにとって老若男女変わりなく、暗殺対象に差異を感じた事などないと思っていた。
しかし、運命はどうやら皮肉を好むらしい。
ここで予想だにしない問題が起きてしまう……後継として手塩に掛けた部下があろう事か邸宅の家人へ姿を晒し、虐殺を始めたのだ。
邸宅の主である男爵をはじめ、使用人、護衛など入り乱れての騒ぎに発展してしまいホランドは不本意ながら、想定外の手練れとの戦闘を余儀なくされてしまう。
やがて……全てを終わらせ、ホランドが寝室へと駆けつけた時、そこには恍惚の表情を浮かべる蛇の様な部下が佇んでいた。
その傍らには……揺りかごに覆い被さり、背中に無数の刺傷を負って絶命したのだろう、若い婦人が冷たい肉塊と化している。
「しまったなぁ……殺す前に犯しておけば良かった。」
『自身』をイキり勃たせ、震える部下を前にして……ホランドの判断は冷静かつ躊躇いが無かった。
一息の内に部下であった男の喉笛を切り裂き、苦しみながら死ねと告げたのだ。
暗殺を旨とするマーダフにおいて、部下の行為は背信に等しく、引導を渡すのは師としての務めであった。
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静寂に充たされた寝室で……ホランドは本来の任務を遂行すべく、無言で婦人をどかして暗殺対象を視認する。
だが次の瞬間、彼は動けなくなってしまう。
「………。」
それは……そこには、無垢な顔で手をあげて笑う、根源的とも云える命そのものの姿があったのだ。
そして瞬時に理解した……今まで、自分は無慈悲に暗殺を行い後悔も疑念も抱いてこなかった、それはひとえに自身が死を恐れず、超克しているからだと自負していた。
だがそれは思い違いだった、今までは心を閉ざし、ただ死だけを視てきただけなのだ。
赤子を前にして初めてホランドは生命を直視し、純粋たる生を心の底から恐れていた。
「……気づいた時には、赤子だったガトを抱いて逃げていました。」
「そんな事が……ではこの結界にはどうやって?」
「偶然でした、あの夜に、私はもうひとつの過ちを犯していたのです。」
「………?」
「私が手に掛けた筈の部下が生きていたのです……奴はおそらく、アルパストで起こした惨劇の全ての責任を私に被せたのでしょう。結果として、私達は早々にマーダフから追われる身となり、執拗な襲撃を受け続けました。」
「赤子を連れたまま、暗殺者に狙われ続けたなら……安住の地などある筈もないか。」
「ええ、ですが逃避行の果てに、この雪山で行き倒れた私達をジルコニアンイエティが助けてくれたのですよ。」
「ガトの事情は分かったわ、けど他の子供たちについては?」
「……ガトと同様です、身を隠す拠点を得た私が各地を周り、数年で彼らを保護しました。」
その時、不意にバララは微かな違和感を抱く……ホランドの言葉は紛れもない事実だろう、不審な点はない、だが彼の言葉には何処か噛み合わない部分がある気がしたのだ。
が、バララはその違和感を言及するに至らなかった。
結局は全てを忘れ、この結界へ来る事も二度とないのだから仕様もないと結論づけたのだった。
つづく
どうでしたか?今回は真相の補完みたいなお話になりました。
これからクライマックスへ向けて進んでゆくので、見捨てずに読んでやってつかぁさい、宜しくお願いします。




