デストロイ外伝 『フィッシャーマンズ ライジング』②
今回はちょっと短いですが、少し早いスパンでの更新を目指します。
……遠くへ行きたかった。
目指した場所でなく、ただ逃げ道を求めて惑い続けた。
人知れず過去を捨て、尚、捨て切れない己れが現在を嘲笑う。
……清算など出来ない、だがそれでも、差し出された手を俺は払いのけられなかった。
「構わない、その依頼を請け負おう。」
馴れ馴れしく隣に座り、シオリが30分以上も掛けて依頼について熱弁を奮った後……醒めた眼差しで蒸留酒を煽り、バララはぽつりと了承した。
「ホント!?言質とったよ♪」
「………。」
……二人の対照的なやり取りを皮肉に思いながら、この時、ハジキはバララが依頼をあっさりと受けた事に引っ掛かりを覚えていた。
「お前さん……本当にこの依頼を受けるつもりなのか?」
「ちょっと……水を差さないでくれない。」
「………。」
「確かに俺がコイツを推薦したさ……だがバララはーー」
「俺は漁師だ、ギルドに籍を置いているとはいえ、依頼を受けた事はない……それが解せないんだろ?」
「なら、何でだ?」
鈍く光を放つハジキの眼光を正面から受け止めるバララ……停滞する沈黙が荒くれ共の喧騒を遠くへと追いやってゆく、やがて。
「金払いが良い……案内にしちゃあ破格だからな。」
「金……か。」
気に入らなかった……その動機はハジキが想定していたものから最も遠い言葉であったからだ。
否、本音など語らない事は分かっている、だがバララという人間がただの俗人でないと見込んでいたからこそ、その物言いにハジキは忸怩たる思いに囚われてしまう。
(俺とした事が、くだらねぇ愚問で、またコイツに自身を貶めさせちまった。)
不意にハジキの脳裏へ、始めてバララがアックス&ブレイダーへやって来た頃の光景が過る……。
ーーそれは三年前の出来事であった。
この街は小さく、古い街だ……旧態依然とした寄り合いで余所者が現れれば目立つし、風当たりは強くもなる。
そんな了見の狭いコミュニティにバララは流れ着いた。
誰とも関わりを持たず、街外れの廃屋へ居着いた彼の噂は瞬く間に街中へ広がり、迫害の的にされた事は言うまでもない。
しかし、いくら袋叩きに遭おうが、唾棄されようが……バララは意に介さず、平然としていた。
ハジキも当初は余所者を疎む一人であったが、ある時、その現場に出くわし彼を目にした瞬間、放ってはおけなくなってしまったのだ。
バララはその時、何の感情も見せず、何時も通りに変わらず暴力へ身を晒していた。
だがその眼は救いを求めている様にハジキには思えたのだ。
いや、正確にはハジキへ救いを求めていたのではない。
自身へ振るわれる暴力と侮蔑の全てに、彼は救いを見出だしていたのだ……。
徹底的に痛めつけられ、意識を失うその瞬間まで……彼は救われていたのだろう。
そんなバララをハジキは担いで連れ帰り、思案した末にギルドへ所属させようとした。
無論、ハジキの提案は当初断られ続ける……それでも粘り強くバララと接し、やがて多少強引な手段で冒険者登録まで漕ぎ着けるまでに至る。
その頃の記憶は……ハジキは勿論の事、バララもきっと思い出したくはないであろう。
またその後も問題はあった、彼は危険度の高い依頼を望み、ギルマスとしてハジキは折衝を試みたが異様な迄に意志の固いバララとの衝突は避けられなかったのだ。
何時しか依頼ボードすら見なくなったバララを憂い、ハジキは別の解決策を選択する。
兄弟分であるカジキに頼み込み、彼を漁師見習いとして受け入れる事を承知させた。
ひとつだけ……未だにハジキが解せないのは想像を絶する反発を見せると思われたバララが呆気なく、そして素直に漁師になった事だったのだが……。
「心配するな……アンタの顔に泥を塗る真似はしないさ。」
予期しない不意討ちの様な言葉を受け、我に返るハジキ……。
咄嗟にバララへ視線を向けるが、既に彼は背中を向けて、先に扉を開くシオリを追っていた。
……残された喧騒の最中で、カウンターに置かれた依頼締結を誓約する書類へ二つのサインが書き記してあった。
ーーそれから数十分後
意気揚々と即座の出立を促すシオリに呆れ、彼女を交易商御用達の宿場まで連れ立ち、バララは淡々と宣告する。
「準備の手配に3日掛かる……それまで暇を潰していろ。」
「………。」
何も観る所のない街で3日も足止めを食らう、何事においても速効性を尊ぶ彼女にとって、それは苦行でしかない。
がしかし、バララの安全を慮るなら仕方ないかとも思い直す。
この時、シオリは自身への保身など微塵も配慮していない。
勇者として得た技能、何より神から与えられたスキルと肉体に絶対の自負を持っていたからだ。
……先刻、吹雪で痛い目に遭った事など何処吹く風であり、記憶から既に抜け落ちている。
或いは吹雪程度ならば対処可能と悟ったが故の忘却なのかもしれない……が、そんな些事よりも、現状において、シオリの心中を占めていたのはバララに自分が『世間知らず』と思われたかもしれないという一点だけであった。
「冗談だよ……常識だな、うん、諸々の経費はこちらで持とう。っていうか普通に防寒着持ってたんですね、ははっ。」
「………。」
「は……。」
何処か酷薄な眼差しで見据えられ、悪戯を咎められた子供同様に視線を逸らすシオリ……そんな彼女へ溜め息を洩らしつつ、バララは無言で立ち去ろうとする。
が、その去り際に呼び止められ、彼はシオリを一瞥した。
「ひとつだけ聞いていい?」
「……何だ?」
「ドーンさんって……もしかして元『軍人』?」
その瞬間、バララは無表情であったが微かに気配が揺れたのをシオリは見逃さなかった。
……彼女には確信があった。
バララの所作には無駄がない、それは礼節をも重んじる『騎士』ではなく、より合理的に則した水準で矯正されたものであり、加えるなら彼の身体は肉弾戦を想定し練り上げられたものとは一線を画するものであったのだ。
例えるなら、より難度の高い兵器を運用するために負荷を全身へ課し練度を上げた肉体。
補足するならば、神聖ウォルターナにおける軍事構成員は『騎士』或いは『傭兵』である。
『軍人』という概念はまだ存在していない……一部の大国を除いては。
この時、その補足をシオリは意図して質問した訳ではなく、あくまで『軍人であるか?』を問うただけだったのだがバララから見ればまた違った側面を有していると言えた。
「ひとつ、ハッキリさせておこう。」
「………。」
「他人の過去を詮索するな……依頼を全うして欲しいなら、尚更だ。」
「分かったわ、少し好奇心が過ぎていた、ごめんなさいドーンさん。」
素直に……と言うよりは、あっけらかんとした表情で謝罪され、バララの方が若干戸惑ってしまったが、咳払いと共に平静を保ちつつ言葉を接ぐ。
「それと……バララでいい、みなそう呼ぶ。」
……かくして3日後の早朝に出立が決まったのだった。
つづく
ええ~どうでしたでしょうか。
最近、自分の物語が誰かの目に触れるという事が少なからず励みになっております。




