デストロイ外伝 『フィッシャー マンズ ライジング』
すいません、嘘つきましたぁ……本当は今回から第三章が始まる予定でしたが、外伝がスタートします。
予定としては数話になる予定ですので、詳しくは後書きで……宜しくお願い致します。
……誰しもが、帰るべき場所がある。
帰りたい場所があった……それがどんなに小さな箱庭だろうと、どんなに小さな繋がりであろうとも、些細で無垢な幸せを祈らずにはいられない。
そんな人達が誰にでも居る、居た事を私は忘れられない……決して。
ーー神聖ウォルターナ王国
大陸の北部に位置し、最も古い歴史を刻む国家であり、エレメンツ教会発祥の地でもある。
また一年を通して冬期が長く、過去には厳しい土地が故に衰退の一途を辿った事もあった。
だがそれも既に歴史の片隅でしか回顧されない。
現在のウォルターナは列強に連なる大国であり、エレメンツ教会の威光と恩恵を最も受けた国家だろう……。
「………。」
冬へ向けて足早に夏が過ぎ去る八月のある朝……王都 ミルディニティに在る大聖堂で一人の司祭が祈りを捧げている。
一見すれば日常の一幕であり、気に留める光景ではないのだが、当人にしてみれば様相が少々異なっていた。
慶事である先王の生誕祭、しかも今年は100周年を迎えるという節目も重なり、前夜祭まで二週間を切った現状、教会は大司教以下、全員が慌ただしく準備に追われていたのだ。
なれば何故に最前線で奔走しなければならない彼がただ黙って祈りを捧げているのだろうか?
それは先日、ドミニオン共和国駐留の大司教を通じ同国が誇る浄火の勇者が来訪するとの旨が通達されたに他ならない。
何故多忙を極めるこの時期なのか、呪わしい気持ちを胸に仕舞い込んで後に山積しているだろう奉仕活動(仕事)に辟易するしかなかった。
一筋の涙を流し、祈りを捧げながら……勇者の世話役として、司祭は待っていたのだ。
だがしかし、予定の時間が過ぎても勇者は現れない。
……結果だけ言えば、彼はこの後も時間を無為に費やす事となってしまう。
では肝心の浄火の勇者は何処なのか?
ーーウォルターナ北西部雪道
「うん、やはり雪だるまは気持ちが上がるな。」
穏やかな陽光の最中、肩まで伸びた黒髪を手櫛で掻き上げて、その女性は息を切らせながら、脇道に堂々と並び起つ三体の雪だるまを満足気に見やるとあどけなく笑う。
歳の頃で云えば二十歳前後であろうか、雪国の装いとは程遠いスーツに身を包み、エレメンツ教会キシリア派を示す真紅の法衣をコート代わりに肩から羽織っている。
『お嬢様 そろそろ先を急ぎませんと。』
不意に脳内へと響いた男性の声に、僅かに唇をつぐんで『へ』の字に曲げてみせる女性……彼女こそ、ドミニオンギルドが誇る最強戦力にして、『浄火』の二つ名で呼ばれる勇者シオリ・デストロイ・トラビスであり、声の主は彼女のサポート・ファミリアであるセバスチャンだ。
(ふむ、君には四季を楽しむ情緒は無かったな。)
そう思念伝達で皮肉を溢し、踵を返すとショートブーツのヒールが雪を踏み締めて、独特の音色を奏でる。
が、何かに気付いたのか、直ぐに振り返ると雪だるまの傍らに置いてあった革製のトランクケースを持ち上げた。
(それにしても……ホントにこの方角でいいの?サラちゃんって信用ならない所があるし、不安なのよね。)
溜め息をつき、颯爽と歩き始めるシオリ。
北西部の街道は一年を通して雪どけがない筈なのだが……この時、何故か彼女が歩いてきたであろう道筋が不自然にとけ、土を露出させていた。
ーー北西端、港町ジルコニアベルト
流氷に囲まれた漁師街であり、同時にウォルターナにとって交易の要衝でもある。
「天気が良かったのは午前中だけか……。」
バーカウンターの奥でグラスを拭きつつ、壮年程に見えるその男性はカタカタと震える窓ガラスを見つめて呟く。
七三にセットされた白髪同様、綺麗に整えられた口髭とタイトなバーテンスーツから時折隆起する筋肉……落ち着き払い、紳士然とした老人の表情に似つかわしくない身体である。
だかそれはある意味で仕方のない事柄であると言えた。
何故なら、この店……荒くれ共が集うギルドカウンター兼、大衆酒場である『アックス&ブレイダー』を切り盛りするギルマスであったからだ。
その男、ハジキは現役時代さながらの眼光で店内を把握する。
木目調を前面に押し出した薄暗いライティングの内装に流れる喧騒、そして鈍い光を放ち、交差する冒険者達の鋭い眼差し……酒と暴力の匂いが混然と漂い、それは何処か口火を求める火薬庫にも思えた。
(昨今の冒険者は覇気が無くていけねぇ。)
心中でそう愚痴めいた展望を溢し、平和過ぎる日常を憂いて微笑む。
幸か不幸か……彼の望みは間違った形ですぐに顕現する事となってしまう。
「………。」
ゆっくりと軋みを上げ、酒場の両扉が開く……吹雪を背後へと呼び込んで、一人の女性が覚束ない足取りで踏み入ってきた。
手にしたトランクの重さに左右へ振られる様を眼にし、一瞬、呆気に取られていた冒険者達が一斉に野卑たヤジを飛ばす。
そんな嘲笑の嵐を余所に、ハジキは醒めた眼を女性へ向けている……女性は辿々しく、だが真っ直ぐにカウンターへ歩みを進めていたからだ。
場違いも甚だしい、そもそも雪国を舐めているとしか思えない軽装だ、如何にギルドが世界規模の公式組織だと言え、現場の冒険者は所詮荒くれ揃いである。
か弱い女が迷い込めば間違いも起きるだろう。
後始末と割りを食うのは何時でも自分なのだ……願わくば早々にお帰りいただきたい所である。
が、そんな願いも儚く、今まさに女はハジキの眼前でカウンターへと倒れ込む様に座ってしまった。
「あんた、教会の人間か……悪い事は言わん、帰んな。」
「………。」
「……何だって?」
「あ、温かい……ものを。」
その瞬間、ハジキは思わず頬を引き吊らせてしまう。
紫がかった唇を震わせ、瀕死の顔で助けを求められてはハジキでも無下には追い返せない……死なれでもしたら後味が悪いというものだ。
「仕方がないな……ホットミルクでも飲んで帰りな。」
眉をハの字に曲げ、溜め息をつきながらカウンターの脇を押し上げて出るとハジキは厨房へと消えていく。
ホットミルクとは言ったが、仕方がないので何か温まれる軽食でもと考えたのだろう。
「………。」
カウンターに突っ伏したまま……微動だにしない女性。
一転し……店内は静けさを保っている、それは先程の喧騒を鑑みれば、ある種、異様な光景だった。
荒くれ共の欲望を帯びた視線がひ弱で美味そうな女の身体へと一身に注がれている……。
ハジキが消えた事でタガが緩んでいるのは確かだろう。
そして、獲物を取り囲んで回るハイエナの様に……四人の荒くれが近付いてゆく。
おそらくは彼女を余所へ連れ出し、欲望の捌け口とするつもりであろう。
成り行きを静観する者の中には状況に乗じておこぼれに与ろうというゲスまで居る始末だった。
「カ~ノジョ、寒そうだねェ♪」
「何なら俺達が別の場所で暖めてやるぜ。」
「そ、そうだホットミルクなら俺が用意してやっから。」
「………。」
……四人目は既に自制がままならない様子で、興奮から小刻みに震えていた。
『如何致しますか?』
四人の野蛮な物言いに呼応し、脳内へ声が響く。
この瞬間、荒くれ共は気づくべきだった……。
その微かな変化に、少なくとも命のやり取りを生業とするのならば……。
……ハジキは厨房でフライパンを振り、筋肉を歓ばせている。
自分の賄い用で切り身にしていた黄金時鮭に薄く衣をつけて、ムニエルにしようというのだ。
曰く、ジルコニアベルトの男は極寒の大地と海、そして鮭によって育まれる。
哀しけりゃ鮭を食え、嬉しけりゃ鮭を供に酒を煽れ……連綿と受け継がれる漁師街ならではの教えだろう。
そろそろ香り付けのラム酒を棚から取り出す頃合いだろうか……そう思案し、視線をフライパンから放した時だった。
「………!?」
耳をつんざく轟音が酒場から轟く!!
(しまった……釘を刺しておくのを忘れてた!?あのバカ共がっ!!)
即座に事態を察し、荒くれ共がまたやらかしたと走り出すハジキ……いや、冷静にフライパンを竈から外すのを忘れない。
……拳骨を握り締めつつ、一喝するために酒場へ顔を覗かせた瞬間、彼は困惑してしまう。
「………。」
四人の荒くれが地べたで芋虫の様にのたくっており、その中央では先程まで震えていた女が愉悦の笑みを浮かべて立っていた……。
成り行きを静観していた者達すら、戦慄の表情で固まっているのだから、ハジキが目を丸くするのも仕方がない。
が直ぐに女が手にした鉄の筒から煙が立ち上っている事に気づく……そして転がる者達の夥しい鮮血にも……。
(あれは武器か?……野郎共に風穴あけたのは間違いない、だが……。)
刹那、ある武器の存在に思い当たる……が、それは同時に新たな疑問をハジキへと投げ掛けた。
「お嬢さん、あんた何者だ?」
「……質問の意図が解らないな、ここへ赴くのは冒険者以外ないだろう?」
そう言いつつ……這いつくばりながら、尚もまだ手を延ばそうとした荒くれのドテっ腹を蹴りつけ、女は虫けらを見下ろす様に踏みつける。
まだ踏みつけ続ける……何故だろうか、踏まれた当人は顔を紅潮させ、仔牛みたいな鳴き声を洩らしていた。
……周囲から感嘆の溜め息さえ聴こえる事態に、ハジキは自身のギルドの体たらくを嘆きたくなってしまう。
「それ『銃』だな……ギルドじゃ試作段階のもんだ、当然出回るブツじゃねぇ。……もう一度訊く、お前は誰だ?」
「ハハハッ……これはこれは♪」
愉快そうにおどけ、最後と言わんばかりに『それ』を踏み抜いてから……その女は銃をスーツの内側へ押し込むと、涼やかに振り返ってカウンターへ背中を預ける。
「シオリ・デストロイ・トラビスだ……一応、勇者をやっている。」
「「「………!!?」」」
『勇者』というワードが流れたその瞬間、酒場内へ何とも形容し難いどよめきが巻き起こっていた。
本来なら荒くれ共の爆笑と嘲笑が渦巻く所だが、彼女の暴威の一端を視た後ではそれも出来よう筈もない。
否、ハジキだけは府に落ちたかの様に納得していた……その方が辻褄が合うからだろう。
ギルドマスターとして、銃の資料は目にしている、在る勇者の発案で魔法に頼らない誰にでも扱える物理兵器の開発計画だと記憶していたのだが、試作では中級以下の魔物にしか通用しないものであった筈だ。
(……これは寧ろ対人間用と考えた方がしっくりくるな。)
思いがけず、上層部の思惑の一端を垣間見た……気がして、ハジキは強い酒を煽りたくなった。
「それで、勇者殿がワザワザこんな辺境に何しにきたんだ?」
そう呆れた様子で問うハジキへシオリは一瞬、思案した後……悪戯っぽく笑ってみせた。
ーーー10分後
カウンターに座り、シオリは黄金時鮭のムニエルを咀嚼しながら、特産品である麦の蒸留酒をショットグラスで飲み干す。
それをカウンター越しに見ながら、ハジキは満更でもない表情を浮かべていた。
どうやら彼女の清々しい飲みっぷりを気に入ったようである。
……そんなシオリの背後では先程の四人が正座させられていた、ハジキによるお仕置きであるようだ。
「それで?この街には魔獣退治で来たのか。」
「ああ、正確にはその魔獣の素材が欲しくてね♪記録によれば200年近く前に討伐されたらしい。 同種が生息してくれていると助かるんだが。」
「200年……ねぇ、王都の国立図書館にしか資料は残ってねぇぞ。」
「一応そこから情報を得て来たんだが、手掛かりはないかな?……ジルコニアンイエティって魔物なんだが。」
「ないな、もう絵本でしかお目に掛かれないモンスターだ。」
「そんなぁ……(サラちゃんの嘘つき!!)。」
がっかりした様子でグラスを揺らすシオリを尻目に、だが……ふと何かを思い出した様に口髭を撫でるハジキ。
「一応、生息していたと伝わる場所は何ヵ所かあったな……眉唾ものだが。」
「ホント!?じゃあ誰か案内を付けてよ、クエ依頼出すから。」
先程とは打って変わり、溌剌とした笑顔を向けるシオリに対し、何故か口ごもるハジキ……。
「依頼は受理するが、受ける人間は居ないかもな……。」
「何でよ!?」
席から立ち上がり、振り向き様に荒くれ共の顔を見回すシオリ……が、何故か誰一人、彼女と眼を合わそうとしない。
ハジキとの会話に聞き耳を立てていたのだろう。
「何処も過酷な環境でな、近付けるとすれば春まで待つしかない。」
「手詰まりかッ!?来年なんて悠長な事を言ってられん!!」
「まぁ落ち着け、依頼を請け負いそうなヤツには心当たりがある。」
シオリを宥めつつ、両扉へと視線を向けるハジキ……やがて。
「そろそろ……ほら、来たぞ。」
顎をしゃくって見せるハジキに促され、シオリも背後へ視線を向けた……直後、またも軋みを上げ、両扉が開かれる。
「………。」
重い靴音を響かせ、姿を現した男へ……シオリは眼を剥いて驚愕の表情を晒してしまう。
背中まで伸びた緋色のざんばら髪に両腕に描かれたフレアーラインのタトゥー……180㎝は超えているだろうか、浅黒く逞しい身体には歴戦を思わせる傷が刻まれていた。
そう……何よりもシオリが驚愕したもの、それはこの男が吹雪の中から上半身裸で、しかも男の数倍はあろう巨大魚を肩に背負っていた事実だった。
「今日の収穫はコイツだけだ……。」
ぶっきらぼうにそう呟き、そのまま厨房へと消えてゆく男……一瞬、感情の読めない瞳がシオリへと向けられ、二人の視線が交差する。
(あの男、所作に無駄がない……デキるわね。)
それが……後に彼女の副官となる、バラライズ・ドーンとの初遭遇であった。
つづく
という訳で、外伝となりました、どうでしたか?
最初に書いた通り、本来は前回を受けての第三章プロローグとして二年前のお話を描くつもりでおりました。
ですが、これをサラっと流して書くのは……勿体無いと1日費やして考えた結果、外伝で描こうという結論になりました。
ですから、どうかお付き合いください、お願い致します。




