第二章 領主編 『生死を分かつもの。』
隔週更新に何とかついていけてる……気がする今日この頃であります。
『解析を完了しました、問題なく転移できます。』
長老衆が籠っていた洞穴の奥にひっそりと設置されていた魔法陣を眺めつつ、俺とロジャーはティンの報告を受けて何とも形容し難い解放感に安堵する。
それは何故かって?……余りにこの場所が不衛生で、その……そこら中に色々な『ブツ』が転がってて鼻が曲がる様な激臭が充満していたからだ。
転移するだけなら即行で出来たが、いきなり素性の知れない敵陣のど真ん中へ跳ぶのは勘弁してほしい。
という訳で、匂いに耐えながら転移先も含めた機能解析をしてもらっていた。
『設定されていた座標は一ヶ所でした……現在、魔族領の地形観測0%のためレーダーMAPとの互換が出来ません。』
……つまりはどういう事?
『魔族領の何処に転移するか不明です。』
激臭に耐えたのに……マジもんの博打かよ。
殴り込み覚悟で転移するか、もしくは時間は掛かるが堅実に徒歩で魔族領へ入るか、後者であれば何度も往き来しているロジャー達に案内を頼めるしある程度の安全は見込めるな。
「下手な博打はゴメンだからな……。」
そう呟くと、ロジャーがゆったりとした所作で俺を静止する。
「その選択を選ばれる前にご報告したい事がございます。」
……畏まった物言いの中に何処か緊張が混じっている、ロジャーらしくない気がしたが報告自体は予想がついた。
「頼んでおいた例の卵の事だな。」
デュラハン事件の際に手榴弾で爆破した肉壁と卵……俺が婆ちゃんズの所へ赴いている間、ロジャーにはその痕跡の回収を頼んだ、ティンさんに解析をしてもらうためなのだが。
「卵の欠片でもいい、あとはティンに解析してもらえばある程度の推測が立てられる。」
「それなのですが……確かに爆発の痕跡はございましたが、肝心要の卵はおろか肉壁の痕跡すら在りませんでした。」
「はっ?何を言ってーー」
刹那……猛烈に嫌な憶測が脳裏を過る。
あの時、爆発の規模に驚いてまともに調べもしなかった……先入観に囚われたと言っても差し支えない。
卵は破壊出来た筈だと……だがもし事実が異なるのなら、大問題だ。
「ティン、俺の記憶からあの時の爆発の規模を推測でいい、卵が跡形もなく消滅する確率はどれくらいだ?」
俺は思考ではなく、声にしてティンに問い掛ける……ロジャーと問題点を共有するためだ。
『卵の強度等のデータ不足により回答出来ません、ですがゴブリンを養分として捕らえていた肉壁の方は、その痕跡が残ると思われます。』
「ティン様、もし肉壁が魔術的に構築されたものならば跡形もなく消えた事に説明がつくのではありませんか?」
『擬似的な理の創造、一例として幻術ならば可能性はあります……ですがあの肉壁は実在の物質として存在していました、また魔力も検知されていません。』
「……その忌まわしさから、一族の中でもあの場所に近付いた者は居ない筈です。」
「つまり……破壊された痕跡、或いは無事だった卵をゴブリン達に気取らせず回収した者がいるかもしれないって事か?」
自分で言ってて嫌になってきた……。
「既にこの洞窟は敵にマークされている可能性が高いか。」
「おそらく、楽観は出来ませんが……灯台もと暗し……なのではないでしょうか。」
ロジャーにしては歯切れの悪い言葉だ、だがそうならざるを得ないのも理解できる。
『………。』 「………。」
「これは推測ですが、モンテ様達が囚われたあの結界迷宮……あれはニッカ殿を捜しだし、抹殺するためのものだったとしたら府に落ちませんか?」
あれか……脱出時にティンが吸いだした情報から新種のグールを生み出す実験場だと思っていたが、それにしては確かに派手過ぎだ、まだ不明瞭であるのは否めないが今までの敵の一連の動きには何処か秘匿性を感じていただけにこの異物、違和感は無視できない……。
逆にその秘匿性を保持するためにニッカの痕跡を追い、大規模魔術で抹殺を謀ったとも考えられる、だとすれば……。
その瞬間、俺と同様の疑念にぶつかったのだろう……ロジャーが僅かに頷いた。
「未だに追手がこの洞窟へ及んでいないのは不自然では?」
「……洞窟が監視下であるなら、既にニッカが殺されていてもおかしくなかった……つまり、敵にとって『灯台もと暗し』という事か。」
「ただ卵を回収しただけで、元々監視などしていなかった可能性もありますが、少なくとも(ニッカの)追跡者と回収者は別件だと考えた方が自然でしょう。」
『ワタシもロジャーの主張に同意します、ただし両者を同様の集団、組織内に在るものだと想定すべきです。』
「……つまり、確実に追手はこの洞窟へやって来るって事だな。」
しかも結界迷宮で大森林を不毛の土地にした連中だ……十中八九、ニッカの所在などお構い無しにゴブリンを殲滅するだろうな。
時間が惜しい、もう一刻の猶予もないかもしれない。
いや、こんな時だからこそのネバーランド起動だ!!
……という訳で、何時もの電脳空間へと景色が切り替わる。
「………。」
緊迫感で余裕のない俺をティンさんが出迎えた……CAの制服で。
毎度の事ながら、俺の趣味、意図では決してない。
「TPOは弁えようよ……。」
『命令の意図が理解出来ません。』
こんな時だけ人工頭脳っぽくなりやがって……。
それから俺達はどう行動すべきか?方針を決めていったのだが、途中でこの空間にロジャーを呼べたならもっと確実に事を進められると思い、ティンに確認したら、それは不可能であると否定されてしまった。
肉体は言うに及ばず、魂の深層まで創り変え、強化された者でなければ脳量子神速演算思考検索エンジンに耐えられないそうだ。
が、ロジャー達はネバーランドで一度、十二宮・暁へ叩き込んでるじゃん?そこんとこどうなってんの?
『あくまで拡張スキルによる限定空間内への拉致ですので、問題ありませんが?』
おい、拉致って言うなよ。
……話しが大分逸れたが俺達は体感で約3時間程、案を練った。
と言っても現状で打てる手立てなんざ限られていたが……。
「……戻るぞロジャー、洞窟内のゴブリンを全員集めろ。」
現実へ戻り、瞬時にそう命令を発するのと呼応し、ロジャーは短い返事だけを残して消えた。
俺も急ぎ、分岐点まで戻るとダナンとミシェルが半ば呆けた様に残っている……どうやら他のメンツは先に出たロジャーへ追従し凄まじい速度で行ってしまったらしい。
だがその瞬間にゴブリン組の表情が一変した事で、風雲急を告げる事態であるのは理解した、が、どう行動していいか分からないので俺を待っていたという訳か。
「俺達も戻るんだよ、下手すりゃ直ぐに敵が攻めてくる。」
……それから洞窟中心部まで全力疾走で走り抜けたのだが。
目的地まで、こっちは肩で息をしてんのに後ろからピッタシ付いてきた二人は涼しい顔をしてやがる……向こうは軽装とはいえ数kgの装備を身に付けてるのに、まぁ、俺も片腕を胴体に固定されてはいたがな。
いや、今はンな事を考えている場合じゃねぇわ。
俺達が戻ると、ロジャー達が粗方の仕事を終わらせていた。
さっき捕縛した長老達と婆ちゃんズ、戦えない子供や老人を含めた洞窟内の全員……そして担架に乗せられたニッカも居る。
「モンテ様、入口へ送った偵察以外の総員が集まりました。」
「よし、これから手短に説明するが、言葉が解らない者が大半なので念話を併用するぞ。」
こうして、俺は説明を始めたのだが……問題がすぐに露呈した、それはロジャー達や婆ちゃんズ以外のゴブリンの理解力だ。
不明瞭な敵勢が迫っている事、洞窟を棄てて避難しなければならない現状をなかなか呑み込めないでいる。
彼等にとって、安住の地を棄てる嫌悪感は本能を出所にするものだと言っていい。
対して確証のない敵勢の来襲を受け入れ、逃げに徹する理性と判断力は育んでいないのだ。
純粋に知能が低いのも問題だろう、『何様だよ俺』って感情は棚に上げて言うが……危機的状況を眼前にしなければ逃げようとしない、言い換えれば予見や予測に根差した立ち回りが最初から選択肢になかった。
……一瞬、周囲を見回して俺は思わず唇を噛んでしまう。
俺がダウンしてなければ、昨晩の内に全員を十二宮・暁へ叩き込んででも知性化を促せただろうに……いや、例えそうだとしても俺はきっとその手段を選らばなかったろう。
ロジャー達の変化を眼にして、バカなりに理解していた、知性化は成長の自由意思を歪曲する荒業だ。
少なくとも俺の都合だけでやっていいものではない。
だが次第に周囲から涌き出した焦燥は苛立ち混じりのざわめきへと変わり、無為に時間だけが浪費されてしまう……そう思われた瞬間だった。
俺が、俺達が思った以上に事態は詰んでいたんだ……。
『……入口へ偵察に向かったゴブリン三体の生命反応がロストしました。』
なん……だとっ!?
驚愕に背筋を凍らせながら、俺の視界には洞窟内部のMAPが表示される、そしてそこには夥しい数の動体反応が明滅していた。
『警告!!洞窟内部の全ての出口を占拠されました!!』
占拠……続け様にそう宣告を受けた瞬間に俺以外で唯一ティンの声を聞け、かつ事態を正しく理解した男がいた……ロジャーだ。
「……やられた!?」
低く、消え入りそうな声を紡いだロジャーが苦々しく天を仰ぐ!
「今からでも転移装置まで走るんだ!!」
「間に合いません、それにおそらく転移先でも伏兵が敷かれているでしょう。」
潔いまでの断言に俺は食って掛かる事すら出来なかった。
解っていたから……悟っていたからこそ、次の瞬間に訪れる残酷な宣告へロジャーは怒号を上げる事でしか抗えなかった。
だがそんな叫びを誰一人として理解する者は居ない、皆、ただ戸惑うしか出来ないのだ。
『洞窟上空より大規模魔術の発動を検知しました!!超重力波到達まで……あと三秒!!』
三秒……救いようのない事実に俺の思考は黒く塗り潰され、停滞を、いや、諦めを受け入れてしまう。
「………。」
『………。』
「…………?」
どれ程の時間、俺は眼を閉じていただろうか?
一向に訪れない痛みにゆっくりと瞼を開く……それは、そこは見慣れた電脳空間の光景だった。
本日二回目の切り替わりで拍子抜けし、呆然とする俺の前には何処か陰りのある表情でティンが佇む……何故か、何時ものコスプレではなく白装束に似た衣服を纏っていた。
『……マスター権限を行使し、ワタシがネバーランドを起動致しました、現実時間でカウントは残り0.3秒を切っています。』
0.3秒……だと!?なんでそんな手詰まりな状況でネバーランドを起動したんだ!!もうどうしようもねぇじゃねーか!!
『いえ、打てる手立てはあります。』
ティンのその言葉は俺の思考に落とされた暗闇を即座に払うのに充分過ぎる、はっきりと言えば舞い上がっていた。
それが俺自身の思い上がりだとも気付かずに……。
「マジかよ!?……今回ばかりはガチで死んだと思ったぜぇ、流石ティンさん。」
『……現在、上空から放たれた戦略魔法は極大重力呪文だと判明しました。』
でも、どうにか出来るんだよな♪どうすりゃあいい?
『………。』
「ティンさん?」
『先程解析した転移術式を利用し、ワタシ自身をシステムに直結する事で一度だけ転移魔法を可能とします……。』
何だ……その不安な言い方……そんな事をして、ティンは無事で済むのかよ?
『ワタシの復旧には数日間掛かりますが、必要なコマンドツールへのアクセスバイパスはマスターへ繋いでおきましたので心配ありません……今問題とすべきは転移魔法の実行がマスターの意志でしか為されないという事です。』
何を訳の分からない事を言っている、それの何処が問題なんだ?
『………。』
俺の問いに押し黙ったまま、ティンがその瞳を七色に明滅させると俺の前にモニターウインドが展開される。
……その画面に表示されていたのは、3Dポリゴンで構築された立体図だった。
多分、中心で立っている人型は俺であり、周囲のものはゴブリン達だろう。
……人型は青色で表示され、俺を起点としたオレンジ色の半円に掛かるものだけが二色で切り変わって点滅していた。
一目で解った……これは効果範囲を示しているんだ、つまり……。
『範囲補正を行い最大転移人数に設定してあります。』
最大……バカを言うなよ!?これじゃあ半分以上助からないじゃねーか!!
理不尽だ、不条理だ……お門違いだと解っていても、俺は叫ぶしかなかった。
そんな情けない遠吠えをティンはただ黙って聞いている。
打ちひしがれ、モニターを睨み続ける事しか出来ない。
そんな俺へ追い討ちをかける様に残酷な事実が露呈する。
効果範囲にギリギリ掛からない人型……その人物に心当たりがあったのだ。
「イチタロウの婆ちゃんか……。」
刹那、俺は言葉の続きを呑み込んだ……助からない者が大勢居る中で、婆ちゃんの助命を願おうとした、選ぼうとしてしまったのだ。
そんな情けない揺れをティンは汲んでくれたんたろう、モニターが明滅し、人型に俺の関係者の名前が表記される。
ロジャー達やミシェル、ダナン、ニッカ、婆ちゃん(妹)……ほぼ全員が範囲に入っていたが、イチタロウだけが辛うじて円の内側だった。
「婆ちゃん(姉)を助けたら、イチタロウが死んじまうのか……。」
『いいえ、更に三名の犠牲者が増えます。』
数の問題じゃねぇだろ………選べる訳がない、みんなを転移させる方法は本当にないのか?
『……該当する選択肢は在りません。』
「………。」
『実行を承認して下さいマスター。』
「………出来ねぇ。」
『実行を承認して下さい。』
「……出来ねぇ。」
『実行を承認して下さい。』
「出来ねぇんだよッッ!!」
そう拒絶を叫び、力なく膝から崩れた次の瞬間だった。
「……!?」
……俺の頬に鈍い痛みが走る。
それは精一杯のティンの平手打ちだった。
初めて見せる怒りの表情で、呆気にとられている俺の顔を両手で掴んで、自身の眼前まで引き寄せ……そして。
『選んでッ!!選びなさい平和泉兵太郎!!』
「………。」
『あなたには!!……ゴブリンに希望を、ワタシに感情を与えた責任があります……だから……投げ出さないで。』
言葉を紡ぎ終え、暫しの沈黙の後……ティンは瞳を伏せ、震える腕で俺の頭をそっと抱き締めた。
ただ抱き締め続けた……。
未だに0.3というカウントダウンは遠大な停滞を刻んでいる………。
『………。』
「………。」
命を……選ぶ……のか?……いや、選んでいいのか?だと……何を考えている、何を今更ビビってやがるんだ俺はッ!!
まだ救える者がいるんだろ……やらなきゃ全員犬死になんだ、思考停止が許されるなんざ思うな……切り捨てる事を躊躇うなよ!!
刹那……俺の明確な意志を受け、淡いエメラルドグリーンに光り輝きながら……ゆっくりと俺から離れてゆくティン。
「………。」
『……暫しのお別れですね。』
「ティン……ありがとうな、心配させちまった。」
俺達の間を緩やかな静寂が流れてゆく。
そんな最中でも除々に、そして確実にティンの身体は光の粒子となって昇華されていき……やがて、その微笑みさえ掻き消えていった。
「………。」
後は任せろ相棒……お前が戻るまで、俺は俺に出来る事をするからよ。
そう意を決した次の瞬間、俺の意識は現実へと戻り、同時に一度限りの転移魔法が発動する。
それは極僅かな刹那の中だったが、俺は婆ちゃんの顔を見た。
正確には見てしまったと言うべきだろう……生死が反転してしまう境で、人は誰もがその事実を認識出来ない。
穏やかに、恐怖なんざ微塵も感じさせず婆ちゃんは……きっとイチタロウへ眼差しを向けていたんだ。
その事実が尚更、その表情を俺の記憶へと焼き付けた……。
そして……転移魔法によって、景色が瞬時に切り替わる。
転移前と同様の体勢で、俺を含めた数十名が洞窟から風を感じる屋外へと放り出された。
いや……違う、その景色には見覚えがあった。
ナボルへ戻ったのか……そう呟いた時、突然、足下が崩れたかの様な凄まじい地響きを感じて俺達は身構える。
それは遠くでカルパティーン洞窟が完全に崩落した余波だったのだろう。
やがて地響きが鎮まった後……周囲を見回すと、大半の者が状況を理解出来ずに途方に暮れていた。
いや、ロジャーだけは察していたのか、差して驚く様子もなく俺の傍らへ歩み寄って無事の確認をしてきた。
「生き残ったのは二十七名か……。」
あの時、洞窟には百五十名弱は居ただろう……約八割を死なせちまった。
「ええ、ですから全滅ではありません。」
そう胸を張るロジャーを横目で一瞥し、俺はどう言葉を返せばいいのか分からず、口をつぐむしか出来ずにいる。
そうだ……今はまず、やらなきゃならない事があるだろう。
座り込むゴブリン達の中で、イチタロウが婆ちゃん(妹)を伴って辺りを見回している。
キャサリンが、マッコイが、マイケルが……そしてロジャーもおそらくは気づいていたんだろう。
俺がイチタロウへと歩を進める途中で、ミシェルとダナンが立ち塞がり、静かに首を横に動かす。
それでも……俺は動かずにはいられなかった。
二人の肩を力なく押し退けて、イチタロウと婆ちゃんの前に立つ。
「………。」 「………。」
俺は一体、どんな表情で二人に相対していたんだろうか……。
どんな言葉を掛ければいい?
そんな無情の沈黙の中で、二人の嗚咽が途切れがちに響く。
やがてそれは幾重にも混じり合い、本当に小さな小雨へと変わっていった……。
みんな大切な家族を失った……その事実が重く、重くのし掛かる。
ティン、こんな時にお前が居ねぇなんて考えられねぇよ。
つづく
好きだった漫画の作者の方が亡くなっていた。
十代の頃からダチと語り合っていた作品だけに残念でなりません。
もうあの続きが読めないなんて……。
御冥福をお祈り致します。




