第二章 領主編 『再訪の不協和音。』
「……。」
夕立が容赦なく降り頻る……かなり困った事態に陥ってしまった。
蠱毒反転EXの効力でグール化の毒素は無効化したが、失血だけはどうにも出来ない。
安心したら緊張の糸が切れちまったらしい……俺は意識朦朧、ついでにミシェルとダナン君も高熱で倒れちまった。
迷宮に引き続きマッコイがミシェル達を担ぎ、俺はロジャーに背負われてカルパティーン洞窟へ連れていってもらった訳ですわ。
馬を失なったのは痛かったが、洞窟までは大した距離では無かった。
みんなも疲弊していただろうに、雨によって俺達の体温が奪われるのを危惧して全速力で走ってくれた様だ。
そこら辺は覚えていないが、時折する上下の振動とスゲェ疾走感だけは覚えているよ。
身体の痛みで幾度か意識を浮上させた後……不意に暖気が俺を包む。
僅かに覚醒した意識で瞼を開けると、焚き火の光が眩しい。
「……俺は……どれくらい寝ていた?」
「!?目覚められましたか。」
どうやら洞窟の奥地で野営?を張ったのか……濡れた服を脱がされ、藁に包まれて寝かされていたらしい、ミシェル達も俺の横で同様に寝かされていた。
息をつき、痛みに耐えながら上体を起こすと、其処は何処か見覚えの在る場所だった。
「ここは……デュラハンの結界があった場所か?」
「ええ、元々この場所は私達、若いゴブリンが見張りとして寝床にしていたのよ。」
なるほど……どうりで、無数の気配がする訳だ。
焚き火の灯りで何人かの姿が見えるが、大半は闇に潜んでこちらを伺っているんだろう。
「お気を悪くなされたのなら申し訳ありません、それが我らの習慣みたいなものでして。」
「いや、分かっている……前回来た時とは違って敵意みたいなものがないからな。」
「少し、私達の身体の変化に戸惑っているようなの。」
そう言って姿の見える者達へウインクして魅せるキャサリン……おい、緑色の顔を赤らめてそっぽを向いちまったぞ?
「あれから約7時間といった所でしょうか……今は深夜ですし、お身体に障るので話しは明日にしませんか?」
「そうだな……まだ……動けそうに……ないわ。」
ロジャー達の笑みを視て安心したのか、俺はまたも落ちる様に藁床へ身を預け、微睡みに意識を明け渡してゆく……。
「………。」
「再び眠られたか……それでイチ、例の人間は生きていたのか?」
「ああ、婆様のおがげで命を繋いだそうだべ。」
その瞬間、皆の表情がにわかに曇る……。
「まぁ……どのみち私達のじゃ効果薄いからね、頼めるのかしらね?」
「それも既に頼んでおいだ、明朝にでんもモンテ様をお連れするように『調合』時間を合わぜるってっざ。」
一同 「………。」
「と、ともかく明朝だな……しかし『それも』という事は他に何か問題でもあったのか?」
「ん~、キャスとマコの変貌ぶりが年寄連中には悪目立ちと捉えられたようだ、婆様が取りなして問題にならなかったらしいが。」
「悪目立ちね……底辺種族のアタシ達が今更変化を怖がってどうすんのよ?」
鼻息荒く、への字に口を曲げながら暗中の同胞へ視線を向けるマッコイ……。
だがその余りに凄まじい眼力に気配が四散して消え失せてしまう。
最早溜め息しか出てこないと云わんばかりに『うちのオス共は……』と溢すマッコイに対し、キャス以外の男連中は逆に何とも云えない複雑な愛想笑いを浮かべている。
特にマイケル等はマッコイを挟んでキャスのはしゃぎ様を苦虫を潰しながら視ている始末だ。
……さて、俺の眠っている間にこんなやり取りがあったなんざ露知らず……って、後でティンさんから聞いてたんだけどね。
彼女は俺の睡眠中でも周囲を観測し、危険に備えてくれている訳で、決して盗聴の真似をしているのでも、させているのでもない。
さてと……改めて、話しを戻そう。
ーー翌朝。
俺は起き抜けに眠いと文句を垂れながらイチタロウに肩を借りる形で洞窟の最深部へと赴いた訳だが……。
どうやら、お姉様とデュラハンが戦った場所は最深部じゃなかったらしい。
更に奥、最下層へと続く通路が存在し、途中で地底湖を横切った時にはちょっと感動したものだ。
特有の肌寒さはあるが光苔の一種が自生していて、比較的に視界は良好だし、食用の植物と地底湖に棲息する魚も豊富とはいかないが分相応に暮らせば数十年は籠れるとイチタロウが話してくれた。
「そういや、何で俺達だけなんだ?ロジャーとかはどうした。」
「こっがら最奥は長老衆と一部のもんしか行き来できねぇんだべ。」
ん?……ここまで一時間以上話しを聞きながら歩いてきたが、今、さらっと重い事言わなかったか?
「デュラハンもこの隠し通路には気付かなかったんだぁ。」
何かはぐらかそうとしてない?イチタロウさんや……まぁ、言いたくない事は聞かないけどもね。
俺達は暫し鍾乳洞へ眼を向けつつ、休憩を挟んで今度は勾配のある道のりを上がり始めた。
「………。」
「身体ぁ痛むかい?」
「大丈夫だ、しかし結構歩くのな。」
……何となく分かる、寄り添って体重を預かりながら尚も俺にペースを合わせてイチタロウは歩いてくれている。
その上、気遣いまでされて『痛い』なんて言えるだろうか?言えないだろうよ……と思いつつ、顔に出てたら意味ないわな。
「すまん、お前達と出会って日も浅いのに、結構甘え通しだわ。」
ちょっとした謝罪と感謝、弱音がない交ぜとなった我ながら情けない言葉だと思う。
「今更だべ、もう言わんでも良いべや。」
屈託のない笑顔でそう言われちゃあ、黙るしかねぇや……けど、まぁ……悪い気はしない。
だから俺も笑顔だけ返しといた。
そんなこんなで10分くらいで勾配を上がりきり、ちょっと汗をかいていたが着いたらしい。
目の前に五つの洞穴が空いている、目的地は俺達から視て右端の洞穴なんだが……やはり、何処か殺風景に見えるのは俺だけだろうか?
そりゃあ観光目線で洞窟内を回るのは楽しいだろうが、いざ住処にするのとは趣が異なる。
「暗ぇ穴ぐらで、いづまでも……。」
洞穴を見詰め、何気なく呟かれたその声は普段明るさの塊みたいなイチタロウからは想像出来ない様な冷たさを含んでいた……。
「行こうか……婆様とやらに会わなきゃなんだろ?」
事情なんざ知らなかったが、何となくその言葉を聞き流さなきゃならない気がした。
そして多分イチタロウも俺の配慮を察したんだろう、何事もなかったかの様に洞穴へと歩みを進めていく。
「………。」
「………。」
何だ……この光景……はっ!?
洞穴に入った瞬間、俺は思わずイチタロウへ詰問の表情を向けてしまう。
あっ!?……こいつ顔を背けやがった。
そこには……おそらく数日前にイチタロウが助けただろう、キシリア派の男が上半身裸で寝かされていた。
いや、それはいい……問題は傍に付いていた婆さん二人だ!?
双子なのか、くりそつの顔したその老婆達は壊れたブリキの玩具の様に小刻みに震え、片割れがお、男に向かって……は、『吐き』やがった。
『オロオロロロロロ~。』と思い出したくもない擬音が俺の耳を責め立てる、これは最早、精神攻撃……スプラッタ以外の何物でもない!!
そしてそんな時に限って、気付きたくもない真実が見えてしまうものだ。
老婆が男の上半身に吐き掛けているもの……緑色の液体……まさかっ!?
「お前達……マジかっ!?」
もう一度、イチタロウへ疑惑の眼を向けると……今度は口笛を吹き始めやがっただと!?
あの時、俺の傷口に塗りたくったのはみんなの……キャサリンの……と表情を思い出したら、ちょっとマゾっ気に目覚めそうになったが、すぐにマッコイのマッスルポージングを思い出して地獄へ墜とされた。
馬鹿な……力なく項垂れる俺へ僅かに眉をひそめて、カタカタと首を揺らしながら笑う老婆達……。
「あんれ~、そっだらトコ居ねぇでこっちさこいや、お若いの。」
ん?……この訛り言葉は……。
「婆ちゃん、この人がオラ達の恩人であるモンテ様だべ。」
「へぇへぇ、聞いとるよ……デュラハンの件でも世話になったってな、ありがとうよ。」
「婆ちゃん達……人間の言葉を話せるのか?」
驚いた……イチタロウと同じ訛り言葉の方より、知性化なしで他種族の言葉を介するゴブリンが居るとは……な。
……いや、それは俺の驕りだろう、直ぐに改め、勧められるまま差し出された敷物に座っておく。
「………?」
暖かい……洞穴の外は肌寒い程だったのに、反して内部、特に地面が焚き火で暖をとるのと変わらない熱を持っているな。
それにこの明るさは何だ?この洞穴内には唯一の光源であった光苔は自生して無いが、普通にモノが見えるぞ。
あの嘔吐物(ゲ〇)も含めて教えてもらおうか?ティンさんや……ってか、もう一度あれを浴びるのかよ?
『浴びた方がよろしいと思われます……これは……素晴らしいものですよ。』
す、素晴らしいだと!?……マジで感動してないティンさんったら。
ちょっと納得出来なかったので、久し振りにネバーランドを起動しティンを問い質しに行く……行ったんだが、出迎えた彼女が白衣の女医スタイルだったもんだから盛大に吹いてしまったよ。
決して俺の趣味ではない……筈なんだが。
話しが逸れ過ぎた……本題に戻そう。
ティンさんの解説によれば、ゴブリンはその独自の進化により第二の胃とも云える内臓器官を有しており、そこで毒物を取り込み耐性を得ている。
それ自体は自然界でも珍しくないらしい。
だがゴブリンの場合、厳しい環境下での生存を念頭に置き率先して毒物を摂取し続けた結果、成分や細菌を問わずあらゆる毒に耐性を獲るに至った。
俺の元居た世界における細菌兵器相手なら判らんが、およそ自然界に存在する毒なら問題ないだろう。
そしてそれは副次的な特性を生む……第二の胃で取り込んだ毒物を独自の酵素で分解し、薬効成分へと変性出来る様になっていたのだ。
更にゴブリンの中には幾つかの毒物を摂取し、『熟成』させる事で傷病隔てなく薬効を変える者も居るらしい。
「この婆ちゃん達がそうなのか……って、ティンさんが感嘆する程なら、出所を伏せて王都で売り出したらヒット商品になるんじゃないか?」
『その可能性は充分にあります……ただし保存が利かないというデメリットをクリアしなければなりません。』
保存……ゲ〇でそんな事を考える発想なんざなかったよ。
「それで、洞穴内の方はどうなのよ?」
『そちらは話しの種として先方に伺う事を提案します。』
話しのネタね……君さぁ……簡単に言うけど、現実に戻ったら俺はゲ〇にまみれるんだよ。
『マスターには常人以上の自然治癒能力が備わっておりますが、鎖骨の骨折と首の裂傷は紛れもなく重傷です。 現在、ロジャー達のゲ〇で鎮痛している状態であり、本来なら激痛で身動きひとつ出来ない筈です。』
おい、思いっきりゲ〇って言ってるじゃん。
『尚、昨夜のロジャー達の会話を傍受した所、彼らの種族にとって、この薬効成分の存在は秘奥であり、他の種族に明かす事は禁忌とされています。』
その瞬間、みんなが笑って俺の傷口に薬を塗りたくっていった記憶が蘇る……そんな事、一言も言わなかっただろ……ったく、ズルぃな、これじゃあ逃げるに逃げられねーじゃん。
『マスター……それがデレという感情ですか?』
ティンさん!?そんなワード何処で覚えてきたんだよ、って俺の記憶か。
という訳で、現実へ戻るとしよう。
再び洞穴内へ意識を戻すと既視感のある光景が展開されていた、まぁ現実では一秒も経過していないからな。
ふと背後の気配が気になり、肩越しに視線を向けるとイチタロウが出入口に立っている……さっきの言動もそうだが、あまり此所に身を置いていたくないのか?こんなに静かなイチタロウは初めてかもしれない。
「すんません、最初にちょっといいですか?」
「んん?一体何だい、お若いの。」
粗方……というかキシリア派の男の顔にまで『アレ』を飛び散らして満足したのか、何時の間にか二人揃って座り、首を揺らしながらこちらへシワくちゃの笑みを向けていた。
「イチタロウから聞きました、お二人が俺の『治療』をしてくれると……ありがとうございます。」
敷物を外し、額を地に着けて謝意を述べる……土下座……とは言わないかな、この場合は。
立場が苦しくなるのも省みず、俺の為に動いてくれたみんなへ俺が返せるもの……今は最大限の感謝しかねぇだろ。
「姉様………。」
「そうじゃな……善ぎ人よ、顔を上げで話しをしよう。」
身体を起こし、姿勢を正してお二人を見据えると変わらず静かに笑みを称えていた。
俺は顎を引き、改めて小さく謝意を示す。
「イチタロウか……良い名だぁ……こっちこそありがとうよ、私の孫に贈り名を付けてくれて。」
ごめん……いきなり罪悪感に首を刈られた気分になった。
テキトーに付けたって、もう言えない雰囲気だ……ん?……孫って言ったのか?
「イチタロウ君、君は長老の孫だったのかい?」
ちよっと振り返り、テメェ聞いてねぇぞ的な顔を向けた事は言うまでもない。
「長老の孫だがらって、大した事ねぇべや。」
「……お前はまだ私達を許してはぐれてないのだね。」
「婆ちゃんを恨んでる訳じゃねぇ。」
何なん?この重い空気……俺を挟んで確執めいた事を言わないでほしいわ。
「と、所で……この洞穴内って変わってますね♪明かりも無いのに、み、見えてるし……な、何か温かくていいな~なんて……。」
だ、駄目じゃん!?脈絡がなさ過ぎるだろっ!?話しのネタどころじゃねーよ!!
success♪ success♪
「ホッホッ……モンテ殿に要らぬ気遣いをざぜでしまったなや、まんず、すまないね。」
ウソ、通じた?てか好感度上がったのか、久し振りに聴いたわ……。
「姉様に代わっで儂が答えよう、それはの……この洞穴の更に地下に活火山の動脈が通っておるのよ、ヌシの眼がこの暗闇でも見えるのは途中で自生する光苔の光を瞳孔に取り込んだから、簡単にいえば夜目が格段に利いておるのさ。」
「……。」
「何じゃ?」
「いや……その、妹……さんの方は訛りが少ないんですね、流暢に人語を話すので戸惑いました。」
その瞬間、姉妹揃って大口を開けて高笑いを響かせる……うん、顔が怖い。
「儂は一人で外の世界へ出ていた期間が長かったでな、身体の弱い姉様に代わって色々と観て回ったのよ。」
「ぞの知識のお陰でワジは此処まで生ぎ長らえだ……孫の反抗期まで眼に出来るとは思わなんだ。」
カタカタと首を震わせ、一頻り笑った後に静かにイチタロウへ視線を向ける婆さん(姉)……年輪の様に深く刻まれたシワのひとつひとつが婆さん達の証しなのだろう、温厚な良い婆ちゃんじゃん。
しかし……そこで疑問がひとつ、何でイチタロウはここまで頑なになっているんだ?いや、それはイチタロウに限った事ではないのかもしれないが……。
「それじゃあ、『治療』をお願いする前に聞いておきたいんですが。」
「………。」
とりあえず、イチタロウの事は聞かなかった……彼らの確執に下手に触れるべきではないと判断したからだ。
まぁ、すぐに核心を知ってしまう事になるんだが……ともかく、俺が確認したのはキシリア派の男の現状だ。
結果だけ言えば瀕死であったが峠はとうに越えたらしい。
運ばれた当初は全身数十ヵ所の骨折と裂傷、肺のひとつが潰れており、おまけに呪術の痕跡まで発見された。
呪いの効果は前述の重傷が塞がらなくなるという一種の詰みだ。
だがそこは婆さんズ(妹)の知識と経験で解呪に成功し、何とか乗り越えて、今は何度か意識を取り戻す程に快方へ向かっている。
「あの……今から話せたりしませんか?」
「んんむ、無茶を言うの……ええよ、ちょっと『気付け』を使うがや。」
「……!?」
えっ?……その瞬間、後ろの気配がザワついた……振り向くとイチタロウが戦慄の表情で後退りしながら鼻を抑えている。
おいおい、何事だよ……っと婆さんズへ向き直した途端、俺は遅まきながら全てを悟った。
それは何処から取り出したのか(考えたくない)……婆ちゃん(姉)がゴマ粒程の黒い物体を摘まみ、男の鼻先へ……。
刹那……刹那である……生死が反転するが如き、想像すら赦さない激臭?いや激痛が寝かされている男と俺の鼻腔を襲ったのだ。
初めてだった……心、いや、魂の底から黄色い声援……否、おぞましい絶叫を上げた、上げ続けた。
見た目三十代のおっさんがショックで飛び起き、産まれたての仔牛の様になっている……俺も悶絶を隠せなかったのは言うまでもない。
「あ、姉様……やり過ぎだぁ。」
「あんれぇまぁ……今回のはよく熟してんなぁ。」
熟すものなのかぁッ!?婆ちゃん(姉)が謎の物体Xを小さな水瓶へ放り込むまで……放り込んでも、俺達の悪寒が治まるまで時間を要した。
は、話しを戻そう……よ。
「わ、私は……。」
まだ悪寒に震える男の肩に手を沿え、落ち着かせる様に寝かせる……重傷の患者が飛び起きる程の激臭、多分、今は俺の鼻もバカになってるな。
「俺はモンテ・クリストフ・モンキーパイソン……単刀直入だが、貴方はナボルへ派遣されたキシリア派の人か?」
ナボル……その名が出た瞬間、男の反応は顕著だった。
「私は戻らねばならない!早……く事態を教団に報告しなければ、この地方だけ……でなくアームベルンが滅んでしまう。」
「ゆっくりでいい、傷に障る……それとここのゴブリン達に感謝してくれ、本来なら貴方は助かる身体ではなかった。」
「……夢現だが……手当を受けたのは覚えている。」
ゆっくりと一息つき、傷を抑えながら男は瞳を閉じる……おそらく痛みに耐えているのだろう。
「私は……ニッカ・ボルカ……エレメンツ教 キシリア派の巡回牧師です、貴方は新たに赴任なされた領主様ですね?」
「ああ……ニッカ、俺達は貴方の足取りを追ってここまできたんだ。」
「な、ナボルはどうなりましたか?」
「そこが核心だ、俺達が到着した時、村は争った形跡もなく生活の名残を残したままもぬけの殻になっていた……おそらくニッカさんが此所に運び込まれた時、正確には五日前に何か異変が村を襲った筈なんだ。」
「五日前……くっ、それではもう。」
「それともう一人、キュベレーヌ派からも人員が送られている筈だ、その安否も含めて何があったのか教えてくれ。」
「………。」
「……大丈夫か?」
「くそっ……私は、いや我々はそのキュベレーヌ派から来たという女に謀られたのですよ。」
苦々しく、傷を抑える手に力を込めて……ニッカは唇を噛み締めている。
呼吸が荒くなっている彼の手を諌め、婆ちゃん(妹)は俺へ視線を向けた。
「坊や、これ以上は……。」
「いや、話させて下さい、た、例え……手遅れだとしても。」
ニッカの表情は悲痛に歪んでいる……俺は『無情』に翻弄され、苛まれる人間の顔をよく知っている、だからという訳ではないが黙って頷くしか出来なかった。
そしてこの後、ニッカの語ったナボル村の真相が俺達の行動指針を決定づける分岐点となる。
やがてそれはアームベルンに留まらない大きなうねりとなってしまうのだ。
つづく




