第二章 領主編 『迷宮からの脱出。』 後編・完
数週間振りの更新であります。
改めて、文法ってムズい……今更ながら苦闘しております。
学生時代に真面目に勉強しとくんだった(泣)
内側から響く不快な軋みに耐えながら……切り札を使うための条件が今、満たされた。
「………。」
『……counter skillの発動を確認しました。』
刹那……俺の身体を覆う様に、淡い緑色の光が立ち昇る。
……心地が良い、視線を落とすと黒ずんでいた腕の噛み傷にみるみる血色が戻っていくのが見えた。
第一段階はクリアだ……後は。
次の瞬間、俺に噛み付いていたミシェルとダナンが暴れて離れようとする。
……が、二人の髪を引き掴んで強引に傷口へ顔を埋めさせた。
すると今度は激しく痙攣し始める。
「お前ら、二人を押さえろ!!俺から切り離すな!!」
そう叫ぶのとほぼ同時にマッコイ達が二人に組み付き、俺の指示通りに押さえ込む……おそらく状況を理解していないのだろう、その表情には怪訝さが滲み出ていた。
「ちょっとボス!?これは一体どういう事なの?」
もっともな質問だ……だが簡単に説明しようと口を開いた刹那、気配に気づいて辺りを見回す。
「すまんマッコイ……話しは後だ、時間を稼いでくれ!」
時間を稼げ、その言葉にニヤリと笑みを返すマッコイ、多分、背後の状況に勘づいていたんだろう。
引き続きキャサリンとイチタロウに二人を押さえさせ、マッコイが一瞬で振り向き様に拳を突きだす!!
次の瞬間、繰り出された拳は接近していたグールの顎を撃ち抜き、数体を巻き込んで吹き飛ばす……そこには俺達を囲む様にグールの集団がじりじりと迫っていた。
……ティン、現状は?
『拡張スキル、蠱毒反転EXによりマスターの身体を蝕んでいたグール毒は完全に分解されました。』
問題はその後だ、二人の状態はどうなっている?
『……賭けに勝ちましたね。』
それはつまり……そう思った刹那、抵抗が止んだ事に気付き二人の顔を覗き込む。
血まみれで薄汚れているが、穏やかな表情で眠っているようだ、ティンさんの所見では生命活動も問題ないらしい。
「ミシェルとダナンはもう大丈夫だ。」
目配せするとイチタロウとキャサリンは俺を中心とした位置取りで展開し、マッコイと三人でグールの迎撃に当たり始める……あと少し時間が欲しい、ここで諦めてたまるかよ。
それにしても蠱毒反転EX……いやはや、ロジャーの好感度・邪によって新たに拡張したスキルだが、先程ティンさんの提案に従い獲得して良かったわ。
元々は蠱毒耐性という、あらゆる毒を取り入れ、耐性を種族ぐるみでつけてきたゴブリンらしい拡張専用スキルだったんだが、そこにカルパティーン洞窟でセバスチャンに付与された解毒や解呪を促進する毒物耐性をティンさんが組み合わせた。
一見すると同じ属性に思われる二つのスキル……だがその効能は全く違う。
毒の蓄積による緩やかな耐性向上と即時解析による分解促進、つまりだ……それらを融合するという事は対毒物戦における切り札を得たに等しい。
もうひとつ幸運であったのはこの迷宮内に漂う靄によるグール化のプロセスが通常のものとは異なっていた点だろう。
もし通常であったなら、ミシェル達を救う事は不可能だった……何故なら従来型はグールへの転化と同時にその個体は絶命するからだ。
絶命したから転化するのか、転化したから絶命するのかの前後はこの際問うまい。
しかし迷宮内の靄に関して言えば先に転化し死は僅かな差異であるものの、後追いでやってくる仕組みなのは見抜いていた……ティンさんがね♪
制限が掛かった鑑定でここまで解き明かすティンさんには脱帽しかない……おかげで何となく見えてきた。
おそらく、この迷宮は新種のグールを造るための実験場みたいなものなんだろう。
俺が追うべき者の片鱗、輪郭を期せずして知る事が出来た。
まぁ、本音を言えば蠱毒反転EXよりも直接戦闘に適してそうな拡張スキルがいくつかあったんだよね、例えば魁式・連撃ノ型とか……相変わらず取得しないとスキル内容が分かんないんだけどさ。
さてさて……長々と思考を巡らせてみたが、お気付きだろうか?
俺達には『時間稼ぎ』という目的の他に迷宮の崩壊から逃げなくてはならない『時間制限』を課せられている事を……。
そもそも何のための時間稼ぎか?……首尾はどうよ?相棒。
『成功しました。』
次の瞬間、マッコイ達と相対しているグール共が一斉に倒れ、塵へと還ってゆく。
……現状、俺に戦闘能力はない、何せこの怪我だ。
右鎖骨の亀裂骨折に頸動脈は無事だが少々肉を食い千切られちまった、ついでに肋骨も何本かイカれてるだろう……。
それだけミシェルとダナンを抑えておくのに必死だった訳だが、その間もスキルによる発光は続いていたんだな、これが。
厳密に言えば、解毒を促進する特殊な抗体が俺の体外へ放出される一瞬だけ発光するんだが、空気中で無力化するまで48時間程活動する。
そこにティンさんの意思が介在すればどうなるか?
もっと言えばこの迷宮は咒術式で擬似的に構築された理を組み上げた空間であり、真理ではない故に魔法は行使出来ない……裏を返せば、グール毒の靄を無力化するという行為は呪術的に拡大解釈すればその理へ食い込む事と同義となる。
そして……かつて異次元の神サマーに創造された脳量子神速演算思考エンジンことティンさんにとって、術式への介入と掌握等、赤子の手を捻る様なものなのだよ……。
『長々とした解説ありがとうございます……ワタシの役所を取られるのは癪ですが、掌握には成功しました。 それにより崩壊を停止させ、通常空間への復帰が可能です。』
ほらっ、きたコレ!!やったねティンさん、天才だぜ愛してる♪
『………。』
ん?……わりぃ呆れさせちまったか、つい調子に乗ったわ。
『いえ、もっと言って下さって結構ですよ、特に最後の台詞など……。』
っん?最後?……ああっ、それよりずっと気になってたんだが、あの時、迷宮内でキャサリンが行った探索、あれ何で無事だったんだ?しかもトランス状態でもなかったろ?
『………。』
……ティンさん?……相棒?
『もういいです……。』
……余談だが、後でティンさんから聞いた話しだと、あの時キャサリンが行った探索は精霊魔法ではなかったらしい。
能力の覚醒を促す入口として、精霊魔法の交渉方法を勧めたんだそうだが、土壇場で見事それを自身のものとした。
魔力を使い、精霊に働きかけて事象を知るというプロセスではなく、感覚を理と直接同調させて事象を知るというキャサリンだけの固有能力……そう、ティンさんに言わせれば原始的ではあるが、よりスキルに近いものであるそうだ。
神サマーに送り込まれた者以外で、この世界の住人、魔物がスキルを覚醒させる事は極々希らしいが……まぁその送り込まれた当人である俺が介入しているのだから、当然か。
……しかし、それを不機嫌そうに教えてくれたティンさんの方が問題だ、何かした俺?
はてさて、長居は無用だ……迷宮結界の術式情報を相棒が吸いだしたなら、とっととお暇するとしよう。
一方、10分前……大森林ではーー
『俺が敗北を賜るだとっ!?』
拡大を続ける殺気と云う重圧を受け流しつつ、激昂する蜘蛛鬼を不敵に見やるロジャー……。
マイケルは沈黙を守りながら足手まといにならぬ様に木陰まで下がっていた。
(何故だ……何故に今更、奴を挑発したんだ?)
状況を冷静に分析し、1対1(タイマン)での勝負は分が悪いと明確過ぎる程に理解している。
ふと……今にして思えば、仲間内で戦況を窺うのは常に自分の役割であったとマイケルは瞬きの間だけ懐古していた。
五人で生き残るために、泥水を啜って汚物にまみれても……例え蔑まれようとも、捨て駒に成り下がるのだけは逃れてきた。
その経験で培われた直感が警告している、敵は強い、モンテ達の救出を第一としながらも脳裏の片隅で撤退の文字が浮かぶ程に……。
その一方で、静かに蜘蛛鬼と対峙するロジャーの姿に、例え様のない頼もしさも感じていた。
(弱さに絶望し、越えられない壁で立ち往生していた頃の面影等、最早ないか……。)
不意に蜘蛛鬼が一歩を踏み出し、重圧が更にロジャーへと圧し流れる。
だがロジャーは微動だにしない……緊張の糸だけが急速に張り詰めて、数を指折りで消費してゆく。
三者の間でたったひとつ、確かな事実が浮き上がった。
それは互いの殺意が交わった時、始まる……。
(速度と破壊力はおそらくロジャーの数倍か……こちらが勝っているのは精神力だけ、打開出来うるとすれば技だが……。)
「………。」
『………。』
永遠とも思える刹那の刻……蜘蛛鬼は自身の熱量、筋繊維一本一本に至るまでの胎動を聞き取り、昂る力の全てを抑えつけ一気に開け放つ機会を窺う。
対してロジャーはどうなのか?
正反対に全ての音が遠ざかり、遮断されてゆく……最早、心音すら聴こえない、ただ水面の様な自分の心を見つめていた。
そして誰が決めたでもなく、それは突如として訪れた。
ロジャーが僅かに眼を細め、相対する敵へ微笑んだのだ。
その瞬間、それを嘲りと捉えた蜘蛛鬼は全てをロジャーへ開放する!!
鼓膜をつんざく怒号を轟かせ、凄まじい炎を吐き出したのだ。
一瞬、表情を強張らせるマイケル……初手からの奇手、不意打ちは予想していた、予想しても尚、実際に眼にすると緊張が走ってしまう。
それほど能力に絶望的な開きが在るのだ。
しかし、そんなマイケルの心情を余所にロジャーは緩やかな所作で鋼鋏をホルダーから抜き放ち、居合いで炎を十字に切り裂き後方へ逃がす。
が、これで終わりではない、分断した炎の陰に紛れて、距離を詰めていた蜘蛛鬼の降り下ろしの右拳がロジャーを頭上から襲う!!
「………。」
しかしロジャーの動作も終わりではなかった、凪ぎ払いの遠心力に身を任せて蜘蛛鬼へ背中を見せる様に回り、降り下ろしの右拳へ打ち上げの蹴りを合わせて回避してみせたのだ。
だがまだまだ、当然これでは止まらない……互いの息遣いすら感じる距離での打撃の応酬。
唸りを上げ、コンマ何秒の世界で左右の連打がロジャーへと殺到する最中で、それを掌での払い打ちでことごとく捌いてゆく。
蜘蛛鬼は更に回転速度を増して打撃を奮うが、ロジャーもそれに敢然と対応してみせる。
聴く者に凄惨な痛みを想起させる炸裂音だけが森林内へ木霊してゆく。
「……。」
ーーマイケルは背筋に冷たいものが流れるのを認識しながらも、この戦いから一瞬たりとも眼を離せないでいた。
刮目すべきはやはりロジャーだ……もしこの攻防を他者が視れば、きっと二人の速度は互角であったと断じるだろう。
しかし、マイケルの知る事実は異なっている。
(二撃目の撃ち下ろしへの合わせ……ほぼ垂直な腕、その縦の軌道に対し側面へ蹴りを当てて数㎝軌道をズラしやがった……だが何より恐ろしいのはーー)
恐ろしいのは……蹴りの予備動作だとマイケルは振り返る。
蜘蛛鬼との埋めようのない速度の差を埋めるためには、居合いからの繋ぎとしてではなく、どうしても『一連』の動作である事が必須であったからだ。
そしてそれは今に至る攻防においても継続して行われている。
一点読み切りによる最小、最速の連動、ひとつの間違いも許されぬ断崖絶壁をロジャーは今も歩き続けていたのだ。
そう、マイケルを驚愕させたもの……それは己れの判断を一切疑う事なく、死すら厭わずに殉じるロジャーの胆力に他ならない。
(随分と差がついちまったな。)
……しかしそれでも、現状はロジャーの防戦一方に見えている。
しかも更に蜘蛛鬼の速度は上がっているのだ。
このままでは先にロジャーの方が力尽きてしまう、そう思われた矢先、戦況に予想外の変化が訪れる。
不意にマイケルの頬を何かが濡らした……指先で掬い取って見ると、それは紫色の液体であった。
(!?……血液だと……だがどっちのだ!?)
両者による足を止めての超高速打撃戦は次第に血飛沫を伴い、更に激化してゆく。
最早、マイケルであっても蜘蛛鬼の連打の全てを認識するのは不可能な領域へと推移している。
だがしかし、その領域だからこそ判明した事実もあった。
(ロジャーの奴、敢えてクロスレンジ内で足を止めているのか!?)
マイケルの推察は正しい……蜘蛛鬼は追う必要ないが故に足を止めて、打撃にのみ意識を集束している。
対するロジャーは己れを中心とした半径1m以下の範囲内での足さばきに留めていたのだ。
……最小最速の連動を為すために敢えて的を絞らせた、そのロジャーの戦略と意図は理解できる、理解できないのは蜘蛛鬼の方だ。
ここまでのフィジカル差を活かすのであれば、距離をとって速度で翻弄する戦闘方法が最も有効であろう。
では何故そうしないのか?
その是非にマイケルが辿り着いた時、この戦闘の終焉が幕を降ろそうとしていた。
突如として打撃がロジャーの頬を掠め、皮膚を灼き裂いたのだ。
表情を歪め、僅かに仰け反るロジャーだったが、口角を吊り上げて尚も打撃を捌き続ける……。
(ズレが生じ始めましたか……。)
『捉えたぞっ!!ゴブリン!!』
勝ちを確信し、歪んだ愉悦を相貌に刻みながら……トドメを刺すべく、更なる速度を以て渾身の連打を放つ蜘蛛鬼!!
静と動、光明と無間、互いの思惑を乗せた一手が交わる次の刹那……勝敗の分水嶺は明確に分かたれた。
絶望と恐怖の叫びを上げたのは……蜘蛛鬼の方だった。
両腕から鮮血を吹き出させ、後退りしながら苦悶で表情を強張らせている……。
見ると両腕の皮膚と筋肉は潰れ落ち、露出した血管は壊滅的なダメージを負っていた。
『ば、馬鹿な……何が起きた!?』
蜘蛛鬼が見据える先、タイトなスーツから幾重の蒸気を沸き立たせ、静かに微笑むロジャー……。
黙して語らぬ彼の代わりにと云わんばかりに、マイケルが口を開く。
「馬鹿はお前だ……ロジャーがただ防戦に徹していただけと侮っていたのか?(俺も今しがた気付いたけどな)」
そう、マイケルの指摘通り、ロジャーは防戦一方ではなかった……掌での払い打ちは全て、蜘蛛鬼の打撃の威力を利用したカウンターであり、膨大に蓄積された有効打に他ならなかった。
しかし、ならば何故に蜘蛛鬼は自身の異変にもっと早く気付けなかったのか?数々の疑問が巡る最中、閃きがマイケルの脳裏を過る。
「そうか、俺が入れた一撃か。」
その言葉にニンマリと笑顔を向けて見せるロジャー。
ロジャーがゆるりと踏み出すと蜘蛛鬼の表情が更に恐怖で歪む。
「あの時、お前はマイケルの不意打ちに何の反応も示さなかった、当たり前の生理現象であり原始的な危機察知を司る痛みさえ。……気取られぬ様にと云ったレベルではない、つまり、ある程度の痛覚を遮断しているという事だろう。そしてお前の最大の弱点はそれらを排除してしまう実戦経験の浅さ、ずぶの素人だ。」
素人、その指摘が府に落ちたのだろう、小さく溜め息をついて頭を掻くマイケル。
圧倒的な身体能力に胡座をかいた素人戦法、それを逆手に取られ、文字通り両腕を破壊されるにまで至った。
これ程までの恥辱が果たしてあっただろうか?
冷たい表情で歩み寄ってくるゴブリンに恐怖を越えたドス黒い感情が集束してゆく。
不意にロジャーの歩先が止まる……そしてその瞬間、蜘蛛鬼がまとわりつく恐怖を剥ぎ取る様に絶叫すると同時に、両腕の筋肉が再生し、背中から四本の鋭い脚が体液と共に突き出された。
「ッビチグソがぁ!!これならどうだ!?ダメージなどどうとでも出来る、今度は手数も三倍だ!!」
その言葉に首を傾げ、一拍の沈黙の後、鼻で笑って見せるロジャー。
「……手を貸そうか?」
何処か皮肉めいたマイケルの提案がロジャーには『腹が減ったから早く片付けろ』と言っているように聴こえてならない……。
「そうだな……すぐ終わらせるから待っていろ。」
溜め息混じりの一言に、今度はマイケルがニンマリと笑顔を返す。
『俺様をッ!!無視するなぁ!!』
勝敗は既に決している……純然たる事実を認識出来ないとは、斯くも無恥、蒙昧は恐ろしい。
その刹那、激昂を撒き散らしてロジャーへ迫る蜘蛛鬼にそう辟易するマイケルだったが……彼は目撃する事になる。
「………。」
(構え……だと!?)
実にコンマ数秒の刻の最中で、自然体から両の掌を前へ向け右腕を脇腹まで引き、左腕は胸の高さで上げている……それはマイケルは勿論の事、ロジャーにとっても初めての行動であった。
(私の中で、何かが……形を成そうとしている。)
そして、激昂の余韻が森林内に溶けるか否かの瞬き……そのか細く、乾いた裂音は密やかに、だが確かな足跡を以て生まれた。
「………。」
『………。』
後にマイケル・ナイト2000はその瞬間を述懐する……。
ロジャーへ襲い掛かる蜘蛛鬼……二人の距離が0になる直前、それはまるで旧知の友へ歩み寄りやさしく抱擁するが如く。
敵意や緊迫と云った力み、力の発露の一切を排した『一歩』だったと。
マイケルは目撃した……衝突ではなく……対消滅を以て重なり、緩やかに蜘蛛鬼へ『触れる』ロジャーの姿を……。
放たれたのか?それとも触れたのか?事実は分からない、しかして蜘蛛鬼は崩れて落ちた。
四肢は疾る亀裂に耐えられずに胴体を残して崩壊し、断面から石灰化してゆく……。
『ば、馬鹿な……ダメージが回復出来ない!?』
最早命に喘ぐだけの蜘蛛鬼を冷たく見下ろし、ロジャーは一度だけ薄ら笑う。
「気付かなかったのか?遮断した痛覚を感じたのは借り物の身体が限界だったからだ、あの時、私が頬に一撃を貰ったのもお前の速度に対応仕切れなくなったのではない……お前が遅くなったからだ。」
『そ、それは……。』
事実であった、ロジャーが叩き込んだ打撃は知らぬうちに蜘蛛鬼の体力を削りきり、更に超回復を行使した事でそれを圧迫してしまったのだ。
(しかし……出来たな……現時点での当て身の極致、ゴブリン流闘殺法?いや、ゴブリン・パンチャーとでも名付けるか。)
「さて、コイツは殺さないんだよな?どうするよ。」
「抵抗も出来ないだろうからな……まずは結界に囚われた者達を解放してもらおうか、拒否すれば死より酷い尋問をくれてやる。」
『っひぃ……!?』
仄暗い笑いを洩らしながらにじり寄るゴブリン達に恐怖を禁じ得ない蜘蛛鬼……確かにどうする事も出来ない、逃げ道すらない現状が彼からあらゆる虚飾を剥ぎ取っていた。
為す術等ない、だがこれ以上の苦痛にも耐えられないだろう……残された手段は受け入れるのみ……そう判断して眼を剥いた瞬間だった!
「………!?」
突如として大地が爆ぜ、紫電の瞬きがロジャー達を遮る。
間一髪で距離を取ったロジャーが次に眼にしたのは蜘蛛鬼の四方を囲む雷の槍……その中心で沸き起こる歓喜。
「慈悲だっ!!慈悲が届いた!!お助け下さい!!こ奴等を殺す力をォォ!!ガーラント様ぁ!!」
ガーラント……そう叫んだ瞬間、それが蜘蛛鬼の最後だった。
更なる雷が蜘蛛鬼の身体を貫き、業火に包まれながら歓喜の表情で消し炭となってゆく……。
今や為す術を失なったのはロジャー達の方だった……。
「くそったれ!!逃げられちまったぞ!?」
森林内を見回すマイケル、依然として迷宮結界は維持されている。
第三者の存在……考えなかった訳ではない、しかし其所まで留意する程の余裕など無かった。
実際に二人の負った傷は深手と言っていい。
もし蜘蛛鬼に実戦経験が備わっていたなら……倒れていたのは自分達であったろう。
強さを手にしたという自負は斯くも簡単に崩された、たった一度、一度壁を越えただけでは届かない世界が在る。
その想いが、苛んでくる虚無感がロジャーに唇を噛ませ、膝を地へと着けさせた。
「ガーラント……その名は忘れん。」
「ん?……誰を忘れないって?」
不意に響いた声にロジャー達の耳がヒクつく……信じられない、そんな表情で天を仰ぐとそこには……何もない2m程の高さの空間に亀裂が生じ、敬愛して止まない主の顔がひょっこりと覗いていた。
「モンテ様ぁ!!」
亀裂から次々と姿を現す仲間達……ロジャーは歓喜の涙で表情をぐちゃぐちゃにしながら、モンテに 縋りついて離れない。
「ロジャー……お前、モンテ様が絡むとキャラ豹変すんのな……。」
はてさて……何とか無事に戻ってこれた。
迷宮の術式を掌握する事で、連れ去られた時とは逆の方法で通常空間へ戻ってきた訳だが。
ティンさんの話しだと、あのまま迷宮内を逃げても出口はなかったらしい。
結局は崩壊に呑まれる運命だった訳か……怖っ!?
どうやらあの迷宮はグールの実験を行いながら、定期的にゼロにする仕様だったんだろう。
にしても、みんなボロボロになっちまったわ。
俺に重傷を負わせた当のミシェル達に自覚はあったそうだが半信半疑だったんだと。
しかし実際に俺の傷を視て、自分達が一度グール化した事を実感したんだろう、顎が痛いと誤魔化していたが恐怖に震えていたのは一目瞭然だ。
まぁ、その反動でミシェルとダナンも深手を負っていたから許してやろうと思う。
とりあえず、このまま応急措置でカルパティーン洞窟に向かうしかないか……。
余談だが、そんな感じで手当てを受けていたら……無言でマッコイ達がにじり寄ってきた。
各々、緑色の粘液を手にベットリと着けて『薬草』だと言って俺の傷口へ塗りたくっていきやがった。
何だこの匂いは……本当に薬なのか気になってティンさんに聞いたら、彼らの気持ちですとか言って少し笑っていた?……気がする。
本日三回目の……はてさて……出発前にこの迷宮結界をどうしたものだろうか?
『結界が維持されている以上、今後も囚われる者が続出するでしょう。』
ならば放っておく事は出来ないな……結界をぶっ壊すのは可能か?
『可能です、解析の結果、術式自体は魔族言語で構成されている事が判明しました。』
それはロジャー達の遭遇したっていう敵の正体が魔族って事か?
『結論を出すためのファクターが足りません。』
まだまだって所か……よし、やってくれ。
俺の指示によりティンさんが迷宮結界へと干渉を始める。
その作業自体はほんの数秒で事足りた……だが俺はその『光景』をきっと忘れないだろう。
結界とは時に真実を隠す役割を伴う……ティンが迷宮結界を破壊した直後、俺達の眼にしていた森が文字通り消滅しやがった。
おそらく大森林地帯の約六割……そこを生活の生業としていた生物も含め、根こそぎだったのだろう。
後に遺されたのは広大な腐った大地のみ……。
余りにも凄惨な光景に、言葉が出ないのと同時に敵の強大さを嫌という程実感させられた。
だがそれでも逃げる訳にはいかない……そう思えたのは慣れ親しんだ故郷の惨状に茫然と立ち尽くす仲間達の姿を眼にしたからだろう。
忘れちゃいけねぇ……この瞬間、名実共に俺個人の戦いではなくなった。
つづく
えぇ……どうでしたか?
ちょっと最後の方は風邪で朦朧としながら書いたので、おかしな文法、バランスになっていたらすいません。




