第二章 領主編 『迷宮からの脱出。』後編・序
前回、後編と銘打ったのに後一回続きます(汗)
すんません……また寝オチで原稿を消去するという愚を犯してしまうとは。
……時折、自分に問う事がある。
俺が生きる事、生きてきた事……その全てに意味はあるのかと。
……だが答えは何時も決まって『NO』だ。
センチになる暇があるなら動け、虚しさを肯定する答えなんざ持ち合わせちゃいねぇ。
挫折も恐怖も引き摺り回して生きて逝く。
「考えるだけ無駄だッ!!」
ダガーを横薙ぎで振り切り、グール化した魔物の群れへ斬り込む!!
斬り込んだなら、速攻退く!!俺を狙いに来る者達をイチタロウとキャサリンが挟撃する。
……思った以上に敵の数が多い、いや、今は手持ちのダガーが一本残っていた事を喜ぼう。
何せ異次元BOXも使えないからな……切り札の手榴弾も取り出せない。
当然、ダガーも普段はこのBOXに収納しているのだが、迷宮結界に引き摺り込まれた際にティンが一本だけ取り出してくれていたらしい。
最初は手榴弾の方が良かったと思ったりしたが、考えてみれば一発こっきりなんだよね。
これだけ敵が多いと手数は重要な戦略だろう、丸腰でグールの群れに突っ込むのはご免である。
「後5分以内に次の区画へ行けないと詰むぞ!!」
正直言って厳しい、会敵してからというもの大して迷宮を進んでいない……進路を確保するより先に、グールで通路が一杯になる方が早いからだ。
くそっ、グール相手じゃ認識阻害のスキルも通用しねぇ。
こんな時のためのスキルでしょうがっ!?
何か使える拡張スキルは無いのか?……ティンさんの時止めサポートはどうよ?
『現在使用不能です。』
無情なお言葉が沁みるぜ、おい……完全に肉弾戦ONLYって事かよ。
地味にヤバイな、ゴブリンや俺は多少噛まれようが引っ掻かれようが、身体の自浄作用でグール化する事はない。
……ないが、毒素が累積すれば話は別だ、また気絶してる二人は一撃でアウトだけに、それを担いでいるマッコイは細心の注意を払って防戦に専念していた。
そもそも見た目がモロにアタッカーであるマッコイの手を塞いでしまったのは悪循環だろうよ。
ならばイチタロウとキャサリンに気絶組を預けるか?
だがその行動は現実的ではない、手数の減少は直接致命傷に成りかねないからだ。
それに例の靄はマッコイの膝下まで競り上がってきている……ティンさんの提案もあるし、ここは……。
「ここは俺が無茶を通す!」
陣形を外れ、前方の群れに跳び蹴りでダイブして足を止める……これでも乱戦には慣れてんだよ。
わざとらしく奇声を上げ、ダガーを小さく振りながら石碑へ背中を向けて退いてゆく。
次の瞬間イチタロウとキャサリンが加勢しようとしたので睨んで押し留め、僅かにアゴをしゃくって合図を送る。
ちっ……その隙に左腕に『かぶり付かれた』か、くそったれが!!
「モンテ様!?」
「大丈夫だっ!!速く進路を確保しろっ!!」
俺の激に意を決し、囲みの薄い部分へイチタロウ達が突撃しマッコイも続く……いけるな。
刹那、 腕に食いつくグールの脳天へダガーを垂直に突き立て、そのまま盾として前に出す。
が、俺の鮮血にまっしぐらなグール共は仲間ごと俺を石碑へと押し潰す勢いで殺到してきやがった。
あっという間にグールの小山が積み上がるが……俺は既にその中心には居ない。
フフフッ……お得意の『ハイスピードはいはい』で股下を潜って脱出してやった。
途中でグールの顔が文字通り眼前で襲ってきたが目潰しで切り抜けたわ。
ってか、あいつどういう体勢だったんだよ!?
潜り抜けながら、僅かに後ろを振り返ると……うげ、共食いしてる!?小山の中心に近い奴らは完全に潰れているかもしれない。
よっしゃッ!みんな小山に殺到して進路上には数体しかいねぇ、一気に駆け抜ける。
……そう気合いを入れた直後、俺は失念していたんだ、崩壊が迫っていた事に。
次の刹那、立ち上がろうとした俺の不意を突き、足元が崩れ落ちた。
ぽっかりと空いた暗闇へグールごと墜ちてゆく……凍りつく精神と鼓動、終わりなんざこんなにあっけないもんなのか?
一拍、二拍……歯を食い縛り、瞼を閉じて強張らせる俺……あれっ?、もう死んだのかな?
ってか腕が痛ぇよ……僅かに瞼を開けると、すぐそこにイチタロウの顔があった。
「アンタは簡単に死なせねぇべ……オラ達が居る限りはな。」
イチタロウさ~ん!!惚れるぜッ!!ちきしょう!!
「誰が戻ってこいって言ったよ、泣いちゃうぞ?バカ野郎。」
イチタロウが暗闇の縁で足を突っ張り、俺の腕を引き掴んでくれていた……そのまま後ろへ倒れ込む様に俺を地上へとゆっくり引き上げる。
くそっ、安堵からか今更恐怖が身体を震えさせる。
産まれたての小鹿みてぇになりながら、ゲボを吐く。
時間がねぇんだよ!?無理矢理にでもと顔を上げると、差し出された複数の手が俺を起たせるのが見えた。
「……みんなで戻ってきてどうするんだよ?」
「あら、イチが言ったでしょ?私達が死なせないって。」
「ちょっとボス!?勝手に死なないでよ、もう。」
……揃いも揃ってバカ共が。
両脇をイチタロウとキャサリンに支えられて、崩壊から遠ざかる様に歩きだす……ちょっと、いや、かなり嬉しくて笑っちまったよ。
『次の区画までの制限時間が2分を切っています。』
思った以上に時間を費やしていたか……。
『それとマスターのお身体の浸食度が75%を超えました、レッドゾーンですので気をつけて下さい。』
ガチでヤバイな、グールからの傷だけじゃなく、靄によって俺も常に浸食を受けているのか……左腕の噛み傷が浅黒く変色していた。
「すまん、もう……大丈夫だ、歩ける。」
しかし、もう時間が殆んど残ってねぇ……詰んだかもしれない。
この時、きっと苦い思いが表情に出てたんだろうな、前を行くキャサリンが肩越しに俺へ視線を送ってきた。
「リーダー、諦める前に私に賭けてみない?」
「……?」
そう言うとキャサリンは立ち止まって眼を伏せ、靴音を何度も響かせてゆく……。
バカ野郎!!この迷宮内でトランス状態に入ったら精神が!?止めろ!!
『いえ違います、ここは彼女に任せましょう。』
違う……どういう事だ?
訳が分からない、しかし時間は過ぎてゆく……。
「………。」
迷いから何も言えなくなっていた俺の背中へマッコイが手を添えてきた……振り返り視線を合わせただけで理解出来た。
コイツら三人、いや、きっとロジャーやマイケルも含めた五人はお互いを護り合って生きてきたのだろう。
糞みたいに過酷な世界を生き抜き、どんなにやるせなくとも……。
なら俺も信じる以外の選択肢があるのか?ねぇだろよ。
残り時間は1分10秒を切った……今度はお前がみんなの道を切り拓く番だキャサリン!!
全員の無言の視線が注がれる最中、キャサリンはその感覚の全てを靴音に傾け続ける。
そうこうしている間に、またも崩壊が俺達の背後へ近付いてきていた……その速度は一定ではなく、緩急を織り交ぜながら地割れを拡げてゆく。
ちっ、まるで遊ばれてるみたいで気分が悪い。
「………。」
……沈黙と停滞が支配する迷宮内で、それは突然に訪れた。
『やりましたね。』
ぽつりと呟かれたティンの一言が皮切りだったと思う。
「………掴んだ!!」
瞳を見開き、突如として弾かれる様に走り始めるキャサリン。
イチタロウとマッコイは 逡巡する事なく即座にキャサリンの背中に付いてゆく、俺はちょっと出遅れた。
「みんな、次の十字路を左へ!!イチ、曲がったら出会い頭でグール二匹と遭遇するから、頭を潰して!!」
キャサリンについて突き当たりを曲がると、言った通り十字路へ出てきた。
その瞬間、速度を上げたイチタロウが先行する形で大きく道を外れると右側の石碑を利用し、三角蹴りで身体を捻りながら左の通路へ姿を消す。
すると一瞬の遅れで黒い血飛沫が通路から迸った。
「次!!10m先でトラップが発動する!!リーダーが先にイチの背中を踏み台にして跳んで!!」
10mってすぐそこじゃん!?
考える暇もなく前に移動してきたイチタロウへ跳ぶ!
刹那、全身のバネを使い俺ごと宙空へと跳ね上がるイチタロウ……こわっ!?スゲー高いじゃねーか!!
すると速攻で地面からえげつない金属音と火の粉を迸らせ、巨大な円月輪が縦に回転しながら襲ってきやがった。
ってか『円月輪』って言葉にしているが実際にはこの時、俺はその全貌を認識すら出来ていない。
瞬きよりも遥かに速かったからだ。
俺とイチタロウに続き、キャサリンが背面跳びでトラップを避ける最中、明らかに身体の重そうなマッコイは……なんと眼前すれすれで『ギャリギャリッ!』と音を響かせ、片手で円月輪を掴みやがっただとッ!!
人間二人を担いでその所業……もうコイツは小鬼族からかけ離れた化け物になってる、成り過ぎてるわ。
「残り時間20秒!!」
「グールの群れが居る!迂回するわよ!!」
ここにきて迂回かよ!?ってか正しい道順なんざ、最初から分からん!キャサリンにお任せだ。
「右ィ!!左ィ!!真ん中ぁ!!」
次々と指示を飛ばし、迷宮を駆け抜けてゆく……ちょっとランハイに入ってきた。
「残り5秒!!」
「次の区画が見えた!!みんなあの扉に突っ込んでっ!!」
キャサリンが指差した先、重厚そうな門構えの鉄扉が音を上げながら外側へ閉じていく。
「………!?」
あと約15m、不味い、マッコイが遅れている。
スピード云々が苦手そうな上に人間二人を担いで走ってるのだから当然なのだが……どうする!?
あと約10m、残り時間は2秒!!
「道を開けてェ!!」
マッコイが叫び、全員が左右へ割れた瞬間だった。
絶叫を響かせ、マッコイがミシェルとダナンを門の奥へと投げ飛ばす!!
吸い込まれる様に二人が扉へ入り、続けて内側に突っ込んだ俺達三人で扉の縁を掴んで踏ん張る!!
残り1秒……くそ、間に合わん!?扉が閉まる!!
「うおおおっ!!!」
完全に扉が閉まる直前、野太い声で全身を震わせてマッコイが跳んだ!?
宙空で回転を加え、ゴブリン十八番の突撃で鉄扉へ渾身の一撃を見舞う……。
余りの衝撃に全員吹き飛ばされ、土煙で視界がボヤけちまった。
「……。」
……マッコイは間に合ったのか?
ほんの数秒……土煙が止んだ時、尻餅を着いていた俺の傍らにひしゃげた鉄扉の片割れが落ちているのが見える……という事は。
視線を門へと向けると……そこには血に塗れた拳を天へ掲げ、スタンディングをキメた漢が起っていた。
「マコ!!もうっ、はらはらさせないでよ!!」
涙目でマッコイの厚い胸板へ飛びつくキャサリン……イチタロウも鼻を擦りながら「信じてたべ。」とか言って安堵の表情を浮かべていた。
「やぁねぇ~♪アタシ程の乙女がそう簡単に死ぬと思って?……それよりも。」
真剣な眼差しでキャサリンを降ろし、俺の前まで歩み寄るマッコイ……。
「咄嗟の事とはいえ、ごめんなさい。」
……何を言っているんだ?
眼を伏せ、苦々しく唇を噛むとマッコイは意を決して俺の後方へ拳を構えた。
だから……何をしているんだ?
イチタロウとキャサリンも青ざめた表情でこっちを見ている……いや、俺の後ろを見ているのか!?
「………!?」
僅かに首を反らしてその光景を目の当たりにし……俺は身体を起こして振り返る。
「ミシェル……ダナン。」
聞くに堪えない呻きを洩らし、力無く佇む二人の姿……その表情は生者とは異なる形相でこちらを睨んでいる。
「……ごめんなさいボス。」
靄を更に吸い込んじまったのか……。
俺は首を二度横へふり、マッコイ達を下がらせる。
「仕方なかったんだ……後の始末は俺がやる。」
ゆっくりとダガーを逆手に持ち変え、二人と対峙する……出来ればこの事態だけは避けたかった。
『……マスター。』
分かっているな?……ティン。
次の瞬間、限界以上にぽっかりと口を開けて、壊れた表情のミシェルとダナンが俺へ襲い掛かってくる!
元々かなりの手練れだった二人だ……グール化によって、その力と速度は増している。
それも俺の想像以上に……だ。
「ボス!?」
為す術もなく肩口と首筋を咀嚼されちまった……情けねぇ。
骨が軋む不気味な音が身体の内側から響きやがる。
『マスターの汚染侵度が99%を超えました。』
くそ……たれっ!!
ーー五分前、地上森林内
「お前は何者だ……。」
三本目の瘴木(瘴気を吐く木)を斬り倒した直後、比較的拓けた広場にて異常な気配の出現にロジャーは上空を仰いでいた。
今まで感じた魔物の中でもおそらく上位の存在……タイトな黒のスーツが僅かに音を上げて膨張する。
「………。」
ロジャーの問いに沈黙が流れてゆく、だが変化は顕著であった。
瘴気が渦を巻き、ロジャーを中心に上空へと吸い上げられ、やがて黒い靄が現れて一定の形を保つ……。
『結界に干渉を受けたと思ってきてみれば……ゴブリンとはな。』
おぞましき、人成らざる声色……が、それだけに理解出来る。
(実体ではないのか、或いは精神体の種族……どのみち確定だな。)
「お前が結界を構築した張本人だな。」
落ち着き払った言葉に優雅な物腰で、僅か153㎝の小柄なゴブリンは歓喜に撓んだ瞳で嗤う。
しかし、その所作が思いの外癪に障ったのだろう。
刹那、明確な殺気を含んだ瘴気の奔流が一瞬でロジャーへ降り注ぎ呑み込んだ!
『お前?……ゴブリン風情がッ!!不様に溶けて消え失せろ。』
愉悦と恍惚、際限の無い狂喜……その余りに不気味な嘲笑が偽りの森に木霊する。
木霊する……まだ木霊する……と思われた瞬間であった。
不意に止む嘲笑……上空から停滞する瘴気を見下ろし、黒い靄は我に帰る。
『(……瘴気が霧散しない、何故まだそこで停滞している?)』
本来、放たれた瘴気は腐蝕の特性を持ち、標的を溶解してその『養分』ごと術者に再吸収される仕組みになっていた。
だがそれが未だに為されていない……考えられる原因はひとつ、しかし嘲りの対象たるゴブリンに可能である筈がない。
そう結論づけた矢先だった。
瘴気を切り裂き、卑しきゴブリンが悠々と姿を現したのだ。
再び流れる沈黙……しかし、今度は『お互い』の敵意が拮抗していた。
『お前は何者なのだ?……ゴブリンではないのか。』
思わず口端を歪めて 嗤うロジャー。
同じ問いを返されるも、その内実は違うからだ。
「先に名乗らぬ無作法者に、名乗る名等ないな……。」
上空の靄はその色を赤黒く変化させ、歪んだ相貌を露にする……お前も名乗ってはいないと、憤慨しているのだろうか。
『いいだろう……正直、お前を嘗めていた、この状態では不十分だと認めよう、だがーー』
「逃げ口上なら構わん、逃げるがいい。」
『………!?』
相手の言葉の腰を折り、更に挑発を差し込むロジャー。
『嘗めるなよ、この姿は言わば仮、只の式神だ、だが貴様には私の力の一端を見せてやろう……後悔するがいい!!』
(式神か……それくらい気付いていたさ。)
式神……呪符やそれに相応する物質を依代、触媒にする事で遠方へ自身を顕現させる初歩の咒法であるが行使出来る戦闘能力は大幅に制限、或いは皆無であり大抵の場合、精神のみの顕現が主である。
……そう、ロジャーは最初からその可能性に留意していた。
だからこそ、相手を逃さぬ様に戦いへと引き摺り込んだのだ。
誤算といえば、こちらの挑発に対し簡単に乗ってきた事だろうか。
次の瞬間、赤黒い相貌の靄が言葉に成らぬ絶叫を響かせる。
(咒詛の詩か……さて、次は何がくる。)
三度の沈黙……が、それは永く続かなかった。
「………。」
遠くで樹木を薙ぎ倒す音がさざ波の様に重ねて響く。
既視感か……ロジャーはまたも薄笑いを洩らしてしまう。
次は何がくる……考える迄もなく、それは姿を現した。
大蜘蛛の化け物……それも四匹がロジャーを囲む様に威嚇の絶叫を響かせる。
その様子を見下ろす相貌の靄は狂喜の声を圧し殺し、優位を確信するが在る違和感に愉悦を中断せざるを得なくなった。
『(一匹足りない……愚図がッ!!何をしている。)』
だがそんな苛立ちも、すぐに解消される……否、動かし様のない事実によって苛立ちを超えた憤慨での上書きと言った方が正しい。
酷薄な笑みを称えたロジャーの背後で重厚な破砕音が響く、最後の一匹がやってきたのだろう。
しかしその姿は脚の半数をもがれ、大地に紫色の体液による巨大な線を引き摺っていた。
だが重要なのはそこではない……何より相貌の靄を驚愕と憤怒に染め、殺意に駆り立てたのはその巨躯の上に座り、もいだ脚を咀嚼しているある男の姿だったのだ。
『おのれッ!!またしてもゴブリンか!!』
「……楽しみの途中で『コイツ』が逃げたがるから、何かと思ったら全員集合か。」
あっけらかんとそう呟き、咀嚼物を吐き捨てて飛び降りる小柄な男……否、マイケル・ナイト2000。
「こちらも合流してしまったか……しかしその脚、不味そうだな。」
「ああ、キャスの手料理よかマシな程度だな♪」
歩を進め、ロジャーの隣へ並び立つと首を鳴らして上空を見上げる……。
看過出来ぬ苛立ちが今、二倍、いや二乗となって相貌の靄の精神を粟立たせた……そして決意する。
刹那、森林内へ拡散する勢いであった殺意が止んだ。
凪の海が如く、淡々と粛々と冷酷に害虫を潰さねばならない。
その決意の下、相貌の靄は一言……咒詛の詩を呟く。
次の瞬間、五匹の大蜘蛛が上空の一点へ跳び、禍々しい光を放った。
『………。』
おぞましい胎動と律動を繰り返し、ひとつの肉塊となった大蜘蛛へと相貌の靄が吸い込まれて消える……ほんの数秒の出来事の間、ロジャーは欠伸の仕草で静観し、マイケルはひたすら「気持ちワルい」と連呼していた。
……やがて、巨大な肉塊は縮小しその形を変えてゆく。
「………。」
小さく引き締められた筋繊維……それは身長190㎝前後の均整の取れた紅い肌を晒す、男の身体へと変貌を遂げていた。
僅かに上げられた何もないのっぺらぼうの顔が陥没、隆起し、そしてあの相貌が現れる。
と同時に右側、左側、前、後頭部から禍々しい黒角が生えた……。
『……。』
完全に変貌が終わったのだろう……妖しい光を称えた眼光が憎いゴブリン達を捉えると鋭い牙を覗かせた口から凄まじい瘴気が吹き出した。
「!?……おい、観ろよロジャー!!すげーゲップだぜ、おい!!」
ゲラゲラと大笑いしながら指を指すマイケルの横で、口元を押さえて嫌悪の表情を浮かべるロジャー。
「これだけ待たされた挙げ句に、こんな下品なモノを見せられるとは……(だがこれで容易に逃げられる事もない)。」
隠した口元が自然と弛んでしまう……後は敵を無力化し、あらゆる苦痛を与えてでも結界を解かせればいい。
そう思案した直後であった。
今度は変貌した敵がゆっくりとマイケルを指差し、 嗤う……。
「……!?」
避けろ……そう言おうとした刹那、マイケルの顎を筆舌に尽くし 難い衝撃が襲った!?
弾け飛ぶ様に後方の木々をへし折りながら、瞬時に視界から消えるマイケル。
「………。」
僅かに表情を曇らせ、ロジャーは即座に事態を正確に理解する。
そう、あの一瞬に何が起きたのか?……彼は目撃していたのだ。
結論から言えば『風圧』……元々、大蜘蛛の体躯を支え連動させていた筋肉を五体分も掛け合わせ、超高密度に凝縮し受肉したのだ、その身体能力はロジャーの想像を遥かに上回っている。
マイケルへ向かい、人指し指を『デコピン』の要領でただ弾いただけ……さして力を込めていないその仕草でマイケルは吹き飛ばされてしまったのだ。
想像の範疇を超えた敵……だがロジャーは冷静さを失なっていなければ心も折れてはいない。
己れが求める戦果達成がより困難になっただけである。
ロジャーの望む戦果……それは眼前に居る敵の拘束、或いは無力化である。
決して殺してはならない、少なくとも結界を解きモンテ達を救出するまでは……。
しかし、遭遇当初から式神について留意していたロジャーにとって、任意で逃亡されてしまうという事実が最大の困難であった。
そのための挑発であり、手心を加えつつ自分へ敵意という執着心を向けさせ、逃亡の可能性を芽吹かせない様に打開策を練っていたのである。
その意味で『相貌の靄』がわざわざ受肉してくれた事は望外の出来事と言えるだろう。
何故なら受肉とは式神とは異なり、文字通り肉体への憑依を意味している。
その肉体が再起不能の損傷を負い死に至れば憑依は解けるだろう……だが裏を返せば、死なない限りは精神を肉体から切り離せない。
つまり戦果の半分は為されたも同然だった。
ただし、手心を加えて戦い続けるには余りに相手が悪過ぎた……。
「……。」
『……どうした?考えはまとまったのかね。』
「……!?」
不意に耳元へ囁かれた言葉がロジャーの思考を凍りつかせる……油断等、微塵もなかった。
研ぎ澄ませた感覚を敵へ向け、確かに一瞬前迄は相対していたのだ。
それにも関わらず背後を取られた……最早、僅かな後れすら許されない、ロジャーは即座に反応し振り向き様に蹴りを放つ。
……が、完璧に近い反応速度で放たれた蹴りは虚しく空を切る。
「……。」
この時、ロジャーの狙いは打撃を当てる事ではない……敵に回避行動を取らせ、一瞬の隙と引き換えに距離を空ける算段だった。
事実、敵は確かに回避行動へ動いた、だが結果は……。
「………!?」
飛び退いている最中に距離を詰められ、宙で夥しい打撃の雨がロジャーへ襲い掛かる!
しかし初撃の防御を利用し、反動で更なる距離を稼いで着地するロジャー……。
再び構えを取ろうとした刹那、腹部に鈍痛が走る……どうやら手出しの威力であろう二発目を貰ってしまったのだろう。
それでも馬鹿に出来ないダメージが刺さっている。
(何故だ?……最大効果で打撃を放つなら、私の着地直後を狙うべきの筈、奴の反応速度が速すぎるのか?)
『どうした、また考え事か?』
無造作に手を広げ、余裕を見せておどけてみせる相貌の靄……否、今は受肉し気体ではないので蜘蛛鬼とでも呼称した方が正しいだろうか。
……そんな事が脳裏の隅に過ったが、どうでもいいと無視する。
そんな些末な事よりも重要な事実を自分は今、認識している筈なのだ。
『そろそろ終わりにしてやろう……次で仲間の後を追わせてやるぞ。』
次の瞬間、薄く 嗤うロジャー。
「……誰の後を追わせるのですかな?」
『……!?』
直後、蜘蛛鬼の後頭部に衝撃が炸裂し吹き飛ばされる……かに見えたが、両足で大地を噛んでいたために数m程、動かされたのみであった。
『お前ッ!?』
「オイオイ、勝手に殺すなよ。」
其所には溜め息をつき、ふんぞり返って蜘蛛鬼を挑発するマイケルの姿が在った。
蜘蛛鬼を挟む様に、またも沈黙を守る三者……だがアイコンタクトによって、マイケルの現状を知ったロジャーは内心で舌打ちをしていた。
(すまんな……ちょいとイイのを貰っちまった。)
余裕を見せるその裏で、ロジャー以上のダメージを負っているのだろう……おそらく全力戦闘をこなす事は不可能であった。
(いや、お陰で奴の穴を見つけた。)
(………?)
……不意にロジャーが殺気を解き、畏まって蜘蛛鬼へ一礼して見せる。
『……気でも触れたか?』
「御礼を……これより敗北を賜る貴方へ。」
その瞬間、どす黒い敵意を迸らせ更に歪な貌へと変化を遂げる蜘蛛鬼。
物理的なダメージすら負わせかねない異質な殺気がロジャーへと一身に向けられる最中、当のロジャー自身は清冽な迄の『凪ぎ』で殺気を受け流していく……。
静動一体……自分は蚊帳の外へと追いやられたと気付き、苦笑いを浮かべるマイケル。
だがと思う……おそらくこの戦いは結果の成否に関わらず、短期で決するだろう。
そんな予感めいた確信がマイケルに静観を促せた。
後編・決へつづく
えぇ、どうでしょうか?
相変わらずの稚拙な文章にお目汚ししていただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けたなら、幸いです。
また読んでやってつかぁさい、お願い致します。




