第四章 王都騒乱編 「残酷な真実との邂逅。」 後編 其一
……正午へと差し掛かる森林街道は柔らかな日差しが降り注ぎ、木々のざわめきが穏やかな時の流れを感じさせる。
まるでそこで起きた悍ましい惨劇なぞ、最初から無かったと思わせてくれる様な風景の中へ俺達は降り立つ。
少しだけ……肌を撫でた風の生温さが、少しだけ不穏な感覚に俺を引き戻す。
「何とか乗り切れましたね。」
「……まぁな、ただ座ってるのも身体が凝って嫌なもんだな。」
長時間の移動で気が滅入りそうになったが、仲間たちとの会話が予想より盛り上がったお陰でそれなりに気が紛れて楽になった。
そう会話をしている間にも竜車から続々と装備を担いだ者達が降り、周囲に目を光らせて、各々のパーティでやり取りをしているようだ。
……次の瞬間。
「静粛にッ!!」
最後に降りてきた痩せぎすな……ギルドの制服を着崩した四十代半ば程に視える男の声によって、数瞬の沈黙が維持される。
「………?」
「よろしい……では、私が本クエストにおける責任者です。
早速で悪いが自己紹介は省かせてもらう、時間も無い事ですしね。」
「時間……だと?」
ギルド員の不可解な言葉に、場がにわかにざわつく、が、続けて接がれた男の言葉が更に参加者達を驚かせる事となる。
「本依頼内容は報酬も含め、危険度の低さに見合わない人員を採用している、よって達成条件を今から3時間と限定する。
無論3時間を過ぎた時点で遺体の確保が成されない場合、失敗とみなし即時撤収に掛かれ、以上だ。」
「………!?」
「ちょっと待て!!」
「君は……ああ、君が例の盗賊か。」
たまったもんじゃない……声を上げた俺を一瞥して、男は嫌悪感を隠そうともせず、そう呟いた。
「このクエストに時間制限は無い筈だ、これはゲームじゃねぇぞ!!それに危険度が低いってのは納得出来ねぇ!!ギルドはーーー」
「グールはこの地域に分布していない!!」
言葉尻を否定する為に意図的に被せられた断言、コイツの目的は……。
「無論これは遊び(ゲーム)ではない、それがギルドの公式見解だ。」
「おい、ふざけるなよ!ギルマスは承知しているのか!?」
思わず声を荒げて俺はこの男に詰め寄ろうとした……したが、それをミシェルとロジャーが前に出る事で制止し、またそんな様子を視て男は鼻で笑いやがった。
「いいかね?ギルドマスターがいちいち現場を把握する必要等ない。
加えて派遣された私が現場の権限を担う事は告示にて明記されているのに何の問題がある?……それに」
あくまで冷徹に、まるで大人が子供を諭すかの様に……奴は言葉を続ける。
「テメェ……!!」
そしてあざとく懐中時計を取り出し、嫌味ったらしく嗤いやがった。
「それに、同じ事を二度言わせないでくれ……先程、『今から3時間』と明言したろう、今のやり取りでもう五分も浪費したぞ。」
「ーーー!!!」
この野郎、ワザと勿体ぶった事をほざいていたのは時間を使わせる為かよ……。
瞬間的に感情を剥き出した俺の身体を今度はミシェルとロジャーだけでなく、華火までもが抑えに掛かり、三人から羽交い締めにあう。
「構うな!!それこそコイツの思う壺だって判らねぇのか……。」
「モンテ様……どうか目的を見失わないで下さい。」
「頭を……冷やせ。」
「……す、すまね……ぇな!!分かった、分かったから……もう大丈夫だ、だから、な?」
いや実際、全然頭は冷めねぇが!?思っくそぶん殴ってやりたいが!?……三人に諌められ、後ろ髪を引かれつつ何とか……何とか?ギルド員の男に背を向ける。
「ーーモンテ、道案内はお前に頼るしかねぇんだ、イケるか?」
「あッ!?ああ……任せてくれ(震え声)……俺達は街道の右手側の森を進む。」
「よし……それじゃあ。」
ミシェルはさっさと出ようと言わんばかりの速度で首を振り、俺に組み付いたまま、集まって来た他パーティを交互に見やり、暫しの間沈黙した後に口を開く。
「あんた達のパーティはあたしらの後方から森に入って哨戒、敵を適当に散らしてくれ、頼む。」
……そのパーティはギルドで俺に絡んできた斧使いの重戦士、ガナルとか言ったか?を中心としもう一人、前衛の皆伝剣士を据えサポート役に中等魔術師と大盗賊という構成だった……ミシェル曰く、「そこそこ頼りになりそう。」との事だったので、後方を任せたらしい。
だが問題は残ったもう一組だった。
「お前ら、まだ荒事に慣れてねぇな。」
「……最近Eクラスに昇格した『漆黒の翼爪』だ、経験は浅いが足手まといにはならねー自負はあるぜ。」
……リーダーの黒剣士グエルにシャオ、ユンの双子女拳闘士、それと魔術士クリス……という男1対女3比率の何ともウラヤマなハーレムパーティだった訳だが。
「シャバっ気が抜けてねぇ、何よりパーティ編成が森林戦闘に向いてない、あれじゃ連携が分断されて各個撃破されても文句言えない。」
……後でそうミシェルに教えてもらったが、正直俺にはよく理解出来なかったな。
「あんた達は街道沿いに哨戒を頼む、見晴らしが良い反面、囲まれ易いから無理するなよ。」
まぁなんだ……紆余曲折、初っ端でケチを付けられたが、やっとスタートラインだわ、ティン、最大望遠でMAP表示してくれ。
『了解しました表示します、マーカーはアンデット及び生体反応のふたつに絞る事で索敵範囲を1.2倍まで拡大可能な様、調整しておきました。』
そうか、すまんあと……
『目的地の表示はしてあります。』
ありがとう……おかげで迷わずいけそうだわ。
こうして俺達はとっととクソ野郎を残し、腐食の森へと再び入っていった。
◇
やはり昼間だけあってMAPにもグール反応は少なく、また遭遇しても本来の性能じゃない分、楽に処理出来てそうだな……。
森へ入って三十分弱経過したが、どうやら後方のガナル達が二度遭遇しただけのようだ。
……それでも少しずつMAP表示が増えている気がする。
「………。」
思えばあの時、決死の覚悟で陸竜に乗って進んだ道を今は徒歩で辿っているとは……寄る辺なく真っ暗闇の最中を駆けたが、夜と日中じゃ視える印象は大分違うもんだ。
あれから折に触れて何度も考える……その度に今更だと理解した振りをするが、結局は何処かで割り切れていない。
ティガーの同行を無理にでも俺が拒否していればと……。
そんな感傷に捕われている俺へ唐突に間延びした声が掛けられた。
「ちょっといいモンテ?」
またグレンのおっさんか、正直今は相手にしたくねぇな……悪いが無視して先を急ごう。
「ちょっと聞いてる?」
「………。」
「無視しないで止まりなさいよ。」
「ーーーッ!?」
次の瞬間、急激に首が締まる感覚に襲われ、俺は嗚咽を洩らしながら尻餅を着いていた。
どうやらグレンに首根っこを掴まれ、引き倒されたらしい。
「何しやがる!?」
グレンは喰って掛かる俺に対し表情ひとつ変える事無く、首を掴んだまま見下ろしている……。
「それはこっちの台詞よ……アンタ死にたいの?」
……その眼差しは言葉以上に厳しく怜悧だったが、まだ事態を把握出来ていない俺に対し、おっさんは顎をしゃくり、改めて前方を注視する様に促す。
おっさんだけじゃない、この時、周囲の仲間たちまで真剣な面持ちで俺へ視線を向けていた。
一体何だってんだ?内心で悪態をつきながら、前方の景色へ今一度意識を傾ける……が、これと言った違和感は無い様に思う。
MAPにもそれらしい反応は検知されていない……よな?
何も判らず呆ける俺の側でロジャーが膝を着き、唇に人差し指を押し当てる仕草を見せた。
喋るな……耳を澄ませって事なのか?
すると僅かだが、遠くで羽音が聴こえてきた……気がする。
「……少し退くわよ。」
グレンのおっさんの指示で俺達は数十m程後退する事になった。
何故だかこの時、ロジャー、ミシェル、おっさんの三人がアイコンタクトをとっていた……まるで三人の中にある種の共通認識でも在る様な振る舞いに思えた。
「……ここまで離れておけば問題無いだろ?」
「おそらくは……。」
「あの……何が問題なのでしょうか?」
おっ、ナイス質問だカルツ君、俺以外にも事態を把握していない奴が居てくれた♪……っておい華火、澄ましたツラで黙っているが、お前も怪しいな。
「カルツちゃん……屍毒病や屍蠱って聞いた事ある?」
「……いえ。」
「そう、じゃあ冒険者として食べていくつもりなら知っておいて損は無いわよ、モンテもね。」
「……ぐぬぬ。」
「いい?野生動物や魔物に限らず自然界の中で生きる生物は本来、『動く死体』を絶対に捕食しないものなの。
多分、生存本能ってやつで理解っているのかしらね……転化によって自己だけでなく種の根絶にも繋がりかねないから。
でも物事には必ず例外が存在する、例えば元々屍肉や汚物に集り、埋もれる様な生き方を好む生物……。」
「蚊や蝿といった虫か……。」
「ええ物知りね華火ちゃん、媒介毒……それがグールに集って感染ったのか、もしくはグールの屍肉に産み付けられた卵が孵化した結果なのか、理由は解明されてないけど自身には影響を及ぼす事無く、他の生物に転化や様々な病気を中継、媒介する非常に傍迷惑な存在なのよ。」
「……普通の虫である可能性は?」
……俺の何気ない問いに三人が静かに首を横に振る。
「可能性の問題じゃなく、危機意識の問題なんだよモンテ。
野戦で『動く死体』と遭遇する場合、そのリスクは必ず排除しなきゃいけない。
寧ろ今までお前とその話をしてこなかった事が不可解まであるぞ。」
……そりゃあ、俺は死なない限りグール化とは無縁だからな、話題にも出ねぇわ……ってか、あのミシェルがスゲェ真面目な話をしてるって方が驚きだわ。
ふとロジャーから向けられた視線に深く頷き、今度はグレンがミシェルに続いて口を開く。
「遠くからでも聴こえる程の羽音……多分この先に大型獣の死体でもあるんでしょうね。」
「!?……まさか、あの時の陸竜か!!」
思わず声を上げてた、が、状況的にみて間違いねぇ……しかも頭部が破壊されてるとはいえ、確実にグール毒に侵されてる屍肉だ。
「どうやらグレン様の見立て通りのようですな……ここは迂回せざるを得ないでしょう。」
至極真っ当なロジャーの提案に場の全員が唸る最中……次の瞬間、ひとり異を唱える言葉が飛び出す。
「いえ、時間が惜しいんでしょ?突っ切りましょう。」
そう言い切り、暑苦しい笑顔でグレンは親指を立ててみせやがった……。
つづく




