第四章 王都騒乱編 「ひとつめの楔。」 後編
音楽隊が奏でる優美なメロディが流れる最中で、俺達が席に着いた時、本物のバルロー子爵は若干だが緊張の面持ちを表に出していた……。
背後に立つシムズの咳払いで直ぐに威厳を立て直したようだが、それでも現状が彼の望む事態ではないのは充分に理解出来た。
おそらくは俺達と偽のバルロー子爵のやり取り迄がこの人が想定していた事なんだろう。
「もうここら辺で余計な探り合いは避けたいので、単刀直入にお訊きしますが……何故偽物のしかも最悪な印象付までした子爵と俺達を引き合わせたのですか?」
「………。」
直後、バルローは暫し口籠り、音楽だけが空々しく流れていく。
「全ては弟の案でな……いや済まない、それは関係無いな。
……端的に言えば何ひとつ情報の入らぬモンテ殿を警戒しての謀であった。」
「警戒……ですか?今日のお茶会に俺達を呼びつけたのはそちらなのだから、その言い分は通らないのでは?」
「も、勿論だ、だとも!それだけの事情では無い、無いのだが……。」
このおっさん、しどろもどろだな……こりゃティンさんに心拍を計測してもらうまでもね〜ぞ。
俺は堪りかね、後ろで立つシムズへ視線を向ける。
「貴方の案だという話だが、納得のいく説明をして頂けるかな。」
俺の問いに、シムズは敢えてだろうか?バルローへ許可を求める様に目を合わせ、バルローが何度も細かく頷くのを認めると一礼してから改めて俺へ視線を向けた。
「僭越ながら私から説明させて頂きます……今回の一件、確かに私から御主人様へ進言致しました。
ですので責は私が全て負います、勝手は承知ですが、その様にご納得して頂く他ありません」
そこまで話し、シムズはまたもや無言に戻る、まるで『それが全てです』とでも言わんばかりだが、本当にそれで押し通せると思ったのだろうか。
「それじゃ筋が通らねぇだろ、貴方の責任云々は関係無い……それに悪いが『謀』と断言した割に、今回の件……いや、多分お茶会自体が場当たり的な計画だってのは俺でも判るよ。」
少しだけカマを掛けるニュアンスを含ませた刹那、バルローやリーズさんだけでなく表情を見せないシムズの雰囲気も固くなった……気がする。
「本気で責任だと言うのなら、やらかした側の道理として不利益を呑んででも経緯の説明をするものだろ。
……だが、シムズさんがそれを渋らざるを得ない程にそっちの都合が悪い、違うかい?」
「仰る通りです、しかしながら一方的な主張が通せるのも貴族社会の常なのですよ……。」
「それこそ知らねぇな……言っておくが俺達に脅しは逆効果だよ。」
「………。」 「………。」
それから膠着という沈黙が暫く続く……その間、俺は三人の心拍、発汗、体温の計測をティンを通して観測していた。
どれ程の時間?正確には2分少々だったがシムズはどの数値でも大きな変動を見せなかった、正直このおっさんの胆力には俺の方がビビらされたわ。
だがおかげで打開策が見えた、こちらから沈黙を破るとしようか。
「……あくまでお二方は無言を通すと?では何故この場に出て来られたのですか?」
「……それは、その……。」
「………。」
「俺への体裁が悪くなったから?……違うでしょう、リーズさんがこの場に貴方達を呼ぶように指示されたからでしょう。
聡明な方だ、事態を重く見て貴方がた含め膝を突き合わせて俺達と話すべきと考えられたのでは?
だが当の貴方がたは揃いも揃ってその心意を汲まずに悪足掻きに腐心している、その行為は奥様を軽視しているのと同義じゃないですか。」
「これ以上勝手な牽強付会は止めていただこう!!」
俺の発言に対し、即座に声を荒げたのは予想外にもシムズの方だった……バルローはただおろおろとした様子でリーズさんを見るばかり。
そして当のリーズさんはといえば、何処吹く風と言わんばかりにお茶を飲んでいる……多分、旦那より肝が座って、というか傑物レベルじゃね?この人。
そう思った直後、リーズさんがちらりと俺を見て微笑んだ……気がする、いや、眩しいから止めて欲しい、マジで、いや多分……。
「シムズ……これ以上の恥の上塗りは止めましょう、いいわね。」
一言、たった一言だけでシムズの心拍が跳ね上がった……やがて。
「承知致しました……モンキーパイソン様も申し訳ありませんでした、慎んで非礼をお詫び致します。」
「面倒いからモンテでいいよ、その謝罪を受けるかはこの後の話次第だがな。」
後ろへ退きつつ深く頭を下げるシムズにバルローの顔色が青くなってゆく。
「御主人様、こうなった以上は包み隠さず事情をお話しになった方がよろしいでしょう。」
そこまで言われ、がっくりと項垂れたかと思った瞬間、バルローは力無く席を立ち、覚束ない足取りで歩き出した。
「貴方、どちらへ……。」
「わ、私には関係無い……知らん、後はお前に任せるぞシムズ。」
それだけ言い残し、結局バルローは邸宅内へ戻って行ってしまった。
その情けない後ろ姿を目にし、俺だけでなくミシェルたんも呆れていたんだが、シムズとリーズさんは違った……何とも言えない、いや、多分あれは悲哀なんだろう。
表情には出ない、悲しげに哀れむ瞳……他人が決して踏み込んではいけない感情を垣間見て、俺は咄嗟にカップへ視線を落とした。
◇
◇
「……モンテ様の仰る通り、今回のお茶会は兄が杜撰な思惑で決めたのです。
私たちは、最初に貴方がたと対面した教育係のミルズも含めてそれに加担しました。」
空席とリーズさんの間、その背後に立ちシムズは淡々と真相を語り始める。
「……始まりは北方ノースヴァルク地方の領主ガゼル様が直接バルロー様に接触してこられた事に端を発します。」
「……!?」
ーーその瞬間、乾いた陶器の音で隣りを見るとミシェルが眉間へ皺を寄せてシムズを睨んだまま固まっていた。
「ノースヴァルク……その話し、まさか『解放戦線の連中』が噛んでこねぇよな?」
シムズやリーズさんまで難しい表情を浮かべちまって、まぁそれも無理ない、そりゃ話しの腰を最速で折られたら何も進まないだろ。
今度ばかりはミシェルたんの発言が悪いと諌めようとした……んだが、余りに東屋を包む不穏な空気感に違和感を拭えなかった。
「おいおい、どした?ミシェルたん、解放戦線って何よ?」
思わず素で吐いた俺の発言に、今度はその場の全員の視線が集中する……まるで『コイツ正気か!?』と疑われた様な気分になったが、ミシェルだけは転生者である俺の事情を察してか、直ぐにフォローを入れてくれた。
「い、いくら最近まで引き籠も……いや、隠居してたからって世間知らずも大概にしろよ!」
うん?……まぁフォロー……なのかな、それ。
「ああ、ヒッキーで悪かったな、で、解放戦線の連中って何だよ、ってかシムズさんの話しに関わってくんのそいつら?」
ちらりとワザとらしくシムズを見ると、ちょっと困惑してたが一言、「関係しています。」と洩らす。
「いいか?北方ノースヴァルク地方ってな、数年前まで別の国だったんだよ。」
「……別の国?」
「アームベルンがつい最近まであちこちで戦争してたのは知ってるだろ、んでノースヴァルクってのは未だに火種がバッチバチに燻ってやがる危険地帯なんだよ。」
「なるほどな、だから解放戦線、要はテロリストか……壊滅はムズいのか?」
「ええ、領主のガゼル様が頭を抱える程に……。」
「無理もねぇ、ドミニオンが解放戦線を後方から支援してやがるからな。」
「!?……ミシェルさん、それ以上の発言は……。」
緊迫した面持ちで呟き、シムズは暗に周囲へ注意を向ける様促すが当の本人は何処吹く風と笑う。
「今はこんなドレス着てるが傭兵なんでね、構わねぇさ……。」
「一体どういう事なんだミシェル。」
「単純明快、お子様でも理解る前提でな、そもそもアームベルンが長年侵略を仕掛けてきた理屈が異教徒の殲滅、つまり宗教戦争だって事だ。
……んでだッ!その繋がりから考えりゃ、本来ドミニオン共和国が解放戦線を支援すんのはあり得ないッ!!……だろ。」
(何処かで聞き齧った話だな、エレメンツ教会……ギルド員の国家間の戦争介入の禁止……もしかして列強国が勇者を手元に置いてんのも何か絡んでんのか?)
「全知全能の神様連合をやってる内輪からすりゃあ、連合の一端を担ってる国の背信なんざ忌避も忌避、誰も彼もツッコめねぇよな。」
ミシェルの飄々とした語り口……何か因縁めいたものすら感じるが、今は訊かない方が良いのかもしれない。
「みんなが口籠る理由は理解ったよ……だが、ドミニオン共和国が何で解放戦線に支援してんだ?」
「詳細は不明です、しかし元々滅ぼされたサフランド公国の隣国という間柄であり、ドミニオンは言論の自由や国民の権利を尊重している国でもあります。
加えてガゼル様のお話しでは、その……各地で弾圧された異教が(ドミニオンで)合流している疑いが在ると。」
思想の多様性……なるほど納得してしまった、というか俺にとっては最も身近な国の形そのものじゃねぇか。
「すまん、やっと理解出来た……シムズさん、話しを続けてくれ。」
そうシムズを促した俺だったが、この後に飛び出した事情の方が俺には驚きだったわ。
「ガゼル様は当初、政府に王国軍の派遣を要請をなされたようです。
ですがアームベルンも長年に渡る戦乱で疲弊しており、地盤固めに努める現状では対応しきれなかったのでしょう……要請は却下されてしまいました。」
「兵隊は出せねぇが王都侵攻は許さねぇから死ぬ気で守れやってトコか。」
無言でミシェルを見やり、頷くシムズ……。
「ガゼル様も手を尽くそうとなされたのでしょう……その方策のひとつとして兄に接触したようです。
目的はバルロー様に二十年以上空位となっているエレメンツ教ガルマ派の大司教就任の要請だったようで……。」
「ガルマ派だとッ!?」
「ほぉ~デケェ話だな、北方の領主にとっちゃ『前門の虎、後門の狼』孤立無援の状況下でエレメンツ教会との太いパイプが築ければ後門……つまりアームベルンに対して他の列強も巻き込むって脅し、後ろ盾が成り立つ訳だ。」
「確かに当家は前大司教の傍流の家系ですが、事は今代の大司教選任です。
政より足並みの揃わぬ神事を動かすとなればその労力もまた桁違いに莫大なものとなるは必定。」
「何となく……は想像がつくよ、で、バルロー子爵はどんな算段で担がれたんだい?」
「それが、バルロー様は私や奥様にも詳細を語らず、ただ根回しは済んでいるとしか仰らなかったのです。」
「根回しね……読めたわ、そこで俺が登場したんだな。」
「あん?どういう話だよ、おい。」
「ハイ、約3週間前になります、議会でモンテ様が西方ウェストバーク地方の領主に任命されました。
そしてそれからのバルロー様の憔悴は凄まじく……。」
「子爵からすれば代理とはいえ、長年手にしていた利権を俺に奪われた形だからな。」
「いや、それはさっきの偽子爵の話を鵜呑みにし過ぎだろ?」
「教育係のミルズさんだっけ……あの話しは彼の私情や誇張が入っているだろうが、多分大筋で事実、少なくともシムズさんやリーズさんもそう考えていたんだろう。
詰まる所、大司教就任の裏工作を進めていた折に議会で利権を取り上げられ、得体の知れない俺に譲渡されちまった。
しかもそれをキシリア派と対立するキュベレーヌ派が後押ししている……つまりバルローの反応から両派の根回しは失敗、不興を買ったって流れな訳だ。」
「………。」
「兄の性格上、事が事だけに確実なお膳立てが無ければ動かない筈なのです。
それこそ教会内部で相応の発言力を有する人物が仲介しなければ……。」
「司教以上か、ぶっちゃけ三派の大司教じゃね?」
「いや、仲介にこれ以上無い程に合致する役職がもうひとつ在るじゃねぇか。」
「………。」
俺の言葉に三人の視線が集まる……そうとしか考えられない位には腑に落ちてしまった。
「……勇者とかな。」
「確かにこれ以上無い適任者ではありますが……。」
その場に何とも言えない沈黙が漂い、誰も口を出せる雰囲気ではなくなってきた……まぁ話も出尽くした頃合いではあるか。
「……貴方達の事情は理解した、このお茶会の狙いもね。
けどその答えを聞く前に最後にひとつだけ質問させてくれ。」
「……ハイ、私どもが答えられる範囲でならお答え致しますわ。」
「ノースヴァルクの領主ガゼルと直接面会したいのだが可能かい?」
「現状では叶わないでしょう……ガゼル様は議会での一件以降、王都からお姿を消されたようです。」
……やっぱりか、繋がりを残すワケねーわな、となるとシオリさんとの領主の一件もその場の思いつきじゃなかったと考えておいた方が良いだろう。
「さてと……ありがとう、貴方達の謝罪を受け入れるよ。
今回の件はこれでお仕舞いにしましよう、何なら正式な書面を交わしても構わない。」
「ありがとうございます、つきましては賠償……ではありませんがウェストバークから徴収していた今年度分の税収と物資をお渡ししたいのですが。」
「……奥様。」
「シムズ、これは必要な引き継ぎです……それに今のウェストバークにこそ必要でしょう。」
「やはりグールの異常発生もご存知でしたか。」
「ええ、ですので申し訳無いのですがモンテ様に立ち会って頂きたく、搬出が整うまで四日間お待ち頂けますか?」
引き継ぎというなら俺の立ち会いは必須なんだろうな……王都での用事を済ませ次第フェデルに戻るつもりだったが、サラ・ストームに会う目処が立っていない現状ではこの四日間をひとつの目安としてみるか。
「了承しました、では厄介な話はここいらで仕舞いとしますか。」
一息つき、ハーブティーに口を付けてカップを置くと……何やらおずおずとした様子でリーズさんが声を掛けてきた。
「あの……それで、なんですが……どうしてモンテ様はミルズが偽物だと気づかれたのですか?」
「ああ、その事ですか。」
リーズさんはごくりと固唾を飲んで俺を見やる……そうまじまじと見つめられると照れ過ぎて溶けちまう。
「え、ええ確かに名演技でした、途中までは俺も騙されてましたから。
……例えるならそれ以外、共演者、舞台、脚本の全てがボロボロでしたね。」
「共演者……は私ですね、そんなに酷かったかしら。」
「演技というか、普段通りに接していただけじゃないですか?だから違和感が凄かったし。」
「………。」
「脚本は言わずもがな、舞台に関してはこの庭園と邸宅の内装が違和感でしたよ。
俺に印象付けた子爵像とはかけ離れた落ち着いたイメージの邸宅、もっと成金趣味らしい豪華絢爛な物に換えてたなら騙し切れたでしょうね。」
「それは考えつきませんでした……。」
「暮らしの場を一回こっきりの為だけに、しかも趣味の合わないリフォームにしようなんて狂気の沙汰でしょうよ。
庭園の方はさっきも言いましたがーー」
「………。」
「リーズさんが丹精を込めて管理しているのでしょう……そこまで何かを大事に出来る人間ってのは、同様に誰かから大事にされていないとその行動には至りません。」
その瞬間、リーズさんは本当に花が咲くようにはにかんで……肩越しにシムズを見上げて頷いた。
「それは……そうね、悪徳子爵とは最悪の組み合わせだわ。」
ーーその後、俺達も゙お開きになるまで庭園を見て回り、来賓者とも一応挨拶したり、それなりに楽しんだ……まぁこうしてバルロー子爵のお茶会は何とか、幕を閉じたのだった。
……帰りの馬車内にて。
「なぁモンテよう……。」
馬車に揺られ車窓から景色をぼんやりと眺めていた俺に、ミシェルたんがぽつりと呟く。
「シムズさん達の話を聞いても分かんねぇんだけどよ。」
「……あん?言葉遣いも忘れてノリノリで話してたろーがよ。」
「いやちげーし、そうじゃなくてよ〜どう考えてもバルローが逃げ出す理由無くね?そりゃあ自分の失敗談を他人に晒されるのは頂けねぇけど、テメェが居ない席でどんどん勝手に話が進んじまうんだぜ。
断然居座った方が良いだろう?」
「ミシェルたんと違って繊細なんだろうよ……。」
「ああッ!?もう一辺言ってみろ!!」
物凄い般若の面で俺に掴み掛かろうとするミシェルたん、あたふたするロジャー……不意に俺の脳裏にあの時のふたりの眼差しが過ぎる。
「多分、バルローはあの場や俺達からでもなく、シムズさんとリーズさんの二人から逃げ出したかったんじゃないか……。」
二人から逃げ出したかった……その言葉に一瞬固まるミシェルだったが、納得したのか萎えたのか、静かに溜め息を吐いて座席に座った。
「そうかよ……でもよ、あの二人、バルローの愚痴なんてひとつも吐かなかったじゃねぇか、本当にバルローを支えようとしてる様にアタシには見えたぜ……。」
「……それが理解る分、当人には重荷に思う事も在るんだろ、きっと。」
「……切ねぇな。」
それっきり俺達は言葉を口にせず、ただ馬車に揺られて帰路につく……。
つづく




