第四章 王都騒乱編 「他人の話を聞かない奴に、レスポンスもクソもない。」
「……本日はお招き頂き、ありがとうございます。」
修道院での付け焼き刃を以て一礼し、口上を述べつつ着席すると……バルローは暫く俺を繁々と見やった後に、ぽつり「……若いな」と呟く。
「しかも相当なやり手のようだ。」
「やり手?まだ何も出来ておりませんが……。」
やれやれ、俺また何かしちゃいました?じゃねぇんだワ……そんな他愛もない事を考えていると、テーブルへ給仕がやって来て、ティーカップへ高さをつけて紅茶を注ぐパフォーマンスを披露し始める。
が、その刹那、些細なアクシデントが起きた。
この世界じゃ、お茶に空気を含ませる為にワザと受け皿まで飛び散らせて注ぐ様式が有るらしいが、まぁ、その熱い水滴が俺の右手に掛かり、ほんのちょっと声に出てしまった。
無論故意じゃないのだから気にせず、俺は話の続きを促そうとしてバルローへ目を向けた……のだが、先程迄の態度が一変していたのだ。
「………。」
凄まじい迄の怒りを表情として露わにしながら、決して声に出そうとしない。
先程の態度から受けた印象とはかけ離れている気がする……在る種、堪え忍んでいる様にも視えた。
だがそれも十秒にも満たない出来事として終息する。
リーズさんが夫であるバルローの拳に手を添えた瞬間、ほんの僅かに顔を強張らせてから、バルローがその怒りの色を消したからだ。
「もういいからお下がりなさい……それとおふたりにお代わりをご用意して。」
リーズさんがにこやかにそう促すと、給仕は俺達へ謝罪と共に深く一礼してから下がり、程なくして別の給仕がやって来て、今度は完璧な所作で紅茶を注いで俺とミシェルへ提供してくれた。
「……それで、何の話だったかネ?」
飄々とした口調から人を食った物言いが戻っているな。
「何故貴方が私に『やり手』だとお思いになられたのか……。」
「どうでも良いが……いい加減にその固い話し方止めたらどうかね♪」
「…………。」
「まぁいいか……何、簡単な話だヨ。君がウェストバークの領主に就任するに至った経緯そのものが驚嘆に値する偉業なのさ。」
「それは、コネの事だと判断してよろしいでしょうか?」
「違う違う!?ンー、それじゃ不十分……いいかい?君はこの国の議会の承認を得て任命されたんだよ。
先ず勇者の特権ってヤツは非常時こそ100%で通るが、平時では議会で否決される事もザラさ♪」
……ん?聞いていた話と矛盾してるな。
「おっ!疑ってるねぇ〜でも事実だよ、ただ議事録にも残らず、民衆にも下知されないってだけサ。
考えてみなよ、勇者の気まぐれで簡単に国が振り回されていたら国益もクソもないでしょ♪でだ、本来なら君の就任は通らん。
……だが結果は通った。」
バルローはテーブルに両肘を着けて腕を組むと、最後の一言を低く、真剣な声音で紡いだ。
「建国以来、この国は戦争に明け暮れ愚の極みを突っ走って来た……今は至る所で毒に侵され、それが奇跡的な均衡を生み、成り立っているまさに混沌だヨ。
その土台の上でだ、浄火の勇者が発端とはいえ、キュベレーヌ派の議員が一時的にも対立を捨てて後押しに回ったんだ、これを偉業と言わず何と呼ぶ?
しかも領主に任命された者は何の背景も見えてこない謎の貴族だしな、そりゃ興味を唆られるだろ!」
……確かに、言われてみれば妙な話だ。
「そう言われても私はキュベレーヌ派やキシリア派とは無関係ですよ……ただ、浄火の勇者とは個人的な親交が在りますがね。」
「違うな、ここで重要なのは利害の一致や尻馬に乗ったとかいう憶測、裏読みじゃないんだヨ♪
政治屋は腐っていればいる程に腹芸が達者なもんだ、特にあの糞忌々しい連中の腹芸を引き出したという結果、それが痛快なんじゃないか!!」
「………。」
「バルロー子爵……どうやら私が聞いていた貴方の評判と実際の貴方は違うようですね。」
「あー?興味深いな〜どんな風な評判だ?」
「融通が利かず、新参者を決して許さない謀殺者だと……。」
謀殺者……そう言った瞬間、広い庭園内の温度が確実に下がった……張り詰めたと言い変えてもいい。
が、一拍の間の後、自らその空気を壊す様にバルローは下品に腹を抱えて笑った、笑い転げた。
周囲が明らかに引いていても構わずリーズさんに諌められるまで、一頻り笑った後に今度は息を整えるのに数秒を要した……このオッサン、情緒が可怪しくね?
「ふぅッ……間違っちゃいないヨ♪、貴族なんざ大抵は下を叩き潰して上に媚びる連中さ、君は今までの会話でワシにどんな印象を抱いたと言うんだね?」
「ん……まぁそう急ぐ必要も無いでしょう。」
「………。」
「失礼しました……正直に言えば私も貴方同様、答えを決めかねてましてね。」
「同様?……ワシが決めかねているとは一体何の事だね?」
「『媚びる』か『潰すか』……私への対応を会話の流れでシレっと晒しながら暗に示す事で、私を試しているのでしょう。」
「ふむ、なるほどなそう云う取り方も出来るか、それで?君が決めかねているのも私への対応かな?」
……相変わらずニタニタと表情を変えずに発したバルローの言葉だが、今度は若干ドスの利いた声音に変化していた。
その様子の変化を見ながら、俺は数秒間口を噤む。
バルローのこれまでの言動と自身の思考を反芻し、擦り合わせていたからだ。
「……そうですね、『俺』が抱いた貴方の印象と取るべき対応はどうしたって連動してくる。」
「ほぉ~やっと猫を被るのを止めたかヨ♪人間、やっぱり素が一番だよな。
良いね、じゃあここからはお互い肚を割って本題に入ろうか。」
◇
◆
「先ずは、だ!!領主の肩書は君にやろう、だがウェストバークは駄目だ。
あそこは今迄もこれからもワシの遊び場なんでな、引き続き好き勝手するから目を瞑れ。
その代わり領主のノウハウ……何なら実務の代行をしてやってもいい、その場合は税収の三割をワシに納めろ。
なぁに、上への誤魔化し方も教えてやろう、それにちゃんとやってくれたら君にもおこぼれ位は甘い蜜を啜らせてやるから、悪い話ではあるまい?」
……すらすらと自身の都合の良い内容を如何にも甘言の様に語りやがる、表情も若干媚びを売る感じで俺に何度も気持ち悪い高速瞬き(ウインク?)を見せてくるし、お前は一昔前のファンタジーアニメのキャラかよ!?
「つまりは傀儡になれと?」
だがその瞬間、たったひとつの言葉で明らかにバルローの眉がひくりと吊り上がった。
BOOBOOーー♪BOOBOOーー♪
「わざわざ復唱するなよ……察しが悪いと幻滅しちゃうだろう?」
仄暗い冷たさを思わせる呟きに、東屋の雰囲気が一層悪くなる……時と場合によっては『空気を読まない、破壊する』に定評がある俺以外なら、きっと押し黙っちゃうね♪
「まぁ長年に渡って蓄積されたノウハウは魅力的だな、けど要求はそれだけじゃねぇよな、だってそれじゃ、あんたの安全は担保されない。」
「確かに、ワシと君の間に忠誠も利害の一致も未だ無いからね♪だから君にはワシに人、仲間を差し出して欲しい。」
「……は?」
「勘違いしないでほしい……コレはいわば取り引きだ、ギブ&ティクだが今迄の話ではワシにこのティクが圧倒的に足りていない……圧倒的に不利益なんだ。
それに現状、君の持ち物でワシに差し出せる、ワシが満足しうるものは無いじゃろ?そこでだッ!!」
そこまで言うなり、テーブルを小気味よく叩いてバルローは実に厭らしい笑みを向けてきた……それも俺ではなくミシェルに向かって、その瞬間、余りに気持ち悪かったんだろうな、ミシェルの背中が僅かに身震いした。
「君がこの街でゴブリンを引き連れているという話は耳にしている……それも魔族領の出自だともね♪
つまり、だ!その武力を提供したまえ、勿論ワシは大の好色家でねぇ♪その気の強そうなお嬢さんを心ゆくまで調教させてくれるなら、君の待遇は素晴らしいものとなるだろう♪」
コイツ、忠誠も利害も関係ねぇ話にすり替えてやがる!?いや、本気でこちらに不利益が無いと思っているのか?
それに何で魔族領の話を知ってやがんだ!?……ふと隣りに座るリーズさんを見ると、黙ってティーカップに口を付けている。
浮気とか夫の女性関係には関心が無いと?
「………。」
違うな……リーズさんのこの態度が俺の感じた違和感や推測を裏付けている気がする。
それにバルローがここまで一方的な要求をするって事は、この場で俺達が全面的に要求を飲む様な手筈を整えているんだろう……試してみるか。
「……奥様。」
「………?」
「おい、ワシとの話がまだ途中じゃろ!」
話の腰を折られ、尚も捲し立てようとするバルローを右手で軽く制止し、俺は席を立ってあざとく庭園を見回す素振りを見せる。
『ーーです、マスター。』
……ああ、分かったよ、ありがとうティン。
「失礼……素人目ですが、こちらの庭園はなんだか落ち着く……というか雰囲気がとても良いですね。
もしや奥様の意向ですか?」
自分でもちょっと歯が浮きそうな言葉だったが、リーズさんの表情が一層華やいだ。
SUCCESSーー♪SUCCESSーー♪
「まぁ♪……お分かりになるのね、そう、庭師に任せっきりに出来なくて、つい私も手を出してしまって♪」
「えぇ、そうでしょうそうでしょう、でも……武装した兵士を五十人、いや、あそこの植木で来賓に偽装している者を含めて五十二人も潜ませてたら台無し、無粋じゃないですか。」
「……えっ?」
刹那、にやりと笑う俺に対し、バルローの表情が様々な感情で歪む。
伏兵の正確な人数をしれっと言い当てたのだから無理もない、リーズさんの方は少し呆けたカンジだが表情に変わりないようだ。
「伏兵に気付いてたのか、だが何故だ……何故人数までバレた!?」
「ああ、ご馳走になったこのハーブの入った紅茶も飲みやすかったです、もしや配合も奥様が?」
SUCCESSーー♪SUCCESSーー♪
「えぇ、えぇ、そうなの!!分かってくださる!?」
次の瞬間、感極まったリーズさんが立ち上がり、俺まで詰め寄ると俺の両手を掴んでブンブンと上下に揺らす……いや、待って、美人さんが間近過ぎて良い匂いがする……眩しすぎて目が合わせられない。
「いい加減にしろ!!さっきからワシを無視しよってふざけるなよ貴様ぁ!?」
顔を真っ赤に染め、怒鳴りながらテーブルを叩くバルロー……俺は眩しさに耐え、リーズさんを何とかチラ見する。
やはり、推測が確信にへと変わった。
「怒鳴らなくても聴こえてますよ……それに、アンタへの扱いは間違っちゃいない。」
「……あん!?何だと小僧。」
「………。」
「この場での優先順位、真っ先に対応すべきはリーズさんだ……そうなんだろ?あんたは偽物、バルロー子爵じゃない。」
「ああッ!?この気持ち悪いオッサンが子爵じゃないってどういう事だよモンテ!!」
「ミシェルたん……言葉遣い♪汚くなってるよ。」
「………。」
「あんたの演技は悪くなかった……事が露見したのはむしろリーズさんが原因だよ。」
そう指摘した瞬間、「まぁ!?」とでも言いたげにリーズさんは頬を少し膨らませた、うん直視出来ねぇ。
そして、肝心のおっさんの方は……暫くの間、押し黙っていたが、急に緊張の糸が切れた様に溜め息と共に項垂れると、おずおずと口を開く。
「ふぅ……あの、そろそろ手を離されたら如何ですか『奥様』。」
やっぱな……おっさんの指摘で俺の両手を握ったままだった事に気付き、リーズさんは少々慌てた様子でやっと離れてくれた。
ちょっぴり勿体無かったが、正直これ以上は精神が保たなかったから助かった。
「私の所為って、何時からお気づきでしたの?」
「そうですね……私も貴方がたの真意をゆっくり聞きたいので、そこら辺の事情も含めてお茶のお代わりを頂けますか。」
そんな俺の提案を区切りにしてか、先程までの庭園内の空気が和らぎ、再び華やかさを取り戻してゆく。
成り行きを見守っていた……というか聞き耳を立てていたであろう他の来賓者も安堵しただろう、まぁ、もしかしたら全員グルで俺達の様子を窺っていた可能性もあるが。
「ワシは旦那様をお呼びして来ます……もうこんなギラついた服着るのは御免ですよ。」
そうジト目でリーズさんを見てから、おっさんは足早に邸宅の通用口へ消えて行った。
「貴方達には悪い事しちゃったわ、御免なさい。」
「……結局、あのおっさんは誰なんだ!?」
「……ミシェルたん、お口!」
……何ともいえない俺達のやり取りに、リーズさんがくすくすと鈴の音の様な笑い声を上げる。
やはり同性であっても眩しすぎるのか、ミシェルが珍しく恐縮した素振りで肩を竦めてた。
「彼はね、昔から当家に仕えてくれている使用人なの。
今は一線を引いて教育係なのだけど、若い頃に役者を目指していたって言ってたから夫の悪ふざけに付き合ってもらったのよ♪」
悪ふざけとか言ってるけど、リーズさんも楽しんでいたよね……とは指摘出来んわ。
こうして俺達は本物の子爵がやって来るまで、奥様とのお喋りに花を咲かせていた。
つづく




