第四章 王都騒乱編 「何時如何なる時でも紳士たれ……復唱!!」
ーー二日後、アームベルン 特区。
バルロー子爵の豪邸前に停まる馬車……なるほど、雅な貴族共は竜じゃなく馬に引かせるのか。
悪趣味な程に豪華絢爛な装飾の馬車でこっちが引いたわ、これで下民街を突っ切るんだから恥ずかしい。
まったく、強盗に襲われたらどうするんだよ?……そう辟易しながら俺は馬車を降りてゆく。
「手筈は分かっているな?お前達。」
いやはや久々に靴下履いた……じゃなくて、ドレスコードばっちりの正装に身を包み(タキシード?)髪を撫でつける俺の背中に付き従う二つの人影。
「何時でも、如何様にも……全ては御主人様のために。」
小柄な体格でありながら、漆黒の執事服を一部の隙もなく着こなし、モノクルから覗く眼光は深い知性を想起させる……ロジャーの姿は何時にも増して野生と理性が混然一体となって見える。
「頼もしいよロジャー……で、お前の方は大丈夫なのか?人間の街は初めてだろ。」
……一拍の間を空け、俺はもうひとつの人影へ肩越しに視線を向ける。
「この舘の人間共を皆殺しにすれば解決なのでしょう……何、造作もないわ。」
ふぅ……やれやれ溜め息が止まらない。
そんな俺の様子に即座に反応し、ロジャーが飛び上がってこの残念な言葉を吐いた華火の頭をハタく。
「な、何をする!?小鬼風情がっ、わ、私は誇り高いーー」
その瞬間、睨みを利かせる俺に気づいて言い淀み、華火は口をつぐんで泣きそうな表情になる。
「お前は何処の戦闘民族だ?ハナビ。」
まったく、バルローの茶会にコイツを連れてく事態に陥るとは何故こうなったんだか……。
少しの間、苦々しくウェストバークでの事を回顧していると、背後で最後の一人がようやく馬車から降りて来た。
「ぷぷッ……着慣れねぇドレスに苦戦してるなミシェルたん♪」
BOOBOOーー♪ BOOBOOーー♪
ほんの冗談、軽口を言った瞬間に俺の右足のつま先へ激痛が走る!!……大仰にドレスの裾を掴んだミシェルのピンヒールが突き刺さってた。
「誰の所為だと思ってやがる!?」
「っでぇ!!……ごめんて、んな怒るなよ……折角の可愛いドレスが勿体無いぞ、特にそのレースの花柄眼帯とか良いじゃん。」
「テメェッまだイジるつもりかァァーー!!」
やれやれ……人様の邸宅の真ん前で何をしてるのか、思った以上に激おこぷんぷんのミシェルを宥めるのに時間を要しちまったゼ☆
そうこうしている内に俺達を乗せて来た馬車が捌け、華火がその光景を何気なく見送っている。
「人間の街……都市と呼ぶんでしょうね、ここまでとは未知の体験ですな。」
「ん?……ああ、魔族領でも見た事が無い。」
心中を察した様に声を掛けたロジャーに対し、僅かな動揺が洩れつつも同意を示す華火。
「どうしたふたりとも?」
「いえ、大した事では……。」
歯切れの悪いロジャーの言葉に、さっきまで不機嫌だったミシェルが溜め息をついて口を開く。
「馬車の中から視た『アレ』の事だろう。」
アレ……その一言で俺も察しがついた。
「ダム……というか人造湖だな、俺も初めて視たよ。特区の外からじゃ上モノの王城くらいしか分からなかったからな。」
そう、貧民街や二番街の外縁からでは特区を囲む内壁が邪魔で全容が判らなかったが、アームベルンの中心部である水路の起点は巨大なすり鉢状の窪地、ダムになっていてそのまた中心に王城は聳え立っている。
また道中で判ったが特区と比べ、外縁の街は低地になっているようだ。
元々の地形を活かして造られたのか、そうじゃなきゃ凄まじい技術を用いたんだろうな……素人目だけに判断がつかねぇが、余りに巨大で入り組んでいるから俯瞰で全体像を視てもきっと分からないだろう。
「……そろそろ行こうか。」
話を切り上げる様に促し、改めて俺達はバルロー邸の敷地内へと踏み込む、と……既に正面玄関の前でひとりの老紳士が居住まいを正して待っていた。
「モンテ・クリストフ・モンキーパイソン辺境伯様と御一行様ですね……お待ちしておりました。わたくしは当家の執事長を務めておりますシムズと申します。」
「………。」
優雅というより、威風堂々と評した方が早いか。
執事長と言ったのか?なら泰然とした物腰や雰囲気も理解出来るし、一流のプロなんだろうとも納得する……が、纏う空気の濃度が常人とは段違いだ。
その証拠にミシェルがそれと気付かず、僅かだが強張っている、魔物には無い人間由来の恐ろしさを感じたのだろう。
「シムズさん……だっけ、あんた冒険者か?」
不躾な物言いには気にもせず、シムズはミシェルの緊張を汲み取ったのか、一瞬ロジャーへ視線を向けた後に頭を下げ、柔和な笑みを浮かべて見せた。
「何かお気に障りましたでしょうか?」
「……いや、何でも無い忘れてくれ。」
へぇ……あのミシェルがお茶を濁すなんて珍しい。
「それでは、こちらへどうぞ。」
言葉に続き見上げる程の鉄扉が開かれ、内側から微かな音楽が洩れ出てくる……貴族の邸宅だけあり、広いエントランスだ。
案内されるまま奥にゆくと左右の通路に分かれており、回廊となっているようだ。
内装はフローリングと敷居数㎝まで光沢感のある黒色で、壁から天井にかけてはブラウンに近い乳白色……個人的にはコーヒーゼリーにミルクをぶち撒けた光景を思い出したが、各所に設置された淡い橙色の間接照明が加わる事で落ち着いた大人(多分)な雰囲気を醸し出していた、と思う。
「そういやこの照明ってランタンかい?結構あるけど管理が大変そうだね。」
「昔はそれなりに骨が折れましたが、現在はドミニオン共和国で低純度の魔石が精製出来る様になった影響で、安価……という訳にはゆきませんが、管理は楽になりました。」
「……ドミニオン、シオリさんの所か。」
「………。」
刹那、何気無いそんな会話の余韻に不穏なものが混じる様な違和感がした……気がした、したがそれを感じたのは俺だけのようでそのまま心に留める事もなく流し、やがてある一室の前でシムズが足を止めた。
「従者の方は、これより先の会場へお進み頂けません。申し訳ありませんが他の来賓者同様にこちらの控室でお待ち頂きたく存じます。」
「……モンテ様。」
「心配するな大丈夫だ……ああ、シムズさんの指示に従うよ。」
貴族のパーティだ、警備を考えるなら不確定要素を排除するという点で理解出来なくもない……逆に言えば主催者の息のかかった者達で警備を固めるという事は不都合な事態になっても隠蔽し易い、つまり何か仕掛けるなら絶好の機会なのだ。
……鬼が出るか蛇が出るか、敢えて乗ってやるさ。
【一応何時でも念話は繋げられる、身の危険を感じたら独自の判断で動け、華火のお守りも頼むな。】
【そちらはミシェル嬢が同伴ならば心配無用でしょう……こちらは華火さんに骨を折りそうですが。】
別れ際、ちょっと不敵に笑うロジャーに思わず顔を顰めたのは言うまでもない。
さて、ロジャー達を別室に残し、俺とミシェルは回廊を進み……程なく最奥、まぁ中間地点だろうステンドグラスの扉の前まで来た。
が、どう見ても外光を取り込んでいるし屋外に出る扉だよな?そう思いシムズへ視線を向ける。
「当家主人のバルローより、本日は晴天に恵まれましたので是非皆様をガーデンパーティでおもてなしする様にと仰せつかりました。」
「……そいつは楽しみだ。」
ステンドグラスの扉が開かれる直前、隣りに並ぶミシェルが俺の腕に手を絡ませてきた……同伴者としての所作、マナーかと思ったらちょっと強く引っ張られて上目遣いの熱視線を送ってくる。
(……伏兵を仕込まれてるかもしれねぇ。)
えっ?熱視線じゃねぇのかよ?期待しちゃったよ俺?
(それならそれで構わねぇさ……楽しもうぜミシェルたん♪)
『………。』
◇
◇
扉が開かれ、白光が視界を束の間灼く……洩れ聴こえていた音楽のボリュームが跳ね上がり、肌に風を感じる。
草花の匂いに混ざり、香ばしい焼き菓子と茶葉の薫りも漂ってきた。
最初に目に入って来たのは庭園の三分の一を占めるだろう大きな池だった……幾つかの支流を大池へ合流させ下流へ流す事で水面に緩やかな動きを出し、その中央へと掛けられた石橋の先には洋風の如何にもな東屋が建っており、そのテーブルに着いた人影のひとつがこちらに手招きをしていた。
人影の人相が判らないまま俺達は腕組みをしたまま石橋の方へ進む、途中、庭園の周辺へ視線を向けると、専用の給仕が付いているのだろうそれぞれ色の違うテーブルクロスが敷かれた茶席が複数設置され、また違う一画ではクラシックに似た楽器を奏でるバンド?いや音楽隊と言った方が良いのか、緩やかな曲調の戯曲を流しているようだ。
ある者は優雅に席に着いてお茶を楽しみ、ある者は色とりどりの花や植物を愛でる……およそ百人規模の貴族たち、皆ドレスコードに則った豪勢な出で立ちなのだが、イメージしていた社交界のパーティとは違っていた。
牧歌的?違うな、形容し難い空気感とでも言えばいいのか、素知らぬ振りでやり過ごしつつ、それでいて俺達を値踏みしている。
好奇の視線を背中一面に集約して注がれているかの様なイヤな感覚……。
「おおっ……時間通りだねぇ〜はじめましてモンキー辺境伯、ボクがオラル・ボザ・バルロー子爵だヨ。」
石橋を渡り俺達が東屋の前に来た瞬間、間延びし、ねっとりとした声を掛けられた。
何だコイツ……初対面の相手に対し席も立たず、ニタニタと日陰でふんぞり返りやがって。
そこには二人の男女が席に着いており、男の方は五、六十程だろうか?明らかなメタボでちょび髭の小柄、しつこい匂いの整髪料をベタベタに撫でつけた、まさしく成金が好みそうなギラギラで権威増々のスーツの方に着られたオッサンだった。
それに比べ、パートナーの女性は「何でこんなオッサンと!?」と叫びたくなる位に超絶美人だ……もう詳しく直視出来ない、憚られて気不味くなってしまう。
「……まぁまぁ、立ち話もなんですので、こちらは涼しいですよ。」
次の瞬間、美人さんが席を立って俺の側まで歩み寄り……手を握ってキタァ☆目が合ったんですけど、ツラい。
「申し遅れました、バルローの妻でリ―ズ・ボザ・バルローと申します。」
ああ、リーズさんか、涼しげな藤色のドレスも映えるけど、透き通る白い肌に紫水晶の様な瞳、しっとりと揺れる黒髪から漂う甘いカ・オ・リ……やべぇ、バルローに殺意を覚えるわ。
『………。』
そう……成すがまま手を引かれようとした途端だった。
BOOBOOーー♪BOOBOOーー♪
強い抵抗感を感じ、リーズさんは俺の方に振り返る、勿論の事、俺に抗おうという気は無い、寧ろ望んでいたと言っても過言ではない。
抵抗の主は俺のもう片方の腕をがっちりとホールドし、満面の笑みで締め上げていた……ミシェルだ。
「………。」
「フフ♪可愛いパートナーさんね。」
悪戯っぽく笑いながら、今度は俺とミシェルの背後に回り、リーズさんは俺達の背中を撫でる様に押して着席を促す……刹那、ミシェルの耳元で俺に聴き取れない何かを囁いていたようで、ミシェルは少し顔を赤らめていた。
なぁティンさんや、ミシェルは何を言われたんだ?
『プライバシー保護の為、その命令には回答出来ません。』
えぇ……マジかよ、プライバシー保護ってティンさんの口から初めて聞いたわ。
『マスターは今後、デリカシーという概念も学ばれるようお勧めいたします。』
ガチ説教じゃね?……まぁ、こうしてバルローのお茶会が始まったワケだ。
つづく




