第四章 王都騒乱編 「託された意味を探すと云う事。」
「………。」
普段厳かである筈の礼拝堂に響く、人の賑わいの中……ミシェルや華火、ロジャーにも奇異の目を向けず接するみんなの態度に、俺は少し胸を撫で下ろす。
けど何処かでみんな、俺の様子に薄々気付いていたんだろうな……。
「さぁ、もうよいでしょう……モンテ様達も長旅でお疲れでしょうから、皆お役目にお戻りなさい。」
手を数度叩きながら一人の修道女にそう窘められ、他の者達は礼拝堂からそそくさと散ってゆく。
やがて後に残された俺達へ微笑みかけ、その修道女……シスターデロリスは一言だけ「さぁさ、先ずはお茶でも。」と、こちらに有無を言わせず足早に奥へ進んで行ってしまう。
シスターの案内で通されたのは、俺自身の滞在中に一度も踏み入る事の無かった一室であった。
「シスター……ここは談話室じゃないよね?」
「あら、そっちの方が良さそうですか?」
柔和な笑みにあてられ、「いや、別に構わないんだ。」と短く固辞して入る……何となく断れる雰囲気ではなかった。
ふと、デスクにぽつんと置かれた白磁のカップから立ち昇る湯気が目についた。
「ごめんなさいね、さっきまで一人でお茶していたものだからカップが足りないわ……今お持ちしますから待って下さいますか。」
そう言いつつ、その所作で部屋の中央で低い石テーブルとセットで置かれたソファに寛ぐように勧めるシスター。
彼女はそのまま俺達を残し、一度退室していった。
「……なんか、気難しいツラした爺さん婆さん達だな。」
シスターを待つ間、壁に飾られた人物画をまじまじと見つめて、落ち着きの無い様子でミシェルが呟くと華火も同意見なんだろう……ソファに座りながら辺りを見回している……ってか、メイドの設定忘れて俺より先に座りやがったぞコイツ!?
「俺も初めて入ったが、この部屋だけ歴史っていうか、何か重みが在るよな、まるで校長室みてぇだわ。」
「……校長室?」
「いや何でもねぇよ、忘れてくれや。」
……それからほんの数分で、シスターデロリスはリザーブ台を押しながら戻ってきた。
手際良く注がれ、各々の前に差し出されてゆくティーカップ……お茶うけとしてクッキーまで用意してくれていた……すげー固かったけど。
「………。」 「………。」
「………。」
ーー何故か気不味いな。
「……あの、シスター?」
「構いませんよ、モンテ様のタイミングで懺悔なさって下さい。」
「………!?」
唐突に、それも予期していなかった『懺悔』というワードに一瞬で場の空気が凍るのを感じ、俺は思わず口籠ってしまった。
だがシスターはそんな俺を見越してか、雰囲気を解く様に緩やかに口を開く。
「小娘の時代から四十余年も教会に属しておりますと、本当に様々な人の相貌に出会うもので……。」
「………。」
「神は多くの試練を給わう……真に満ち足りた者なんか滅多に居りませんよ。だからこそ、貴方はここへ帰って来た……のではないですか?」
「そう、か……人払いの為にこの部屋を選んでくれたんですね、お気遣いすみません。」
年輪の様な深い皺を更に寄せて、シスターデロリスは目を細めて笑ってからカップへ口を付ける。
やがて暫しの沈黙の後、俺は何とか意を決して居住まいを正し、改めて頭を下げてそのまま言葉を継ぐ。
「ですが、違うんです懺悔じゃなく……この修道院で暮らすファミリー全員に、俺は謝らなきゃならない。」
「………。」
「ティガーは、ティガーは命を懸けた最期の瞬間迄、俺を守ってくれました……すみません、彼は、そのーー」
そこまで言い終えた瞬間、右手を上げて俺の言葉を制止するシスター。
「……死なせてしまった、と?懺悔でなく謝罪だと云うのでしたら随分的外れですね。」
「……シスター?」
シスターデロリスは手にしたカップで揺れる紅茶を暫く見つめた後、今度は俺の目を真っ直ぐ見据えて溜め息をつく。
「状況は知りません……ですが、私はティガーを彼が子供の時代から存じています。よいですか?彼は自身より貴方を選んだ、選択したのですよ。それはティガーが貴方へ向けて託したという事。」
「………。」
「おそらく貴方も『何か』を託された……その自覚が在るから、苦しくても今、私達に彼の死を伝えに戻ったのでしょう。……ですが、ですがね、そんな彼の死を『死なせてしまった』、『守れなかった』と置き換える言葉は彼への冒涜でしかないのです。」
……言葉に詰まってしまう。
「ですが……俺に応えられるでしょうか、何を託されたのか……具体的にはまだ判りません。」
「直ぐに答え等、都合よく出ませんよ、『まだ』と仰っていただけるだけで、今は充分だと思うのですがねぇ。」
直ぐに答えは出ない……生殺しにも思える言葉だが、少しだけ肩の力が抜けた様な気がする。
そんな俺の様子にシスターは一言、『お茶が冷めますよ。』とだけ呟き、再び微笑んだ。
結局、俺はとんだ思い違いをしていたんだな、謝罪なんざ烏滸がましいか……確かにティガーもそれを望んでいない気はした。
ーーそれからの事だが。
その日、シスターデロリスによってティガーの死が修道院のみんなに周知された。
あの時、森林街道で別れたミゲイル達とも改めて再会し、話も出来た。
俺を責める者は居らず、生き残って再会出来た事を喜んでくれた……彼らの思いにも何らかの形で報いたい、報いるべきだろう。
さて、直近の目的は『ギルドへの探り』と『バルローのお茶会』、そして『サラさんと直接会う』の三つなんだが……。
どうやらお茶会本番までの約二日間、社交界でのマナーとやらを叩き込まれる事となった。
しかもパートナー同伴だってばよ……どうすんだよマジで。
ちょっと冗談めかしてミシェルの方をチラチラ見たら……本気で嫌そうなツラをされてしまったのは言うまでもない。
つづく




