第四章 王都騒乱編 プロローグ 「盗賊領主、修道院(ホーム)に帰る。」
ーー天高く、大空の下で容赦無く吹き荒れる風鳴りの流動に背中まで伸ばした白金の髪をたなびかせる神官服の美女。
王都で最も高き王が座す城に在り、最も高き星見の儀場……左右で違う色彩の眼差しでアームベルンの街並を一望、見下ろしながら彼女は薄く……笑う。
「そろそろお時間です、カリオス殿下がお待ちになっておりますよ。」
不意にそんな声が風鳴りに混ざり、白金の美女……サラ・ストームは感情の色を消した顔で振り向くと、背後で控えていた男を見やる。
「皮肉よね……そう思わない?」
「………。」
二十代半ばであろうか、同じく神官服に身を包んだ男はその見惚れる程の美貌で少し困った様子で微笑みながらも、サラの言葉の真意を知るが故に応えを示さずにいる。
だがそんな男に構わず、短く声を洩らす様に笑い掛けてサラは言葉を継いだ。
「だってそうじゃない♪第一王子を差し置いて、出来損ないと称された三番目が今や王太子なのだからね。」
「……貴女が後押しされたのでしょう?」
「フフッ……そうね、『国の未来の為には暗君も必要』……でしょ。例えその人物に破滅の相が出ていたとしても♪」
男は静かに目を伏せ、下がった眼鏡のフレームを左手で上げる……手慣れたその仕草が戸惑いから来る悪癖だと知っていたサラは更に声を弾ませる、感情を隠そうともしない。
「相変わらず貴方の困り顔は最高よラバス。」
ラバス……そう呼ばれた男は僅かに眉根を動かしたが、これ以上は付き合い切れないと暗に示す様に頭を垂れて、その表情を隠す。
「いいわよ……許してあげる、それにそろそろ忙しくなりそうだもの。」
手を広げて優雅に身体を回し、喜々としてラバスの側を通り抜けてゆくサラ。
「ーーでは!?」
「私達の悲願、そのひとつがもうすぐ叶うのよ。」
静かに淡々と……それだけの言葉を置き去りにし、小さくなってゆくサラの背中をラバスはゆるりと面を上げて見送っていた。
◆
◆
◇
ーーアームベルン王都外壁、通用門
「またですか……。」
BOOーーBOOーー♪ BOOーーBOOーー♪
あれぇ?デジャヴかなぁ、前にもこんなやり取りをした覚えが……。
「悪いね、特区の方からだとメンド……いや、道に迷いそうだったからさ、なっ、通してくんない?」
真面目に入国手続きの列に2時間並んだ挙げ句、またもやこのおっさんと会うとは……番兵って人手不足なのか?
ーーとか思っていたら、おっさんは訝しげに俺達を見回してくる。
「あの……そちらのお連れの方……随分と顔色が優れないようですが。」
「えっ顔色?何言ってんの、ゴブリンだよ。」
「ご、ゴブッ!!?」
その瞬間、俺はおっさんの肩に腕を回しワザと親密そうな微笑みで詰め寄りながら、半ば無理矢理に金貨1枚を握らせる。
「おいおい♪コイツの身なりを見りゃ分かんだろぉ~執事だよ、執事を兼ねた俺の警護♪上役から聞いてないの?こう見えてウエストバークの領主なのよ、俺ってば♪」
一気に情報過多で捲し立て、有無を言わせず詰め続ける俺に、おっさんは滝の様な汗を流して口籠る……が、ちらりと握らされた金貨に視線を落とす。
見たな……俺が思わずニヤつき、畳み掛けようとした時だった。
騒ぎを聴きつけ通用門の奥からもう一人、小柄な爺さんがやって来て声を掛けてきたんだが、俺の名前を聞くなり意外な事を言いやがった。
「お通り下さい、勿論あなたの『お連れ様』もどうぞ。」
余りにも反発がなさ過ぎる……いや、おっさんは尚も何か言いたげにしていたが、反発を許さない雰囲気を醸し出す爺さんの前では黙るしかなかったのだろう。
おまけに何時の間にか握らせていた金貨まで俺の手に戻されている始末だ。
ーーさて、ちょっとしたやり取りは在ったが俺以下、ロジャー、華火、ミシェルの四人は斯くして無事?にアームベルンへ帰って来れた。
まぁ……人選に関してはギャンビット号で送ってもらう際に少々モメちまった。
シオリさんから重傷組をフェデルに置かず、ギャンビット号関連の極秘施設で療養させるように提案されたのだ。
流石に対魔族の肩書を掲げる武闘派……というより軍隊に近いキシリア派に婆ちゃん達三人を預けるのは危険だし、下手したらシオリさんの立場も悪くするので一度は断ったのだが、マッコイの一件を突かれ、きちんとした期間の治療を安全に受けさせてやれと押し切られた。
そうなると必然的にフェデルに残す戦力を厚くしなければならない訳だが……。
思い悩む俺に、武の師匠となった赤詠から水蓮と二人でフェデルの守護に就くと申し出てくれた……まぁ代わりに、華火を同行させる様にお願いされてしまった。
「お嬢には見聞を広めて欲しいしの。」
嫌がる華火を笑顔の圧で黙らせた赤詠も大概だろうが、出発する直前に赤詠本人から聞いた話によれば、どうやら華火の同行を最初に口にしたのは兄である水蓮であったらしい。
曰く、甘やかし過ぎてしまったと……。
「今までのやり取りを視てただろ?俺に矯正役なんざ出来ねぇよ。」
「それ位でなくては意味が無いでしょうな……それに師である儂の願いなら、モンテ殿も無下には出来んじゃろ。」
ーーと、まぁ、痛い所を突かれて今に至る。
華火には俺の付き人……メイドとして、ロジャーが急遽製縫してくれた制服を着せ、カチューシャで角部分を隠したお陰で一般人と然程遜色ないだろう。
「………。」
ダンマリを決め込んでいるが、今までと違い不平不満を態度にも出していないな……どうやら赤詠達から幾つか釘を刺されていたようだ。
……正直な話、華火をフォローする余裕が現状の俺には無い。
なんせ通用門をくぐった瞬間から足取りが重くなっちまったからだ。
この世界に来てから初めて暮らした街、期間は数週間程度だが……それも随分昔に感じられる。
修道院のみんなに合わせる面が無い、無いがティガーの死をきちんと話す事が俺の責任、ケジメだと思う。
「……なぁモンテ。」
「………?」
「気負うなよ。」
唐突に背後からミシェルが声を掛けてきた、『気負うな』……か、別段変わった様子もなく振舞っているが、やはり普段のミシェルとは何処か違う気がするな。
けど、それでもその一言が俺にとっては有り難い。
他愛もない返事しか返せなかったが、少なくとも意識的にフットワークを軽くする位には割り切れた。
スラム特有の饐えた臭いと色褪せた街並、それらとは反比例する様な行き交う人々の活気……露店通りを抜けて、十字路を曲がった先に在る筈だ。
「……見えたよあれだ。」
運河に掛かる橋を越えた先に古びた建物が見え……最初に来た時、何時間も探し回った苦い記憶が過ぎる。
エレメンツ教会ガルマ修道院、年季の入った鉄柵の正門を抜け、併設された広場と霊園の奥に建つ煤けた赤煉瓦の教会……。
歩きながら、なだらかな草丘に建ち並ぶ墓標へ目を向けるとちらほらと膝を着いて花を手向けている者達の姿が見えるな。
ーーとか考え、呆けていた次の瞬間。
「モンテ様!?……モンテ様ではありませんか!!」
完全な不意打ちだった……まぁ、無意識の内に建物を直視しない様にしてたのか、向こうから人が近付いて来てるのに気付いてなかったっぽい。
「ただいま……今、戻ってきたよ。」
つづく




