第三章 盗賊領主はハンコウする編 「初見殺しは壮大な後出しジャンケンな件。」
『妖魔属類シェイプシフター……地上へ漏れ出した魔界の瘴気が吹き溜まる事で突発的に生ずる魔物であり、その発生条件は妖精と酷似しております。また生まれた時点ではその大半が非常に非力で、擬態や変化も出来ませんが寿命も無く、無性別かつ無繁殖という完全個体である特性上、妖精よりも下位神格化するのが早く年月を経た個体は多岐にわたる能力を有します。』
(ほぉ……で、今シャンデリアに登ってパーリィしてるコイツはどれ程強い?)
ティンさんの解説に聞き耳を立てつつ、俺はおよそ直径五〜六mのデカいシャンデリアの上でキモい声で唸ってる輩を睨みつけている。
『擬態に長けた妖魔なので判断は不可能です、ですので能力を秘匿していると考えてた方が良いでしょう。』
なるほどな、油断するなって事かよ……しかし声もそうだが何よりも、人間の姿で人外よろしく、爛々と目から光を放っててキマっているどころの騒ぎじゃねぇわ、コイツ。
当の本人は俺達を見下ろし、状況を確認している様だし、少なくとも場は膠着状態だと俺は思っていた……が、その刹那。
「………!?」
完全に虚を突かれた、俺達に目を向けていたシェイプシフターが突如として天窓へ飛び込み逃走を図りやがった。
だが寸での所で行く手を阻んだ者がいた……そう、赤詠だ。
シェイプシフターの動きを先読みした上で手持ちの手斧を投擲し、見事にヤツの片腕を吹き飛ばす。
耳をつんざく絶叫と共に地へ墜ちた所を更にロジャーが殴りつけ、そのまま取り押さえようとした。
「何をしてるっ!!、下がれ!?」
咄嗟に紡がれたシオリさんの鬼気迫る叫びに、即座に追撃を諦めて飛び退くロジャー……だが。
何も起きない……沈黙が場に広がり、引いたロジャーが眉を顰める。
「……今の(声)は私じゃない。」
舌打ち混じりに吐き捨て、苦々しく睨みつけるシオリさん。
呼応する様に13名でこの異様な化け物と僅かばかりの距離を詰め、心許無い包囲網を築く……今は相手の出方次第だろうか。
が、嫌な沈黙が幾らか過ぎた、地に伏していたシェイプシフターはまたもや唐突に身体を小刻みに震わせながら、内股で立ち上がるとガンギマリの眼を繰り返し瞬きさせて嗤う。
「どうだ?本物よりも可愛いだろ♪」
ゴツい傭兵(男)から放たれる女性の声……しかもあからさまな煽り文句と来た。
ふと隣りへ目を向けると先程の言葉が原因か、シオリさんの形相が修羅っていたが、そんな俺の思考より先に二丁拳銃が火を吹く!!
「……何っ!?」
しかし今度は本物のシオリさんの驚嘆の音が上がった……連射された聖水弾は的確にシェイプシフターの身体へ撃ち込まれていたが、全弾貫通、いや、違う、まるで通過した様に視えた。
おそらくシオリさんも俺と同様の違和感を覚えたのだろう、後ろへ距離を取りつつリボルバーの弾倉を開け、排莢する。
シェイプシフターはシオリさんをニタニタと舐め回す様に見ていたが、追撃へ動こうとしない、代わりに赤詠とロジャーが左右から同時攻撃を仕掛けた!!
身体を縦軸で回転させたロジャーの上段踵落としを残された右腕で防いだ事により、赤詠への対応が僅かに遅れる。
低い態勢から、がら空きの脇腹へ太刀での刺突!!……だが、その切先が触れるか否かの刹那、赤詠は側頭部を殴られ思わず後退ってしまう。
何故?殴れる筈がない、いや、文字通り殴りつけられたのだ……赤詠が先程斬り飛ばした左腕によって。
ブーメランの様な軌道で飛来した左腕は、更に踵を振り抜き、次撃への動作に入っていたロジャーの胸ぐらを掴むと、膂力で押し切る形で彼を5mは投げ飛ばしてしまった。
(………。)
再び訪れた沈黙……勢いを悉く断ち切られ、俺達の包囲網は少しだけ歪に変わったが、未だ大勢は決していない、こちらに有利に視える。
いや、違うな……それは俺の誤認だ、シオリさん、赤詠、ロジャーの三人の様子から、そう改めざるを得ない。
彼らはシェイプシフターに押し戻された形で退きつつ、明らかに初期位置からは間合いを詰めている。
一連の応酬で理解したからだろう、現状で不利なのはこちらだと……。
『強さ』に関して言えば、シェイプシフターは正直大した事はない。
三人がタイマンで負ける姿を想像し辛いという贔屓目も在るが、それでも八割は正しい認識だと思う。
だがしかし、逆に乱戦を前提としたならどうだろうか?
先ず奴の行動から、その行動規範は自身の生存に比重を置いている……つまり、絶対バトル脳でもなけりゃ、敵は絶対に殺すマンでもなく、必要とあらば逃走も辞さない。
現にシェイプシフターは対応はしたが三人の誰にも追撃を掛けてない、いや、そもそも先手を取る気があるのかも疑わしいのだ。
敵の勢いを削ぐ、断ち、切る事に関しては異様に長けている、いるが、それを足掛かりに現状の打破を積極的に行わない。
何故だ?……消極が過ぎないか……否、そこで三人が距離を詰めざるを得なかった理由に繋がるのだ。
【奴の攻略法が判ったよ、任せてくれ。】
念話をシオリさんとロジャーに送り、俺はワザとシェイプシフターの目につく様、多少不遜な態度で包囲網の最前線へぬるりと進み、奴との間に4〜5mの距離も無い所で止まる。
「なぁ、ジャンケンって知ってるかい?」
「……?」
唐突に訳の判らない事を話しかけられ、流石にシェイプシフターも『きょとん』としていたが、俺は構わずに話を続ける。
「知らねぇか〜♪まぁ単純に言えば三竦みの関係にあるサイン、ポーズを複数人で同時に出し合って勝ち負けを決めるゲームだよ。」
「全く判らね~な……だが興味は惹かれるよ、ほんの少しだけね。」
……つかみはOKってか、ティンさんや、予定通りに〇〇しておいてくれ。
『ーー完了しております、後はマスターのタイミング次第です。』
おやおや、相変わらず仕事が速い……さて、話を続けるか。
「まぁーー三竦みってのは、例えば『ハサミは紙を切れる』『紙は石を包んで隠せる』『石はハサミに切られず、逆に壊せる』……と言ったように三者三様に牽制し合い、結果として勝負が着かず身動きが取れない様子を差している。」
「石に対して紙が何故有利なのか疑問だね~ま〜関係性は理解したけど……『で?』って感じカナ。」
「そうか……まぁ重要なのはこのゲームがシンプルかつ世界で一番、『公平』(フェア)に勝敗を分けられるって点だよ。」
公平……皮肉に近い物言いをした瞬間、シェイプシフターは俺にある種の意思表示だと言わんばかりに笑いかけ、俺もそれに応えて微笑みを返す、いや~返すよ、そらもう微笑みの貴公子ばりの陽キャスマイル全開でね。
「つまり戦略も必勝法もない運否天賦だと……燃えちまうよなぁ。」
言葉を紡ぐや否や、シェイプシフターは何時の間にか持っていた千切れた左腕を……喰い始めた。
悪食とはよく言ったものだ、腕に装備された小手や衣服ごと食うのだから……また食う物が悪ければ食い方も悪過ぎる。
左腕にむしゃぶりつき、その骨肉を音を立てて咀嚼する姿なぞ胸焼けを起こしそうな程に気持ち悪い。
だが途中で気付いた、装備された小手は本物ではなくシェイプシフター本体が変化した一部だ、取り込めない訳はない……結果、早食いもまた過ぎた、しかも、だ!?
「………。」
跡形も無く左腕を喰い尽くしてから間もなく、奴は姿を変えた。
その刹那、ジョーの表情から感情の色が失せ……代わりに俺でも気取れる程の殺意が全身より溢れ出てしまう、クソ野郎が……どうやら失った左腕も元通りらしい。
ティンによれば、シェイプシフターは無機、有機問わず変化出来るが知的種族や特定の人物に化ける場合、完全な擬態の為に喰らい、取り込むのだそうだ……まぁ、つまりはそう云う事なのだろう。
きっと俺の微笑みにもドス黒い感情が出てたのか、勘違いしたシェイプシフターが高笑いを上げ始め、そして!!
「ーーージャッ!!!」
短い掛け声と共に一直線に俺へと突進をかますシェイプシフター。
素早い、素早いが向かい撃てる……そう確信を俺に抱かせた刹那、シェイプシフターの姿がまさに直前で消え失せた。
(天邪鬼な奴だ、折角美味しいエサを演じたのに俺を無視しやがった……まぁ判ってたけどな。)
次の瞬間、俺の背後で獣じみた絶叫が木霊し、それは古城内へと響き渡ってゆく。
……この場から逃げ果せば奴にとっちゃ勝ちなんだ、故に先手を取る必要なんか無い。
人を欺き、翻弄して喜ぶ天邪鬼、奴にとって最大のアドバンテージはジョー以下、一般の団員達九人の存在だ。
そう、尋問に集められていた者達、彼らではシェイプシフターに対応する事は出来ない、嫌な言い方をすれば『お荷物』であり、付け入る隙……だからシオリさん、赤詠、ロジャーの三人は独自に包囲網を狭め、彼らをカバーする必要があった。
……そう奴の目には印象付いた。
俺はほくそ笑みつつ振り返り、改めて奴の姿を見やる。
皆んな何が起きたのか理解出来ず、固まっていた……まぁ一番固まっていたのはシェイプシフターだったが。
「よぉ、どうした?」
「………!?」
そこには、ジョーの眼前で身を捩ったまま苦悶の表情で固まっているサルマンの姿を取ったシェイプシフターが立って居た。
「何が起きた……いや、何をしたモンテ君?」
俺の隣りに歩み寄り、訝しげにシェイプシフターを見上げてシオリさんが問う……他の皆んなも同様の疑念を抱いているんだろう、全員の視線が俺とシェイプシフターへ交互に注がれている。
息を吐き、前髪をワザとらしく揺らしてから地面を指差す。
「蒼黒装攻……シオリさんにはまだ言ってなかったっけ?魔族領で手にした能力だよ。」
言葉の前後、皆んなに視える様に俺の足下から九人の下までそれぞれ延びる影(厳密には影じゃないが)のラインを顕現させる。
ーーカチン♪ーーカチン♪
緊張が緩和したから急にヤニが吸いたくなりやがった。
暫しの沈黙の後……めでたく煙を入れ、ちょっと嫌な顔をするシオリさんを尻目に、俺は指先の操作で九本のラインの一本を浮き立たせると、それがシェイプシフターの身体に付着、繋がっているのが可視化される。
「……これは……一体何だ?」
「詳しくはシオリさんでも話せないな♪……でもまぁ、コイツは二度と自分の意思では動けないよ。何せ身体を『侵食』して組成自体を換えたから。」
「ば、!?君は自分が何を言っているのか理解してるのか!?コイツは妖精に近い存在なんだぞ!!……半精神生命体だ、だよ?」
うん、ちょっと久々にテンションが可怪しいよお姉様ったら♪
「魂を穢す、貶めた……って言った方が正しいかもな。シェイプシフター本来の個性を全部ブチ壊したその上で、無理矢理『受肉』させてるから、まぁコイツがした事を考えりゃ因果応報だろ。」
……と、ガチトーンで言ったら、今度こそお姉様に呆れられた、というかロジャー以外の全員からドン引きされたっぽい、知った事ではないが。
「………。」
未だ微動だに出来ずに居るシェイプシフターの鼻先すれすれまで、奴の眼を覗き込み笑い掛ける。
「聴こえてたよな……今更怯えても遅ぇよ……。」
「………!!!??」
「今のお前は俺の許しがなきゃ喋れないし、感じる痛みを数千倍にする事も容易いゼ……これから、ゆっくりゆっくり……とお前の背後に居る者達の事、その身体に訊いてやるから楽しみにしとけ。」
つづく




