第三章 盗賊領主はハンコウする編 「アタシらはそういう戦いをしている。」
『個体名ダナンがスキルツリーから除外された事により、約2%のステータスが減退しました。』
(……何を言っているんだ?)
『通常空間への復帰でシステム・ネバーランドと世界を繋ぐタイムラインが更新された結果です。』
(違う、んな事を聞きたいんじゃねぇ……ダナンが除外された事が何を意味するのか聞いてんだ。)
さも当たり前と言った様な淡々としたティンの報告とは裏腹に、その内容を聞いた瞬間、俺は予感めいた悪寒に苛まれた。
安堵という出口を求めて思わず声を荒げる。
そんな俺に対し、尚も冷静に彼女は説明してくれた……俺のスキル『伝説の樹の下で(トキメキドリーム)』で相関関係にある者、つまり好感度によって俺のステータスに影響を及ぼす者は系譜として扱われ、ある種の繋がりを持ち補助システムとしてのネバーランドがこれを管理、観測している。
距離ではなく、この世界であるなら何処に居ようが好感度の増減を計測しているらしい。
……そして、そこから除外されるという事は例外なくその人物の『死亡』を意味しているという。
近しい者の死……またか……心臓の鼓動が速まる感覚と反比例するかの様な思考停止に陥る。
それがどれ程の時間だったか判らない。
だが不意に周囲からの視線に気づき見回すと、全員、ダロスまでもが俺に向き直っていた。
「おいどうしたんだよ大将?」
誰かの軽口が耳に痛い……何故だ?いや、多分その声がミシェルのものだったからか。
しかし返って逆に、その痛みが俺に冷静さを取り戻させてくれた。
(ダナンが死んだ……なら、フェデルで何か起きたって事か。ティン、システムを介してフェデルに残留させたみんなの動向を何か探れないか?)
『生命反応を検索……座標確認しました。個体名キャサリン、マッコイ、マイケル、それと無記名のゴブリンの四人は高度1800mを高速移動しており、飛空艇に同乗していると思われます。』
(無記名のゴブリン……婆ちゃんか、その飛空艇の航路とシオリさん達とのランデブーポイントは合致するか?)
……どうやら速度と航路からギャンビット号で間違いないらしい、なら合流するのが先決だろう。
「ああワリィ、ちょっと呆けてたわ……ンじゃ行こうか。」
平静を装い……切れたかは怪しいが、何とか惚けたツラで誤魔化す。
みんな多少歯切れの悪い顔をしてたみたいだが問題無く転移に備えられたと思う。
『では、良いな……皆、我の周りに集まれ。』
ダロスに促され、黒い外套をみんなで囲む……と、最果ての町で見たのと同様に、赤い光線がダロスの足下を中心とした複雑な魔法陣を一瞬の内に描き切る。
次の瞬間、俺の視界は歪みブラックアウトした。
ーー魔族領との境、ジョルト平原
一寸先は闇、というか別の風景過ぎて違和感ハンパねぇやな。
正直言って気持ち悪い……今回は意識を失う失態を犯さなかったが、身体が重くて目眩がする。
転移の感覚に心身共にまだ慣れてないからだろうが、それを言ったらダロスに鼻?で笑われた。
『……さて、無事にキミ達を送る事も出来たし、我は帰ろう。』
転移してから数分間、未だ感覚のズレに顔を歪めている俺の脇を通り過ぎつつ、そうダロスが声を掛けてきた。
何処か皆んなから距離を取って話したいのかと思い、少し離れたダロスの背中へ歩みを進めてみる。
「ありがとう、アンタには世話になった。もしまたどっかで会ったら、その時も友好的な立場である事を願うよ。」
『ふむ、上っ面では取り繕えているが……そんなに怖いかね?』
刹那、自身でも判る程に俺は表情を強張らせていたんじゃないだろうか……。
「アンタが……って話なら否定しないよ。」
『違うな、この短い時に何を感じ何を畏れているのかは判らんが、少なくとも我に対する感情ではなかろうよ。』
「………。」
『知った事ではないが……ふたつ程、忠告と訂正をしておこう。』
ゆるりと振り返った外套フードのその奥、無機質に鈍く光るモノアイが俺を射貫く様に捉える。
「……それが善意であろうと悪意であろうとも、中途半端な感情なら捨てなよ。でないとキミが死ぬし仲間が破滅する、言動の端々でその片鱗が見え隠れしていると自覚した方がいい。」
ボイスチェンジャーを切った素のダロスの言葉が刺さる。
が、でもこの瞬間の俺はダロスの言葉の真意を本当の意味で理解出来てもいなければ、汲み取ってもいなかったんだ。
「金言痛み入るよ、覚えておく……それで『訂正』は何だい?」
……俺の軽口に対し、ダロスが数秒の間を空けて再び声を紡ぐ。
「必然だ……『もし、たら、れば』はない。立場は定かではないがキミ達とはいずれ必ず相見えるよ。」
「縁ってやつか……多分、いや、きっと陛下もそうなんだろうな。」
……何気無い呟きだったが、それを聴いたダロスは外套の内側から『パキ、パキッ』と乾いた音色を鳴らして微かに身動ぎした後、『いずれ。』とだけ言い残し、また転移魔法を発動させ去って行った。
風が吹き抜けてゆく荒れた平原に立ち、暫くの間、俺はダロスとの問答を反芻して陰鬱な気分に浸る。
いや、おそらくこの後にギャンビット号と合流した時の事を思い、それを誤魔化していたんだろうな……。
それから、1時間もしなかったと思うが……急に声を上げたイチタロウに反応し振り返ると、遠くの山間に飛空艇の船首が視えた。
ゆっくりと高度を下げながら近づくにつれ、激しい風圧とローター音が響き渡り船底の装甲板が迫る様は相変わらず圧巻の一言だった。
やがて中空で船体をホバリングさせながら、船尾部のカーゴハッチが上下に開放されると……ドラゴンフライヤーが1機、こちらへ向かって降りて来る。
ーーギャンビット号内、第一船倉
整備員に従い、俺達が乗る小型艇ドラゴンフライヤーがドックへ搭乗した直後、断続的に鈍い振動を感じた……後で教えてもらったが、着艦時のオーバーパワーを相殺する為のウォールガードとその衝撃を契機に作動する牽引アームが小型艇をピックアップする振動らしい。
さて、機体に横付されたタラップを降りると、すぐ目の前でシオリさんが待ち構えていた。
数日振りの再会に一体どんなリアクションをしてくれるのかと思った刹那……。
「やぁ、魔族領に入った割には元気そうだな!」
満面の笑みを称え、開口一番で流れる様なウォーキングから俺の首根っこを華麗に右脇でホールドするお姉様。
「ち、ちょっと待ってよ、スキンシップが過ぎやしませんかね?シオリさん。」
「何だ!?私の出迎えが気に喰わないのかモンテ君?……それにーー」
次の句を溜めつつ、俺への締めつけを強めたシオリさんは自身のシャープな顎をしゃくって、ある一点を指し示す。
そこには物珍しそうに目を丸くし、船内を見渡す三人の姿が……。
「私の眼にはどう見ても彼らが『鬼族』に見えるのだけど……説・明・し・て……くれるかなぁ。」
「痛ッ!!い、ダダダダダッたーー頬、頬骨が軋んでる!!折れちゃう折れちゃうってぇぇーー!!!?」
もう勘弁して欲しい……そんな不毛なやり取りを続ける俺達(主にお姉様だが)に対して、かなり引き気味のロジャー君が「ご容赦下さいお願い致します。」と若干震えながら助け舟を出してくれた。
うん……解るよ、以前のやり取りでロジャーもお姉様にトラウマ植え付けられてんもんね。
こういう場合、俺の予想ではロジャーもシオリさんのフェイスロックの餌食になると思ったんだが……意外にも熱が冷めたのか?彼女は申し出を聞き入れ、あっさりと俺を解放してくれた。
いや、せざるを得ないと言った方がいいか。
「彼らを含めた経緯を知りたい……それにこちらも話さねばならない事があるしな。」
打って変わった険しい表情に、やはりと事態の悪化を想起する……。
未だ事態を呑み込めずに、何処か浮足立っている様にも見受けられる帰還組の面々へ視線を向けたシオリさんだったが、途中でミシェルと目が合ったようだ。
「………?」
「……彼女も同席させるか?」
その発言自体は突拍子も無い言葉だろう、話をするだけなら代表者である俺だけで事足りるからだ……が、ダナンの死を知る俺からすれば、それがシオリさんの葛藤を起因とする配慮であると判る。
だからこそ、彼女に発言の真意を敢えて問おうとは思えなかった。
「そう……だよな、ミシェル頼めるか?」
「あ、ああ……いいけど……。」
「……了解した。」
一言、事務的にシオリさんは俺とミシェルへついて来るように告げて、踵を返してヒールを鳴らし始める。
……何度目かになるギャンビット号の長く無機質な通路内、『コツコツ』とヒールの音だけが響く最中でシオリさんの背中に何かしらの不穏さを感じたんだろうな。
ミシェルの表情に別段変わった印象は無いが、何となく陰りが見えた気がした。
「………。」
唐突にある一室の自動扉の前で靴音が止む。
目配せで入る様に促され、開放された中へシオリさんに続くと……そこには、マイケルが居た。
正確には療養の為の個室なんだろう、部屋の中央に備え付けられたベッドの傾斜に上半身を預ける様にして、痛々しい姿のマイケルは俺達を出迎えた。
……そして、ベッドの傍らで佇む台車の上に置かれた武具一式……赤黒い血で汚れ、所々裂かれて地金が露出した革軽装鎧や同様に折れた短刀と弓矢。
入室した瞬間に、台車へ目を向けたミシェルの動きが止まる。
「見ての通り重傷でな、彼は顎を複雑骨折している……あまり……というかはっきりと喋るのは治療に支障をきたすと諭したんだが。本人が言わねばならん事があると聞かなくてな。」
「………。」
言わなければならない事……そう聴こえた瞬間、身動ぎひとつしないミシェルの眉がピクリと跳ね上がる。
「だがその前に他の者達から聴取した事の経緯を私から説明させてくれ。」
そう淡々と前置きし、シオリさんはコルカドからの書状に端を発した一連の騒動と大峡谷でのあらましを語った。
各々が対峙した敵と戦場の推移、だが余分な推測を挟まず極力事実だけを述べる、元社会人らしい簡潔かつ詳細に纏められた説明だと改めてシオリさんのスペックの高さに驚いていたんだが……その話の中盤、不意に俺の頭の中に声が響いた。
【……様……モンテ様。】
ティンではない……俺は無言で視線をマイケルへと合わせた。
【どうしてもお伝えしなければならない事があります。】
【珍しく畏まってんな……負傷で喋れないから念話を使うってのは理解するが、そいつはシオリさんの話が終わらない内に、どうしてもしなけりゃならないのか?】
【ハイ、多分俺だけが目撃してたんで……それに今じゃなきゃ話せなくなるから。】
話せなくなる?……普段から軽いノリをロジャーから窘められる機会の多い男が、歯切れ悪く不穏な事を訴えてきた。
何故話せなくなるのか?当然ながら俺はその真意を問い詰めたが、マイケルは頑として訳を語らない。
しかしその余りに真剣な懇願に結局、俺の方が折れて、どうしても伝えたいという話を聞く事にした。
マイケルは俺の返事に僅かに頷いてから……幾許かの間も置かず、念話を続ける。
それは……ほんの、ほんの数分にも満たない報告だった。
だがその一言一句に紛れもないマイケルが戦場で感じたであろう、情念の全てが込められている様に思えた。
正直胸糞悪い、腸が煮えくり返って飛び出さないように途中から奥歯を噛んでた……中途半端な感情なら捨てろか……決して半端なんかじゃねぇが、ダロスのアドバイスを早々に実践する事になるなんざ皮肉だろう。
そんな俺を他所に……医療室内ではシオリさんの経緯説明が佳境に差し掛かっており、丁度ダナンの名前が出て、彼女が何処か言い淀んでいる様にも視えた。
微妙な重たさを含んだ空気が停滞する最中、今度はシオリさんの目線がマイケルへと流れる。
やがて何かに促された様に、マイケルは意を決して改めてミシェルへ顔を向けた……そして。
毛布の下から重厚な鉈を取り出し、向きを変えて握りをミシェルへと差し出す。
「……何の真似だ?」
「お、オレが……これ……で、彼を……ダナンを……こ、殺し……しました。」
その瞬間、俺は先程のマイケルの言葉の意味をやっと察した。
「殺したって……どういう事だよ……何かの間違いだよな?」
……俺の問いかけに静かに首を振るだけのマイケル。
思わず真意を確かめようと勢いに任せ、マイケルの胸ぐらを掴もうとした刹那、間に割り込まれ制止される。
止めに入った者……それは意外にもミシェルだった。
「落ち着けよ、こちとら味方殺しは散々視て来たんだ……みんな保身に走る奴らばっかでさ。こんなに思い詰めたツラする奴はひとりも居なかったよ。」
俺を押し戻して、ミシェルは改めてマイケルへ向き直ると一息ついてから、台車に安置された肩当てを手に取り撫でる。
「ありがとうな、遺体、残らなかったんだ……つまりそういう事だろ?」
「………。」
「味方殺しの汚名を被ってでも、アイツの尊厳を護ってくれた事、礼を言う。けどな、アタシらはそういう戦いをしている……誰も責めちゃいけねーんだよ。」
「……でも。」そうマイケルが言い淀んだ瞬間だった。
「これ以上、ダナンの死を利用するな!!」
……空気が張り詰める様な一喝だった。
何より、マイケルが俺達にも隠した胸の内を衝く追及でもあったのだろう、琥珀色の瞳から、一粒の涙が落ちる。
俺はどんな言葉を掛けて良いのか判らないまま、この重苦しい空気が嫌で動こうとした……が、シオリさんがやんわりと肩に手を置いてくれた事で思い留まれた。
「ミシェルに任せよう」、そう言われた気がしたんだよ……現にそれは正しかった。
静寂の中、変わらず佇む後ろ姿のミシェルが切る様に息を吐く。
「なぁ……お前が何を抱えているのか知らん、ましてや罰が欲しくて命まで委ねる心境なんざ判りたくもない。けどな……ダチが死んだんだ、何でそれで『別のダチ』まで殺さなきゃいけねーんだ?」
「………!!」
「一緒に悼んでくれよ……それで、それだけで良いじゃねぇかバカ野郎。」
……ミシェルはどんな顔でその言葉を呟いたのだろう。
多分、革製の肩当てを胸に抱いたのか、少し丸まった背中しか俺は見ていない。
唯一目撃したであろうマイケルは……ただ詫びる様に泣き崩れて、嗚咽を響かせていた。
ーー後で聞かされた話だが、シオリさんはダナンの死の事情を知っていた。
まぁ、当人たち(マイケル以外)から事情を聴いているのだから当然だわな。
特にマッコイとキャサリンの各々から、「マイケルだけに重荷を背負わせてしまった」と告白されてたようだ。
『釈壁の従者よ、お前は合格だ……仲間を優先順位に従って冷酷に斬り捨てる様、惚れ々れしたぞ。』
謎の敵が去り際に放った言霊が……決して少なくない陰をマイケルに落としたのかもしれない。
シオリさんもマイケルの行動を予測した訳じゃなかった様だが、ダナンの背景を暗に示す為、あの場に彼の遺品を持ち込んだらしい。
そういや『釈壁の従者』ってワードを聴いた時、お姉様がホントに微妙な違いだったけどトーンが下がってたんだよな。
後は、だ……マイケルが念話で俺に告げた事実だが……。
おそらく他の、特にゴブリン組へ不用意に話が洩れるのを恐れたんだろうな。
あの時、マイケルがミシェルへ差し出した鉈は大峡谷で入手したと言っていた。
そしてカルパティーン洞窟崩落の際に死に別れた父が身に付けてたとも……言っていた。
つまりは、だ……敵群の中に、結果的とはいえ俺が見捨ててしまった者達が居る、それも最悪な形でだ。
つづく




