第三章 盗賊領主はハンコウする編 「訃報の前触れ」
後書きでおまけがあります。
魔王城での一夜……意外にもそれは癒やしの一時だった。
あの後ダロスの計らいで宿泊施設へと案内された俺達はその余りのスケールに、ただ只管に圧倒されていた。
とにかく規模がデカ過ぎる、浴場と銘打たれた一大スパリゾートあり、食堂は王侯貴族の晩餐会(貸切)と見紛う規模だし、寝室に至ってはお察しだろう……異次元空間とはいえ、そんな大それた所業をどんな理屈で成し得ているのか?途中、目の前で饒舌に案内してくれてるダロスヘ恐る恐る質問してみたが。
「やり方は我の発案だが、肝となる膨大な魔力の供給と維持は陛下だよ♪」
……等とあっけらかんと返された。
最初にここで目覚めた時、ティンから聞かされた五つの巨大な生命反応と複数の次元結界の話……ダロスの言葉と照らし合わせてみると、数は合わないが多分、七人の軍団長のいずれかが各々の次元空間を管轄しているんだろうか?
が、ここら辺は下手に聞くとこちらの情報収集能力に目を付けられそうなので、黙っておく方が無難だと判断した。
そうこうしている内に最初は気遅れしていた仲間達も物珍しさからか、俺とロジャーを残して男女に別れて脱衣所へ向かう……いや、気持ちはよく理解出来る。
まるで自分の世界に帰って来たのかと錯覚する程のリゾートっぷりだ。
……俺はこの瞬間、形容し難い懸念の片鱗というか輪郭みたいなものを漠然と垣間見た気がしたが、何となく俺だけが気難しく考えているのが馬鹿らしくなった。
「モンテ様、如何されますか?」
後ろで控えるロジャーがそう伺いを立ててくる。
「……そうだな、夕食まで時間があるし一息つきたいから内風呂にでも入るよ、お前も俺に構わず遊んでこいよ。」
普通に『楽しんでこい』という言葉だ、他意は無い、が、何故だがロジャーは微笑みを称えたまま無言で後ろから付いて来た……いや、ロジャーだけじゃなくダロスまでもだ。
「おいおい、野郎の脱衣所まで付いて来んなよ!?アンタはあっちだろ。」
「つれないの〜♪少し位良かろ?」
良かろ?っじゃねぇよ!!……余計に疲れるわ。
悪戯っぽくウザ絡みしてくるダロスを突っぱねて、何とか脱衣所の手前でお別れ出来た。
んで居並ぶ鍵付きロッカーのひとつを開けると、そこには何故か俺好みの水着が備え付けの竹籠に置かれている……。
『戸を開けた者の生体情報と趣向を読んである程度の遊具(お風呂グッズ)までは生成するようですね。』
なるほど、至れり尽くせりって訳か……ふと隣に居るロジャーを見ると目が合った。
「……どうした?」
「主人の補佐は執事の務めですので。」
眼を爛々と輝かせ何処から取り出したのか、片手に木製の踏み台を持ってロジャーがにじり寄る……?
『ロジャーの心拍数が急激に上昇しています……おそらく軽度の高揚状態であると思われますが……。』
えっ?……何それ、どういう事?
呆気にとられ固まる俺の前で踏み台に立ち、息を呑むロジャー……その表情は何処か固く、自身のネクタイを緩めた後に意を決してか、震える手を俺の衣服へと伸ばそうとする。
その様子で流石に着替えの手伝いをしようとしているのだろうと察し、また『ひとりで脱げるわ!』とツッコミを入れられない雰囲気だと理解した俺は無言でこれを受け入れる事にした。
……が、一向にロジャーは衣服に触れてこない、途中で固まりガタガタと身震いしている。
おいおいこの空気どうすんだよ、やっぱり断ろうかとした刹那、声が響く。
『解りますよ、その身に余りある幸福感から打ち震えているのですね、ロジャー・ザ・スミス……。』
何時になく意味判らんティンさんの言葉を受け、踏み台さえ覚束無い程揺らしながら、ちょっと嗚咽を洩らすロジャー……いや、だからね、服を脱がすだけだろう、やるなら手早くやって欲しいもんだ。
一拍、二拍……一筋の涙を流したロジャーはついに俺の襟首のボタンへ触れんとしたが、きっと限界であったのだろう。
足を踏み外して倒れ込み、俺の薄い胸板へロジャーの顔が埋まる。
「………。」
『……あぁっ!?』
その刹那、触れ合った肌からロジャーの心臓の鼓動が高鳴るのを感じ取り、俺は困惑で固まってしまったが……それ以上に威圧的な呻きを溢したティンさんが怖い、怖すぎた。
「お、おい……ロジャー?」
「………。」
『悶え死んだ(失神)様ですね……後で私にも同じ事をする様に要請致します。』
要請って、おまっ、俺は何もしてねぇだろうが?……ロジャーの奴、白目剥いてっけどホントに大丈夫なのか?
『要請します!!』
お、おう……。
……とまぁ、一悶着あったが、ロジャーは取り敢えず脱衣所の一画にあった畳?のレストスペースに寝かせて、俺は一汗流すべく浴場へ足を踏み入れた。
「………。」
浴場は内風呂と露天に分かれたスタンダードな造りの様だが、やはりどちらも規模が違う。
内風呂でも広い、ドーム何個分?と聞きたい程だしサウナは勿論、数十種類の湯船が備え付けられており、効能の違う薬湯や電気風呂、ドクターフィッシュ?が泳ぐ温泉や硫黄泉、はたまた水温の低いもの迄豊富だった。
個人的に気に入ったのが打たせ湯とジャグジーが合わさった炭酸風呂だ、ついつい長風呂になっちまった。
因みに行ってないが、チラっとだけ露天も覗いてみた……どうやら超広大な波の出る温水プールで、『露天』というだけあって疑似的な空、屋外空間になっているようだ。
しかも外は混浴で、男女それぞれの内風呂と繋がっていて、こちらは水着の着用が義務付けられている。
魔王軍内の福利厚生で利用されているのか判らんが、コンプラにも配慮した手厚い施設に思わず草が生えそうだ。
この浴場では久し振りにぼんやりとリフレッシュ出来た気がする。
途中、復帰してきたロジャーとサウナに入り、野郎連中と漢比べを経て最終的に我慢比べにまで発展し、みんなレストスペースでダウンしたのは……良い思い出になった。
とまぁ実はこの後も夕食や就寝時まで様々な事があった訳なんだが……。
翌日に起こったあの最悪の出来事のインパクトが強過ぎて曖昧な記憶になっちまったんだ。
出来事……違うな……俺がクソみてぇにはしゃぎ、惰眠を貪っていた裏で、事は既に進行し終わっていた。
ーー翌朝。
朝食を御馳走になり、出立の準備を済ませた俺達はあのパワードスーツ?を装着したダロスの先導で通常空間である魔王城の前へ転移した。
少なからず転移には身体への負担が掛かると判明したが故に、短距離の転移に分けて通常空間に戻った方が良いというダロスの判断だ。
もう朝陽も昇り、寒色を基調とした魔王城の背後から照らす事でより荘厳さが強調された印象だったと思う。
広大な荒野にぽつんと城の周囲だけ緑が生い茂る中、皆一様に魔王城を見上げていた時……。
その報せは齎された。
『ーーー。』
……ダナンが……死んだ?
その瞬間、俺は朝陽の中で目を細めているのだろうミシェルの横顔を……その眼帯を見やっていた。
つづく
番外瓦版
「……どうした?」
……モンテ様は暖かで力強い眼差しで私に胸を拓いて見せた。
主としてこれ程完璧な方は居ない……そんな方が所作で不出来な私に促している、執事として責務を全うしなければならない。
「……主人の補佐は執事の務めですので。」
手が震える、そう言葉を返すのが精一杯だったのだ。
不甲斐ない話だがモンテ様の前で踏み台に乗り、覚束無い身体を必死に制しながら私は手を伸ばす。
だがあの方に近づけば近づく程に身体は熱に浮かされ、その制御を失ってしまう。
……悪戯に時間だけが過ぎてゆく、あの方の視線が怖い、あの方の吐息が待ち遠しい?
お顔が見れない、私の務めを冷たく待ちわびる立ち姿が堪らなく……直視出来ない、視界が歪んでゆくのをただ看過するしかないのか……。
『解りますよ、その身に余りある幸福感から打ち震えているのですね、ロジャー・ザ・スミス……。』
不意に声が響く、モンテ様の次に忠誠を誓う方の声だ。
私はこの瞬間に理解した……これが『絶頂』なのだと……同時に膝から下の感覚を失う。
「………。」
生死の入れ替わる戦場で体感時間が極度に遅くなる感覚は幾度も味わってきたが、「終わって欲しくない」この瞬間が永遠に続いてくれと願う程に幸福感に包まれたのは……初めてだった。
しかし終わりは来る、前のめりにモンテ様の逞しい胸板へ不肖である私の頬が埋まった事により、私は……私の意識はこれ以上の無い快感のカタルシスによって、深い闇へと甘やかに墜ちていったのだ。
終わり




