第三章 盗賊領主はハンコウする編 「何時か聴いた音色」 前編
ーーダロスの統括する次元階層 『エクス・マキナス』連結通路
「この大扉の先で魔王様がお待ちだよ♪」
そう扉に手を差し向け、ダロスちゃんは無邪気に笑う……うん、扉の形状からして禍々しいんだが、コレ本当に通って大丈夫なのかい?
『断定は不可能です。ですがあの扉は別次元の境界となっていますね……。』
トンネル抜けたら雪国どころじゃねーって訳だなオイ……まぁ、今更カンタンに殺せる相手に騙し討ちはしねぇよな。
「まさか魔王とサシで面会する事になるとはね。」
「謁見ねっ♪謁見っ♪もう心配だよぉ~キミって言葉遣いがキチャないから〜♪」
「……その割には愉しんでません?」
若干困り果てた俺の問いに、更にその表情をトロけさせるダロスちゃん。
……思えば魔王との面会を告げた時にはエラく緊張した面持ちだったが、その後も幾つか念話?をやり取りしている間に態度が軟化した様に思う。
勿論、仲間の帯同は断固というカンジで拒否ってくれて、当然ロジャーも俺の安全上譲る訳にいかないもんだから、食い下がる食い下がる♪
最終的には俺から説得する形で、スゲー渋りながらも折れてくれたが……いや、ありゃ納得してねーな。
「………。」
……とか思いつつ、扉を開けた瞬間にダロスちゃんが俺の耳元で『魔王様にナメた態度とったら死ぬよ。』なんて囁きやがった。
さっきまでの陽気な声音とは一転した冷酷さに、何のリアクションも取れずに聞き流すしかなかったわ。
いや、違うな……正確に言えば、扉の先で広がっている光景に目を奪われ、思わずスルーしちまった。
「………。」
暫く呆気に取られていると、背後で扉が閉じられたであろう音色が響き、何気なく振り返る。
だがそこに禍々しさ全開であった大扉は既に無くーー代わりに、見慣れた?障子の引き戸が鎮座していた。
俺が今立っている場所……そう、そこは日本家屋の『土間』であるようで、目と鼻の先に一段高い板張りの廊下が続く。
「上がってきな!廊下の突き当りを曲がれば居間だからよ!」
威勢の良い声が響く、場の雰囲気の所為か何処か心地良い気がするな。
板床に腰を降ろし、蒸れたブーツに四苦八苦しながら脱ぎ、改めて廊下を踏みしめると『ぎしり』と床が軋む。
……やはり感慨深い、俺自身は日本家屋に住んだ経験なんざ無いが、それでも何処かで懐かしさに当てられてしまう。
言われた通りに進むと廊下は突き当りを左手へと曲がり、その正面に障子が見える、途中にも木戸が並んでいるが階段は見受けられないから、おそらくは平屋なのだろう。
「……お邪魔します。」
ちょっと戸惑いがちに障子を引くと……そこは、やはりと言うべきか、古き良き畳部屋が広がっていた。
切り株の形を活かした木目の美しい一際立派なテーブル、涼やかに音色を奏でる風鈴、開け放たれた縁側とその奥に続く庭園、鴨居や敷居、欄間に至る迄、全てが風景に溶け込む様に計算されたものに思える。
「……これが様式美ってヤツか?」
「気難しい事言うねぇ、風流でいいだろ。」
ちょっと見惚れちまってた、そんな俺に横槍を入れてきた声は唐突にも関わらず、穏やかで場を乱さない柔らかな音色だった。
改めて向き直ると、そこには上座?に座り、水差しに満たされた麦茶らしきものを氷入りのグラスに注ぐ、四十代位の作務衣を着たゴツいおっさんが居た……。
「昔は田舎のじーちゃん家に憧れてたもんで、ってか、おっさ……じゃなくて、貴方様が魔王陛下で?」
「まぁそんなに謙るな、この平屋に合わせて転生前の姿に戻っているからなぁ、勘違いされても仕方ないのは判るが。じゃぁ改めて、魔王のぶチーだ宜しく。」
「の、のぶチー?って転生前?じゃあ、貴方が!?」
「そうそう♪何なら『ブッさん』って呼んでも良いよ。」
「やっぱり、俺と同じ日本人かよ!?」
「ハハハ、ノリが良いねぇ、好きだよ。まぁ同じ世界線の日本とは限らんがね。」
世界線、ちょっと何言ってんのか……魔王の気安さと相まって、俺は首を傾げて見せる事しか出来ない程に戸惑ってしまう。
そんな俺にのぶチーが転生した年月、暦を問い掛けてくる。
「平成〇〇年ですけど……。」
「ン〜俺はねぇ、恒武七百七十三年かな。」
「こ、恒……武!?何それ!!?」
「なっ、まだ並行世界か遠い未来世界って線もあるけどよう。」
「………。」
「ンでね、もうひとつ察してると思うけど~」
「勇者……と関係があるんですね。」
「御名答、まぁ立ち話も何だから座りなよ、あっ麦茶飲むかい?」
黙って促されるまま、俺はのぶチーと対面して腰を降ろす……異世界からの転生者と聞いてから、漠然と考えてはいた。
あの神々以外の要因で、果たして異世界転生が起きる可能性なんかあり得るのか?
『現状では高次元の存在による干渉でしかありえません。』
「………。」
その瞬間、のぶチーが俺を緩やかに眺めながら口を開く。
「脳量子神速演算思考エンジンか……懐かしいな。」
ティンの声が聴こえたのか!?……俺は思わず身構えてしまう、しまうがそんな俺を宥める様にのぶチーが手をひらひらと振る。
「そう固くならずに、ンで?そろそろお前さんの名を聞かせてくれんか、勿論この世界での名で構わないからさ。」
「……モンテ・モンキーパイソン……です。」
「ダセェ名前だなぁオイ♪」
いやアンタも相当だろうよ!?……と叫びたかったが、ここは自重しよう、俺の反応に何やら表情をくしゃつかせて高笑いし始めやがった。
「ーーすまんすまん、久し振りに同郷の士と出会えてテンションが上がっちまった。……ンでだな、モンテ君をここに呼んだのは幾つか話したい事があるからなんだ。」
「多分、陛下が俺との謁見をダロスに伝えてくる直前にしていた『リッチと吸血鬼』の話題ですか?」
話題を振ったあの時、確かにダロスの顔色が変わった……同じタイミングで陛下が決断したのなら、少なくとも謁見を決めるに足る話題性、効力があったという事だろう。
「うん、察しが良いねぇ、それも有るんだけど……じゃあ、まぁ君も気になっているであろう俺の身の上話からするわ。」
「………。」
「まず、もう気付いているだろうが俺は千年以上前に勇者として転生して来た日本人だ。そして使命を終えた後、神に願いを叶えてもらい魔族として再転生した。」
「再……転生?願いを叶えるって何ソレ?聞いてねーけど、因みにどの神サマーに送り込まれたんですか?」
「……答えられない。」
「………?」
「再転生の時に勇者としての資格を失ったからね、神に関する記憶を奪われた。余談だが、今代の君も他の勇者以外に神の名や存在を仄めかす情報は明かせない筈だよ。」
……マジだった、即行でのぶチーにアーガマの名前を叫ぼうとした瞬間、認識している筈の単語が声に乗らなくなった。
さっきの『神サマー』発言は微妙にボカしてたから検閲に引っ掛からなかったんか!?
もしかしたら、シオリさんが転生やスキルの情報を秘匿しようとしてたのってコレがあったからなのか?
……そんな戸惑いを隠せない俺に対し、のぶチーが咳払いを挟んで言葉を続ける。
「でだ、願いってのは身の振り方だ、この世界に根を下ろすか、若しくは能力と記憶を剥奪された上で元の世界へ帰還するかのな。」
「帰れるのかよ……。」
ん?いや待てよ……確かに最初の説明で『送り込む』とは言われたが、『二度と帰れない』とは言われてねぇ気がする。
ふと、形容し難い沈黙が流れる。
流れるが不快な重さは無い、寧ろ心地良いとさえ思う。
俺は風鈴の音色に導かれる様に縁側の外……柔らかい日差しに照らされた庭園を眺める。
「陛下は何故、この世界に根を下ろしたのですか?」
「ふむ、妙な所に疑問を持つね……もっと他にも聞くべき事が有るだろう。」
「………。」
俺は陛下の言葉に敢えて無言で応え、立上りつつ縁側の前まで進んで鴨居に手を掛けると……陛下も座したまま何気なく視線を外に向ける。
此処は多分、再現された空間なんだろう。
誰かの想いに満たされ切り取られた風景……きっともう失われ、それでも焦がれる。
決して他人には踏み込んで欲しくない、だが陛下がこの場所へ俺を招き入れたという事は陛下の真意とその背景に関係があるんだろう。
ーー白南風が縁側へ流れ、緑が擦れ合う音色と風鈴が混じり合う。
陛下がテーブルの下から漆箱を出し、そこから更に煙管を取り出すと煙草を丸めて火皿へ入れて咥えた。
その姿に俺もちょっとウズいたので無言でタバコを見せると陛下は小さく頷き、灰皿を出してくれようとするが、それを片手で制し、続いて自前の携帯灰皿を見せる……。
やがてマッチとジッポ独特の音が微かな余韻を残し、白煙が舞う……縁側で胡座をかき、きっと俺も陛下も無言の刻を楽しんでいたと思う。
「俺の妄執(望郷の念)を笑うかね?」
どれ位そうしていただろうか、風鈴の残響に乗せて陛下が呟いた。
「いいえ……少なくとも俺には笑えませんよ、けど、だからこそ貴方の選択の真意が聞きたい。」
それから、淡々とただ風景を見つめながら、他愛もなく俺達はぽつりぽつりと語り合い……始めた。
つづく




