第三章 盗賊領主はハンコウする編 「別離の朝を踏み越えてでもゆく」Aパート
……夥しい死者たちの絶叫が風鳴りに混ざり込み阿鼻叫喚と化す峡谷。
夜が西へと除々に追いやられてゆく最中、一匹の蝶が儚げに揺蕩う……白味の強い桜色の羽根をはためかせて、微かに落ちる鱗粉は金色に輝いていた。
彷徨い叫ぶ亡者たちは気にも留めない、気付いていないのかもしれない。
いや……一人だけ、その蝶を眼で追う者がいた。
誘われる様に、尾を引く鱗粉へ足が向く。
ーー秘密のアジト
「いよいよ終わりが近いな……。」
撃退トラップの前で座り込み、マドロックは手にした五連式のリボルバーを見つめる。
遠くで一体、二体と疎らに歩く死者の姿が見えだす……ゆっくりと確実ににじり寄り、数も増えている様だ。
(弾丸は18……他に武器もねぇ。)
牛歩並の速度が却って逃げ場の無い恐怖を煽ってくる。
撃退用トラップは生きてる人間には有効だが、果たして死者相手にどれ程の効力があろうか?
多分足留め程度にしかならないだろう……そんな事を考えつつ、ダナン達の安否が不意に過ぎった。
(別に期待しちゃいねーぞダナン……だから生き延びろよ。)
苦虫を噛み潰しながら笑い、避けられないであろう『死』を誤魔化しに掛かる。
……群れが増え、近づいて来る恐怖の感情。
やがて先頭のグールがトラップに差し掛かった瞬間、その恐怖はピークへと達した。
「………!!?」
なんと、トラップが発動しない、両側から夥しい数の鉄芯が撃ち出される筈であったのに……発動する気配すら見せないのだ。
突然の出来事に思わず、マドロックは恐怖に駆られるまま引鉄を引いてしまう。
硝煙が吹き出し、轟音が轟くが弾丸はグールの耳を掠めただけで外れ、その事実によってマドロックは更に引鉄を引く!!
更に放たれた三発目がグールの頭部を吹き飛ばしたのを認め、やっと震える指を離せた……。
(………クソッ!?)
悔恨に呑まれ、唇を噛むマドロック……貴重な弾丸を浪費してしまった事実が重くのしかかる。
しかしその間にも無言の『死』が徒党を組んでゆっくりと迫って来ていた。
極限に近しい精神状態に陥っていたのだろう、最早、充分に引き付けて確実に頭部を撃ち抜くという冷静な思考に辿り着ける訳も無く、無情にもまた引鉄ヘ指を掛けてしまう。
……気づけば五発を早々に撃ち切り、ただ引鉄を無駄に引いていた。
「落ち着け!!まだ弾はあるんだ!!」
心の声をそのまま洩らしマドロックは弾倉を開け、空薬莢を落としてからポケットに手を差し込んで弾丸を取り出そうとした……が、力が入り過ぎて弾丸を握りしめたその手を上手く取り出せない。
焦りから力任せに引き抜いた結果、ポケットが破れ、無様に弾丸が散乱する。
失態……余りの醜態に情けない呻きが洩れる、洩れてしまう。
そして意識を完全に散らばる弾丸に向けていたマドロックヘ不意に、影が差す。
慄き固まる表情で視線を上げた瞬間、圧倒的な迄の『死』が口を開けてマドロックを見下ろしていた。
「ーーーッ!!?」
貪り食うが為に躊躇う事なく覆い被さってくるグール、必死にその顔面を掴み血肉に塗れた歯を食い止めるマドロック。
ガチッガチガチ……何度も空打ちされる上下の歯牙に抗い切れぬ膂力、明瞭に死を理解させられてしまう。
あとひと押しで歯が首筋ヘ届くと直感した刹那、弾倉が開いたままの銃身をグールの側頭部に叩き付け、引き剥がすとマドロックは後ろへと仰け反る。
同時に散らばった弾丸を一発拾い上げ、弾倉に込める、込められた。
しかし今度は弾倉が閉まらない……銃身が歪んでしまったのか、使用出来ない。
唯一の武器を失ってしまった、覆せない事実に吐き気を催しながらもマドロックは鉄屑と化した銃を投げつけてから、右方向ヘ身体を転がす。
起ち上がる為に肚に力を込め、即座に下半身を振って片膝立ちの形にまで押し上げた。
(何で今更ビビってんだ俺は……クソがッ!?)
土壇場での凡ミス、絶体絶命の危機に瀕して打つ手も無い……眼前に迫る約十体程のグールに対して何故必要以上に臆してしまったのか?
ここに至っても理解が追いついていない、が実の所、それも仕方がない事態と言えた。
一瞬、無意識に失った右脚ヘ視線を落とすマドロック……熟練の傭兵であり数え切れない程に命のやり取りをしてきた彼にとって、恐怖を飼い馴らす事等造作もない。
しかし、あくまでそれは生者と対峙した場合である。
マドロックに限った事ではないが、アライブズ結成までは不死者を相手取って場数を踏める兵卒などそうそう居なかった。
更に云うならば、かすり傷も負えない為に集団中距離戦闘に偏った用兵術が主であり、一人でグールに取り囲まれる状況は詰みであろう。
……マドロックの場合、隊を壊滅させられ自身の右脚をも奪われており、そのトラウマの上で根源的な死の恐怖に晒されている。
幸か不幸か、彼がグール=根源的な死の投影という図式を無意識に無視し、生者、死者問わず一緒苦茶に捉えていたが故に心を折らずに居られた。
が……それでも絶体絶命の危機は揺らがない、残された武器も無い、いや、取り扱えないと言った方が正しい。
グールに対して有効な近接武器といえば頭部を破壊する必要上、切れ味よりもある程度の重量を求められる、だが片足を失い、随所に重傷を負っているマドロックには取り回しが利かなかった。
(無い物強請りしても始まらん、最後に頼れるのはーー)
次の瞬間、マドロックは残された左足で地を蹴る!!
無策での特攻を選んだ……無謀、無知、暴挙、虚しい徒手空拳。
疎らに歩くグールの間ヘ飛び込み、自身を餌にして敵を引き付けようというのだろう。
喰らいつかれ絶命し、同じ亡者の仲間に堕ちるまで……足掻きに見合わぬ時間稼ぎ。
決死の抵抗で殺到して来るグールの何体かを殴りつけたが、ものの十秒も保たずに腕を掴まれてしまう。
一斉に身体に延びて来る死者達の手、押さえ付けられ、酷い臭気を撒き散らす壊れた微笑みが四方からマドロックヘ襲い掛かる!!
……絶望の刹那、コマ落としでゆっくりと流れる時間、まさしくマドロックの眼前で開口、死肉の挟まった歯牙を見せつけるグール。
最期の瞬間に眼に焼き付く光景がコレなのか、と彼は無性に腹が立ったのだという。
反骨心から、迫りくる牙を睨めつける、せめて気迫だけは負けぬ様にと……だが、ここで走馬灯に異変が起きる。
見てしまった、眼前間近のグールの額がぐんにゃりとひしゃげて文字通り顔面が破裂する様を、そしてそれを為した者……鬼嬉として嗤う顔色の悪い老婆の姿を。
「……儂好みの男っぷりよのう。」
「………。」
何が起きたのか?呆然とするしかないマドロック、何時の間にか走馬灯は終わっている……否、現実に引き戻されたと言うべきか。
頭部を潰され、膝立ちとなったグールの背中に乗っていた老婆はマドロックにウインクをしたのと同時に欠けた鉄扇を振り抜く。
すると瞬間的に発生した風がマドロックの白髪混じりの髪を揺らし、彼を掴んでいた周囲のグール共の身体をいとも簡単に裂いてみせた。
……声が出ない、異常極まる光景にマドロックが眼を丸くしていると、沈黙を破る様に更なる異変が起こる。
老婆の背後で落雷が如き轟音が鳴り響き、グールの『肉片』が飛び散らされた。
老婆の微笑みに遮られる形で直接その光景を目撃出来た訳ではなかったが、直感的にグール共にとって不都合な事態が発生したのだと理解せざるを得ないマドロック……。
(コイツ『ら』は敵じゃないのか!?)
老婆の背後から姿を現したもうひとりの存在、小柄で引き締まった緑色の肌を眼にし、生まれた確信が口をつく。
「ゴブリン……キャサリンさんの仲間……か?」
キャサリンの名を聴いた瞬間、青年ゴブリンの眉が僅かに上下した……気がした。
「匂いが残ってる、やっぱこ、こに居た……で、あんたはアライ……ブズの関係者だ、な。」
明らかに負傷し、半開きとなった口元で辿々しくそう呟くやいなや、後ろへ振り返り分岐路を見やる青年、老婆もグールだったモノから降りて同様に振り返る。
(まさか、コイツらほぼ一瞬で十体以上居たグールを倒したのか……信じられん。)
立て続けに起こされた理外の出来事、夢だと言われた方がまだ信じられるだろうか?
「少ないの……道中あれだけ夥しい数の群れがおったのに、ここは今始末しただけか?」
「多分……ダナン、ここに敵が来ない……様に陽動、分断し……し、てる。」
そこまで言葉を紡ぐと、青年……いやマイケルは改めてマドロックに向き直る。
「もう大……丈夫、それ……とアレのお陰でここまで来れた。」
マドロックの背後、遠くで立ち昇る煙を指差すマイケルに彼は何処か得心の得ない声を洩らし、振り向く。
「ああ……アジトにある暖炉の換気か。」
「悪いがの時間が無い、『何人』残っておる?」
飄々と問われたその言葉にマドロックの表情が曇り、暫しの沈黙が訪れる。
「………。」
その寡黙さが真実を物語っていたのだろう、老婆は沈黙を破り、話しを切り上げようとした……が。
「四人だけだ……済まない。」
単純な言葉の羅列、だがそれだけに悲痛さがより声に籠もっている様に思える。
マイケルはそんなマドロックを一瞥すると無言で通路の奥深くへ向き直り、代わりに老婆……否、ナーサが短く返答し、直後にふたりは走り去っていった。
「事情は判った……じゃが『謝るな』、それはヌシだけでなく散って逝った僚友をも卑下する言葉ぞ。」
「………。」
一陣の風が如く、見送る暇も与えずに小さくなってゆくふたりの背中。
マドロックはただ呆然と、だが最後の一瞬にナーサが見せた厳しくも穏やかな表情を反芻し、奇妙な安堵に包まれていた……という。
◇
ーー低い前傾姿勢で疾走する二人の修羅。
まだ群れの本流は見当たらず、流れから外れた幾分かの個体を虱潰しに掛けながら朔上してゆく。
おそらくはそう時間を置かず、本命に行き当たるだろう。
そんな隙間の様な空白……前だけを見据えマイケルは思考を排除して敵を殲滅する覚悟を固めつつあった。
決して迷わなかった訳でも、キャサリンとダナンを忘れた訳でもない。
だがここに至った経緯、目的も忘れていない……護るべき者達がいる以上、何よりこの作戦とも呼べない行動に関わった全員に報いる選択をするべきだと思ったのだ。
正しい……余りにも正しい、万全の状態とは言い難い現状において、自分達が最後の越えざる一線として敵に立ち塞がる方策が確実である。
それは同時にキャサリン達の生存確率を著しく低下させるかもしれない事を意味する。
もし予期せぬ危機に陥っていたなら?或いは既にグールの群れに呑み込まれているかもしれない、そんな嫌な予感めいたものが幾度も脳裏に過ぎっていた……しかし。
(悲壮な相貌をしよって……お前は、本来のお前はもっとお調子者じゃろ。)
そう、並走するナーサには見透かされていた。
現状で成すべき事と、キャサリン達の元へ駆けつけたい衝動との間で揺れているのだと。
つまりはどちらも選び切れていない……そしてそれは明確に結末という現実に直結するだろう。
「………。」 「………。」
不意に足を止めるナーサに合わせる形で、彼女を通り越し数m先で止まるマイケル。
遠く……視界の奥では、捜していたグールの群れがふたりに気づいたのか、ちらほらと視線を向けていた。
沈黙という重圧、緊迫が漂うほんの五秒にも満たない停滞………グールの奔(本)流が敵意のボルテージを急激に上げてゆく。
やがて動くか否かの瀬戸際であった。
「……一度しか言わんぞ。」
「………?」
「ゆけ!!ここは儂が狩り尽くすッ!!!」
怒号にも似た叫びがマイケルの背中を押し……否、叩いた瞬間、彼は眼を見開き単身で飛び出す!!
瞬きすら置かず、群れの先端に居るグールを頭上から踏み潰し、反動でより高く弾丸が如く錐揉み状に群れの奥深くへと飛び込んで姿を消した。
「それでえぇ……そっちは任せたぞ。」
つづく
うん……やっぱり、そうだね……A〜Bパートという区分に逃げてしまった((泣))
ボリューム調整が……すんませんしたぁーーー!!!
という事でコルカド編、あと少し続くよ。




