4 孤島の女神像
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ううっ、ここは……?」
ゆっくりと重い瞼を開いてみると。まるで全身に火傷を負っているような熱が感じられた。
それ程までに、意識を失う前に私の全身から発せられた『白い光』の熱量は凄まじかったのだろう。
私は白い壁に囲まれた尋問部屋の硬い床の上から、ゆっくりと体を起こす。
目の前には、私の体を押さえつけていた野獣のような2人の看守の男達が倒れていた。
警戒するように、おそるおそる倒れている男達の方に近づいていくと。看守の男達には、まだ息があるのが分かった。どうやら死んでいる訳では無いらしい。
……という事は、この男達はいつかは目を覚まし。
またすぐに私を無理やり捕えて拘束しようと、襲いかかってくるに違いない。
それだけは、絶対に避けないといけなかった。
またあの地下牢獄の中に戻される事だけは、何が何でも拒否する。あんな地下の穴倉の中に30年間も閉じこめられるくらいなら死んだ方が遥かにマシだ。
牢獄の外に出る事が出来た私に、この男達が気前よく『自由』を与えてくれるはずが無い以上――。私はすぐにでもこの部屋から脱出して、この野獣達の元から出来るだけ遠くへと逃げ出さないといけない。
急いで部屋の外に出る為に、扉を開けようとしてみたけれど……部屋の扉は開かなかった。
どうやら目の前の扉には、鍵がかけられているらしい。
「そんな……!? どうすればいいのよ……!」
私はすぐに後方を振り返り。床に倒れている看守の男達の衣服の中を探ってみる事にした。
この獣達が突然、起き出さないかと。内心で怯えながらも、私は必死に男達の着ている衣服を漁り続けて。
ようやく白い服を着た男の胸ポケットに、この部屋の鍵が入っているのを見つけ出す事が出来た。
「良かった……早く、ここから逃げないと!」
無我夢中で尋問部屋の扉を開けて、建物から外に出ると――。私の目の前には広大な青い海が広がっていた。
私が17歳から30年もの月日を過ごしてきた牢獄は、どうやら断崖絶壁の上に建てられた、古城の地下にあったらしい。
崖の上で体をぐるりと360度回転させて、周囲の景色を何度見回してみても。私の視界の先には青い海しか見えてこなかった。
「そう……分かってはいたけれど。やっぱりここは、孤島だったのね」
監獄島に送られた事は知っていたけれど。牢屋の中に30年間も閉じ込められていた私には、ここが本当に孤島なのかどうかは半信半疑だった。
もしかしたら、違うんじゃないかと。いつか牢獄から脱出する事が出来たなら、外にはフォルス領に帰れる山道が続いているんじゃないかと夢想した事もあったけど。
でも、やっぱり……全てが『現実』だったのね。
私は無実の罪で捕らえられて、監獄島の崖に立つ古城の地下牢の中で30年間も閉じ込められていたんだ。
例えここが周囲を海に囲まれた孤島だとしても。看守達や、古城の地下に捕らえられた囚人達の食糧を運ぶ為の連絡船は来ていたはず。
だからきっと、この島のどこかに船を停めておける『港』のような場所があるに違いないと私は思った。
海に囲まれた島から脱出するには、船に乗り込まなければいけない。つまり私は絶対に、この島のどこかにあるであろう港を探し出さなければいけなかった。
私は島の周りをぐるりと見渡して、それらしき場所がないかを注意深く探っていると。
崖の上の古城の後方に広がっている森の中に、白い光を空に向けて発している、不思議な場所を発見した。
「何なの……? あの森の中、どうしてあそこだけ白い光を放っているのかしら?」
森の中から空に向けて放たれている白い光。それは人工的に発せられている光には見えなかった。
何て言えば良いのだろう……。こうして遠くから見つめていても。それはなぜか、とても神秘的な光が発せられているように感じられる。
まるであの辺り一帯に、聖なる女神様が降臨しているかのように。不思議な温かさと優しさが漂っているのが私には分かった。
私はその温かい光に吸い寄せられるかのように、森の奥へとゆっくりと足を進めていく。
牢獄からボロボロの囚人服のままで外に飛び出してしまった私は、足に靴を履いていなかった。
だから、ゴツゴツとした荒地の地面を歩くと。足の裏に小さな石が刺さって、時々……鋭い痛みを感じてしまう。
……でも、足の裏を覗いて見ると。不思議と傷は一切付いていなかった。
裸足で地面を歩いているのだから。当然、足の裏には小さな擦り傷を無数に負ってもおかしくないのに……。
まるで負傷した皮膚の表面が、自動的に修復するように治っていて。私は森の中を進んでいく途中、体に傷を負うような事は一切無かった。
深い森の奥で、この孤島の中に生息している野生の狼のような魔物達とも私は何度か遭遇した。
私はそのたびに、自分の命が奪われてしまう覚悟を決めて前に進んでいたのだけれど……。
不思議な事に遭遇した魔物達は、森の中で私の姿を見ても一切、襲ってくるような事は無かった。
むしろ黒い魔物達は、森の中を一人で進む私の為に。進んで道を開けて、まるで森の奥で光を発している場所に、私を誘導してくれているかのようだった。
しばらく森の中を進むと――。ようやく私は、森の奥で不思議な白い光を放つ場所にまで辿り着く事が出来た。
森の中で不思議な白い光を放っていた場所には、廃墟となった古い聖堂が建てられていた。
「――この古い聖堂が、白い光を放っていたのね。孤島の奥にある森の中に、まさか女神様を祀る古代の聖堂が残されていたなんて……」
決して大きな建物では無かったけれど。王都にある大聖堂に引けを取らないくらいに、由緒正しき建築様式で建てられた立派な聖堂である事が分かる。
この島はもしかして、女神様の伝説に何か関わりのある重要な場所だったのかしら?
私はおそるおそる、光を発している古い聖堂の中に足を踏み入れると――。
やがて建物の中心部に、大きな『女神像』が置かれていて。眩しいばかりに光輝く、白い光を周囲に放っているのを発見した。
神秘的な光を発している女神像の下には、大きな鏡が一つだけポツンと置かれている。
かなり薄汚れてはいたけれど、大鏡は私の全身を映し出すのに充分な大きさがあった。
私は思わず女神像の前で足を止めて、目の前に置かれた鏡に映る……現在の自分自身の姿を見つめてみた。
「……………」
鏡の中には、私の記憶の中にある通りの――10代の頃の若さを保った『私』が立っていた。
あの時、ライラック王宮の舞踏会でエルムハルト王子に婚約破棄を宣告された時と何も変わっていない。17歳の頃のままの若さを保った私が、大きな鏡の中には映し出されている。
「………うっ、ううぅっ……!」
体の内側から込み上げてくる嬉しさと、あまりの喜びで。両目から涙がこぼれ落ちてくる。
今までの出来事は、全て悪い夢だったんじゃないかと思えるくらいに……私の姿はあの頃のままだった。
30年にも及ぶ地獄のような牢獄生活の日々で失ってしまった若さを、人間としての誇りを、聖女候補として生まれたクリスティナという女性の尊厳を、私は今――完全に取り戻す事が出来たのだ。
鏡の前で嗚咽を何度も繰り返し、膝を地面について。むせび泣くように大量の涙をこぼしていた私に……。
白い光を放つ大きな女神像の顔部分から、『女性』の声が聞こえてきた。
『――聖女クリスティナ。私の正統なる血を引く、真なる後継者よ。私の声が聞こえますか……?』
「えっ……? この声はもしかして……。あなたは本当に『女神様』なのですか?」
『――そうです。私はこの世界の女神、シャルティナ・レイ・フォルスです。1000年の時を経て、私の血を最も色濃く受け継いだ聖女が出現するのを、私はずっと待っていました。今こそあなたに……聖なる女神の加護を分け与えましょう。正統なる聖女として、あなたに私が持つ『聖魔法』の力の全てを継承させます』
女神様が言葉を発した途端に、私の体は再び眩いばかりに輝く『金色の光』に包み込まれた。
黄金の光はただ、私の体を発光させるだけでなく。まるで私の全身の皮膚の中に染み込んでいくかのように、聖なるエネルギーを私の体内に注ぎ込んでいく。
私の肉体という器には、この世界の太古の昔に実在した伝説の聖女の力が今――まさに継承されたのを感じる事が出来た。
『――私の力を受け継いだ聖女よ。私は今から、あなたの一番望むものを与えましょう。もしも心から望むものが既にあるのなら、何なりと私に申し出て下さい』
「私が心から望むもの……? それは……」
望みを何でも叶えてくれるという、女神様からの問いかけに対して。
私は、迷う事なく即答してみせた。
「私は――『真実』を望みます! 無実の罪で私を監獄島へと追いやり。30年間も幽閉させた者達の名前を私は知りたい。そしてその者達が、どのような理由で聖女であるこの私に罪を着せたのか。その事によって一体どのような利益を得たのか? その全てを……どうか私に教えて下さい、女神様!」
『――いいでしょう。あなたが望む、すべての『真実』を伝えましょう』
大きな女神像から聞こえてくる、伝説の女神様の声との会話によって。
私は……この30年間の間、私が心から求めてやまなかった答えを、そして『真実』を知る事が出来た。
誰が私を30年間もの長き間、監獄島の地下牢の中に幽閉させていたのか?
そしてその者達がそれによって、どのような利益を得て。今この瞬間も、30年前に監獄島の牢獄に送り込んだ過去の聖女候補の事などすっかり忘れて。
輝かしい繁栄と名声、そして巨万の富を得て。彼らが貴族として優雅に暮らしているのかを……私は全て知る事が出来た。
女神像から全ての真実と答えを得た私は――太古の昔に存在した伝説の聖女の力を得て。30年ぶりに故郷であるライラック王国へと舞い戻る事を決めた。
王都に戻ったら、そこで無実の罪で私を監獄島の牢獄に追いやった全ての関係者と、その子孫達に――。
この手で、直接『復讐』を果たすつもりだ。
もちろん、ただ彼らを殺すだけで終わらせたりなんてするものですか……。
だって私は30年間も、この世の生き地獄である孤島の牢獄の中にたった一人で閉じ込められていたのよ?
彼らには、私が味わった苦痛の何十倍もの苦しみと、そして精神が崩壊して発狂するほどの屈辱を与えないと全然、割が合わないわ。
その為には、ただ彼らを殺して復讐を果たすだけじゃダメなの。
ライラック王国の中で、王として、王妃として、あるいは栄華を極めた大貴族として、優雅に権勢を振るっている彼らを……。この手で、私が過ごした場所と同じ『地獄の底』にまで必ず引きずり落としてやる必要があるの。
「……クスクスクス。本当に楽しみね」
この復讐は私から彼らへ送るプレゼントでもあり。せめてもの『慈悲』でもあるわ。
かつて私の肉親だったり、元婚約者であったりした者達が……もしも私の事をまだ心の片隅に少しでも憶えていてくれて。
後悔と懺悔の意識を、ちょっとでも残していたのなら。その者達の子孫を、一緒に地獄の底に落とす事だけは免除してあげるつもり。
でも、もしもそうでなかったなら――。
私は彼らを、その一族郎党の全てに至るまで。完膚なきまでに滅ぼして『地獄に叩き落とす』事を約束してあげる。
……待っていなさい、私の可愛い妹であった者。
そして過去の私が心から敬愛して愛していた、元婚約者の王子様。
更には私を地獄に落とす事に加担した、ライラック王宮に住まう強欲の貴族達よ。
私――クリスティナ・フォルスは正統なる『聖女』の力を受け継ぐ者として。これからかつての住処であった、ライラック王宮に戻る事にします。
そしてこの手で必ずや、彼らを本来いるべき『地獄の底』に叩き落とし。復讐を成し遂げてみせる事を『黄金の聖女』であるこの私が約束してあげるわ……ウフフ。




