初めてのお泊まり8
マキナは写真を見つめたまま、小さく呟いた。
「……この人はね」
そこまで言うと、言葉が止まった。
俯いたまま、唇を噛み締めている。
観覧車の中は、さっきまでの笑い声が嘘だったかのように静まり返っていた。
何か言わなきゃ。
そう思うのに、気の利いた言葉なんて一つも浮かばない。
ようやく口から出たのは、
「……大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
それでも、その一言しか言えなかった。
マキナは返事をしない。
ただ写真を見つめたまま、小さく息を吐く。
ゆっくりと観覧車は空へ昇っていく。
あと少しで頂上だった。
「この人はね……」
急にマキナが静かに話し始めた。
「昔……一緒に住んでた人なんだ……」
目には涙が浮かび、必死にこらえているようだった。
俺は、一瞬だけ元カレなのかと思った。
でも、今聞くべきことじゃない。
そう感じて、黙って続きを待った。
するとマキナが、不安そうに俺を見る。
「太一……この人、怖い?」
「嫌な感じ……する?」
写真を見返す。
帽子を深くかぶり、人混みの中からこちらを見つめる男。
確かに、どこか不気味だった。
嘘をつくのも違うと思い、俺は正直に頷く。
「……うん。少し怖い。」
マキナは小さく笑おうとした。
でも、その笑顔はすぐに崩れた。
「……そっか。」
少しだけ沈黙が流れる。
観覧車は、ゆっくりと頂上へ近づいていた。
そしてマキナは、小さく息を吸う。
「この人ね……」
「私のお父さんなの。」
「今でも時々、お金を貸してくれって、突然私の前に現れるの。」
「貸しても返ってこないし……」
マキナは涙を拭いながら、小さく続けた。
「お金がないって言えば、お母さんや私に手をあげるような人だった。」
胸が締め付けられた。
だから、さっき写真を見た瞬間、あんな顔をしていたのか。
「……ということは、お父さんがここにいる理由は、お金を貸してくれってこと?」
恐る恐る聞く。
マキナは小さく頷いた。
「……多分。」
その一言を最後に、張りつめていた糸が切れたように、マキナは静かに涙をこぼした。
俺は何も言えなかった。
慰める言葉なんて見つからない。
だから俺は、そっとマキナの隣に座り、震える肩を優しく抱き寄せた。
観覧車はゆっくりと夜景の中を進んでいく。
ガラスの向こうには、さっきまであんなに綺麗に見えていた景色が広がっている。
なのに今の俺には、その景色を楽しむ余裕なんてなかった。
俺は、この時初めて知った。
マキナが笑顔の裏で、こんなにも重いものを抱えて生きていたことを。
もう観覧車は頂上をとっくに過ぎていた。




