ブキャナン少将
神奈川県横須賀市には、米海軍横須賀基地、通称『ベース』が存在した。
神奈川は日本第二の基地県である。
この地は、アメリカ領であり、在日米海軍司令部が置かれる極東最大級の海軍施設である。
軍港では、第7艦隊の旗艦やイージス艦、原子力空母の雄大な姿を間近で見ることができる。
ここは米海軍の母港として機能しており、敷地内には米軍関係者やその家族など2万人以上が生活する一大コミュニティが形成されていた。
家族住宅・病院・学校など日常生活に必要な施設がほとんどある。
そんな海軍の町横須賀はアメリカ文化を取りいれた独自の文化が形成された。
異国情緒あふれるレトロな商店街に、日米の文化が融合された町並みが見られる。
ほかにも、神奈川の真ん中にキャンプ座間があり、米陸軍第一軍団(前方)司令部がある。
敷地内には、日本陸上防衛軍の座間駐屯地も敷地内に駐屯していた。
厚木海軍飛行場など、現在全国に130の基地がある。
神奈川県はそのうち12の施設がある。
沖縄の31に続いて二番目の多さである。
その米海軍横須賀基地に、ゴリガン中尉ひきいる特殊飛行小隊『ロケットガイ』に命令をくだした米軍将校がいた。
司令官の私室には、復刻品のジュークボックがあり、エルヴィス・プレスリーの『イッツ・ナウ・オア・ネバー』が流れていた。
アームチェアに座った人物が、その曲を、眼をつむって聴き入っていた。
身長は185cm、体重120kgの代表肥満の人物だ。
「おお……プレスリーはいつ聴いても良いものだ……極東の地へ飛ばされた不満も少しは忘れられる」
そこへ、荒い足音が聞こえ、扉が開いた。
金属ケースを持った痩せた男が入ってくる。
「少将閣下!!」
「なんだ、騒々しい……」
不快げに眼を開いた人物は、ギョロリと部下を見た。
西郷隆盛は巨目の人物であったと知られるが、それ以上の巨眼の持ち主である。
部下たちは、その鋭い眼光と巨眼でジロリと見られると、異様な威厳に当てられ、命知らずの海兵隊であっても舌が張り付いて、しゃべるのが困難になる。
彼こそが米海軍横須賀基地の司令官、チャーリー・ブキャナン少将であった。
今年で50歳になり、立派なヒゲには白髪が目立ち始めていた。
野心と出世欲の権化ともいうべきこの男は、米国国防総省国防長官になるという野望をいだいていた。
そして、彼は熱烈なクリスチャンでもあり、アメリカのイスラエルへの支持を、十字軍になぞらえ、『アメリカを愛するならば、イスラエルをも愛さねばならない』という持論を持っていた。
彼は、イスラエル人こそが、神に選ばれた民であり、イスラム教を嫌っていた。
イラン政府を『悪の政権』と批判し、大統領にイラン攻撃への参加を希望していたが、その願いは未だ叶えられていない。
「ブキャナン少将閣下、真樽子に派遣したゴリガン中尉から連絡ありました!!」
「うむ、『契約の鍵』を手に入れたか?」
「いえ、それが……」
「なんだ……もしかして、日本防衛軍横須賀基地と長浦港基地の司令部に感づかれでもしたというのか?」
米海軍横須賀基地のある湾内には、日本防衛軍司令部の横須賀基地が隣接していた。
長浦港にも日本防衛軍の海軍基地があった。
この間も春のフレンドシップデイで一般公開イベントが開催され、横須賀基地と長浦港基地の司令官とビールを酌み交わしたばかりだ。
米海軍横須賀基地は、他にも夏の開港花火大会などのイベントがあり、この日は特別に一般人も基地内に入場が可能であった。
艦船の特別見学ができ、ピザやステーキなどのアメリカンフードの屋台も並ぶ。
日本の司令官たちは、ブキャナン海軍少将の秘命にまるで感づいていない、太平楽な様子であった。
しかし、とんだ腹芸であったという可能性もある。
「いえ、ちがいます。日本防衛軍司令部は、消息不明となった海上防衛隊の海洋観測艦『つくよみ』とF-15Jイーグルの捜索に大わらわで、日本防衛軍はこの件に関して、一切感づいているようすはありません」
「ならば、よいではないか」
報告に来た痩せた男は、キース・ゾンター中佐といい、ブキャナンの副官であり、情報将校でもあった。
表情に乏しく、何を考えているか分からない薄気味の悪い男であるが、『第三の目を持つ男』と仇名されるほど、諜報戦略に長けた男であった。
「しかし、日本の民間軍事施設のイクシード・フォースが動いておりました」
ブキャナン少将が巨眼をひんむいた。
「なんだと!! おのれ、マニズ財団の古狐め、嗅ぎつけおったか!!」
「それに中共の『青い蛾』にまで邪魔されたとの報告です」
「周銀平まで……」
「さらにアビサロンの先兵たる半魚人たちまで出現してしまったとか……」
「what a crazy day(何て滅茶苦茶な一日だ)!!」
ブキャナンはデスクを両手で叩き、宙を仰いで嘆息した。
「……して、ゴリガン中尉は『契約の鍵』を手に入れたのだろうな?」
「それが……『契約の鍵』の入っていたタマバコを持って帰還したのですが……」
ゾンター中佐は金属ケースから厨子箱に似た匣を取り出した。
「これが、タマバコか!!」
喜色満面となったブキャナン少将がタマバコを手に取った。
「ええ……タマバコの奪取には成功しましたが、中に『契約の鍵』は入っておりません」
「なんだと!!」
「情報部が墨江屋敷に仕掛けた盗聴器を傍受したところ、マリという日本人女性が玉匣を開ける事のできる唯一の人物であり、彼女が『契約の鍵』を取り出しておいたという報告です」
「ええい、ゴリガンめ、失敗しおったな!! 奴は更迭だ!!」
「いえ、このタマバコはアビサロン文明の科学力を知る貴重なサンプルです。その成果は評価せねばなりません」
少将は丁重に玉匣を金属ケースに収めた。
「そうか……それで、『契約の鍵』はまだ墨江屋敷にあるのか?」
「アビサロンの半魚人が、飛行体に乗り込み、『契約の鍵』をマリという女性ごと連れ去り、空に消えたようです」
「アビサロンは『契約の鍵』をどこへ持っていったのだ?」
「レーダー係によると、半魚人を乗せた飛行体の向かった先は、相模湾沖の海底にある真樽子遺跡ではないかという報告です」
「ふうむ……アビサロンの拠点か……」
ブキャナン少将は、国防長官から密命を帯びていた。
アビサロンの所有する地震発生装置『ビヒモウス』を奪取することだ。
さすれば、イランへの転任も可能だという。
やがては、装置を奪取した功績で、国防長官への夢も現実となるであろう。
ブキャナンはニヤリと口の端をあげた。
「どういたしますか?」
「バージニアを出して、我らが先に海底遺跡から地震発生装置『ビヒモウス』を奪取するのだ!!」
「はっ!!」
バージニアとは、アメリカ海軍の誇る攻撃型原子力潜水艦で、バージニア級原子力潜水艦のことだ。
全長114.8メートル、最大速力は水中で25ノット(46km/h)、乗員134名、兵装は533mm水圧式魚雷発射管×4門で、Mk.48魚雷、ハープーンUSM、各種機雷を装備する。
冷戦時代にソ連海軍の原子力潜水艦を超える高性能艦として設計されたシーウルフ級原子力潜水艦があった。
しかし、冷戦終結により必要性が下がり、莫大な建造費もかかるために、当初30隻を予定していたが、建造費は削減され、3隻にとどまった。
その後、コスト低減にあわせた設計された艦が、スレッシャー級、スタージョン級、ロサンゼルス級などがあり、バージニア級は次世代潜水艦にあたる。
ブキャナン大佐の命令一下、バージニア級原子力潜水艦に、潜航艇や上陸用舟艇を配備し、特殊戦コマンド(NSW)に所属するネイビーシールズ(Navy SEALs)を搭乗させた。
ネイビーシールズは、敵地の潜入から脱出まであらゆる環境に対応し、陸軍のグリーンベレー等とならび世界各地で隠密作戦を展開する。
米軍でも最も過酷とされる約半年間の基礎水中爆破訓練があり、志願者の2割以下しか生き残れない、厳しい選抜をクリアした者たちだけで構成されている。
その分隊の構成は、ブキャナン少将直属のネイビーシールズから、選りすぐりの70名を搭乗させた。
特殊戦コマンドは、上等兵曹のサーマン隊・トレント隊の各小隊35人の2チームで構成されている。
いずれも一騎当千の猛者たちだ。
「各隊、健闘を祈る!! アメリカの未来はきみたちにかかっているぞ!!」
ドック港の司令塔から、少将が兵士たちを激励した。
「イエッサー!!」
兵員たちは意気揚々とバージニア級潜水艦に乗り込んでいった。
「ふふふふふ……『ビヒモウス』を我が国が手に入れれば、核兵器以上の戦果を得ることができるぞ。なにせどこの軍港や基地を沈めても、表向きは自然災害でごまかせるのだからな……」
「しかし、一つ懸念が……」
「なんだ、ゾンター中佐」
「『つくよみ』やイーグルが消えたのも、真樽子海底遺跡に近い場所です。もしや、アビサロンに攻撃されたのが原因ではありますまいか」
「ふん、だとしても、我が国の軍事力は世界一だ。必ずやアビサロンを返り討ちにしてやるわい」
「だと、よろしいのですが……」
ゾンター中佐は内心で、ホルムズ海峡の時も、ウクライナ交渉の時も、初めは大口を叩いていた大統領を想起せずにはいられなかった。
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