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魚人司教

 玉匣を黒根津に奪われ、米兵と中共と海童で争奪を繰り広げているとも知らないアクアブルーとソルレッド。

 

 彼らは屋敷内の庭で、半魚人ビアドラスが立体映像でうつす魚人司教と向かい合っていた。


「そんなことはさせないぜ!!!」


 アクアブルーが断言した。


「意気がっても無駄だ。アビサロンは無敵だ!!」


 両者はバチバチと視線を交わした。らちが明かぬと見た蒼太は、


「ところでだ……あんたはアビサロンでも上位にいる存在だと見て一つ聞きたいことがある……」


「なんだ?」


「七年前に旅客機ごと消し去った海雲寺啓作博士。彼を殺した奴を知っているか?」


「海雲寺啓作? おお……知っているとも、人間族にしては惜しい才能の持ち主であった。だが、アビサロンに対抗した軍事組織を提唱したゆえ、我が配下に始末させてもらった」


「なっ……てめえが張本人か!!」


 ソルレッドがぎょっとして、アクアブルーを見た。蒼太は今までに見たことがないような恐ろしい顔をしていた。


 蒼太が立体映像に向ってイクシード・ハンドガンをぶっ放した。

 

 だが、銃弾はホログラムをすり抜けて、虚しく霧に消えてゆく。


「わははははは……無駄な行為だ、毛無し猿!!」


 魚人司教が憎々しげに哄笑した。


「よせ、アクアブルー。無駄弾を使うのは、射手(ガンナー)として二流だ!」


 ソルレッドがアクアブルーの肩を抑えて止めた。


「わかっているよ!!」


 蒼太がそっぽを向いた。


「スパイ学校の教官に言われたことを覚えているな?」


「ああ……『怒りに我を忘れそうな時ほど、氷のように冷静に動け、それがイクシード・フォースのエージェントだ』、ってな」


 蒼太は教官に教わった腹式呼吸法をおこなった。

 息を「吸う」よりも「吐く」ことを意識し、息を長く吐くことで副交感神経が優位になり、怒りと緊張を鎮めて、心身をリラックスさせていく。


「わかっていたら、いい」


「…………」


「その復讐の炎は腹にためておけ……仇討ちが出来るその時までな」


「おう……」


 そのやり取りを見ていた魚人司教は、


「どうやら、おぬしは海雲寺博士の遺族らしいな……可哀想に……我が使徒たちがお主を父親の待つ黄泉の世界に送ってやろう……それがせめてもの情けというものよ」


「ふざけたこと抜かしやがって!!」


「我がアビサロン秘儀教団最強の戦士ビアドラスよ……こやつらを始末せよ……穢れた民を『審判』の前の生贄にせよ」


「ギョラアアッ!!」


 魚類人たちの士気があがる。


「させるか……イクシード・ハンドガン、煙幕弾(えんまくだん)モード!!」


 アクアブルーが地面に向けて銃弾を撃った。


 その周辺から白煙が湧きたち、海霧と相まって、アクアブルーとソルレッドの姿が消えた。


「ギョル!?」


 蒼太の姿が消えた。

 ビアドラスたちが周囲を見回す。

 霧をかき分け、ビアドラスの背後からアクアブルーが現れ、半魚人を羽交い絞めにした。


「今だ、ソルレッド!! 近距離から心臓を狙え!!」


「わかった!」


 阿吽の呼吸で樹里がイクシード・ライフルで心臓めがけて徹甲弾(てっこうだん)を見舞った。

 当たる瞬間ぎりぎりにビアドラスから離脱した蒼太。


 ビアドラスに徹甲弾が直撃し、爆焔に呑みこまれるビアドラス。


 徹甲弾は、戦車や戦艦の装甲をも貫通する。

 深海の水圧にも、銃弾やビーム兵器にも耐えうるボディであっても、徹甲弾の高温融解の前には身体に穴が開いてしまうのは必定だった。


「やったか!!」


 爆焔が濛々とあがる。

 その黒煙をかきわけ、水かきのついた腕が出てきた。

 爆風の中から半魚人が五体無事に出てきた。


「なにっ、徹甲弾でも通じないというのか!?」


 ビアドラスは霧の中を泳ぐようにかき分け、樹里を右手で払いのけた。


「ギャレスピッ!!」


「あうッ!!」


 宙に吹っ飛ぶ樹里。


「樹里っ!!」


 地面に激突する前に、高速で駆けた蒼太が両手でキャッチした。


「まさか、ソルレッドをお姫様だっこをする日が来るとはな……これで貸しは一つチャラだぜ」


「バカっ、ジョークを言っている場合か!!」


 頬を赤らめたソルレッドをアクアブルーが地面に降ろした。


「ふっ……だが、軽口をたたくようぬなったな……いつものお前らしい」


「よせやい……」


 アクアブルーも照れてしまった。


「それよりもビアドラスを何とかせねば」


「おっといけねえ!!」


 そのとき、墨屋敷の方角で何かが光り輝いた。


「なんだ、あの光は!?」


「ギュラッ!!」


 ビアドラスは二人に目もくれず、屋敷に空いた穴から入った墨江博士とマリを、追いかけていった。

 そこへ海童軍団がやってきた。


「ギョルルル……『契約の鍵』をよこせ!!」


「アクアブルー、ここは私に任せて助けにいけ!」


 ソルレッドがEライフルで弾幕を張り、海童の大群を足止めした。


「頼んだぜ、ソルレッド。半魚人野郎、待ちやがれ!!」




 その少し前、屋敷の書斎兼研究室では、壊れた窓に墨江博士とマリが作ったバリケードがあった。


「わしの失策で、玉匣を黒根津に奪われてしもうた……わしの人を見る目は節穴じゃったわい……」


 しょげる墨江博士に、和鷹マリが、


「大丈夫です、博士。万が一のことを考えて、玉匣から鍵だけは取り出しておきましたから」


 マリが内ポケットから黄金の鍵を取り出した。


「おお……いつの間に!?」


 そのとき、黄金の鍵が部屋をまっしろにするほどに光り輝いた。


「うわっ、鍵がものすごく光ったわ!!」


「なんじゃったんじゃい、今の光は? それより、その鍵はいったい……」


「わたしは黒根津を信用できなかったので、博士が拘束を解いている間にこっそり玉匣から鍵だけを抜いておきました」


 博士は鍵とマリを交互に見て、


「やるのう、マリくん……お陰で『契約の鍵』が悪者の手に入らんで良かったわい。しかし、黒根津が裏切ると分かったのう?」


「わたしは物心がつく頃から、人の瞳の奥を見ると、なんとなく人の本性が分かるんです」


「ほう、まるで超能力者のようじゃな……」


「ここに来る前にも、蒼太くんにも言われました……わたしの父は栃木の田舎で駐在警官をしていましたが、父もなんとなく瞳の奥を見ると、悪人を見極めることができたそうです」


「なるほど、お父上の遺伝であったか……」


「ええ……父はその能力で犯人を検挙し、本庁の刑事課にさそわれましたが、断りました」


「なぜじゃろうな?」


「地方のお巡りさんとして、静かに暮らしたかったようです。派出所や交番勤務は、地味だけど、犯罪抑止に最も役立つともいっていました」


「うむ……たしかに、一見地道に見えるが、日本の交番制度は犯罪抑止に役立つと、世界でも真似るようになったからのう……」


「わたしは報道部のニュースキャスターに就職しました。父の正義感を引き継いだのかもしれまんせん……木更津の未成年の不良グループが交番の警官から拳銃を奪った事件を聞いて、まるで父のことのように義憤に燃えました」


「おお……たしか昨年秋ごろの事件じゃったな……連民党の火礼津(ひれつ)代議士のせがれが犯人だったとか」


「だからわたしは上層部が止めるのも聞かずにすっぱ抜いてやりましたよ!」


「きみがあの事件を暴いたニュースキャスターじゃったのか!?」


 墨江博士はおどろいてマリを見返した。


「ええ……もっとも、おかげで連民党から上層部に圧力をかけられ、BSのマイナー番組に移動されてしまいましたけどね……」


「ふ~~む……正義のニュースキャスターも大変じゃのう……」


 なんとなくしんみりした。


 突然、バリケードを跳ね除け、ビアドラスが現れた。二人は恐ろしさで身が固まった。


「ギョルルルル……『契約ノ鍵』……ヨコセ!!」


 ビアドラスがマリに向って日本語をしゃべった。

 それは人間以外の者が発する、抑揚のない音声のようだった。

 半魚人がマリから鍵を奪おうと迫る。


「きゃああっ!!」


 和鷹マリは恐ろしさのあまり悲鳴をあげる。


「マリくんをどうする気じゃ!!」


 女子アナの前に立ち塞がった墨江博士を、ビアドラスは跳ね除けた。


「うぐっ!!」


 墨江博士はちょうどソファに飛び、大怪我は避けられたが、痛みでうめく。


「大丈夫ですか、博士!!」


 ビアドラスは、マリをギロリと見た。


「キャアアアっ!! 来ないでぇ!!!」


 マリが悲鳴をあげ、手近のフャイルや瓦礫を投げるが、半魚人はビクともしない。

 マリはあまりの恐ろしさに気絶してしまった。

 水かきのついた手がマリに迫る。


「待て、ビアドラス!!!」


「ギョル!?」


 銀の腕輪から立体映像が浮かびあがり、魚人司教がビアドラスに何かを命令した。


 ビアドラスはマリにひざまずき、マリをうやうやしく両手で持ち上げた。そこへ、蒼太が駆けつけた。


 ビアドラスは蒼太を歯牙にもかけず、屋敷の廊下へと走り去った。


「大丈夫ですか、墨江博士!!」


「わしは何ともない……それよりもマリくんが海童にさらわれたんじゃ!!」


「何ですって!?」


「『契約の鍵』も奪われてしもうた!!」


「なんですって!?」




 その頃、グライアイは海霧の発生地点に向けて飛行していた。

 海霧がひときわ濃くなり、イクシード・スーツに水滴がついてしまう。


 濃霧の中に、ポツンと鬼火のような赤い光が見えた。

 それは漁船が使う集魚灯(ライト)が、濃い霧の中の水分に反射しているものだ。

 濃霧で他船とぶつからない用心である。


「あれが海霧の発生源かも……」


 海猫岬突端の下方の海辺には、舛井村の漁船が一隻、碇を下ろして繋留していた。


 漁船の四方にチューブが海に降ろされ、大型車ほどもある六角形の未知の機械から、濛々と海霧が発生していた。


 甲板には装置の護衛の海童たちが五人ほど、水中銃(スピアガン)で武装している。


「こう、海霧が濃いと、ビーム兵器は使えないわね」


 レーザー光線は霧や煙の粒子に当ると、光が乱反射して標的に当たりにくいのだ。


 漁船の屋根に海璃が、音もなく舞い降りた。

 そして六角形の海霧発生装置に蝙蝠型のアクセサリーを貼りつける。

 ゴスロリファッションの飾りに見えるが、時限式の高性能爆薬だ。


「ギョリ!?」


 見張りの海童が海璃の姿に気付いた。


「あら、ばれちゃったかも!?」


 海童たちが水中銃で金属製の銛(もり)をグライアイに射(う)ち出した。


「集え、我が闇の眷属たち!! 『人形領域(パペット・レジオン)』!!」


 グライアイの周囲に人形たちが円陣を組み、バリヤを張った。

 金属銛が跳ね返される。銛がつきたのを見計らって、空へと飛んだ。

 バリヤと空中浮遊は同時に使えないのだ。


「ギュマリロ!!!」


 半魚人たちが水中銃に銛を再装填してグライアイを撃つ。

 だが、射程圏内を離れていて、銛はむなしく海に落下する。

 その間に時限装置が働き、高性能爆弾が破裂した。


 ドゴーーーン!!!


 海霧発生装置が漁船ごと爆発した。


「ミッション・コンプリート!!」


 海霧が止まり、霧が晴れていくなか、グライアイは悠々と墨江屋敷へ向かって行った。





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