魚怪戦線
樹里が指差す先、霧の向うに人の気配がした。
霧をかきわけ、漁師たちがぞろぞろと屋敷に押し寄せてくる。
「あれは……」
舛井村の漁師たちは、手に手に銛や手鉤、三叉槍、ヤスやホコといった漁具を持っていた。
妙にエラの張った男たちで、青白いカエルに似た容貌の者が多い。
みな一様に目が死んだように空ろなのが不気味だ。
数十人の大群がこちらに迫る。
「アビサローン……アビサローン……ギャグルナフ……ギョアギョア……ギアアア……」
奇怪な邪教の祝詞をあげながら近付いてきた。
「ギョタグル……ギャゴン……ギュルルイエ……ル……アビサローン……アビサローン……『契約の鍵』を渡せ!!」
「きゃああああっ!? 武装した漁師さんたちがこっちに来るわ!?」
マリが悲鳴を上げる。蒼太は半目でにらみ、
「あの特徴的な顔は、海璃のいうところのインスマス面だな」
樹里がこくりと頷く。
「アビサロンを信奉する邪教徒たち……半魚人どもだな……」
そこへ、屋敷内から二人の影が出てきた。宇坪金融の牙沢と岩野だ。
「あいつら、電気コードで拘束したのにどうやって……」
気絶から目覚めた牙沢寅治は、革靴に仕込んだ刃を使って岩野のコードを切って拘束を解いたのだ。
「くそっ……GI野郎め、おれたちを手駒にしやがって……」
「いったん出直しやしょう……サツが来ちゃまずいですぜ、兄貴」
「そうだったな……」
塀向うのバンへ進む二人の眼前に、舛井村の漁師たちが来た。
「何だぁ……おめえらは舛井村の魚津と鰰田じゃねえか……」
「こんな所で油売ってねえで、さっさと浜で仕事してこい。さもねえと、借金の形におめえんとこの漁船が抵当流れすっぞ」
岩野と牙沢は、強盗が失敗した後ろめたさから、借財人の漁師たちにすごんだ。
「邪魔だ……アビサロン様の命令を邪魔する不敬者は散れ!!」
「なんだとぉ!?」
「ギョオォォォ……」
漁師が奇怪な叫び声を上げた。
マリがびくりとして蒼太たちの背後に隠れる。
舛井村の漁師たちの肌が、みるみる内に変化していった。
上半身のシャツが破れ、人肌が深緑色の鱗に覆われていった。
指に水かきのようなものがついた手に、顔は魚のように変化していった。
首の両側にエラがあり、ぱくぱくと開閉していた。
「は、半魚人に化けたぁぁ!!」
マリが悲鳴をあげる。
「あれって、もしかして、UMAの海童!!!」
「ああ……西洋では半魚人、キリスト教圏では悪魔ダゴン、中華圏では海人や鮫人、日本では海童と呼ばれているアビサロンの先兵だ」
半魚人の水かきのついた爪が牙沢を斬り裂いた。
「ぎゃあああっ!!」
舛井村の住人たちは、普段は一般人として平凡に暮らしている。
だが、アビサロンの命令が入りしだい、忠実な下僕となって任務を実行する非情の邪教徒となるのだった。
「ギョグワアッ!!」
獲物を見つけた海童が雄叫びをあげた。
「なんだぁぁ!? この怪物わぁぁ!!」
パニック状態の岩野がジャックナイフで切りかかった。
が、魚類人は霧の中を、まるで水中の中を泳ぐように素早く動いた。
口を大きく開けると、鮫のように尖った牙が並んでいた。
その牙で男の左の二の腕に噛みついた。
「ぎゃあああああ!!!」
男の右手が付け根から食いちぎられ、手の切り口から血しぶきが滝の水のように奔流した。
半魚人は切断された右腕にかぶりついて、くちゃくちゃと食べだした。
「俺の腕が……腕がァァ……バケモンに食われたぁぁ」
狂乱した男が血止めもせずに右手のジャックナイフで半魚人の心臓めがけて突いた。
が、半魚人は嘲笑うかのように男を両手で捕らえ、頭にかぶりつき、頭蓋骨がめりめりと割れる音がした。
庭は屠殺場と化した。
他の魚人も屍体にかぶりついて食事に夢中になった。マリが悲鳴をあげる。
「いいいいぃぃやああああぁぁっ!?」
「たまげたな……人食い半魚人か!?」
「噂以上に恐ろしい連中のようだな……」
闘いに慣れたアクアブルーとソルレッドも、思わず背筋に寒気が走るほどの怪物たちだった。
「『契約の鍵』を渡せ!!」
ぬめぬめと光沢のある魚鱗におおわれた半魚人たちが、こちらに迫ってくる。
「ちょっとぉ……蒼太くん、どうするのぉ!?」
「戦うしかねえな!」
海童たちが襲ってきた。
「ギョラアァァ!!!」
「怪物め、これでもくらいな!!」
蒼太はイクシード・ハンドガンの引き金をひくと、銃撃音がして弾が魚類人の鳩尾に命中した。
赤い血飛沫をあげ、魚類人は苦鳴をあげ、背中から倒れた。
すると、半魚人の傷口から白い泡が吹きだしてきて、身体を溶解させはじめた。
「溶けだしやがった!?」
墨江博士が信じられぬ面持ちでその様子を見て、
「自然界の昆虫の中には、少数だが、死後に分解酵素が働き、数日かけて外骨格ごと消滅するものもいるという……海童にもそんな仕掛けがあるのかもしれん」
「なるほど……アビサロンがいたという証拠を残さないための器官かもしれませんね……」
他の半魚人は仲間の死にも怯まずに襲ってきた。
恐るべき狂信的邪教徒集団であった。
「さあて、怪物退治を始めるぜ。ソルレッド」
「E・I・G(了解)!」
樹里が右手親指をあげた。
他の半魚人たちが反撃を開始した。
銛や三叉槍をもった襲撃者どもが襲いかかってきた。
蒼太がイクシード・ハンドガンの通常普通弾を速射モードで叩きつけた。
「なにっ!?」
半魚人たちはハンドガンやライフルの弾道を見切り、身体をひねって銃撃を避けた。
一番手の魚類人がヤスをアクアブルーに突いた。
蒼太は右に躱し、ヤスが空を切った。
その隙をついて至近距離で海童のどてっ腹に銃弾を見舞った。
「ギャベッ!!」
頭部を撃ち抜かれた魚類人が仰け反り倒れ、赤い血を白い泡がおおってゆく。
だが、海童の攻撃の手はやまない。
「くそっ……最初の不意打ちは当たったが、奴ら動きが早くって、弾丸が中々当らねえな……」
「アビサロンの半魚人は水陸両用の両棲人間で、水中の動きの方が早いというけど、地上でもなかなかの素早さね……」
「そうか……この霧のおかげだ。きっと、この不自然な海霧は、アビサロンの発明した海霧発生装置のせいだ。半魚人たちは、水分たっぷりの霧の中なら、素早く動けるんだ」
「なら、先に海霧発生装置を破壊すべきか……」
「ああ……だが、装置が海の方にあるはずだが、そこまで行く余裕はねえ……」
「なら……曳光弾モード」
イクシード・ライフルが音声認識でチェンジし、曳光弾を霧の中に放った。
その閃光に驚き怯える半魚人たちの隙をついて、フルオートモードで連射していった。
「ギャレギョルッ!!」
半魚人の動きが鈍る。
「今のうちに屋敷外に逃げてください、車を待たせてあります。墨江博士、マリさん!!」
「うん……さあ、墨江博士」
「う、うむ……」
ふたりが外へ向かった。
だが、門の方角の霧をかきわけ、別の半魚人たちが姿を現した。
「しまった。まだ別働隊がいたのか!?」
魚類人たちの挟み撃ちにはまってしまった。
「逃げ道無しか……仕方ない、墨江博士、マリさん、いったん屋敷に避難してください!!」
「うむ……わかった」
「がんばってね、蒼太くんと樹里さん」
「おう!!」
「わかっている」
墨江博士とマリは裏口へ向かい、屋敷の中へと消えていった。
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