スナイパー・ソルレッド
「ちっ、考えやがったな!!」
蒼太は屋敷の外にある森へ向かって逃げた。
蒼太のいた数秒前の地点に徹甲弾による衝撃波とクレーターが次々と生じた。
左右に不規則にジグザグ走行することによって、ロジャース軍曹の追撃をかわす。
無敵と思えたEスーツだが、戦車や戦艦の装甲をも貫通する徹甲弾の威力の前には、ただではすまないと判断したのだ。
「こうなったらゲリラ戦だ!!」
障害物のある樹木や岩陰などに隠れて、反撃の隙をねらう作戦だ。
「ゲリラ戦に持ち込むとは、敵ながら利口な判断だな……」
ロジャース軍曹は愛用のアサルト・ライフルのスコープを覗きこみ、森へ逃げ込む蒼太を赤いクロスヘアカーソルの中心に収め、トリガー横にあるタグボタンを押す。
すると標的のロックオンが完了した。
コンピューターが適切なタイミングでトリガーのロックを解除し、弾丸が発射できる。
樹木の陰に隠れた蒼太は一息つく。
「これで奴からには見えねえ、さて、どう反撃するか」
ひと安心いた彼の右横に弾丸が飛び、奥にある大木の幹に当たった。
徹甲弾の高温融解で穴凹が生じ、メキメキと倒れて行った。
「なに、おれの位置がわかるのか!?」
蒼太があわてて奥の森の繁みの中に移動した。
「ふふふふ……いいアイディアだが、おれの愛機の前では無駄よ……このアサルト・ライフルは、Linux搭載で1600メートル先の動く標的でも狙えるスマート・ライフル『Mile Maker』だ」
ライフル上に搭載されたコンピューター照準器には、Linuxが組み込まれ、カメラで捉えた画像、および実際の風向きや気温などの条件を演算し、最適な発射のタイミングを割り出すことができるのだ。
カメラが捉えた画像は、無線で専用ゴーグルに送信することが可能。
このゴーグルをつけておけば、実際に標的が見えない物陰から狙撃をすることが可能になるのだ。
ジェットパックで森の上へ移動する特殊精鋭兵。
「キツネ狩りの始まりだ……ターゲットは逃さん!!!」
舌舐めずりをするロジャース軍曹。
スキンヘッドで鷲鼻、『コンドル』の異名をもつ小隊一のスナイパーだ。
「早く奴を倒して、タマバコを横須賀基地のブキャナン少将に届けなくては……」
彼のゴーグルが、とつぜん白く濁った。
「なんだぁ!? こんな昼間に霧が発生したというのか!?」
周囲を見回すと、いつの間にか、あたりに蒸気霧が発生していた。
ロジャース軍曹と蒼太が見回すと、霧は屋敷の向う、海猫岬の先の海岸から押し寄せてきた。
海面には渦を巻いた霧が柱のようになって高くなっているのが見えた。
「海霧か……さっきまで、青空だったというのに海霧なんて異常気象としか思えねえ……だが、今のおれには幸運の女神になりそうだぜ」
蒼太は濃くなっていく霧に身を隠して移動した。
海霧は、温かく湿った空気が、冷たい海面に接することで発生する移流霧のことだ。
海で発生する蒸気霧は、乱気流のような見た目で、渦を巻いて柱を形成することがある。
これは放射冷却で冷え込む晩秋から冬の、よく晴れた風の弱い日の朝の起こりやすく。
元来は冬の風物詩であり、五月の神奈川県の海に発生するものではない。
「薄霧が濃霧になってきやがった……どうなってやがるんだ、日本の気候は!?」
愚痴るロジャース軍曹だが、ゴーグルの水滴をぬぐい、ゴーグル脇のスイッチを入れた。
暗視装置モードにして、スマート・ライフルに音声入力で赤外線センサーを作動させた。
「だがこちらには体温感知器がある。赤外線照準器で奴を見つけだしてやるぜ」
暗視装置には2種類あり、微光増幅型を使うと霧の中では光が乱反射して使えない。
だが、サーマル型であれば、対象物の熱を感知するため、霧や煙をも通過してクリアな映像を捉えることも可能なのだ。
そのとき、ロジャース軍曹の軍服の脇腹に、ちらちらと赤い光点があたっていることに気がついた。
「これは……可視光ではなく、赤外線レーザーだ!? 奴には狙撃手の味方がいたのか!?」
ロジャース軍曹が赤外線レーザーの発射元に銃口を向けるよりも早く銃撃音がして、ジェットバックの燃料タンクに穴が開いた。
同時にジェットバックが発火して爆発を起こす。
暗視ゴーグルが強烈な光にさらされ、映像が真っ白にホワイトアウトした。
「オーマイガー(何てこった)!!!」
悲鳴をあげて森に墜落していくロジャース軍曹。
森の大木の枝の繁みが動き、蒼太が姿を見せる。墨江屋敷の塀を乗り越え、庭に入った。
「おれが撃ったんじゃねえ……いったい誰が?」
蒼太が発射された方角から狙撃ポイントを探る。塀の向うの森の繁みからだ。
そこからモーター音が響き、こちらに近付いてきた。オフロードバイクに乗り、黒いフルフェィス・ヘルメットを被ったライダースーツの人物が塀をジャンプして庭にはいってきた。
「おめえは……ソルレッドじぇねえか。なんてこんなところに!?」
「アクアブルー……貸し、二つ目」
「わかっているよ。今度まとめて返してやらあ!!」
ソルレッドと呼ばれた人物がヘルメットと暗視ゴーグルを取ると、黒く長い髪がふわりと宙に乱れとんだ。
その下にクール・ビューティーな顔が現れた。
切れ長の双眸は冷たく美しく、唇は血を刷いたように赤い。身長は蒼太とおなじくらいある。
彼女はコードナンバー108(ワン・ハンドレット・エイト)通称「ソルレッド」、本名は阿玉樹理といって、蒼太と同じくイクシード・フォース情報部に属する特別捜査官だ。
肩に革ベルトでしょっているのは、一見すると、普通のレミントンM700に似た狙撃銃だ。
だが、彼女の持つ銃もまた『T』の開発した多目的万能銃火器で、イクシード・ライフルという。
蒼太のイクシード・ハンドガンと同様、音声認識により複数の発射モードが使用可能。
オートマチックやセミオート、速射モードにも変えられる。
炸裂弾や閃光弾、曳光弾、白熱弾、冷凍弾、溶解弾などに音声ひとつで切り替え可能だ。
狙撃用のカスタマイズされたアサルト・ライフルで、ハイテク仕様のスコープにより、光学照準器内にデジタルの白い点――タグが表示され、トリガー横の赤いボタンを押すと十字線が照準器内に現れ、標的がロックオンされる。
射撃手は標的に向って誘導されるロックオン射撃が可能だ。長押しせずタップすることで単発射撃が可能。
トリガー長押しでロックオンモードに移行し、ロックオンしていた時に、ロックした時間の分だけ弾丸が連射する機能もある。
また、赤外線レーザーサイト(照準器)を採用しているため、遠距離での照準制度がすぐれていた。
射程距離は600~1900メートルが有効射程距離で、命中精度がきわめて高い。
誘導される弾丸は曲射気味に標的へ誘導発射することも可能だ。
イクシード・ライフルは、AI仕様のシステムにより、1.9km先を時速約50kmで動く標的を確実に射止めることができる。
ゆえに、通称『翼のないジェット戦闘機』といわれる。
「ん……期待しないで待っている」
樹里は寡黙でミステリアスな女性だが、視力は左右とも5.0あり、遠距離射撃と狙撃の腕は一流だ。
蒼太も樹里の狙撃手としての腕は一目置いている。
「しかし、また急に海霧が出てきやがったなあ……」
「異常気象だな」
ソルレッドがぼそりと相槌をうつ。
「それにしても、なんでソルレッドがここにいる!?」
「ん……『N』に頼まれた」
樹里が左手をあげ、G―SHOCKに似た耐衝撃腕時計のスイッチをいれた。
すると、立体スクリーンが空中に映し出された。
「あっ、『N』っ!!」
スクリーンに四十代のエプロンをつけた、喫茶店のマスター風の女性が映し出された。
渚聖羅こと、『N』は対侵略者特殊部隊『イクシード・フォース』の情報部の東京支部長であり、ES加入前から摩尼洲財団の諜報員を務めていた。
普段は東京銀座の喫茶店『ドルフィン』のマスターを経営して、隠れ蓑にしている。
「なにやら、ミッション困難と見たので増援を向かわせたが、正解だったようだな」
「電話で定時連絡した時か……」
黒い稲妻に襲われ、墨江博士の送迎用アストンマーティンを海に無くしてしまい、『N』に携帯電話で連絡した。
「任務遂行のサポートとして、急遽ソルレッドを派遣したのだよ」
「『N』、増援なんかなくとも、おれひとりでミッション・クリアをしてみせますよ!!」
「そうはいうけど、マスク強盗相手ぐらいならともかく、米軍特殊部隊が相手では手強かろう?」
「うっ……」
特殊飛行小隊『ロケットガイ』の三名はすべて森へ落下した。
だが、怪我をしてない者がいたら、こちらに再び攻撃してくるかもしれない。
しかも、まだどんな隠し玉を持っているか分からない強敵だ。
「同じエージェント同士でなかよくミッション達成をするのだ」
「へいへい……」
「返事が違うだろ?」
「おっと……E・I・G(了解)!」
「うむ……ミッションの成功を祈る。それに、増援をもうひとり、109(ワン・ハンドレッド・ナイン)も送ったので合流するように」
通信が切れ、映像も消えた。
「えっ、109まで!?」
ここまで読んでくれてありがとうございます!
ソルレッドは、3年前の構想では流竜馬的なキャラを考えていましたが、女性にしました。
うん、日和った(笑)
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