フライング・ヒューマノイド
「トカレフを出すなんざ、反社だって身ばれしているようなもんだぜ」
トカレフは、ソビエト連邦が1933年に制式採用した軍用自動拳銃である。
安全装置すら省略した単純化設計で、どんな状況でも耐久性の高い銃だ。
中国などの共産圏諸国でコピー製品が出回り、中国製トカレフは1980年代以降、日本にも密輸され、暴力団などの反社会組織に出回った。
「うるせぇ!!」
ドラキュラ・マスクの男の銃の持ち方は手慣れた感じがした。
一般人がモデルガンで脅すのとはわけがちがうようだ。
「おう、射つのか……射てるもんならやってみろや!!」
「ちょっ……蒼太くん、銃をもった相手を刺激しちゃダメよ!?」
扉の影からマリが悲鳴じみた声をだす。
「マリさんは奥に退避してな!!」
「うん」
蒼太が扉を閉めてマリを廊下に締めだした。
その間にドラキュラ・マスクがトカレフの引き金を引いた。銃弾が蒼太の額に向けて発射された。
蒼太は詰襟学生服の内側のスイッチを押す。
詰襟から薄い金属が迫り出し、フルフェィス・ヘルメットのようになり、彼の頭部を覆った。
弾丸が蒼太の額に命中した。
だが、銃弾ははじかれて天井に当った。
「なんだと!?」
このヘルメットは、蒼太が黒い稲妻とのカーチェイスをしたとき、改造アストンマーティンで時速200kmのスピードでカーブを曲がり、横4Gの圧力から頭部を守った防護システムだ。
ドラキュラ・マスクの男は、トカレフの銃口を下げ、蒼太の心臓や腹部を狙って射った。
しかし、黒い学生服は強化防護服に変化していって、銃弾をはね返した。
ドラキュラ・マスクは狂ったようにトカレフの弾倉が尽きるまで撃った。
硝煙が立ち込め、薄れていくが、蒼太は無事であった。やがて、引き金がカチカチと虚しく響く。
「なんなんだ、お前は!?」
「こいつは超常的強化防護服だ。トカレフごときじゃ歯が立たねえよ」
「なんだとっ!!」
蒼太は足元に転がっていたハンマーを拾い上げて手に取ると、動揺した強盗に投擲した。
「げふっ!?」
ドラキュラ・マスク男の脾腹にハンマー頭部が当たり、苦鳴をあげて膝から崩れた。
うつむいた男の頬っぺたにストレートをきめ、強盗は壁に叩きつけられた。
「うわああああぁぁ!!」
残された狼男マスクはパニック状態になり悲鳴をあげた。
博士を放り出し、窓ガラスを割って入った穴から逃げようとした。
「おっと、待ちな!!」
蒼太が走って、狼男マスクの背中にドロップキックを喰らわせた。
その衝撃でマスク男がすべって床に転がる。
床に這いつくばった強盗男の襟をつかんだ蒼太が起き上がらせる。
「逃げてもらっちゃ困るよ。あんたには色々聞きたいことがあるんだよ、黒根津さん」
「なんじゃと!! まさか、助手の黒根津足穂くんが……」
「そう、こいつが頭の黒いネズミだったってわけだ」
人質にされていた墨江博士が驚いて蒼太を見る。そして、狼男マスクをはぎ取ると、確かに下には出っ歯で小さな眼をした黒根津助手の顔が出てきた。
蒼太も首元のスイッチを押してフルフェイス・ヘルメットを解除した。
「どういうことなの、蒼太くん!?」
騒ぎが治まったようなので部屋にはいったマリが驚いて蒼太を見る。
「なに、かんたんな算数の問題さ。月間が塀を乗り越えて入ってきた侵入者は二人だと言った。だが、部屋に入ってきたマスク強盗は三人。3引く2は1。一人増えたことになる。こんな騒ぎになっても顔を出さない男が一人いるよな……こいつさ」
「ううぅ……」
黒根津助手はへたり込んで床にすわっている。
「そういえば、狼男は昼間は善人だけど、夜になって月光を浴びると、人間を襲う狼男に変身してしまうというわね」
「そう、とんだ人狼ゲームだったってわけさ」
「黒根津くん……真面目なきみがなぜこんな事を……」
「ううぅ……俺だって、ホントは、こんな強盗なんかやりたくなかったんだぁ!!」
「泣き言ぬかすな……痛い目にあいたくなかったら、黒幕は誰か白状しちまいな」
「わかった……なんでも話す……俺はネット・カジノにはまってしまい、莫大な借金をつくってしまったんだ……」
「ありがちな転落話だな。それで借金取りに追われていたか?」
「ああ……横浜のサラ金会社で、そこに倒れている二人が、借金取りのヤクザだ。宇坪金融の牙沢寅治と岩野蘭九郎という」
「ほう……」
気絶している二人組のドラキュラ・マスクをはがすと、中からオールバックの三十代の男が出てきた――こいつが牙沢。
フランケン・マスクの素顔はそれより二、三歳若いパンチパーマの岩野。
二人とも腕から倶利伽紋々の刺青が見えている。
二人のヤクザを後ろ手に電気コードで拘束しておき、黒根津の訊問を再開する。
「さあ、黒根津さん、警察に引き渡す前に、洗いざらい知っていることをしゃべってもらおうか」
「……俺は借金の金策に苦労していたが、牙沢が金になる話を持ってきた……臓器でも売られるのかと思ったが、ちがった。俺が出入りしている墨江博士の屋敷から玉匣を探し出してもってこいというんだ……」
「なんじゃと、このヤクザどもが、玉匣を狙っておるのか!?」
サラ金のヤクザとアビサロンの取り合わせが、なんともアンバランスだ。
「そうだ……博士が眠っている間に探したが見つからず、脅迫状を出して揺さぶりをかけた。すると、今日になって急に玉匣をよそで保管すると聞き、慌てて牙沢に連絡したんだ」
さすがに本棚奥にある隠し金庫のカラクリはそうそう分からなかったようだ。
「海童第一号の正体はおまえだったんだな」
「ああ……脅迫状のアイディアを出したのは牙沢だ。おれはそれをもとに文面を書いた……」
「やくざ者らしい姑息な手だな。しかし、サラ金ヤクザが玉匣や研究書類を欲しがるとは思えねえ。宇坪金融に今回の強盗騒ぎを依頼した黒幕というのは分かるかい?」
「名前はわからないが、外国人だ……牙沢たちは内緒にしていたが、おれは電話している所を小耳にはさんで聞いてしまった。横須賀の米軍に関係する奴らしい」
「米軍だと!?」
キュロロロロ……
そのとき、またスマホが鳴った。
「月間か……今度はどうした?」
「大変ですよ、蒼太くん。空を見てください!! フライング・ヒューマノイドがやって来ました!!」
「なんだってぇ!? フライング・ヒューマノイドって、あの都市伝説のアレか!?」
「宇宙人が攻めてきたのかしら!?」
フライング・ヒューマノイドは世界中で目撃情報がある未確認動物(UMA)である。
人間に似た形をしていて、皮膚の色は黒かこげ茶色、大きさは3メートルもあるという。
空を飛ぶため、UFOと同一視されることもあるが、UFOとも違った飛び方をするため、別扱いにされる。
「蒼太くん、あれ、あれを見て!!」
和鷹マリが悲鳴をあげた。彼女が指差す先には、割れた窓ガラスの向うの青空に浮かぶ人影が見えた。
確かに人間が空を飛んでいた。三人いるが、身長は等身大のようだ。
10メートル上空にヘルメットとゴーグルをつけた飛行防御服の男が滞空していた。
背中には銀色の機械を背負って後部から噴射していた。
「あれはジェットパック……噂には聞いていたが、米軍はもう実用化していたか……」
「何なのよ、あれ!? 宇宙人じゃないの?」
「ありゃあ、ジェットパックだ。リュックサックのように背負ったジェットの噴射で推進する飛行器具だな」
「まるでスパイ映画かSFコミックの世界ね!!」
ジェットパックは、初めは宇宙での船外活動のために開発が押し進められた。
過酸化水素を触媒で分解して生成される水蒸気を噴射して飛行する、ヴァルター機関であったが、数十秒しか飛行できなかった。
そこで近年は小型のターボファンエンジンを搭載して、飛行距離を維持させる研究が進められている。
「米軍では、極秘に開発しているジェットパックを使った特殊飛行部隊――通称『ロケットガイ』ってのがいるらしいという情報があったが、まさか日本に来ているとは……」
そうこう言っているうちに、先頭にいたジェットパックの軍人がこちらに近付いて、屋敷から距離20メートルの地点、空中4メートルの位置に滞空した。
「いままでのやり取りは牙沢らに取りつけた盗聴器で聞いた。よくも牙沢らを邪魔してくれたな」
「どういたしましてだ……強盗団の仕業にして強奪しようだなんて、回りくどい真似をしやがって。おめえらが、黒根津助手や宇坪金融のやくざどもをあやつっていた黒幕だな。いざとなったらこいつらにすべての罪をおっ被せる気だったな」
「イグザクトリー(その通り)! ミスター・ソウタとか言ったな。実にクールな少年だねえ、その特殊強化服……きみは日本のイクシード・フォースとやらだな」
「イクシード・フォースを知っているのか!!」
「もちろんだ。我が国の情報網は世界一だからな。おれは米軍特殊飛行小隊、通称『ロケットガイ』のルイ・ゴリガン中尉だ」
「名乗ってくれてありがとよ。いやだけど、こっちも名乗らざるをえねえ……おれはイクシード・フォースのエージェントで、海雲寺蒼太という」
「なかなか不敵な面構えをしているな……おれはジャパニーズ・ボックスのタマバコ――および、その中に入っている『契約の鍵』をもらいにきた」
「なにっ!? 『契約の鍵』まで知っているのか!?」
急展開で話が進みます。
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