海猫岬の墨江邸
山のトンネルと抜け、霧がすっかり晴れていた。
森の繁み越しに、右手の遠方に、海にむかって切り立った崖が見えた。
霧の中とはいえ、真昼間に幽霊を目撃したとは思えないほど、さわやかな海風が吹き、抜けるように蒼い大海原が広がっていた。
遠くに大島の三原山がのぞめた。
“ミューミャー”と、猫に似た鳴き声をあげて岬の突端に白い鳥が飛び交っている。
寒い時期は越冬のために温暖な地に移動していたが、繁殖のために何千羽も群れで移動して、ここ海猫岬の空を覆うかのようだ。
「海猫岬というだけあって、ウミネコが多いなあ」
「真樽子漁港は、海猫が帰ってくる時期と、海にニシンやイワシ、サバなどの魚が来集する時期がほぼ一致しているので、漁師たちはウミネコを春告鳥であり、豊漁を告げる海鳥として大切にしているそうよ」
「さあすが、マリさん、地理にもくわしい。さすが、『ホワット!?ミステリー㊙情報部』の人気レポーター!!」
月間がやんやとおだてる。
「まあね、ちょっと番組であつかうかもしれなかったから、この辺のことを下調べしただけよ。ちなみにハイウェイの向うに見える小さな漁村は、舛井村といって、マダイやクロダイも取れるそうよ」
おせじに和鷹マリもまんざらではない様子だ。
「タイなんて、しばらく食ってねえなぁ……」
その海猫岬の先に西洋風の館があった。
まるで中世ヨーロッパにタイムスリップかと見まごうかのように古い洋館であった。
「あれが墨江教授が借りている屋敷だ」
「まあ……まるで中世ヨーロッパの城館のようねえ……城にあるような尖塔まであるわ。なんだかロマンチックねえ」
「あの洋館についても調べたのかい?」
「ええ、あの屋敷は、明治の頃にイタリア人大使が別荘として建てたけど、戦後払下げになり、闇市場でのし上がった成金投資家が手に入れたの。でも、不況のあおりをくって売却され、その後持ち主が転々としたって話よ」
さらにその後、建物に幽霊が出るという噂があって、誰も買い手がつかずに荒廃していった館を、墨江博士が買い取って住んでいるという。
「さっきの街道に出た女の幽霊とは、別件の幽霊ね。こっちは白いシーツをかぶった、西洋風の幽霊が出るって話よ。西洋でいう死装束の幽霊ね。イタリア人大使にくっついてきて、大使が引っ越しても洋館に棲みついたらしいわ。イタリア大使に恨みを持った幽霊だったのたも……」
中世ヨーロッパでは、死者を白い布で包んで埋葬していた風習があり、演劇で死人を表現したのが始まりとされる幽霊だ。
「シーツお化けって、まるでお化けのキャ○パーか、お化けのQ○郎みたいな話ですねえ……」
「おいおい、陽気なお化けの例をだすない、月間。神奈川ミステリーゾーンがギャグマンガゾーンにならあ」
「ちなみQ太郎の弟はO次郎といって、ぼくの名前の塔次郎に似ています」
「一ミリもいらないトリビアだわっ!!」
「てへ」
「しっかし、俺も幽霊なんていないと思っていたが、さっきモノホンのヒュードロを見たばかりだしなあ……よく博士はこんな土地に住んでいるもんだぜ」
「とか言っている内に、墨江邸の玄関前に突きましたよ」
「おう、ごくろうさん。月間、もしも怪しい奴が来たらスマホに連絡くれよな」
「ええ、了解しましたよ。いってらっしゃいまし、マリさん、蒼太さん」
月間を車に待たせて、和鷹マリがチャイムを押した。陰気な鈴の音が鳴り響く。
「墨江潮五郎博士、海雲寺です。お迎えに参りました」
いつまで経っても出てこないので、もう一度押したが、なしのつぶてであった。
ドアノブに手をかけた時、急に開いた。
「はい、どなたですか?」
二十五、六歳の出っ歯の男が顔を出した。小さな眼はこずるそうな感じがした。
「あっ、墨江博士の助手さんですね……ぼくは海雲寺蒼太といいます。本日、お伺いの約束があって、来たのですが……」
男はぎょっとしたようだ。
「えっ!? いや、知らないよ……博士は忙しいし、誰とも会わないと言っている……帰りたまえ!!」
男が慌ててドアを閉めようとした。
が、蒼太が左足をドアの間にはさんで食い止めた。
「な、なにを!!」
「いや、そうつっけんどんにしないでよ……ぼくは墨江博士とは知り合いなんで」
「きみねえ……」
すると、玄関内の壁にあるテレビモニターに、白髪の老人が映った。
「何をしているんだね、黒根津君?」
「あっ、博士……」
蒼太がモニターのカメラに顔を向けてアピールをした。
「墨江博士、お久しぶりです、海雲寺蒼太です」
「おおっ、蒼太くんか……入ってくれたまえ」
「ですが、博士!!」
「彼はいいんだ。さあ、廊下を渡って、奥へ来なさい」
「はい!」
蒼太とマリが靴を脱いで、正面の廊下を進んだ。
玄関にいた黒根津助手は、悔しげな表情で蒼太たちを見送ったが、急に慌てたように、スマホでどこかに電話をかけた。
蒼太とマリは、廊下の内装に圧倒されていた。
石造りの壁に、長いアーチ状の天井、石畳の床に色あせた赤い絨毯が敷かれていた。
「あら、まるで中世のお城みたいな雰囲気のある内装ねえ。さすが明治のイタリア大使の元別荘、浪漫の香りがするわ」
「次は右に曲がるか……折れ曲がった廊下ばかりだな」
「昔の城館は、防衛上の理由から、喰違折の構造にしたそうよ。通路を直線的に配置せず、前後に互い違いに配して折れ曲がらせ、侵入した敵兵が直進できないようにしたの。そして、側面や隠し部屋に置いた味方の兵士に奇襲させて退治するか……日本のお城もそんな造りが多いわ」
「やけにくわしいね、マリさん」
「『ホワット!?ミステリー㊙情報部』で、海外の幽霊城を取材したことあるのよ」
「さすが、勉強熱心なアナウンサーだね。だけど、この廊下、古めかしくて、なんだか吸血鬼ドラキュラーでも住んでいそうな造りだなあ……」
「ちょっと、ドラキュラーじゃなくて、ドラキュラよ。最後は伸ばさないのよ」
「ええ、どっちだって同じようなもんでしょ」
「アクセントは正確に。これ、アナウンサーの基礎中の基礎よ」
「へいへい……ドラキュラ、ね」
まるで迷路のような廊下を散々あるかされ、二人は行き止まりの部屋にたどりついた。
「ここが、あの海洋考古学の泰斗と呼ばれる墨江潮五郎先生のお部屋ね」
「おっと、いきなりアポ無し取材はダメだぜ。まずはこっちの用件ってものがあらあ」
「わかっているわよ!」
「墨江先生、蒼太です」
「入りたまえ」
樫の扉をノックして蒼太が室内にはいった。
そこは墨江博士の書斎兼研究室らしく、三方の壁は本棚になっていて、専門書や郷土史、ファイルなどで埋め尽くされていた。
そこにはサイドテーブルにあるティーカップで紅茶をいれる博士がいた。
「ちょうど、休憩しようと思っていたところだ」
室内の真ん中にある来客用の椅子に座り、テーブルに置かれた紅茶をひとくち飲んだ。
正面に座る教授と対面するように蒼太とマリが並んで座った。
墨江潮五郎教授は、城北大学の海底考古学者であり、63歳になる。
研究一筋の頑固そうな風貌の人物であった。
「ひさしぶりだな、蒼太くん。お父さんの葬儀以来かもしれないな」
「その節はお世話になりました……」
少し重い空気が流れた。
和鷹マリは、このふたりが家族ぐるみの付き合いをしていたと聞いたが、ただの知り合いではなさそうだと思った。
「ところで、そちらのお嬢さんも『イクシード・フォース』の同僚なのかね?」
「あっ、それはそのう……似たようなもので……」
蒼太がにがりきった表情となり、和鷹マリにあまりよけいな事を話すなよと目配せした。
「お初にお目にかかります。私は大空テレビのリポーターで和鷹マリと申します」
そういって彼女は墨江博士の前に名刺を差し出した。
「なにっ!? テレビのリポーターだと、そんな話は聞いてないぞ、蒼太くん!!」
おだやかだった教授の目がみるみる吊り上り、口をへの字を曲げた。
3年ぶりに書くので、細かい伏線はメモしてなくて参ったなあ……と思いつつ、執筆しました。
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