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謎の海童第一号

 蒼太は右手を顔におおって、おおげさに嘆いた。


「おいおい、バカ正直にいうなよ、マリさん。教授は海底牧場事件のことでマスコミ嫌いになったっていっただろうに……すいません、墨江教授。この人は成り行きでついてきた人でして……なあ、マリさん外で待っていてくれよ」


 美人女子アナのハニートラップに、まんまと引っ掛かったとは言えない蒼太であった。


「遅かれ早かれわかるわよ。墨江教授、私は興味本位のゴシップメディア屋ではありません。まじめに科学を紹介する番組のリポーターです」


「まじめにだって?」


 墨江教授の態度が少し軟化した。

 蒼太は内心で、「インチキオカルト番組のレポーターの間違いだろ」と突っ込んだが、さすがに口には出さない。


「実は私なりにエビス信仰について興味があり、ぜひ、海洋考古学の専門家である墨江教授のお話をうかがいたく、失礼を承知で蒼太くにに頼みました」


「なんだって!?」


 墨江はじろりとマリを見て、


「ふむ……ただの薄っぺらい軽薄なテレビマンではないようだな……」


 和鷹マリはここに来るまでに車内で蒼太にきいたエビス様という切札をだした。専門分野の研究について出されて、さらに頑固先生の態度が軟化した。蒼太がにがい顔をして、隣に座ったマリの耳に口を寄せ、


(嘘だろ……あのお堅い博士を籠絡しやがった……)

 蒼太は内心で舌をまいた。あまりに墨江教授の機嫌がわるくなれば、ここぞとばかりに家から追い出そうと思っていたのだ。


(人聞き悪いわね……あんたにエビス信仰について聞いたらから、急いでスマホで検索して調べたのよ)


(しまったぁ……けど、やるねえ、マリさん)


(ふふん、女子アナの年季がちがうわよ)


「何を小声で話しているのかね?」


 いぶかしむ博士に、蒼太とマリはパッと離れ、


「いえ、何でもないです。あはははは……」


「ところで墨江教授。エビスさまは、日本で七福神のひとりとして有名ですが、他の七福神や中国やインド由来の神さまであるのに対し、唯一日本古来の神さまで、もとは漁業の神さまであったそうですね」


 和鷹マリは携帯の音声ICリコーダーを使って取材を始めた。


「うむ、今では福の神、商いの神にされてしまったが、元は漁業を司る神さまじゃ」


 専門分野の話ができてうれしそうな表情になった。


「エビスさまの由来はいろいろあって、イザナギ、イザナミの子供である蛭子命ひるこのみことが説が有名ですね」


 日本神話によると、蛭子命は、イザナギとイザナミの間に生まれた最初の神さまであるが、異形の子であったために、葦船に乗せられ、オノゴロ島から流されてしまった。


「流されてしまった蛭子神は、その後流れ着いたという伝説は日本各地にあるそうですね」


「そうじゃ。日本沿岸の各地域では、漂着物をえびす神として信仰することが多い。海の彼方から流れついた子が神となり、やがて福をもたらす蛭子の福神伝説となったのじゃ。尊い血筋ではあるが、忌子いみごとして捨てられた子が、地方に流されて神様となる、貴種流離譚の話は世界各地にもある……」


 墨江教授は満足そうにうなずき、


「きみは若いのに勉強熱心で感心だ」


「いえ、どういたしまして。これも教授の研究の賜物ですわ」


 蒼太はマリをじろりとみて、さっきスマホで調べたことの受け売りだと言いたかったが、呑みこんだ。


「ところで、墨江教授、エクシード・フォースに連絡してきた用件なのですが……妙な手紙が来たとか?」


「おお、そうじゃった。実は先日、こんな怪文書が届いてなあ」


 墨江教授が机の引き出しから書類をとりだした。それは一通の手紙のようだった。


「拝見しても?」


「ああ、見てくれたまえ」


「ちょっと、私にも見せて」


「ちょ、わかったから、あんまり肩を寄せるなって……」


 蒼太が封筒を受け取り、切ってある封から便箋をとりだして広げた。

 それは黒い用紙に血で書いたような赤いインクで次のように書いてあった。




 浦嶋子うらしまこ玉匣たまくしげは災いの源である。

 玉櫛毛を真樽子遺跡に戻せ。

 今までの研究成果もだ。

 さもなくば、大いなる災いが真樽子市を、いや関東全域を襲うであろう。

 玉匣を海から来る御使いに、研究書類とともに箱を渡せ。

 さすれば災いは去るであろう。

                                    

                   海童第一号




「なんですの、これ……まるで脅迫状じゃないですか」


「まるでじゃなくても脅迫状だ。この怪文書に困って、墨江教授が俺に相談してきたんだ」


「うむ……最初はイタズラだと思ったのだ。だが、ほれ、最近、真樽子漁港で怪物が現れだしたであろう」


「えっ、伏木先生が言っていた未確認生物ユーマの海童のことですか!?」


 和鷹マリが両手で口を押えた。今の今まで、海童なんて存在しないと思っていたのだ。


「ええ、こちらに来る途中でもテレビ番組の取材ロケを見ました。だいぶん目撃者が増えてきたようですね」


 取材ロケを見たどころか、ロケバスに乗って途中まで来たのだ。和鷹マリなんぞは、取材ロケスタッフのひとりである。


「さすがに気味が悪くなってきたのだよ。玉匣をエクシード・フォースにあずかってもらいたいのだ」


「わかりました。俺にまかせてください、墨江教授!!」


「ふふふ……すっかりたのもしくなったものだな、蒼太くん」


 そういって、墨江教授が席を立ち、右手の本棚にある古代海洋学の本を一冊、ななめに取り出しかけた。

 すると、カチッという音がして、本棚が下に下がっていった。


「えっ!!」


 本棚が床に消え、空いた壁には金庫の扉があった。

 扉の表面にあるアラビヤ数字を順番通りに押すと、扉が開いた。その中には箱が入っていた。


「これが真樽子遺跡で見つかった、『玉匣』だよ」


「これが……」


 墨江教授がテーブルに置いた箱は四方が二十センチメートル、高さ十センチメートルほどの黒い逗子箱ずしばこであった。

 えらく古い漆器の箱ように見えるが、触ってみると金属のような質感もした。

 六角形の文様が施されており、亀甲紋の蒔絵匣のようにも見えた。


「ちょっと、なんなんです、玉匣って!?」


「玉匣とはなあ、ひらたくいえば『玉手箱たまてばこ』の元になった箱なのだよ、和鷹くん」




 浦島太郎伝説には諸説あります。

 元になった話も色々あって、浪漫がありますね。


 作品を読んでみて、面白かったと思っていただけましたら、広告下にある《☆☆☆☆☆》に評価していただけましたら、創作活動への大きな励みと活力になります。


 星の評価は日間ランキングの順位に大きく関わるため、今作のこれからに大きく影響いたします。


「今作を応援したい!」と思ってくださった方は、なにとぞ応援を、よろしくお願いいたします。


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