三つの月と洗濯槽
第5話
「三つの月と洗濯槽」
惑星ルミナスから、惑星アステリアへ送る記録映像。
本来なら、内容はこうなる予定だった。
三つの月。
洗濯機のようにうねる海。
宇宙港。
星野家の紹介。
だが、ヒカリが監督を名乗った時点で、まともな紹介映像になる可能性は消えた。
「アレンさん、カレー焦がしとったやん」
ヒカリはカメラの前で腕を組んだ。
「つまり、うちらがカレーの作り方ば教えるべきたい」
ミラは首をかしげる。
「惑星紹介は?」
「カレーの中に入れる」
「入れんでよか」
ユウがトマトを山盛りにしたボウルを抱えてやって来た。
「トマトたっぷり、酸味の効いたルミナス流カレーにしよう」
母・美咲がエプロン姿でうなずく。
「それなら胃にも重すぎないし、失敗しにくいわね」
父・航平は巨大な鍋を運んできた。
「宇宙貨物船船長特製、船員二十人分鍋たい!」
「多すぎる!」
ミラが叫ぶ。
しかし撮影は始まった。
ヒカリがカメラに向かって満面の笑みを浮かべる。
「惑星アステリアのアレンさん、見とるかー! こちら惑星ルミナス、三つの月と洗濯槽の星からお届けする、焦がさないカレー講座たい!」
ミラが横で小声で言う。
「洗濯槽の星って正式名称みたいに言わんで」
ユウがトマトを切りながら説明する。
「まず、玉ねぎをじっくり炒めます。焦らず、弱火で」
ヒカリがすかさず入る。
「ここ大事! 恋もカレーも強火で焦がしたら終わりたい!」
ミラの顔が赤くなる。
「何で恋に例えると!」
美咲が冷静に言う。
「でも間違ってはいないわね」
「お母さんまで!」
トマトが鍋に入る。
鮮やかな赤。
ルミナス産の完熟トマトは、三つの月の光を浴びて育つため、酸味と甘味が強い。
ユウが丁寧に説明する。
「このトマトを多めに入れると、さっぱりした酸味が出ます」
ヒカリがミラを見る。
「つまりミラ姉ちゃんの完熟トマト成分も入っとる」
「入っとらん!」
航平が横から巨大スプーンでかき混ぜる。
「よし、ここで潮流かき混ぜ!」
鍋の中がぐるぐる回る。
ヒカリが叫ぶ。
「見てください! これが惑星ルミナスの海です!」
ミラが頭を抱える。
「だから惑星紹介を鍋でせんで!」
やがて、トマトたっぷりの酸味の効いたカレーが完成した。
湯気。
香り。
赤みがかったルミナス流カレー。
家族全員で試食する。
ユウが一口食べて微笑む。
「おいしい」
美咲もうなずく。
「焦げてない。合格」
航平が豪快に食べる。
「うまか! これは百光年先まで香りが届くばい!」
ヒカリがカメラに向かってスプーンを掲げる。
「アレンさん! 次は焦がさんごと、弱火! 計量! そしてトマトたい!」
ミラは少し恥ずかしそうに、でも優しい声で言った。
「アレンさん。よかったら作ってみてください。うちらの星の味です」
映像は送信された。
届くのは、ずっと先。
けれど星野家は、妙に満足していた。
自分たちの星の風景。
家族の笑い声。
そしてカレーの作り方。
全部をひとつにして、百光年先へ送ったのだ。
そして、長い時間の後。
惑星アステリアから、返信映像が届いた。
映像に映っていたのは、アレンの家の台所。
母・エレナが横に立っている。
アレンは真剣な顔で言った。
『今回は、こっちの名物を作ります。お好み焼きです』
ヒカリが目を輝かせる。
「来た! 大阪側から粉もん返し!」
映像の中で、アレンはボウルに粉を入れた。
次に水を入れる。
どぼどぼどぼどぼ。
ミラが画面の前で固まる。
「……多くない?」
ユウも言う。
「多いね」
美咲が即答する。
「多すぎるわ」
アレンは気づかない。
『まあ、こんなもんやろ』
エレナがすぐ横から言った。
『あんた、ちゃんと量確認して入れたんか?』
『いや、感覚や感覚』
『感覚で粉もん作ったらあかん』
さらにアレンは小麦粉を追加する。
少しだけ。
ヒカリが腹を押さえた。
「水多すぎ、小麦粉少なすぎ!」
航平が声を上げて笑う。
「それ、お好み焼きやなくて白い潮流たい!」
ユウが追い討ちをかける。
「ルミナスの海よりゆるい」
映像の中で、エレナがボウルを覗き込む。
『これ、流し込むんか? 焼くんか? 飲むんか?』
『焼くに決まってるやん』
『決まってへんわ、この水分量』
アレンはフライパンに流し込んだ。
じゅわー。
広がる。
広がる。
止まらない。
ミラが声を震わせた。
「お好み焼きが……惑星になっとる」
ヒカリが崩れ落ちた。
「重力で広がりよる!」
ユウも笑いすぎて涙目だった。
さらにエレナが言った。
『あんた、重曹入れた?』
アレンが固まる。
『……重曹?』
『入れてへんのかい!』
星野家全員が爆発した。
航平はソファから転げ落ちた。
ヒカリは床を叩いて笑っている。
ユウは涙を拭いている。
美咲ですら肩を震わせていた。
ミラは腹筋を押さえながら言った。
「アレンさん……カレーの次はお好み焼きも事故っとる……」
映像の中で、アレンはベチョベチョのお好み焼きらしきものをヘラで持ち上げようとしていた。
しかし、持ち上がらない。
流れる。
垂れる。
崩れる。
『……これは、まだ成長途中のお好み焼きです』
エレナが即座に言う。
『失敗作や』
『母さん、言い方!』
ヒカリが息も絶え絶えに叫んだ。
「アレンさん、料理の才能がブラックホールに吸われとる!」
ミラは笑いながらも、画面の中のアレンを見つめていた。
失敗して。
ツッコまれて。
それでも笑っている。
遠い星の台所。
大阪弁の親子。
ベチョベチョのお好み焼き。
それは、なぜかとても温かかった。
声だけだった人が。
映像だけだった人が。
少しずつ、生活のある人になっていく。
ミラは小さくつぶやいた。
「……また教えなきゃね」
ヒカリが即座に起き上がる。
「次回、ルミナス三姉妹の粉もん救出作戦たい!」
ユウがにこっと笑う。
「まずは計量カップを送るところからやね」
美咲が冷静に言った。
「動画でね。物理的に送ると百年以上かかるから」
航平が笑いながらうなずく。
「それまでに、お好み焼きが化石になるばい」
また、星野家に笑い声が広がった。
百光年の距離。
二百年分の会話。
それでも、食卓の笑いは届く。
光年越しのラジオは、少しずつ家族の匂いを帯び始めていた。
次回予告
アレンのお好み焼き大失敗映像に、星野家は腹筋崩壊。
ミラは今度こそ、アレンに料理の基本を教えようとする。
しかしヒカリが「銀河粉もん救済委員会」を立ち上げ、話はまたもや大暴走。
そしてユウは、アレンの家族の笑い声に、ある温かさを感じ始める。
次回、
第6話
「名前も知らない君へ」




