宇宙船より遅い恋
第3話
「宇宙船より遅い恋」
ミラの返信は、惑星ルミナスを出発した。
光の速さで。
百光年先の惑星アステリアへ向かって。
つまり――
届くのは、約百年後である。
だが、ミラはその事実を完全に忘れていた。
宇宙港のベンチで端末を抱えたまま、画面をじっと見つめている。
「……まだ既読つかん」
ヒカリが横から覗き込んだ。
「姉ちゃん」
「何」
「百光年先たい」
「わかっとる」
「既読つくとしても、早くて百年後たい」
「わかっとる!」
ユウが小さく手を挙げる。
「しかも返事が戻ってくるなら、さらに百年」
ミラは端末を抱きしめた。
「わかっとるけど……既読スルーされたらどうしよう」
ヒカリは真顔になった。
「既読スルー以前に、まだ未配達たい」
「言い方!」
ユウが首を傾げる。
「でも、会ったこともない人にここまで乙女モードになるの、ミラ姉ちゃんにしては珍しいね」
ミラの顔が一気に赤くなった。
「乙女モードやなか!」
ヒカリが両手を広げる。
「いや、完全に乙女モードたい。今の姉ちゃん、通信端末ば抱えた完熟トマト乙女たい」
「完熟トマト引っ張らんで!」
その時、父・航平が貨物船の積み込みを終えてやって来た。
「なんや、まだ既読待ちしよるとか?」
「父ちゃんまで言わんで!」
航平は腕を組み、妙に真面目な顔をした。
「ミラ。宇宙の恋はな、辛抱たい」
ヒカリが目を輝かせる。
「父ちゃん、恋愛アドバイザーになる気?」
「わしは宇宙貨物船船長ぞ。荷物も想いも、届くまで待つしかなか」
ユウが感心したようにうなずいた。
「ちょっといいこと言った」
美咲が背後から現れた。
「でもお父さん、昔、私からの返信が五分遅れただけで十回連絡してきたわよね」
航平は咳き込んだ。
「そ、それは若気の至りたい」
ヒカリがすかさず言う。
「父ちゃんも既読待ち重症患者やった」
ユウが追撃する。
「遺伝やね」
ミラが叫ぶ。
「遺伝にせんで!」
その日の午後。
ヒカリは勝手に行動を開始した。
宇宙港の空き会議室。
ホワイトボードには大きく書かれている。
《宇宙恋愛応援団・第1回作戦会議》
ミラはドアを開けた瞬間、固まった。
「何これ」
ヒカリは議長席に座っていた。
「ようこそ、ミラ姉ちゃんの百光年恋愛を応援する会へ」
「解散」
「早い!」
ユウはなぜか書記席に座らされていた。
「私、巻き込まれました」
ホワイトボードには作戦案が並んでいる。
一、返信が来るまで待つ
二、返事が来る前にまた送る
三、百年後の自分に向けて美容計画
四、アステリアまで父ちゃんに叫んでもらう
五、恋文を銀河放送に流す
ミラは頭を抱えた。
「五番、絶対だめ」
ヒカリが真剣に言う。
「でも姉ちゃん、恋は拡散力たい」
「拡散せんでよか!」
そこで美咲が会議室に入ってきた。
「方言の話をしてたの?」
ユウがうなずく。
「なんでルミナスは博多弁で、アステリアは大阪弁なんやろって」
美咲は椅子に腰かけた。
「それは入植史の違いね」
ヒカリが身を乗り出す。
「歴史の授業始まった」
美咲は穏やかに話した。
惑星ルミナスへ最初に入植した人々は、旧地球の九州地方、特に博多周辺にルーツを持つ移民が多かった。
宇宙港を作った技術者。
海洋開発に携わった漁業関係者。
潮流観測チーム。
彼らの家庭内言語や地域文化が、世代を越えて残った。
だからルミナスでは、銀河標準語と並んで博多弁が日常的に使われる。
一方、アステリアへ入植した初期開拓団は、旧地球の大阪・関西圏出身者が多かった。
商人。
鉱山技師。
観測士。
機械整備士。
彼らの大阪弁が、そのまま星の生活言語になった。
ヒカリがうなずいた。
「つまり、うちらのご先祖様は博多から宇宙へ飛び出したと」
ユウが続ける。
「アレンさんのご先祖様は大阪から宇宙へ」
航平が胸を張った。
「博多弁と大阪弁が百光年越しに出会う。これはもう銀河漫才の始まりたい」
ミラが小さくつぶやいた。
「漫才やなくて通信やけどね」
ヒカリは聞き逃さなかった。
「ほら! 通信って言った時の顔が乙女!」
「顔に乙女とか出らん!」
ユウがじっとミラを見る。
「出とるよ」
「出とらん!」
その夜。
三つの月が、また惑星ルミナスの海を照らしていた。
洗濯機みたいな潮は、今日も港の外で渦を巻いている。
ミラは自室の窓辺に座り、端末を見つめていた。
既読は、つかない。
当たり前だ。
百光年先なのだから。
でも、ミラは思った。
自分の声は、今も宇宙を進んでいる。
誰にも見えない速さで。
誰にも止められない距離を。
アレンの星へ向かって。
「既読つくの、いつやろ」
背後からヒカリの声。
「百年後」
ユウの声。
「返事は二百年後」
ミラは振り返る。
「二人とも、いつからおったと?」
ヒカリはにやりと笑った。
「乙女観察」
ユウは毛布を持ってきた。
「姉ちゃん、冷えるけん」
ミラはため息をついた。
けれど、少し笑った。
「会ったこともない人なのにね」
ヒカリが横に座る。
「でも、声は聞いたやん」
ユウも隣に座った。
「声が届いたなら、もうゼロじゃないよ」
ミラは三つの月を見上げた。
真っ暗にならない夜。
洗濯機みたいな海。
騒がしい妹たち。
そして、百光年先の大阪弁の青年。
ミラは端末を胸に抱いた。
「アレンさん」
小さく、誰にも聞こえない声で言った。
「既読スルーせんでね」
ヒカリが即座に言う。
「まだ未配達たい」
「うるさい!」
三姉妹の笑い声が、月明かりの部屋に広がった。
恋は、宇宙船より遅い。
でも、たぶん。
笑いながらなら、少しだけ待てる。
次回予告
ミラの返信は、まだ宇宙の途中。
それでも三姉妹の日常は続く。
そんな中、惑星ルミナス宇宙港に、アステリアからの古い記録映像が届く。
そこに映っていたのは、リングの輝く空と、大阪弁で笑う青年アレンの姿だった。
次回、
第4話
「アステリアの青年」
声だけだった人が、少しだけ近くなる。




